アメリカ合衆国はマサチューセッツ州エセックスのハードコアバンドの1stアルバム。
2017年にDeathwish Inc.からリリースされた。
Wear Your WoundsはアメリカのハードコアバンドConvergeのフロントマン、Jacob Bannonによるソロプロジェクト。Convergeのボーカル以外にも非常に影響力のあるレーベルDeathwish Inc.を運営したり、自身のバンドのアートワークも手がけるグラフィックデザイナーと活動しているJacobが新しく(と言っても2010年ごろから始めたらしい。)始めたのがこのバンド。全ての作詞作曲は彼が手がけている。この音源の録音は盟友Kurt Ballouが手がけている。ライブも結構頻繁にやっているようで、ライブは録音ではThe Red ChordやTrap Themのメンバーがヘルプとして入っているようだ。
ハードコアという範疇以外でも非常に大きな存在のConverge。日本ではThe Dillinger Escape Planと並んでカオティック・ハードコアという言葉(ジャンル)で紹介されていた。(今ではどうなんだろ?)基本的には激しいのだが、アルバムによってはなんとも哀愁のある曲をプレイする。例えば「Axe to Fall」の「Wretched World」(このアルバムで一番好き)とか、名盤「Jane Doe」の「Jane Doe」、「No Heros」の「Grim Heart/Black Rose」などがパッと思い浮かぶ。曲の速度もそうだが、その他の曲とは一線を画す世界観で私は激しい曲と同じくらいこれらの楽曲が好きだ。Jacobがソロをやってしかもその世界観はConvergeのそれとは違ってくる、というので俄然Convergeの前述の曲群が頭に思い浮かんだわけ。そう言った期待感で聞いてみると、やはりConvergeの激しさは皆無。でConvergeのゆっくりした曲とは確かに似ているのだけど、半分くらいで後の半分はそれとも異なるような要素が感じられる。じゃあそれは何かと言うと、一言でいうと”ポスト感”だろうか。ただこれも型にはまったそれらとは異なる、独自の方向性を持ったものだ。基本的にはバンド形式で曲が構成されているが、アコースティックギターやピアノを始め様々な楽器を取り入れていること。速度は基本ゆっくりで比較的長めの曲をやること。歪んだギターは頻繁に出てくるもの攻撃性はほぼないこと。こうやって書くと美麗なポストロックという感じがしてくるのだが、このプロジェクトの志向する世界はもっと曖昧である。メロディはあるが決して前面に出てこない。カーテン越しに呟いているようなボーカルもどこか個人的でわかりやすい共有がない。分厚いギターのトレモロと言ったキャッチーさもない。もっと儚く、その真意にはたどり着きがたく感じる。拒絶されている、といよりは個人的な感じがしてなかなか読み取れないのだ。
一言で表現するなら「ノスタルジー」だろうか。もちろん私は生まれも育ちも日本なのでJacobとは世界観を共有はしていないのだが、ゆったりとした曲調の向こう側に何かしら色あせた風景が蘇ってくる。長らく誰もいない家(廃屋と言うほど荒廃していない)で見つけた家族のアルバムを眺めているようだ。経年でくすんだ写真一枚一枚に(私がよく知らない)ドラマがある。誰か他人の物語だ。アルバムから目を挙げると埃っぽいガラスを張った窓から見える空は夕焼けに染まっている、そんな風情。物語だなあと思った。そうやってみると非常にロマンティックで、Convergeの荒廃して厳しい音の嵐の向こう側に垣間見える男っぽい(作家で言うならデニス・ルヘインだろうか)エモーションに通じるところはあると思う。整合されていない(定型化されていない)ノスタルジックさ、拡散していく美麗さは結構混沌としている。
