イギリスの作家の短編小説集。
未だに人を魅了する化物「吸血鬼(ヴァンパイア)」。もはや創作物ではおなじみの存在の彼らだが、元は民間伝承であり、その存在を有名にした創作物にブラム・ストーカーによる「ドラキュラ」があると思う。その「ドラキュラ」に先立ち、また影響を与えたとされるのがイギリスの作家レ・ファニュによる「カーミラ」であった。ここでの吸血鬼はカーミラ、女性だった。日本では東京創元社から「吸血鬼カーミラ」という「カーミラ」以外の作品も収めた短編集が出版されている。真っ赤な表紙の「ドラキュラ」と対をなす青い表紙が非常に格好良い。その「吸血鬼カーミラ」が出版されて50年のち、ようやく出版されたレ・ファニュ二冊めの短編集がこちらの「ドラゴン・ヴォランの部屋」だ。
作者ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュは1812年にアイルランドに生まれた。名前から分かる通りフランスからの移民。73年になくなる。この短編はレ・ファニュの生涯で発表された短編・中編から5つを集めた日本オリジナルのもの。
私はレ・ファニュは「カーミラ」はもちろんホラーのアンソロジーに収録された短編「クロウル奥方の幽霊」が大好きなもんで、彼の短編集ということで喜び勇んで買った次第。
表題作「ドラゴン・ヴォランの部屋」が大半以上を占める中編で、他の4編は短編。表題作は世が世ならミステリーと呼ばれていたのではという趣で、主人公の青年の語り口が良い。愛すべき愚か者という感じだが、恋は盲目というのは今に始まった事ではない。仕掛けがいろいろあって面白かったが、むしろ私はそれ以外の短編の方が良かったかな。
というのも他の短編群は多かれ少なかれ超自然的な恐怖の要素が入っており、その多くはケルト、アイリッシュの民間伝承の恐怖譚・妖精譚(アイルランドといえば妖精!)が下敷きにされているからだ。個人的に面白いのはこれら土着の信仰がすでにキリスト教的な価値観によってペイガニズム、つまり邪教に貶められている要素があるってこと。もちろん妖精には悪い奴(取替え子や小鬼なんかが有名か)らもいるわけだけど、反対に良い奴らだっていたはず。ところがキリスト教に言わせるとそれら全部が偉大な神の以降の前では邪になってしまうから個人的には(キリスト教の教えというやつは)全く面白くない。(そもそも土着の信仰がペイガン扱いされるのは納得いかない。)しかしその侵食されたおとぎ話にはだから一抹の、落陽のような儚さとさびさがある。そういった意味では「ローラ・シルヴァー・ベル」は白眉の出来だ。田舎町の田舎娘が悪い妖精に引っ張られる。ここでも年長者の助言に従わなかった愚かな娘が妖精に取られてしまう。妖精は幻術用い、娘を籠絡するが、その実態が非常に薄汚れているというのも興味深い。個人的には黄泉竈食ひ(よもつへぐい)の概念、つまり死者の世界ではそこで供される食べ物を食ってはいけない、さらに宝物も受け取るべきものより多く受け取ってはいけない。具体的には帰れなくなるという精神が日本から遠く離れた異教の地でも存在していたのだという点に感動した。男女の因縁を言葉少なく描く(実はどうだったって書かないことが多い)「ティローン州のある名家の物語」も良かった。狂女は実は狂女ではなかったわけだけど、最後の夫の変化にはなにやら因業めいた”置き土産”感があるのが良かった。小さい世界でどこかおかしい、という状況はやはり面白い。
「悪魔と取引した男」、「アイルランドの土着信仰」なんて単語に魅力を覚える人は是非どうぞ。背筋が凍る怖さ!というのとはちょっと違うが、もっと生活に根ざした考えの裏側にある信仰を読み取る面白さがある。
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