2013年6月30日日曜日

ディヴィッド・ピース/Tokyo Year Zero

日本在住のイギリス人作家による警察小説。
かなり気持ちの悪い作品です。

終戦のまさに当日、玉音放送の直前、海軍衣糧廠女子寮で女の変死体が発見される。強姦されて殺されたのだ。警視庁の三波刑事は現場に向かうが、事件は憲兵の管轄となりその場で犯人が殺害される。玉音放送が流れるその中で。
1年後、修正後の混乱の中芝公園で女性の変死体が発見される。そして第2、第3の死体が…

終戦後の復興というといまいちピンとこない。まあ大変な時代だったのだろうと思うが、実はあまりよく知らない。ひょっとしたら私だけでなく多くの日本人がそうなのかもしれない。戦争の是非とはともかくとして、敗戦した日本にとっては屈辱の時代だったからそうなのだろうか。
イギリス人の著者はこの小説でその時代を見事に書き出した。勿論フィクションである小説だからそのまま現実世界に置き換えることは難しいにしても、私の想像していたのより悲惨な焼け野が原がそこに広がっていたのであった。
生命力に満ちているといえば聞こえがいいが、粗野で不潔で各人が生きるのに必死である。終戦のちょうど一年後であるから真夏なのだが、兎に角人の汗のにおい、タバコのにおい、安酒(バクダン)のにおい、ものが腐敗しているにおい、汚物のにおい、それらがギラギラとした太陽に燻り出されて渾然一体となって行間から立ち上るようである。戦争を生き残った人たちが、貧しく、そしてどん欲に生きようとしている。
GHQが支配し、勝者である米兵たちが我が物顔で町を歩き、復興の槌の音が鳴り止まず、人々は汚れたぼろをまとい、電車は人であふれ、闇市はマーケットと名をかえてヤクザものが支配し中国人やその他外国人と血で血を洗う抗争を続けている。
そんなカオス状態の東京を舞台にした警察小説である。主人公である三波刑事の一人称視点で物語が進むのだが、世相を反映してか、否読み進めるとこの主人公は外界よりさらに混乱していることが分かる。行間に主人公の混乱した独白が挿入されるのだが、とても刑事とは思えない。さながら精神病患者の様で、今と昔がごちゃごちゃに混ざっている。
やくざに頭を下げ、金と睡眠薬を恵んでもらう。警察手帳をたてに一般市民からタバコを巻き上げる。商売女を強姦する。頭は破裂寸前で吐いてばかりいる。眠れない体を抱え汗をかき幽霊のように東京を歩き回る。ハードボイルドどころではない。そして正義がない。この小説では正義という言葉一回も出てこないんじゃないだろうか。読んでいるだけで窒息しそうになってくる。閉塞感と暑さで。

この小説は対立構造になっている。
勝者であるアメリカ人と敗者である日本人、男と女、都市部と農村部、戦前戦中と戦後、正気と狂気、日本のやくざと外国のやくざ、夜と昼、誰かと私。そして主人公が独白するように両者の間には違いがないのかもしれない。いや、2者間の協会が曖昧になり溶け合っているのだ。接近すればするほど、注目すればするほど混ざり合っている、混乱する、訳が分からなくなる。だから正義がないのかもしれない。人が死んで、生きているのである。真夏の焼けるような太陽の下で。

この小説は実際の事件を元にしている。知っている人もいるかもしれないが、小平事件という一連の殺人事件である。ネタバレになる可能性があるので詳しくは書かないけど興味のある人は調べてみると面白いかもしれない。私は事件の概要しか知らなかったけど、なんとも嫌な事件である。ベタベタしていて人の欲望のにおいが漂ってきそうだ。まさにこの小説にはぴったりなのかもしれない。

オフィシャルサイトで作者ディヴィッドさんのインタビューが読めます。面白い!
可能ならば本を読んだ後に読むのがいいのかと。
http://www.bunshun.co.jp/tyz/author.html

さて物語とは関係ないのだけど、本編後に作者による参考文献の紹介がある。直接資料にしたもの、間接的に影響を受けたものが載っているのだけど、音楽の欄に人間椅子、Sigh、Church of Miseryと記載されていてちょっと驚いた。う〜ん、マニアック。

季節はちょうど夏であるから、読むには絶好の機会ではないだろうか。
ただし気持ちの悪い小説である。読む際には気をつけてください。
内容の面白さについては折り紙付きだと思います。

2013年6月29日土曜日

Woe/Withdrawal

アメリカのブラックメタルバンドの3rdアルバム。
2013年にCandlelight Recordsから。
一口にブラックメタルといって、今となってはもかなり細分化されてきている。このバンドはハードコアの要素が結構強い。
いわゆるポストブラックということなのだろうが、前に紹介したDeafheavenのようなオシャレな要素は皆無。ブラックメタルの邪悪さをハードコアの持つ明確な攻撃性で補強したような音楽性とでも表現したら良いだろうか。ちょっとフランスのバンドCelesteに通じる音楽性。

何と言っても曲の作りがすごい丁寧で格好いい。
分厚いギターもハードコアっぽいのだが、トレモロを多用していて聴いていると確かにブラックメタルなのが面白い。
ボーカルはブラックメタルとハードコアのちょうど中間といったわめき声がメインだが、たまに低音強調した歌唱法や妙に怪しいクリーンボイスで歌い上げたりして結構多彩。
たたき過ぎのドラムはなんだかたまにグラインドコアっぽい派手さがある。
それらのアンサンブルが生み出す曲の構成が最大の魅力か。基本的に突っ走るバンドなのだが、いい具合に曲に構成をつけていて、轟音トレモロリフ、色気のある妖しいアルペジオ、長過ぎないギターソロはいいアクセントになっている、そしてフックのあるメロディアスさ。何ともいえない残響の切ない趣と、疾走する轟音の攻撃性の見事な調和である。素晴らしい。
全体的にじめじめとしたひがみっぽい感じが無く、爽やかという訳には勿論いかないけど妙に謙虚なところがある。Metallumのページを見ると当初歌詞のテーマはサタニズムだったが、現在はもうちょっと個人的かつ内省的なテーマにシフトしているようだ。ここの部分もそういった音楽性と関係があるのかもしれない。