綺麗でありつつもなんとも形容しがたい独自の音楽性を持っているのはさすが。ConvergeがConvergeと言う存在たりえているのはなぜかと言うことが少しわかるかもしれない。
2017年6月18日日曜日
2017年6月10日土曜日
ヤン・ヴァイス/迷宮1000
チェコ(当時はイレムニツェ)の作家によるSF小説。
漫画「BLAME!」の元ネタの一冊ということで買ってみた。
ふと目覚めると巨大な構造物の階段だった。自分が誰なのかわからない俺。服のポケットに入っていたメモを見るとどうも俺は探偵らしい。オヒスファー・ミューラーなる人物が作った1000の階層を持つ巨大建築物、通称「ミューラー館」にミューラーに誘拐された小国の姫君を救出に潜入したのだが、何かの出来事で記憶を失ってしまったようだ。特殊な技術によって透明になった俺はタマーラ姫、それから館のあるじと邂逅すべく巨大な館の捜索を開始する。
巨大な建築物を探し物をしながら彷徨う、というところは「BLAME!」に似ているがその設定だけで実際はかなり異なる。なんせ記憶を失って目覚めた主人公が口にするセリフが「どちらにしよう?のぼるか、くだるか?よし、上だ!」だもの。相当エネルギッシュなやつである。そして空気より軽い物質で作られた(なので上へ上へと常識を超えた大きさを保つことができるのだ)巨大な館もいかがわしい喧騒で満たされている。謎の人物オヒスファー・ミューラーが独裁統治する昼も夜もない館では主人がすなわち法である。そこに住まう人々は全て監視され、会話はミューラー本人に盗聴されている。ミューラーの気まぐれによって不幸を被り、押さえつけられ、暗殺や権謀術数が渦巻き、不満を持った体臭がクーデータを起こしている。相当きな臭い場所である。つまりミューラー館は現実世界の縮図であり、そういった意味ではこの物語はディストピア小説といっても過言ではなかろう。1929年に発表された物語だがあとがきでも触れている通り、ナチのガス室を思わせる設備が書かれている。どうやら作者は未来に対して卓越した先見性を持っていたようだ。喜怒哀楽のはっきりした主人公の性格、ぶっ飛んだ設定もあって喜劇的な趣向も備わった通俗小説だが、一読すれば現代とそして地続きにある未来に対する警鐘がみて取れるだろう。すなわち欺瞞に満ちた公的事業、死体すら金儲けに使う拝金主義、監視され自由を奪われる住みにくく醜くゆがんだもう一つの私たちの世界である。
といっても例えば不朽の名作ジョージ・オーウェルの「1984年」のような閉塞感はなく、フリークスめいた狂人たちが闊歩する奇妙な地獄めぐりのようなロード・ムービー的な面白さ、騎士が美人で不遇の姫を救うという冒険譚の要素をきっちり抑えた通俗小説になっている。いわば甘い糖衣で包まれているわけで非常に読みやすい。会話はちょっと演劇めいているものの、読んで見ると時代性といい意味で無縁な普遍的な物語になっていることがわかる。
天を摩する巨大な建築物という設定、物語を彩る濃いキャラクターの面々で色彩豊かな活人画のような趣だけどその核には強烈な風刺の精神がある、まさに反骨の異色のSF。「BLAME!」好きな人にはあまり親和性がないかもしれないがディストピアものが好きな人は是非どうぞ。
漫画「BLAME!」の元ネタの一冊ということで買ってみた。
ふと目覚めると巨大な構造物の階段だった。自分が誰なのかわからない俺。服のポケットに入っていたメモを見るとどうも俺は探偵らしい。オヒスファー・ミューラーなる人物が作った1000の階層を持つ巨大建築物、通称「ミューラー館」にミューラーに誘拐された小国の姫君を救出に潜入したのだが、何かの出来事で記憶を失ってしまったようだ。特殊な技術によって透明になった俺はタマーラ姫、それから館のあるじと邂逅すべく巨大な館の捜索を開始する。
