日本の作家の短編集。
個人的な椎名誠さんの短編集買いあさり祭りのうち一冊。11の短編が収録されている。
何冊か読んできた中では一番バランスが良いかもしれない。完全にSFと読んでもいい物語と日常生活の延長線上にあるフィクションを扱った作品が良い感じに混じり合っている。後半に行くに従って幻想味が増してくるように配置されていて、その世界観の異質さに徐々に慣らされていくようだ。
前半の日常生活に何かしらの”異変”が起こる系統の物語は、サラリーマン経験もあり、妻と子供もいる社会人・家庭人しての作者の経験が生かされている。その会社の上司・同僚たちとの関係、妻との何気ない会話などの設定と言うのはもちろん、その普通の生活に根ざす不安が小説の元になっているケースが結構多い。例えば自己臭恐怖(これはどちらかというと思春期ごろに多いらしが)、疲れて帰ってきた週末自宅のアパートのエレベーターが帰宅の本当直前に停止して中に閉じ込められたり、などなど。また家庭内の不和も相変わらずこの短編集でもさり気なくしかししっかりと物語の中に閉じ込められている。圧倒的に歪んだシーナ・ワールドに飛び出す前(実際にはおそらく同時に書いているから表現的には間違っているのだろうけど)のダラダラ続く割には消耗する日常世界の閉鎖性を描いた作品が多く、語り口は軽妙だがむしろ暗く不安にさせるような持ち味がある。
不安やフラストレーションを一歩その日常の先に進めたのが「足」や「八灘海岸」、「猫舐祭」などの日常生活からふわりと浮上したかのような異形の”怪談”群であり、ここでは前述した個人的な不安から離れ、集合的な”恐怖”が描かれている。読み手の感情的には「わかるその気持!」というのから、「よくわからないけど怖い」に移行するイメージだ。ここでは見たことも聞いたこともない、椎名流のほら話が展開されていく。
そしてそのホラがSF的な形に徐々に結実していき「引綱軽便鉄道」(その後固まりつつある北政府ものの世界観の萌芽が感じられてテンション上がる。)を挟みつつ、最後を飾る「ループ橋の人々」は短いながらもポスト・アポカリプスものというジャンルの良いところをギュッと集めたような短編で、世界の残酷さと一向に明かされることのない災禍への興味がありつつも、たくましい少年たちの目に映る新奇な世界への好奇心がギラギラ光るようで、ただただやられている陰気な小説よりよほどワクワクして面白い。物語は違うが、きっとこの少年たちが野蛮な世界に飛び出していくことで椎名誠さんのSF小説が生まれていくのだろうという気がして、個人的には感慨深かった。
やっぱり抜群に面白いというか、読むほどに好きになる作家なのだと思う。異形のSFを求めるなら別の本を選ぶべきだが、まず椎名誠さんの小説を読んでみたいという人や、日常にイライラを感じている人ならそこから別世界を垣間見る窓を手に入れることができるだろう。冒頭にも書いたが短編集だが、思考の流れが物語の構造の変遷に感じられるようで、とにかく流れが良くて、バリエーションに富んでいる割には統一感がある。
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