プリミティブブラックのような独特の閉塞性はないが、次世代ブラックの一翼を担える実力があるバンドだと感じた。
かなーり格好いい、おすすめのアルバム。

2013年6月24日月曜日

椎名誠/チベットのラッパ犬


突然だが私は弐瓶勉さんの漫画が好きだ。
現在アフタヌーンで「シドニアの騎士」を連載しているあの弐瓶勉さんである。
初めてアフタヌーンで「BLAME!」を読んだときは衝撃だった。当時ジャンプやヤングジャンプなどの漫画ばかり読んでいたので、バサバサした絵。全く意味の分からない世界、少なすぎる台詞のすべてが新しかった。漫画ってこういうのもありなの?と思ったことを覚えている。
さてその「BLAME!」の中に電基漁師という人たちが出てくる。外骨格に身を包みながらどこからしら素朴な彼らにはその各人に名前の元ネタがあると知ったのはおそらくネットかなにかだと思う。「づる」や「捨吉」というその名前は椎名誠の小説からとられたのだそうだ。そうして手に取った「武装島田倉庫」が私と椎名誠さん(の小説)との出会いだった。勿論椎名誠という名前は知っていた。もじゃもじゃ頭のおじさんで馬に乗ってCMに出ている人でしょ、まあ小説家らしいけど、位の認識だったが。
「武装島田倉庫」を開けばそこにはまた私の全く知らない世界が広がっていたのである。私はその後も椎名さんの不思議なSF小説を全部ではないけど非常に楽しく読んできた。はっきりいうともうすごい大好きなのです。

長くなってしまったが、今回ご紹介するのがその椎名誠さんによるSF小説「チベットのラッパ犬」である。始めにいってしまうが今回も面白すぎるので皆様にはぜひ読んでいただきたい。

世界規模の戦争により荒廃しきった世界。技術の進歩は様々な技術や兵器を生み出し、それらの乱用により各国の様相は大きく変わり、また生態系も今のそれとは全く違う世界。兵士の「おれ」はサイバネティクス兵士に必要不可欠な人口眼球に必要な素材を手に入れる任務でチベット付近の田舎に潜入する。ところが任務完遂まで後一歩というところで素材をサイバネティクス犬に奪われた「おれ」はなんと自分も犬に姿を変えて、敵を追うことになる。

椎名さんのSF小説は厳密にはっきりと明言されている訳ではないけど、だいたい共通の世界観を共有している。発展し続けた世界がある時点で起きた大世界戦争で一回崩壊寸前まで破壊し尽くされてしまったのである。化学兵器の乱用により空は常に曇り、海は油の皮膜に覆われ、陸上にかぎらずあらゆるところに珍奇で(凶暴)な生物(中には人為的な合成生物もたくさんいる)が跋扈している。食料やエネルギーは慢性的に不足しているから所謂上層に所属していない人々は原始的な生活を送ることを余儀なくされている。しかし一旦発展した未来の技術は散発的に存在しており、そのアンバランスさが物語を面白くしている。
こうして書くとかなり暗い未来のようだし、実際汚染された世界でのサバイバルが必須になるから殺伐とはしている。ただ椎名さんの小説で面白いのは結構明るく書かれている。というのも登場人物たちがみんなたくましい。状況によるところも大きいのだろうが、うじうじしていない。よく動き、よく食べる。平気でだまし合いもするし、殺し合いもするがひねくれたところがなくて、みんなまっすぐに生きているから物語自体が決して陰惨にならないのである。
この世界観はやはり作者の椎名さんの正確に起因するところが大きいのだと思う。椎名さんはまったく作家らしくないことに世界の辺境に旅にいくことがたのしみらしく、この奇妙な世界観は結構そういった未開の辺境の地での旅の経験が活かされているのだ。勿論椎名さんの想像力も遺憾なく発揮されているけど、すべてが想像で出来上がったいわば虚構のSF小説とはちょっと趣が異なるのである。
また不思議な世界観の割に説明がほとんどない。ハードなSFは結構未知の技術でもそれらしい説明がなされることもあるけど、椎名さんの場合は不思議な言葉が山のように出てくるがほとんど詳細な説明というのはされない。弐瓶勉さんの漫画もそうだけど、私はこれが大好き。なぜかというと読み手の想像が際限なく膨らむからである。椎名さんのいろんな小説にでてくる「ねご銃」ってどんな形をしているんだろう?うーん、楽しみはつきない。

さてこの小説はいままでの椎名さんのSFとは少し趣が異なる。というのも珍しく結構色々なものの説明が入る。一番すごいのは世界を荒廃に導いた大戦の発端がかなり詳細に書かれている。勿論同じ世界の共有というのも解釈の一つなのですべてのお話が本当に一つの世界で起こっていることを別々に書いているかは分からないけど、これはかなり興味深い。おそらく主人公が明確な任務を帯びている兵士であることが要因だろうと思う。全体に漂う雰囲気がいつもよりシリアスである。行き当たりばったり感がちょっと少ない。ただし兵士の割にはやっぱり主人公はのんきなところがあって結構窮地に陥ったりしてそこが面白い。「迂闊だった〜」という場面が何回かあって、あんた兵士なのにのんきだな!となんとなく憎めないのが面白い。

私はただ物語が好きなので椎名さんのこういった本がどのくらい読まれているか知らない。ただほんのベストセラーランキングをみるとちょっとマイナーなのかと思う。ベストセラーランキングに入る本がつまらないとは全く思わないけど、私はどちらかというとこういったちょっとかわった物語が大好きで、少しでもその面白さを他の人に伝えられることができたらこんなに幸せなことはない。
是非手にとっていただきたい本です。おすすめ。