巨大な建築物を探し物をしながら彷徨う、というところは「BLAME!」に似ているがその設定だけで実際はかなり異なる。なんせ記憶を失って目覚めた主人公が口にするセリフが「どちらにしよう?のぼるか、くだるか?よし、上だ!」だもの。相当エネルギッシュなやつである。そして空気より軽い物質で作られた(なので上へ上へと常識を超えた大きさを保つことができるのだ)巨大な館もいかがわしい喧騒で満たされている。謎の人物オヒスファー・ミューラーが独裁統治する昼も夜もない館では主人がすなわち法である。そこに住まう人々は全て監視され、会話はミューラー本人に盗聴されている。ミューラーの気まぐれによって不幸を被り、押さえつけられ、暗殺や権謀術数が渦巻き、不満を持った体臭がクーデータを起こしている。相当きな臭い場所である。つまりミューラー館は現実世界の縮図であり、そういった意味ではこの物語はディストピア小説といっても過言ではなかろう。1929年に発表された物語だがあとがきでも触れている通り、ナチのガス室を思わせる設備が書かれている。どうやら作者は未来に対して卓越した先見性を持っていたようだ。喜怒哀楽のはっきりした主人公の性格、ぶっ飛んだ設定もあって喜劇的な趣向も備わった通俗小説だが、一読すれば現代とそして地続きにある未来に対する警鐘がみて取れるだろう。すなわち欺瞞に満ちた公的事業、死体すら金儲けに使う拝金主義、監視され自由を奪われる住みにくく醜くゆがんだもう一つの私たちの世界である。
といっても例えば不朽の名作ジョージ・オーウェルの「1984年」のような閉塞感はなく、フリークスめいた狂人たちが闊歩する奇妙な地獄めぐりのようなロード・ムービー的な面白さ、騎士が美人で不遇の姫を救うという冒険譚の要素をきっちり抑えた通俗小説になっている。いわば甘い糖衣で包まれているわけで非常に読みやすい。会話はちょっと演劇めいているものの、読んで見ると時代性といい意味で無縁な普遍的な物語になっていることがわかる。
天を摩する巨大な建築物という設定、物語を彩る濃いキャラクターの面々で色彩豊かな活人画のような趣だけどその核には強烈な風刺の精神がある、まさに反骨の異色のSF。「BLAME!」好きな人にはあまり親和性がないかもしれないがディストピアものが好きな人は是非どうぞ。
山岸真編/SFマガジン700【海外編】
早川書房が出版している雑誌SFマガジンの創刊700号を記念して組まれたアンソロジー。
収録作品と作者は以下の通り。(オフィシャルよりコピペ)
「遭難者」 アーサー・C・クラーク
「危険の報酬」 ロバート・シェクリイ
「夜明けとともに霧は沈み」 ジョージ・R・R・マーティン
「ホール・マン」 ラリイ・ニーヴン
「江戸の花」 ブルース・スターリング
「いっしょに生きよう」 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
「耳を澄まして」 イアン・マクドナルド
「対称(シンメトリー)」 グレッグ・イーガン
「孤独」 アーシュラ・K・ル・グィン
「ポータルズ・ノンストップ」 コニー・ウィリス
「小さき供物」 パオロ・バチガルピ
「息吹」 テッド・チャン
私はSFマガジン自体は手に取ったことのないSF好きの風上にも置けない不信心者なのだが、収録されている作家が魅力的なので買ってみた。ちなみに日本人の作家のみで組まれた【国内編】も発売されている。
編集した山岸真さんがあとがきで書いている通り、長い歴史を持つSFマガジンから優れた作品を抜粋する、というコンセプトではなく、今読んで面白い作品をなるべく時代が被らないように選んでいるとのこと。クラークから始まってイーガンやバチガルピなど最先端で活躍する作家まで、色々な支流がありつつ発展していく様々なSFをしかし一本の大きな流れとしてまとめあげている。こうやって見るとマーティン、グィンやチャンなど映像化されている作家もたくさんいるね。
