イギリスアイルランドの作家による短編集。
作者ロード・ダンセイニは本名エドワード・ジョン・モアトン・ドラックス・プランケットといい、アイルランドはダブリン州にあるダンセイニ城に居を構える正真正銘の貴族である。軍人、チェスの名手でもあったが、中でもその創作群で有名。異界の神々の生態(?)を描いた「ペガーナの神々」を初めとするファンタジー作品は後世に大きく影響を与え、中でもしょっちゅう引き合いに出されるのが現代も生き続け多くの作品に影響を与えながら拡張し続ける架空の神話体系「クトゥルフ神話」の礎を築き上げた不遇の作家ハワード・フィリップス・ラブクラフトだろう。コズミック・ホラーで有名なラブクラフトだがダンセイニに色濃く影響を受けたアンビエントなファンタジー短編もいくつか書いている。(そしてどれも絶妙に素晴らしい!)またテレビにもよく出てくる書籍蒐集家で作家でもある荒俣宏さんもダンセイニに影響を受けてペンネームをもじった団精二(だんせいじ)としたくらい。
私も何年か前にファンタジー作品は貪る様にして読んだのだが、ミステリー作品に関してはほぼスルーしていたので、この度ハヤカワ文庫からまとめられた本が出るということで飛びついたわけだ。
400ページ超に26の短編が収められている。どれも短め。
ミステリーだから「誰が如何に(犯罪を犯したか)」がテーマというか、物語の基本的な構造になってくるわけだ。この本の短編集ももちろんそんなルールに従って書かれているが、ガチガチの硬派のミステリー、つまり緻密なトリックを使って難解なパズルの様に組み立てられたそれらとは一線を画する内容で、表題作を読んだ江戸川乱歩は「奇妙な味」と評した様に緻密というメインストリームからは少し外れた独特なミステリーが展開されている。具体的には短い短編の中では多くの場合犯人が読者に明らかにされているので、「如何に」の部分にフォーカスされているわけで、さらにこれも緻密に計算されたトリックというよりは人間の思考の盲点を突く様な、または思考の裏を書く様な奇抜なアイディアであることが多い。作者の出した謎に読者が挑戦するというよりは作者の奇想に読者は幻惑される様な趣があって、そういった意味では一般的なミステリーに比べると自由で柔らかい。流石に幻想味はないものの暖かかくも時に残酷な(この唐突感がなんとも味わい深い)欠点のある人間たちが登場する。そちら方面が色濃くあわられているのがシャーロック・ホームズの影響を受けたというリンリーのシリーズ。ひたすら有能、冷静で知的なリンリーと、知力は劣るものの愛嬌と優しさ、そしてガッツのある小男スメザーズの組み合わせが軽妙。特にリンリーと警部アルトンの真面目な会話にずれた茶々を挟むスメザーズが良い。温かみに微笑んでいると思わぬカウンターパンチを食らわせるかの様な痛烈なオチが小気味良い。
正直なところダンセイニを読むなら間違いなく一連のファンタジー作品群をお勧めするのだが、普段それらに慣れ親しまない人ならこちらの本からてをつけてみるのはよいかもしれない。またすでにダンセイニ作品のファンなら、全く異なる趣のあるこの作品を読むことはまた楽しみになるだろうと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