2013年6月23日日曜日

R・D・ウィングフィールド/フロスト気質

フロスト警部シリーズ第4弾。
物語はいよいよ長くなり、ついに上下で分冊と相成りました。
相変わらずの面白さです。

イギリス郊外の町デントン。所謂ぱっとしない田舎町に赴任した部長刑事リズ・モード。上昇志向の強い彼女は警部の一人が不在の今こそ手柄を立てて出世への手がかりにしようと意気高揚していた。おりしもデントンでは乳幼児の傷害事件に加え、子供の殺人事件、富豪の娘の誘拐事件、子供の失踪事件が同時多発的に発生し、混乱を極めていた。これらの事件をある種のチャンスと捉える彼女はしかし、デントン署きっての風采の上がらないお荷物警部フロストのもとで働くことを余儀なくされる。下品で粗野、礼儀知らずでうだつの上がらないフロストのもとで。さらにフロストやデントン署の面々と因縁のある警部代行のキャシディが赴任し、自体はさらに混迷の一途をたどるのである。

今回はメンツにちょっとした変更があって、ライバルのアレンは今回も早々に退場。相棒になる「坊や」はなんと今回女性刑事の「嬢ちゃん」に。相変わらず自信家で上昇志向なのはかわらないが、今回の相棒は全3作の最後までフロストの本質を身抜けたかった坊やたちに比べるとにくらべると今回は結構かわいげがある。マレットは本当に嫌なやつだが(本当に回を重ねるごとに嫌らしさが増してきてる)、今回はさらにジム・キャシディというキャラクターが出てくる。役目的にはアレンの代わりなのだが、過去にとある因縁があって兎に角フロストに絡む。上昇志向がつよいのはいいにしても、性格が悪く意外に小物で我が強いからみんなに辟易されている。こいつがいろいろと自体をかき回す訳である。話の筋としては今回も所謂モジュラー型で事件が立て続けに起こるから、4作目にして混乱はいや増すばかりである。

さてフロスト警部ものというと主人公であるフロストの強烈なキャラクターでもってして、警察小説の中でもかなりコミカルな部類に入るのではなかろうか。殺人事件などの犯罪を扱うのであるから、シリアスであるんだけど、全体的にそこまで陰惨にはならない。私は当初そう思っていた。ところが前作を読んでからちょっとその考えを改める必要があるかもしれないと思った。前作は老女連続殺人事件という軸があって、文字通りフロストはその犯人であるサイコキラーと対決した訳だ。性質上ほかにもいろいろな事件が発生し、また繰り返すがフロストのキャラクターでもってなんとなくコミカルにまとめられている。しかしこれはカモフラージュというか作者の読者に対する配慮ではないか?と考えるように至った。前作は陰惨さ凶悪さがかなり増して、形だけでいえばアメリカのサイコキラーものの警察小説と遜色がない気がする。勿論派手な科学捜査やプロファイリングは出てこないけど、(私の考えでは)そんなものはギミックであり、警察小説の本質ではない。作者は作品の暗さをあえてコミカルさで覆い隠してしているような印象を受けた。誤解がないようにいいたいのは暗さを書いていないということじゃない。しっかり描いているけど、それが、それだけが作品にあふれかえらないように配慮がされているのではないかと思っているのだ。
今作を読んでその思いが強くなった。今回はメインになるのは子供に対する殺人と誘拐がメインである。思えば老人や浮浪者、子供など作者は常に弱きものを書いてきた。弱い人たち、駄目な人たち(酔いどれや宿無しもたくさん出てくる。)を本当にリアルに紳士に描いたけど、常にその扱いには(フロストを通して)優しさがあった。弱いものたちへの愛があって、フロストは彼らを決して見捨てない。浮浪者をぞんざいに扱う部下には怒ったし、時には加害者に同情することだってあった。どんなやつが殺されても、必ず自分で家族に報告に行く、それがフロストだった。
フロストは警官ですらないかもしれない。フロストは実は警官の流儀や動機で動いていない。今回誘拐事件に挑むフロストははっきりと子供の発見を犯人の逮捕より優先すると断言する。署長に対してだ。警察官は法を犯したものをとらえるのが仕事なんじゃなかろうか。勿論未然に犯罪を防ぐことや、誘拐された子供を無事に保護することだって警察の仕事であることは間違いないと思う。でも犯人を逮捕するということは所謂花のあるしごとではなかろうか。とかくフィクションである小説の中では。しかしフロストは否であるという。俺は子供を助けたい。死んでいるかもしれんが、子供を見つけて親元に帰してやりたいというのである。そのことで犯人を捕まえられなくても俺はしょうがない、というのである。私はいったいどちらが正しいのか分からない。けどやっぱりフロスト警部は弱いものの味方であって、彼らを決して見捨てないのだ。軽口をたたいて下品な冗談をいくら喋ったってフロスト警部は常にぶれないのだ。本人も気づいていないかもしれないが、適当(彼が適当であるのは間違いない、そこが面白い。)な本質の下には弱いものたちへの愛があって、だから彼はそういった人たちを食い物にする犯罪(罪を憎んで人を憎まず)を憎み不眠不休で働き続けるのだと思う。

フロスト警部ものはコミカルな小説であることに間違いはない。吹き出したり、声を出して笑っちゃうところもたくさんある。ただしあなたがこれを警察小説の形をとった風采の上がらない親父がなんとなく事件を解決してしまうコミカルなだけの物語と思っているのな、それは大きな間違いである。喜劇性の覆いをとれば、そこにあるのは残虐な犯罪とそれに苦しむ人たちである。誤解している人たちにこそぜひ読んでいただきたい。これは正義の人のお話である。
作者の逝去が残念でならない。ここまで来たらフロスト警部の長編は残り2作である。