個人的に気に入っているのはイアン・マクドナルド「耳を澄まして」。SFの醍醐味にスケールのでかさがあると思うのだけど、この作品はその大きなスケールを絶海の孤島のたった二人の関係に落とし込んでいる。世界の危機が少ない人数に文字通り集約されている。ある意味セカイ系なのだろうが、ひたすら静謐で個人的であり、SF的なガジェットがない中で粛々と物語が展開して行くのが面白い。少しずつ沸き立っているようにエンパス(一番優しい人間)が協力して少年を助けることで人間を次のステージに押し上げて行くという展開が熱い。
「神の水」でも破滅的な未来を書いた根暗ペシミストのパオロ・バチガルピの「小さき供物」は相変わらず不幸が予言されているが、一連のゲド戦記シリーズの作者アーシュラ・K・ル・グィンの「孤独」も結構人間の暗黒面を書いている。非常に原始的な世界のエキゾチックさに目が奪われるが、その世界のわけのわからなさを強調すること、血は繋がっているものの所属する社会(世界)が異なるために決して分かり合えない親娘の間の断絶がなんとも痛ましい。基本的に尊重しつつも確実に存在する先進的な文明側から遅れている文明に対する侮蔑が浮き彫りになっている。未来は常に良いものなら私たちは古代の人間から見れば幸福なのだろうし、実際寿命も延びているのだろうがじゃあ自分が幸せなのか?と考えると一体進歩が人間に何をもたらすのかが面白い。
私は物語に書かれている人間の動きを楽しむタイプの人間なのでSFというジャンルであっても基本的には同じ。そういった意味で上にあげた作品、それからそ以外の作品でも基本的に特異な状況でも人間の心と体の動きが丁寧に書かれているから非常に楽しめた。ただイーガンは別でこの人は先進的な科学技術を根拠に難解な話を書く。じゃあ人間がかけていないかというと全然そんなことはないのだが、このアンソロジーに収録されている「対称」に関しては特異な状況がフォーカスされていて主人公たちもそれをどう受け取っていいのかわからない、という混沌とした状況が極めて冷静な文体で書かれている。イーガンは日本でも人気がある作家の一人だが、こういったマニアックさというか、極めて科学的でハードなんだけど結構これどう受け取ったらいいのだ、というところが受けているのかもしれないなと思った。
そのジャンルに属する面白い作品を読めるという意味で奇を衒わないとても良いアンソロジー。手っ取り早くSFの面白いのを読みたい人は是非どうぞ。
収録作品と作者は以下の通り。(オフィシャルよりコピペ)
「遭難者」 アーサー・C・クラーク
「危険の報酬」 ロバート・シェクリイ
「夜明けとともに霧は沈み」 ジョージ・R・R・マーティン
「ホール・マン」 ラリイ・ニーヴン
「江戸の花」 ブルース・スターリング
「いっしょに生きよう」 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
「耳を澄まして」 イアン・マクドナルド
「対称(シンメトリー)」 グレッグ・イーガン
「孤独」 アーシュラ・K・ル・グィン
「ポータルズ・ノンストップ」 コニー・ウィリス
「小さき供物」 パオロ・バチガルピ
「息吹」 テッド・チャン
私はSFマガジン自体は手に取ったことのないSF好きの風上にも置けない不信心者なのだが、収録されている作家が魅力的なので買ってみた。ちなみに日本人の作家のみで組まれた【国内編】も発売されている。
編集した山岸真さんがあとがきで書いている通り、長い歴史を持つSFマガジンから優れた作品を抜粋する、というコンセプトではなく、今読んで面白い作品をなるべく時代が被らないように選んでいるとのこと。クラークから始まってイーガンやバチガルピなど最先端で活躍する作家まで、色々な支流がありつつ発展していく様々なSFをしかし一本の大きな流れとしてまとめあげている。こうやって見るとマーティン、グィンやチャンなど映像化されている作家もたくさんいるね。
