イギリスの女性作家によるミステリー小説。
原題は「Acid Row」。
2014年版ミステリが読みたい!で第1位。このミステリーがすごい!2013の海外編で第2位だそうな。日本でとても受けがいいみたいだし買ってみた。
作者は帯によると英国犯罪小説界の女王と呼ばれているそうです。
本格ミステリー作家で結構な冊数が邦訳されているのだが、私はこの本で初めて。
イギリスのバシンデール団地は1950年代に低所得者向けの集合住宅として建設され、2001年現在ではまともな教育を受けていない低所得者の人々が済み、ドラッグと暴力が蔓延する掃き溜めのような場所になっている。無計画に増築された建造物は老朽化した迷宮のようになっており、地元の人間は立ち入りたがらない。
ソフィー・モリソンは公共の医療機関につとめる医師で治療のためバシンデール団地に出入りしていた。
ある夏の日バシンデール団地に小児性愛者の親子が引っ越してきたという噂が流れる。折しも少女の失踪事件が発生し、団地の住民たちの緊張が爆発。小児性愛者の親子を排斥しようとデモが発生し、たまたま治療のために団地に入っていたソフィーは小児性愛者の親子にとらわれてしまう。
この本は500ページを超える大作だが、およそ一日の間に起きたことを描写している。
だから作品の密度が異常に濃い。普通の犯罪小説はだいたい一つの事件が始まって終わるまであう程度の長さのある時間が流れていくけど、この小説の事件はあっという間に終わりを迎える。常に事態が動いており、尋常でない緊張状態が間断なく続いていく。
これ読んでいる方はたまったものじゃない。常にクライマックスの映画を見せられているようなもので、どこで読むのをやめたら良いのかわからない。非常に疲れる訳である。
しかし本好きの皆様にはわかってもらえると思うが、そういう体験は読書好きにとってはたまらないものである。
犯罪者に閉じ込められた女医ソフィー、デモ(ほぼ暴動に発展した)の首謀者若き母親メラニー、出所したばかりのメラニーの夫ジミー、様々登場人物たちの場面が矢継ぎ早に入れ替わる。現在発生している事件の中継を、次々切り替わるカメラで見ているような緊張感がある。
物語の中心には犯罪者の親子がいて、いかにその2人の関係性が歪んでいるかということを丁寧に描写する。いわば異常な犯罪にいたる心的要因というものの謎解きをしていく訳なのだが、まさに薄い壁一枚を隔てた外界ではその親子を殺してやろうという暴動が起きている。
この本が面白いのは物語の中心に親子がいて、それが原因で巨大な災害のような暴動が発生する訳だが、それは誤解や無知に基づいて発生した非常に危ういものによって引き起こされているところ。なんていうか日本の仇討ちのような整合性(正当性ではない。)があるようで無い。
小さい子供の母親メラニーは子供を守りたいから小児性愛者をこの団地から追い出してくれと警察に向けてデモをするはずが、大衆というのは衆愚というか暴走していき最終的には制御不能の暴動に発展していってしまう。ここがすごい。伝言ゲームにアルコールとドラッグ、そして無知を加えるとどんな凄惨な事態に発展するのかという、一つの(最悪の)可能性の提示である。最悪の箱庭を用意し、不和の種をまいたらどんなカオスが産まれるのか、という観察実験のようでもある。
小石が巨大な雪崩に発展するように、気づいたときにはもう制御不能になっている。善悪の問題から発生したはずなのに、すでに善悪を判断することは難しくなっている。誰が悪いの?原因はたくさんあって確かに悪人もたくさんいるのだが、この本では彼らを罰してめでたしめでたしにはならない。清濁合わせ飲むような苦い結果もある。
とくにデモの首謀者メラニーの造形がすばらしくて、彼女は無知だし、粗野だし、アルコールも麻薬もたしなみ、子供の父親が誰なのかはわからないし、某巨大掲示板だったらDQNと呼ばれそうな若者なんだけど、善し悪しをべつにして彼女がどうして失敗して、それから家族のために何をしたのかというのは非常に面白かった。これはきっと女性にしかかけないんではないだろうかと思った。始末のつけ方が男性作家では無理なんだよね。
グーグルで「遮断地区」と検索すると「遮断地区 ネタバレ」と出てくるのだが、ネタバレはあまり意味が無い。読んだ人ならわかるのだが、この事件がどんな顛末を迎えるのかというのは冒頭にはっきり書いてあるんだよね。この本は間違いなく過程を楽しむ小説だと思う。
私はその過程が非常に面白いかった。もう読みたいような読みたくないようなで、ページをめくる手がどんどん早くなるような。
善悪スッキリ、結末はっきりというタイプのお話が好きな人には合わないだろうが、それ以外の人には文句なしにオススメの小説。年末年始のお休みにでも読んでみてほしい。
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