Deafheaven/Sunbather


アメリカはカリフォルニア州サンフランシスコのバンド。
2013年にConvergeのジェイコブさんのレーベルDeathwish(元ネタはチャールズブロンソンの映画なのかな)からリリースされた2ndアルバムです。

ラベルをみてもらうと分かるんだけど、このバンドの音楽性ははっきりとしたジャンルでくくりにくい。ボーカルはブラックメタル系のギャーという感じの若干ぶち切れたようなテンションの叫び声。トレモロリフを多用したリフは確かにブラックメタルを思わせるんだけど、音質はブラックメタルの邪悪で劣悪なそれとはほど遠く、ハードコア由来のポストロックのようにクリアでなんていうかこうキラキラしとる。音の重厚さと同居する芳醇さそして独特の反響は、アレ?シューゲイザー?激しかったのが一転平気でピアノなんか入れちゃったりして、あらステキという感じはまさにそれっぽい。
要するにいろいろなジャンルの影響が見て取れるんだけど、全体に吐き出されるのがつぎはぎだらけのいびつな音楽というよりは、多様な要素が見事に調和している素晴らしい作品になっております。
彼らのルーツがいずれのジャンルなのか分からないけど、確かにそれぞれのジャンルが似た部分を持っているから不思議にしっくりくるんだよね。海外ではこういったジャンルをBlackgaze(ブラックメタル+シューゲイザー)とかポストブラックといったりするそうです。

それにしても結構キラキラした演奏にブラックメタル然とした叫び声というのは非常にしっくりくるよね。あとは曲の展開が激アツなんよね。結構あざといくらいドラマチックに作られているんだけど、これだけの完成度でもって演奏されてしまうとそれはもうごちゃごちゃいわずに酔いしれるしかない訳です。比較的曲が長めなんだけど(だいたい9分〜15分くらい)ちっとも気にならない。轟音をまき散らしながら疾走するパート、嵐の前の静けさのような予兆を感じさせる不穏なパート、反響に満ちたゆらゆら揺れているようなアンビエントなパート、いろんなパーツがパズルのピースのように見事にはまっている印象。渾然一体とはこのことか。例えばVertigoという曲ではゆったりとしたポストロックポイパートから妙にメタルっぽいギターソロが唐突に飛び出してくるのに吃驚していると、あっという間に凶悪なボーカルが洪水のような激しさで襲いかかってくる。こいつは新しい時代が生み出したキメラ的な音楽なのだろうか。いろんな動物のパーツでできているキメラだが、昔の人もありえねーと思ったらしく、キメラという言葉にはあり得そうもない奇妙な、といったような意味もあるそうだ。なるほど確かにDeafheavenの音楽は奇妙ではあるのだが、実際に確固として存在していることを考えると、彼らは決していびつな混合生物キメラではないのかもしれない。

オシャレかつポップなジャケットは初めてにとったときはうおお、ひねくれてるねと思ったけど、アルバムを聴くと結構なるほどとうなずけてしまうから不思議。

これはすごいアルバム!
皆さん買って聴きましょう。


2013年6月22日土曜日

Church of Misery/Thy Kingdom Scum

日本のドゥームメタルバンドの4thアルバム。
2013年にRise Above/Metal Bladeから。最近Rise Above率高いです。

前作「House of  the Unholy」は”一見”オシャレなジャケットでしたが、今回はも渋いのは渋いんだけど血糊コラージュがされていて下品なくらいの殺気が漂っております。

一口にドゥームメタルといっても昨今はバンドによってその音楽性に大分バリエーションがありますが、このバンドのそれは奇をてらわないストレートなものになっています。
勿論重くて遅いのですが、どちらかというとブルージーな雰囲気があって、ドゥームメタルの要素を過度に突き止めている訳ではありません。
うねるようなギターリフに、うねうね這い回るベース(ベーシストの方は三上さんとおっしゃるのですが、映像みるとベースの位置がすごい低いんですよね。ギターとベースは位置が低いほど格好いいのだ!と会社の先輩がいってました。三上さんは多分今までみた中で一番低いです。確かに格好いい。そしてすごい手首が柔らかいんだなあ、とみるたびに感心してしまいます。)、ドラムは重苦しいけどグルーブを損なわなく時に軽快ですらあります。ボーカル(失踪したけど戻ってきたそうです。よかったよかった。)はドスの利いた低い声なのですがデス声というのではなく、ここがこのバンドを独特足らしめているのかもしれません。というのもこのバンド聴くといつもおもうのですが、メタルというより、ロックの要素が強いんです。ロックって何よ?ということになるといきなり深い哲学的な問いになってしまってそんなもん勿論答えられるわきゃあないんですが。要するにラフっぽいんだけど結構神経質、荒々しいけどノリが良いんですね。メタルも神経質だけど結構がっちり固まっちゃってしまうことが多いですよね。このバンドは楽曲の構成や間の取り方が結構伸びやかなんですね。さらに音楽性は激しいけど、シリアス一辺倒というのではなく単純に聴いていて気持ちよくなるノリの良さがあります。
要するに小難しいこと考えなくても、聴いているだけで楽しくなっちゃう音楽です。