個人的に気に入っているのはイアン・マクドナルド「耳を澄まして」。SFの醍醐味にスケールのでかさがあると思うのだけど、この作品はその大きなスケールを絶海の孤島のたった二人の関係に落とし込んでいる。世界の危機が少ない人数に文字通り集約されている。ある意味セカイ系なのだろうが、ひたすら静謐で個人的であり、SF的なガジェットがない中で粛々と物語が展開して行くのが面白い。少しずつ沸き立っているようにエンパス(一番優しい人間)が協力して少年を助けることで人間を次のステージに押し上げて行くという展開が熱い。
「神の水」でも破滅的な未来を書いた根暗ペシミストのパオロ・バチガルピの「小さき供物」は相変わらず不幸が予言されているが、一連のゲド戦記シリーズの作者アーシュラ・K・ル・グィンの「孤独」も結構人間の暗黒面を書いている。非常に原始的な世界のエキゾチックさに目が奪われるが、その世界のわけのわからなさを強調すること、血は繋がっているものの所属する社会(世界)が異なるために決して分かり合えない親娘の間の断絶がなんとも痛ましい。基本的に尊重しつつも確実に存在する先進的な文明側から遅れている文明に対する侮蔑が浮き彫りになっている。未来は常に良いものなら私たちは古代の人間から見れば幸福なのだろうし、実際寿命も延びているのだろうがじゃあ自分が幸せなのか?と考えると一体進歩が人間に何をもたらすのかが面白い。
私は物語に書かれている人間の動きを楽しむタイプの人間なのでSFというジャンルであっても基本的には同じ。そういった意味で上にあげた作品、それからそ以外の作品でも基本的に特異な状況でも人間の心と体の動きが丁寧に書かれているから非常に楽しめた。ただイーガンは別でこの人は先進的な科学技術を根拠に難解な話を書く。じゃあ人間がかけていないかというと全然そんなことはないのだが、このアンソロジーに収録されている「対称」に関しては特異な状況がフォーカスされていて主人公たちもそれをどう受け取っていいのかわからない、という混沌とした状況が極めて冷静な文体で書かれている。イーガンは日本でも人気がある作家の一人だが、こういったマニアックさというか、極めて科学的でハードなんだけど結構これどう受け取ったらいいのだ、というところが受けているのかもしれないなと思った。
そのジャンルに属する面白い作品を読めるという意味で奇を衒わないとても良いアンソロジー。手っ取り早くSFの面白いのを読みたい人は是非どうぞ。
2017年6月5日月曜日
Granule Presents AURORA@渋谷Ruby Room
解散したBOMBORIのメンバーらによって結成された新バンドGranule。2017年に音源「AURORA」をリリース。それに合わせていくつかのライブを主催。その中の1日に行ってきた。音源が良かったGranuleを見たいというのもちろんだけどDooomboysが個人的にとても見たかったのが決め手。
場所は渋谷Ruby Room。最近よく聞くライブハウスだが行くのは初めて。渋谷の道玄坂の手前?らへん。ライブハウス(もうちょっとこうイベントスペースという雰囲気でもあった)にしては珍しく2階にある。扉を開けるとどちらかというと狭いくらいのライブハウスだと思うんだけど、奥の壁が斜めになって屋根裏感がある。薄暗い照明や凝った内装も秘密基地めいていて狭いことを逆手に取った良い雰囲気の場所。なんとなく女性のお客さんが多かったのは場所のせいだろうか?
Friendship
一番手は待望の1stフルがいよいよ発売間近のFriendship。フロアにアンプが積み上がっている。ライブハウスが狭いのでいつもより密度がびっしりでアンプのすぐ前がドラムセット。ちなみにこの時点でもう結構人が入っている。Sunn O)))を思わせる低音が売りのバンドなのだが、この日はヒュンヒュン不安定に飛び回る高音フィードバックノイズが強め。多分新作からの楽曲を中心にしたセットだと思うが、曲中にもフィードバックを活かしていてちょっとした新機軸ではなかろうか。強烈な低音をソリッドかつ正確なドラムがビシッと引き締めている。ドラミングについても新曲はフィルインが多めでミニマルで非常にモッシーな曲をドラムが車輪になって重量感をそのままに回している感じ。どのパートもかっこいいが個人的にはやはりドラムに目と耳が行きがち。ただこの日ボーカルも鬼気迫る勢いでかっこよかった。
