2017年5月31日水曜日

M・R・ケアリー/パンドラの少女

イギリスの作家によるホラー小説。
単行本で出版されたのは2016年で当時からあらすじを読んで気になっていたのだがなんとなくスルー。映画化に合わせてかはわからないが単行本化したので買ってみた。

正気を失い凶暴になり、肉を求めて人間(以外の動物も)襲う、罹患者に噛まれた人間は同じ病を急速に患ってしまう、そんな奇病が大流行し人類はその数を大幅に減らした。奇病の性格上世界各地の大都市は全滅し、かろうじて郊外の都市でのみ細々と生きる人類は常に奇病の罹患者、通称ハングリーズに怯え生きていた。イギリスの郊外都市ビーコン近郊の軍事基地では罹患したにもかかわらず正気を保っている子供が集められ、病の研究が行われていた。この病を引き起こすのは変異した冬虫夏草、つまりウィルスではなく菌が引き起こすことはわかっている。ただしその治療法や予防法はまだわかっていない。解明のためには菌に脳を乗っ取られているのに正気を保つ子供達が必要なのだ。子供達の教師役を務める心理学者のジャスティノーは子供達の一人、特に聡明な女の子のメラニーと特別な絆を築いていく。

キノコが人を狂わせるという設定は変わっているけど基本的には噛まれたら感染するゾンビものということで大丈夫。大崩壊と呼ばれるカタストロフィは過ぎて人類はもう撤退戦を強いられている状態。Playstationのゲーム「Last of Us」にとてもよく似ている世界観。このゲームはコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」を下敷きにしているらしいんだけど。なんせ文明社会が半ば崩壊しているもので、オーソリティの力も及ばなくて、ジャンカーズと呼ばれるならず者で構成される第三勢力がいる。これがゾンビ、つまりハングリーズと同じくらいもしくはそれ以上に危険という、これも世界的に流行っている「ウォーキング・デッド」のように結局一番怖いのは生きている人間(ノー・ロウな状態なもんでタガが外れた人間の方がケモノ的なゾンビより知恵があるぶん怖いという意味で)的な世界観である。そんな世界に”半分ゾンビ”な無垢な少女と研究対象として扱っているはずがゾンビに愛情が湧いてきてしまった女性教師との絆という新機軸をぶち込んだのがこの小説の味噌だろうか。どこかでみた世界観でユニークな物語が展開される。確かに最後まで面白く読めた。
ハングリーズの設定にも面白いところがあり、普段は休眠状態にあってその場合は著しく視力(と認知力)が制限されているので(一度でかい刺激があると起きて活発になる)、休眠状態のゾンビに遭遇してもゆっくり動けば大丈夫という設定があり、これがだるまさんがころんだ的な独特な緊張感を生み出し、走るゾンビも珍しくない昨今、ただただがむしゃらに逃げ回るという構造からの脱却が計られている。このように練られたよくできた小説、というのが私の読後の印象。
意地悪な言い方をすると優等生的な書き方をされていて(ちなみに著者はアメコミの原作で数々のヒットを生み出した、いわばプロの物語書きである。)、ちょっとよくでき過ぎているなあと思ってしまった。それでたまに物語の筋が最初にあって辻褄を合わせるように設定があるので、ちょっとところどころ強引というか無理があるような気がしてしまう。ご都合主義的というか。ジャンカーズが休眠状態にあるハングリーズを操れるというのはその性質上ちょっと難しくないか?と思うし(火や暴力で制御できないくらい凶暴なのでは?)、なんで胎生時に菌に侵されると(つまり子供のみ)共生できるのかわからないのはどうなのだ?(無作為に耐性がある人がいるではオチが弱くなるからだろ思うけど)とか、あとは使い捨てライターを割って中身の燃料を火種にする場面があるんだけど、(日本のライターともしかして作りが違うのかもだけど)使い捨てライターに入っているのはガスだから割ってもオイルにならない(気化するらしい)のではなかったろうか、確か。(これは会社の上司に聞いた話だから間違っているかもしれません。)
オチについても藤子・F・不二雄の短編漫画(これものちにあるゲームの元ネタになった。きになる人は調べてみてどうぞ)を思わせるもので(別にパクリというわけではない、多分イギリス人の作者は読んだことないだろうし)そこまで衝撃ではなかった。とりあえず話の筋というよりはいかに読者(に衝撃を与えて)楽しませるか、という精神で書かれていてそういう意味ではサービスに溢れているのだけど、こればっかりは好みの問題で私はもっと自分勝手に書いている風のこってりしたのが好きだから、ちょっとあざといなあと思ってしまった。
ただ登場人物が実は自分の(信じる)ことしか喋ってなくて、行動の理由が全部エゴなので基本誰にも感情移入できないんだけど、そんな身勝手で世界がこんなになっちまったんだよ、ということを言っているならそれはそれで皮肉が効いているな、と思った。(多分違うだろうが。)

最後までそれなりに楽しめたけど、個人的にはちょっと好みではなかった。ゾンビものが好きな人はどうぞ。

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