これだけなら、よかったね〜いいアルバムだね〜ということで終わるんですが、このバンドはそうはいかない要素があります。
このアルバムに限らないことですが、曲名をみるとタイトルの後に人名が書かれていることが分かるかと思います。(勿論カバーとかはのぞきます。)
つまり彼らの楽曲にはモチーフとなる人物がいて、その人にまつわるテーマで楽曲を作っている訳です。そのモチーフとなる彼らというのが、みんな殺人者たちなわけです。それもただの殺人者ではなく、大量殺人者だったり、手口が極端に残虐なことで世間に大いに(そして大抵は多大な嫌悪感を持って)賑わせた犯罪者ばかりです。所謂快楽殺人者だったり、サイコパスだったり、ソシオパスだったりという人たちもいるでしょう。
この要素を知ってからもう一回楽曲を聴くと、さっきは楽しかった曲もなんだか薄気味悪く聴こえたりする気がするから不思議ですね。要するに一筋縄でいかないバンドなんだと思います。かなり凶悪で不吉なバンドです。ちょっとした底意地の悪さというのが根底にあるのですね。そういった隠し味(全然隠してないけど)がこのバンドをさらに独特なものにしているのだと思います。
なんだか批判しているみたいになってしまいましたが、私は彼らの音楽とスタイルが大好き。私も学生時代に恐ろしいことをやってのける殺人者たちの内面が知りたくて、ネットで調べたり、平山夢明さんの本を読んだりしたものです。たしかSlipknotのギタリストの方もそういったことを調べるのが好きだったと思います。異常さというのはそれだけで人を引きつける何かがあるんですね。
ある種の不謹慎さがあることに間違いがないが、それが魅力にもなっている不思議で格好いいバンドです。
いろんな人にお勧め!


2013年6月16日日曜日

R・D・ウィングフィールド/夜のフロスト


イギリスの名物警部フロストが活躍するシリーズ第3弾。
1992年発表、本邦に訳されたのは2001年のようです。
すっかりはまってしまいました。

イギリス郊外の町デントンでは流感(インフルエンザ)が大流行。デントン署も病欠が頻発。そんな中示し合わせたように事件の災禍が猛威を振るう。誹謗中傷の手紙、行方不明の女子高生、新婚の夫婦に対するいやがらせ、そして連続老女殺害事件。人手不足のデントン署で病気とは無縁のジャック・フロスト警部が勤務超過上等で事件に立ち向かう。

さて今回も事件が次から次に起こり、フロスト警部も読者も休む暇がありません。こういう風に様々な事件が連続して起こるミステリをモジュラー型というそうです。回を重ねるごとに同時進行する事件が増えていくようで、容疑者や目撃者を覚えるのがちょっと大変でした。
相変わらずフロストは軽口と冗談と下ねたを連発しながら、マレットに説教されつつ、超過勤務をいとわず精力的に事件会月に奔走する訳なんですけど、今回の事件はことさら手口が残酷です。メインとなる事件の一つ連続老女殺人事件なのですが、その手口と描写の生々しさがかなりリアル。アメリカはハリウッドのサイコホラーで映画が一本撮れそう。今までの事件ももちろん人が死んだりしている訳だし、残酷ではありましたがフロストの性格もあって読者的には割と楽しく読めたのですが、今回はフロストの軽口を持ってしてもその残酷さを覆い隠しきれない…目撃者や被害者の人生も結構細かく描写されていて、人が殺されるという悲劇とそのやり切れなさを眼前につきつきられているようでした。現代社会で周囲との関係性が希薄になり孤立した老人たちの生活を問題提起しているとまではいいませんが、ひねくれ者の(と私は勝手に思っています)作者のことだから、エンターテインメントとしての小説の中で、それも人の死が面白みの中心的な要素になるミステリ小説の中であえて、人が死ぬということをオブラートに包みながらも紳士に書いているんではなかろうか。ミステリといっても警察小説だから、主題となるのは犯人探しとしても本格のそれとは趣が異なる訳で。また我らがフロスト警部は相も変わらず推理を外しまくる。直感を信じて証拠をねつ造する。このフロスト警部シリーズはもちろん警察小説なのだけど、ほかのそれらとはちょっと違う。もうちょっと事件という現象について焦点をあわせて書かれているようだ。人情小説というのは出はないが、それが(個人レベルの)社会においてどういう意味を持っているのか、というところに面白さがあるような気がしてきた。首をかっ切るという手口は今はもうありふれてさえいるのかもしれないが、私がそれを残酷だと感じたのは、逆説的になるかもだが、この小説が小市民の日常や毎日を丁寧に描写してるからなのかもしれないと思った。

さあそんなことをもちゃもちゃ考える必要もない面白い小説ですので、気になった皆様はぜひ1作目から読んでいただきたい。

Ghost B.C./Infestissumam

スウェーデンのロックバンドによる2ndアルバム。
2013年リリース。
このバンド1stアルバムをリー・ドリアンさんのRise Above Recordsからリリースして以来色々と話題になったバンドらしく、なんと日本版もリリースされました。私は1stアルバムは聴いていないのだけれど、流行に乗って買ってみたよ。通常版と2曲加えた限定版、日本版はさらに1曲ボーナストラック含むというので、ユニバーサルから出たちょっと高めの(といっても2300円くらいだけど)日本版を買ったんだけど、iTunesで3曲とも買えるんだね…まあバンドの来歴や歌詞の対訳が読めたので良しとしよう。