この日アルバムを先行発売していたのだが、特典付きのを予約していたので泣く泣くスルー。はよ聞きたいものです。
アンプの壁を除けると奥にステージがあったのか〜とちょっとびっくりした。多分アンプが多すぎてステージに乗らないからステージでやったんだね。
HIMO
続いては北新宿ハードコア、HIMO。ここからバンドはステージに乗る。名前は知っているが見るのも聞くのも初めてなので楽しみだった。メンバー4人のうち3人が坊主頭で、ちょっと他にない見た目のインパクトがある。かなり強面なので一体どんな音なのだろうか、きっとめっちゃ無愛想な日本的なハードコアに違いないと思っていたのだが、果たして実際は全然違って良い意味で期待を裏切られた。低音に偏向しない、非常に生々しい音を主体にフリーキーな楽曲。パワーバイオレンスとは全く異なるストップアンドゴー、というよりは休符、休止を強烈に意識した(恐らく、というのも音源は聞いたことないので)短い曲。ボーカルは勢いがあるが、節をつけて歌うというよりは言葉を早口にどんどんまくし立て、吐き出していくのでラップに聞こえる。曲が短く、反復やわかりやすい王道な構造性も希薄なので掴み所がない。爪弾くように引くギターは突然ギターとは思えない強烈なエフェクトをかけて引きまくったりする。パッと思い浮かんだのは54-71だが、シャウトも入るし曲がフリーキーだからむしろへんな例えだが、あぶらだこがRage Against the Maschineをやったかのようだ。つまりめちゃかっこいい。唯一無二の音であること自体難しいと思うが、それがかっこいいというのは奇跡めいている。見た目に反して熱く、血の通ったバンドだった。いい意味で本当に期待が裏切られた。そんな熱量がストレートに表れているMCも良かった。(ちなみにこの日まともなMCをやったのはHIMOだけ。)
音源を買ったが、メンバーの方はとても人の良い方だった。
Dooomboys
続いてはDooomboys。この日一番異色のヒップホップユニット。Wrenchなどで活躍するドラマーMurochinさんと、Think TankのメンバーでもあるBkack SmokerのBabaさんの二人組。電子ドラムを追加したドラムキットに、恐らくサンプラーなどを配線しまくった電子機器をBabaさんが操作しながらラップする。
Murochinさんがドラムを叩き、その上に上物を乗せてラップをしていく。この上物はジャズやダブ、ノイズをサンプリングし、音を加工し、ドロドロに溶かしたものを即興で再構築していくような技で再生というよりは再構成、生成されていく。音源に入っている曲もやったが、やはり生で再現するともっと生々しく少し様子が違う。ラップはエコーがかけられてすでに煙たい。電子機器でドラム音も入れたりするから、生のドラムとダブルになってそういった意味ではかなりテクノっぽい要素もある。よくもまあこう言葉が淀みなく流れ出ていくものだと感心する。非常に特徴的な声質だが、ライブで聴くとなめらかでかっこよかった。目配せで曲を制御するその様は即興性が強く、ゆえに二人のメンバーの間にはバチバチ火花が散るよう。Murochinさんのドラムはとにかく正確でタイト。だからヒップホップのフォーマットにぴったりはまる。マシンぽいドラムというとともすると批判的な文脈になってしまうが、とんでもない。めちゃかっこいいぜ。ヒップホップにしてはビートがかなり複雑かつ多様なんだけどまさにそこが二人でやる由縁なのだろう。黒煙に巻かれて非常に気持ちよかった。また見たいし、音源も新しいのを出して欲しい!12インチとかで新曲とか!
