2018年7月22日日曜日

デニス・ルヘイン/あなたを愛してから

アメリカの作家の長編小説。原題は「Since We Fell」でジャズのスタンダードナンバー「Since I Fell for You」からとられた。2017年発表。
「パトリック&アンジー」シリーズから始まり、映画化もされた「シャッター・アイランド」「ミスティック・リバー」など幅のある物語を書いてきたルヘインだが、そんなキャリアの中でも本書はかなり異色の一冊と言えると思う。ルヘインは今まで警察官だろうがギャングだろうが一貫してタフな男を主人公に据えてきた。タフというのは腕っ節が強いという意味ももちろんあるがあるが脳みそまで筋肉というよりは、強くあろうとすること、ナイーブであることを併せ持った独自のロマンチストたちだ。一転してこの本の主人公は女性であるし、しかもパニック障害を患っているいわば弱い女性である。有能で上昇志向も強く、自信もあるが、総じて孤独でありこの世界に対して寄る辺なさを感じている。異常に支配的で干渉的な母親に育てられ、おまけに父親が誰かわからなかったのだ。兄弟もいなければ(母親のせいで)友達がいなかった。上昇志向についてはここら辺がおそらく関係しているだろう。
面白いもので自分に自信がある人でもパニック障害やうつ病にもなる。彼女は結果的に引きこもりになるが、病気の結果そうなったのであって常にくよくよ迷っていたわけではなかった。この物語はある意味ではその弱さ(病そのものというよりそこに落ち込むことになった状態や過程)を克服していく話でもある。そこでタイトルになるのが要するにこれは恋に落ちるということだ。まともな男に引っかかってこなかった主人公がようやく出会った、優しく金持ち(カナダの材木会社の御曹司)な男とやっと恋に落ちて、そして彼女は強くなっていく、というのはいかにも男性が考えそうな「お話」で気持ちが悪くなるが、そこはルヘイン最終的には彼女は一人で歩けるようにたくましくなっていくのだ。
ともすると「男らしさ」と混同されがちな人間の強さに関して一石投じるためにルヘインは女性を主人公に据えたのかもしれない。実際男社会の報道業界で出世し、災害で治安が最悪のハイチに乗り込み、さらには銃を打つことも辞さない(肉体的な強さというのは銃があれば簡単に克服できる)のだから彼女は十分そこらへんの男性より強い。
恋はするものでなく落ちるもの、ある意味恋に落ちた弱みで相手の男性に主導権を握られていたレイチェルがその恋すら乗り越えていく様は壮快である。最後の独白は「夜に生きる」の主人公に通じるものがある。彼女にとって一度も親しくなかった世界を、今度は自分でなんとかしてやろうという意気込みはまさにタフなやり方だ。

あとがきでも指摘されているが、かなり盛りだくさんな物語だが、魂の彷徨という趣の父親探しに関しても、恋に落ちてからの中盤も彼女という個性を描くためには必要なパートだ。結果的にだいぶ複雑なお凹凸があるキャラクターが構築されている。前編ほぼ彼女の説明といっても良いかもしれない。反面物語の構造は結構シンプルだと読み終わってから気がつく。彼女は自分が思っている以上に、見た目以上に母親に似ているところがあるのかなと思う。絶対刑務所には入りたくない!というあたりかなり身勝手な地金が出ていたりして面白い。人間は絶対に自分の全身像そのものを見ることができない、というのは常に私にとっては面白い話だ。
Lenny Welchの曲はかなりメロウで格好良い。歌詞はかなりSad。

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