音楽性を語る前になんだけど、このバンド見た目がかなりかわっている。
真ん中の司祭か司教(違いが分からないよ、適当です。)みたいな格好をしているのがボーカルのPapa Emeritus IIさん。後のメンバーは黒ずくめで誰が誰だか分からない。名前もNameless Ghoulstといってあえて個性が出ないようにしている。
外見だけみるとかなり厳つい、そして怪しい。私はこのビジュアルをみたとき思ったね。こいつらいったいどんだけヘヴィな音楽を鳴らすのか。かなり過激なブラックメタルか。はたまたSunn O)))みたいなアバンギャルドかつ実験的なドゥームメタルなのか。
おそるおそる聴いてみるとそんな考えは見事に裏切られたね。
私はそこら辺の年代の音楽に明るくないからよくわからないんだけど、70年代っぽい(意図された)古くささ漂うポップ性に富んだメタルだったんだよね。
ドゥームメタルっぽさもあるんだけど、アングラ感は見事にない。劇的に遅い訳でも、重い訳でもない。とにかく聴きやすい。
これはもうしてやられたという感じです。自己プロデュースがしっかりしているよね。見た目と音楽のギャップが。
ただよおく聴いていると楽曲の方も一筋縄ではいかない。計算された(批難している訳ではありません。)レトロ感、これが独特の怪しさを作り出している。シンセの独特のセロセロした音もいいんだけど、情感たっぷりのギターソロもたまらない。しかも楽曲自体は結構モダンな感じがする。変拍子やクワイアなどかなりどん欲に要素を取り込んで楽曲のクオリティをとても高いものにしてる。格好とその音楽性で注目度は抜群な訳なんだけど、妥協しないクオリティで一発屋に成り下がっていない。いわば見た目の奇抜さを餌に一目を集めるのだけど、歌もしっかり聴かせるんだね。その歌というのがミソでポップ性がかなり意識されていてとてもキャッチー。ボーカルはこれまた独特の怪しさを持った伸びやかな中音域で、時に見た目に反して爽やかさを感じさせるくらいなんだけど、見事な歌心というのか、叙情的で聴かせるね〜という感じ。思わず歌っちゃうくらいポップでたまらん。
見た目と楽曲の怪しさとキャッチーさを見事に同時に成立させているその唯一無二の音楽性に拍手。中身が見た目に負けてない。むしろ奇抜な見た目すらも楽曲を引き立てる小道具にすぎないんじゃないと思ってしまうようなクオリティ。
歌詞の対訳をみてみるとかな〜りオカルティックでこれも面白〜。

これは話題になるのもうなずける面白いバンドです。
万人にお勧め。びっくり名盤。
とにもかくにも聴いてご覧なさいよ。

2013年6月8日土曜日

R・D・ウィングフィールド/フロスト日和

イギリスの架空の郊外デントンを舞台にむさ苦しい中年警部フロストが活躍する警察小説シリーズ第2弾。原題は「Touch of Frost」。
1997年の「このミステリーがすごい!」海外編で堂々第1位になった名作です。

連続婦女暴行魔が跋扈するイギリス郊外の町デントン。
市内のビクトリア時代にたてられた公衆便所に浮浪者の死体が浮かんだ。
さらに実業家の一人娘が失踪。議員の息子が運転していたと思われる車に老人が車に轢かれる。スツリップバーでは強盗に上がりを強奪される。
次から次に頻発する事件にデントン署の名物警部フロストが挑む。

このシリーズ他の警察小説と比べると面白い点があって、それは様々な事件が立て続けに起こること。もちろん一見関係ない事件が実は見えない糸でつながっていて〜というケースは結構ざらにある。要するに一つの事件が中心に据えられていて、主人公たちがそれの解決挑む訳で、本当に関係ない事件は発生するにしてもあまり詳しくは書かれないのが普通だけど、このフロストものではかなりいろいろな事件が起こる訳なんだけど、関連があるのもあるけど、関連がないのもあってかなり混沌とした状況になっている。事件の謎を追うという楽しみももちろんあるけれど、このシリーズはそれに加えて混沌とした捜査状況を描くこともテーマのひとつなんじゃないかと思った。
とにかく常に人員は足りないし、フロストとその相棒は本当に寝る暇なく働いている。そんじょそこらのブラック企業が裸足で逃げ出すレベルで。
フロストはそのむさ苦しいなりに鋭い観察眼と豊富な経験に基づく直感を備えている。下品な冗談を連発して、周囲を辟易させながらも見るべきところは決して見逃さない。そんなフロストのひらめきや仮説もことごとくうまくいかない。予想が外れる。証拠がない。部下は落胆する。相棒からは軽蔑される。上司からは説教される。それでもフロストはあきらめない。現場には必ず足を運ぶ。参考人のもとには足しげく通う。怪しいやつには食らいつく。フロスト警部はへこたれない。ここが警察官としての彼の本当の強さだと思う。鋭い直感や観察眼も実は彼の強さの本質的ではない気がする。
時にどぎつすぎる軽口をたたきながら、自分の足を使って難事件にがっぷり四つで立ち向かっていく。
前回のお話の感想でフロストは優しいと書いたけど、優しいという言葉だけでは表現しきれない彼の人となりが少しずつ明らかになるようでそこも楽しみの一つ。

またこのシリーズ脇役がとにかくいいキャラしている。
今度のフロストの相棒は元々警部だったけど、上司を殴って降格、デントン署に左遷されてきた若者でとにかく血気盛んで手が早い。ここまで書くと一見いいやつなんだけど、前作同様フロストの頭の切れには気づかず、終止彼のことを見下している。こういうキャラを脇に置くことで、フロストのだらしなさ(フロストは一見だらしないが、というのではなく本当にだらしない。)と、その背後にあるひらめき(本人は直感という。)と賢さが強調されるのかと思う。ただフロストはあまりにもへこまれされたりするので、もっと味方になるようなやつがそばにいたらなあと思って、結構やきもきする。

また署長で警視のマレットは1作目でも嫌なやつだったけど、回を重ねるごとに嫌らしさと小物感が増してきて実に腹が立つ。これがまた名脇役といえる。

う〜ん。面白かった。
前作を読んだ人には文句なしにおすすめです。
気になった人はやっぱり1作目から読んでね。

Terror/Live By the Code

アメリカのハードコアバンドの5th(6thと書いてあるところもあるね。)アルバム。
2013年にVictory Recordsから発売された。

普段はあまり聴かないジャンルなのだが、私の大好きなロックバンド「マイナーリーグ」のギタリスト長島さんがTwitterでお勧めしていたので買ってみた。

所謂オールドスクールなハードコアというジャンルにくくられるのであろう音である。
曲が短く疾走感満点でほとんどの曲が2分台でおわる。
ボーカルはハードコア特有の怒りに任せて吐き出すような叫び声。ザクザク刻むギターは結構メタリックな音をしている。ただしリフはあくまでもシンプル。ベースは音が太く、うねるよう。ドラムはテクニックのひけらかしはなし、シンプルで力強い。
全体的にまっすぐな曲構成でストレートど真ん中である。
ハードコア特有のコーラスが要所要所に入るのだが、これが男臭くてかっこうよい。せき立てられているようで、男らしさのかけらもない冴えない私でも何だが応援されているような気がして元気になる。
攻撃的な音楽性はネガティブな感情がその原動力なのかもしれないが、曲として昇華されたそれらは、暴力的なものであるが不思議と爽やかさがある。妙にいじけたり、めそめそしたところは皆無である。ストレートに感情の固まりをぶつけてくる。まさに真剣勝負な音楽性。