Granule
トリは東京のGranule。こちらは音源を聴いているからだいたいどんな音かわかっている、と思ったけど生で見るとかなり印象と違って面白かった。上背のあるメンバーは挑発も多くてこの日一番アングラメタル感出てた。音源を聴いた印象は長尺の強烈なスラッジだが、ワウを効かせたソロなどサイケデリックで地獄感と同時に煌びやかさもある音という感じ。ところがライブだともっと肉体的でおぞましかった。オールドスクールなスラッジをもっとでかい音で、もっと音の数を減らし、もっと一つの音を伸ばす、そんな音像。一撃をこれでもかというくらい強調するあたりはフランスのMonarch!っぽくもある。窒息するような緊張感も似ているがあちらは魔術的なドゥームだが、こちらはもっとハードコアっぽいスラッジ。ボーカルもどんどん喉があったまったのか最終的には低音、高音どちらも迫力が出て怖かった。途中で暴れる場面もあって音源よりよっぽど剣呑だった。しかしかっちりあったアンサンブル、何より引きずりのたうちまわるようなフィードバックノイズにその美学が込められており、無心に頭を振るうちにも退廃的な美しさを感じられてよかった。
ライブに行くと音源を持っているバンドでもそうでないバンドでも、大抵こうだろうな〜と思っていたことが違うので面白い。この日は特にそんなことが多かった。あと結構通ぶって楽器の方がきになる風でいるんだけど、最近はボーカルがすげえな!と思うことが多い。主催のGranuleに比べるとFriendship以外のバンドは結構音楽性が異なるんだけど、その違いが結果的にとても楽しかった。
あとHIMOとDooomboysの間に女性のDJが曲をかけていたのだけど、かかる曲がハードなテクノばかりでどれも非常にかっこよかった。全部曲名教えてくれろ!という感じ。
週末の渋谷には色々な人がいる…と思いながら帰宅。
場所は渋谷Ruby Room。最近よく聞くライブハウスだが行くのは初めて。渋谷の道玄坂の手前?らへん。ライブハウス(もうちょっとこうイベントスペースという雰囲気でもあった)にしては珍しく2階にある。扉を開けるとどちらかというと狭いくらいのライブハウスだと思うんだけど、奥の壁が斜めになって屋根裏感がある。薄暗い照明や凝った内装も秘密基地めいていて狭いことを逆手に取った良い雰囲気の場所。なんとなく女性のお客さんが多かったのは場所のせいだろうか?
Friendship
一番手は待望の1stフルがいよいよ発売間近のFriendship。フロアにアンプが積み上がっている。ライブハウスが狭いのでいつもより密度がびっしりでアンプのすぐ前がドラムセット。ちなみにこの時点でもう結構人が入っている。Sunn O)))を思わせる低音が売りのバンドなのだが、この日はヒュンヒュン不安定に飛び回る高音フィードバックノイズが強め。多分新作からの楽曲を中心にしたセットだと思うが、曲中にもフィードバックを活かしていてちょっとした新機軸ではなかろうか。強烈な低音をソリッドかつ正確なドラムがビシッと引き締めている。ドラミングについても新曲はフィルインが多めでミニマルで非常にモッシーな曲をドラムが車輪になって重量感をそのままに回している感じ。どのパートもかっこいいが個人的にはやはりドラムに目と耳が行きがち。ただこの日ボーカルも鬼気迫る勢いでかっこよかった。
この日アルバムを先行発売していたのだが、特典付きのを予約していたので泣く泣くスルー。はよ聞きたいものです。
アンプの壁を除けると奥にステージがあったのか〜とちょっとびっくりした。多分アンプが多すぎてステージに乗らないからステージでやったんだね。
HIMO
続いては北新宿ハードコア、HIMO。ここからバンドはステージに乗る。名前は知っているが見るのも聞くのも初めてなので楽しみだった。メンバー4人のうち3人が坊主頭で、ちょっと他にない見た目のインパクトがある。かなり強面なので一体どんな音なのだろうか、きっとめっちゃ無愛想な日本的なハードコアに違いないと思っていたのだが、果たして実際は全然違って良い意味で期待を裏切られた。低音に偏向しない、非常に生々しい音を主体にフリーキーな楽曲。パワーバイオレンスとは全く異なるストップアンドゴー、というよりは休符、休止を強烈に意識した(恐らく、というのも音源は聞いたことないので)短い曲。ボーカルは勢いがあるが、節をつけて歌うというよりは言葉を早口にどんどんまくし立て、吐き出していくのでラップに聞こえる。曲が短く、反復やわかりやすい王道な構造性も希薄なので掴み所がない。爪弾くように引くギターは突然ギターとは思えない強烈なエフェクトをかけて引きまくったりする。パッと思い浮かんだのは54-71だが、シャウトも入るし曲がフリーキーだからむしろへんな例えだが、あぶらだこがRage Against the Maschineをやったかのようだ。つまりめちゃかっこいい。唯一無二の音であること自体難しいと思うが、それがかっこいいというのは奇跡めいている。見た目に反して熱く、血の通ったバンドだった。いい意味で本当に期待が裏切られた。そんな熱量がストレートに表れているMCも良かった。(ちなみにこの日まともなMCをやったのはHIMOだけ。)