メタラーなあなたにもお勧め。
癒し系は好きじゃないけど応援されたいというひねくれた人にもお勧めの元気がであるアルバムです。

とにかくかっこいいタイトルトラックをどうぞ。

2013年6月2日日曜日

ユッシ・エーズラ・オールソン/特捜部Q-Pからのメッセージ-

デンマークはコペンハーゲン警察署地下に設置された、未解決となった事件のみを扱う部署特捜部Qの物語第三弾。
作者は強面ユッシ・エーズラ・オールソンで、この本は北欧5カ国の最も優れたミステリ小説に贈られる「銀の鍵賞」を2010年に受賞。
ちなみにこの本はハヤカワのポケットミステリといって文庫よりサイズがでかい。私は大抵通勤のときの読書に便利なので(安いし)文庫本を買うのだけれど、文庫化されるのが待てなくて買ってしまった次第。前作がとても面白かったので。(そこまででかくはなかったです。)

未解決事件のみを扱う部署の警部補カール・マークのもとにある日ボトルに入ったメッセージが届けられる。ボトルの中には助けを求めるメッセージが入っていた。どうやら誘拐され閉じ込められた子供が犯人の目を盗んで波間に託したらしい。
長年波に洗われ、引き上げられた後も長い間放置されてきたそのメッセージはしかし、劣化により内容の判別は困難だった。相変わらずやる気のでないカールだったが、謎が多いシリア系移民のアサドと変人ローセとその姉ユアサが解読に乗り出し、事件は思わぬ方向へ。

過去の作品と同様、事件を捜査するカールたちの視点に加えて、まさに今犯行をおかしつつある犯人の視点が入り交じって書かれている。
過去作の記事でも言及したが、とにかくこの作者頭のねじが完全に外れたサイコパスの人物造形がとても巧み。いずれのタイトルでも完全に逸脱している狂人たちを書いている訳なのだけど、どいつもこいつもある種の犯罪の天才であって、残忍な殺人を繰り返す一方で功名に日常生活を送っている。いわば社会にとけ込んだ獰猛な捕食者たちであって、カールたちは彼らの食事の痕跡を見つけることはできるけど、彼らの姿を見つけることがなかなかできない。ここがもどかしい反面、ハンターのように捕食者たちを追いつめるカールたちという構図がたまらなく面白い。
前作では犯人たちは超絶金持ち集団だったが、今回は趣を異にしておりなんと誘拐で生計を立てているという一匹狼。かなり丁寧にその生い立ちや人間性が描写されている。いかに彼が歪んでいったのか当過程がしめされているのだけど、同情するというよりは嫌悪感しかわかないような描写はさすがというべきか。

今回のお話は日常生活から孤立した宗教にのめり込む家族たちが被害者になるのだけれど、批判するというより冷静に描写するという感じで新鮮。宗教という枷によって(宗教というものが現代においては枷にしかならないという意味ではないです。)バラバラになった家族に対するカールのエピソードもうるっとさせて良い。

カールの相棒ハーディが半身不随になり、カール自身もトラウマを追った釘打ち機殺人事件も不気味な予感をはらませつつ少しずつ進展し、次回作も気になるところ。

過去作を読んだひとには文句なしでおすすめ。そうでない人はぜひ第1作目から読んでね。

2013年6月1日土曜日

Queens of the Stone Age/…Like Clockwork

元Kyussのギタリストだったジョシュを中心に結成されたロックバンドの6thアルバム。
2013年Matadorから発売されました。

元Kyussという説明はもはや不要かも。ジャンル的には煙たいブルージィな音楽性からストーナーロックにくくられるのかもしれませんが、ジョシュさんはここにカテゴライズされるのが好きじゃないらしく、また特に本作を聴いてもうストーナーロックというカテゴリじゃねえな、とおもいました。じゃあ何よ?といわれると非常に困るのですが…まあロックで間違いないでしょう。それも極上のやつです。
このバンド初期はジョシュさん曰く「ロボットロック」で、同じフレーズを反復する麻薬的なロックでありましたが、アルバムを出すにつれて初期のロボットぽさは薄くなり、ジャンルにとらわれないような自由気ままな音楽性にシフトしていきました。
陶酔感はあるのですが、麻薬的というよりはもっと夢見がちな浮遊感とでもいいましょうか。どこかけだるく、時には投げやりな感じすらある乾いたサウンドはこれ自体かなり特徴的。ギター、ベース、ドラムのバンドアンサンブルに加えて、キーボードを始め結構いろんな楽器をじゃんじゃん使っているようです。言わば余り型にとらわれない曲の完成度を重視した楽曲というのでしょうか。ただしギターの音はあくまでも厚く、あくまでもロックバンドです。
ジョシュさんの歌い方も初期に比べるとかなり多彩になってきました。この人男の私でもドキッとするようなセクシーな声ですね。けだるいんだけどすごみがあり、すごみがありつつも聞き手を楽しい気持ちにさせてくれるというまさに魔法の歌声。

どの曲も結構明るくて聴いていると楽しい気持ちになります。ただこのバンドほかのアルバムでもそうでしたが、明るい曲の中にもどこかしら虚無感というか、孤独感、物悲しさが見え隠れしていています。そこが素晴らしい。
特に「I Appear Missing」という曲。タイトルからして意味深だが、これがもう。
はかなく半分夢見ているようなボーカルが光る前半、切ないサビから不穏な間奏を挟み、後半一転悲鳴のようなギターソロ(始まる前の一瞬のタメがもうヤバい。)で昇天。人生のエンドロールかというようなクライマックスで余韻を残しつつ終わりを迎えます。
ひどい。なんて曲を作るんだ。切ねえ。なんという虚しさ。

またゲスト陣も豪華かつ豊富であの人やあの人など知っている名前がたくさん。
http://en.wikipedia.org/wiki/...Like_Clockwork

これはすごい夢です。一大傑作。全人類必聴の。買って聴いてください。

劇(薬のような)曲。
映像も曲も素晴らしい。ただし原曲の半分だけで、ビデオにはない後半が加わるともはや神。

Zeke/Kicked in the Teeth

アメリカはワシントン州シアトルのパンクバンドZeke(ジーク)の3rdアルバム。
1998年にパンクの名門Epitaphからリリースされた。
ちなみにその後エクストリームメタルバンドの名門Relapseに移籍したようです。

疾走感のあるパンクバンドである。疾走感のある、といってもこれまた過剰な疾走感である。速すぎるんじゃないかね、というくらい速い。曲もたまに2〜3分台のものもあるけど、だいたい1分以内に収まる。その短い中にこれでもかというくらいに詰め込まれている訳なのだが、いわゆるパワーバイオレンスとは一線を画す音楽性になっており、大変面白い。初めて聴くと速くってあっという間に1曲が終わってしまうけど、それでも普通のパンクと違うということが分かると思う。何回か聴いてみるとわかる。このバンド、ハードロックの影響がある。一番分かりやすいのはリフで、結構凝っている。
アルバムの中には前述のような多少尺の長い曲もいくつかあって、それら聴くとおお、結構これはロックっぽいぞ!と露骨に分かると思う。そういえばボーカルのちょっとしゃがれた声も、ちょっと煙たい、誇りっぽいような音作りもロックに由来がありそうだ。たまに入る短いギターソロもまさに鳴きのギター!とても気持ちいい。要するに結構渋みのある音楽性なのに、めちゃくちゃ速く演奏しちゃう、という強引さ、というかやんちゃさによってとても面白いことになっている。

17曲で21分弱。あっという間に終わってしまう中にも奥行きもあって、馬鹿っぽさのなかにも油断のならない不敵さがある。
構えて聴く必要はない。ノリが良くて曲も速くて、あっという間に終わってしまう。これはあれだ。何も考えずに曲にあわせて体を揺らしていればいい。

普段パンクを聴かないひとでも全然聴ける、むしろ大変おすすめ。

The Dillinger Escape Plan/One of Us is The Killer


アメリカはニュージャージー州のハードコアバンドThe Dillinger Escape Planの5thアルバム。
The Dillinger Escape Planを初めて知ったのはいつだったろうか。
はっきりと覚えていないが多分ボーカリストがかわった「Miss Machine」が発売された頃だと思う。
それから結構なメンバーチェンジを繰り返してきた彼らだが、上記「Miss Machine」収録の「Panasonic Youth」に吹っ飛ばされて以来、どのアルバムも気に入っている。
前作の「Option Paralysis」からさらにメンバーが変わって、オリジナルメンバーのベンさんと2代目ボーカリストのグレッグさんのほかに新メンバーを2人加えて制作されたようだ。

彼らは日本ではカオティックハードコアと呼ばれることが多い。(ほかにConverge、Cave In、Isisなどがこのジャンルに括られることが多いと思う。)メタルやハードコアをぐしゃっとごちゃ混ぜにした音楽性はまさに混沌という感じだが、どうやらこの呼び方日本独自みたい。WikiなどによるとMathcoreと書いてある。メタルコアの派生ジャンルの一つで複雑な展開や変拍子を多用するジャンルとのことだそうな。

「Miss Machine」からハードコアの攻撃性にメロディアスな叙情性を大胆に取り込んできたが、今までのアルバムはこの言わば静と動のパートが結構きれいに別れていたように思える。ところが本作では2つのパートの境目がいよいよ曖昧になってきており、ブチ切れたようなうるさいパートが全く切れ目なく、妙に怪しいメロディアスなパートに移行している。徹底的な過激さ(ただしあくまでも彼ら流の表現の仕方が踏襲されていて個人的にはとても嬉しい)と徹底したメロディ性。言わば熱湯と冷水のような。このアルバムで面白いのはそのつなぎの部分である。だんだん温度が上がって(もしくは下がって)いくのか、それとも熱湯の後になんの前触れもなく冷水をぶっかけられるのか。この2つの温度変化を見事に使い分けている。そしてまた暖かくもない、冷たくもない部分が秀逸である。おや、と思うととんでもないところに連れ込まれている。いったいどこに連れて行かれるんだ?というまるで迷路のような曲展開。

カオティックハードコアとはなかなかに言い得て妙である。今までに増して混沌性が押しすすめられている。なにがなんだかわからない感である。ちょっと日本の異系のハードコアバンドあぶらだこに似ていると思った。この曲は怒っているな、この曲はちょっと悲しいようだな、というような単一の感想が持ちにくいのだ。感情が希薄というのではない。むしろその逆で過剰に感情的である。だがしかしその感情は簡単に言葉に翻訳できない。もやもやするけど、私にとってはとても気持ちいい。日常生活でただ楽しい、悲しいというのはなかなかない。なんだかわからんが、悲しいような、怒っているようなというもやもやとした私がこのように混沌とした曲を聴く。これだ!これですよ!となるわけである。まあこれは聞き手である私が勝手に思い込んでいる訳なんだけど、こっちの気持ちにばっちりはまってくれるようでとても嬉しいのである。

なんだかわからんごっちゃごっちゃな感情の固まりのような音楽。
これは聴くしかねえぜというような名盤。