音源を買ったが、メンバーの方はとても人の良い方だった。
Dooomboys
続いてはDooomboys。この日一番異色のヒップホップユニット。Wrenchなどで活躍するドラマーMurochinさんと、Think TankのメンバーでもあるBkack SmokerのBabaさんの二人組。電子ドラムを追加したドラムキットに、恐らくサンプラーなどを配線しまくった電子機器をBabaさんが操作しながらラップする。
Murochinさんがドラムを叩き、その上に上物を乗せてラップをしていく。この上物はジャズやダブ、ノイズをサンプリングし、音を加工し、ドロドロに溶かしたものを即興で再構築していくような技で再生というよりは再構成、生成されていく。音源に入っている曲もやったが、やはり生で再現するともっと生々しく少し様子が違う。ラップはエコーがかけられてすでに煙たい。電子機器でドラム音も入れたりするから、生のドラムとダブルになってそういった意味ではかなりテクノっぽい要素もある。よくもまあこう言葉が淀みなく流れ出ていくものだと感心する。非常に特徴的な声質だが、ライブで聴くとなめらかでかっこよかった。目配せで曲を制御するその様は即興性が強く、ゆえに二人のメンバーの間にはバチバチ火花が散るよう。Murochinさんのドラムはとにかく正確でタイト。だからヒップホップのフォーマットにぴったりはまる。マシンぽいドラムというとともすると批判的な文脈になってしまうが、とんでもない。めちゃかっこいいぜ。ヒップホップにしてはビートがかなり複雑かつ多様なんだけどまさにそこが二人でやる由縁なのだろう。黒煙に巻かれて非常に気持ちよかった。また見たいし、音源も新しいのを出して欲しい!12インチとかで新曲とか!
Granule
トリは東京のGranule。こちらは音源を聴いているからだいたいどんな音かわかっている、と思ったけど生で見るとかなり印象と違って面白かった。上背のあるメンバーは挑発も多くてこの日一番アングラメタル感出てた。音源を聴いた印象は長尺の強烈なスラッジだが、ワウを効かせたソロなどサイケデリックで地獄感と同時に煌びやかさもある音という感じ。ところがライブだともっと肉体的でおぞましかった。オールドスクールなスラッジをもっとでかい音で、もっと音の数を減らし、もっと一つの音を伸ばす、そんな音像。一撃をこれでもかというくらい強調するあたりはフランスのMonarch!っぽくもある。窒息するような緊張感も似ているがあちらは魔術的なドゥームだが、こちらはもっとハードコアっぽいスラッジ。ボーカルもどんどん喉があったまったのか最終的には低音、高音どちらも迫力が出て怖かった。途中で暴れる場面もあって音源よりよっぽど剣呑だった。しかしかっちりあったアンサンブル、何より引きずりのたうちまわるようなフィードバックノイズにその美学が込められており、無心に頭を振るうちにも退廃的な美しさを感じられてよかった。
ライブに行くと音源を持っているバンドでもそうでないバンドでも、大抵こうだろうな〜と思っていたことが違うので面白い。この日は特にそんなことが多かった。あと結構通ぶって楽器の方がきになる風でいるんだけど、最近はボーカルがすげえな!と思うことが多い。主催のGranuleに比べるとFriendship以外のバンドは結構音楽性が異なるんだけど、その違いが結果的にとても楽しかった。
あとHIMOとDooomboysの間に女性のDJが曲をかけていたのだけど、かかる曲がハードなテクノばかりでどれも非常にかっこよかった。全部曲名教えてくれろ!という感じ。
週末の渋谷には色々な人がいる…と思いながら帰宅。
2017年6月4日日曜日
The Endless Blockade/Primitive
カナダはトロントのパワーバイオレンスバンドの2ndアルバム。
2008年に20 Buck Spinからリリースされた。
The Endless Blockadeは2003年に結成されたバンドで残念なことに2010年には活動を終えてしまった。確か今Sete Star Septでドラムを叩いている人がメンバーとして在籍していたことがあったのではないかな。パワーバイオレンス(ハードコア)バンドということでスプリット含めてそれなりの数の音源を残している。私はBastard Noiseとのスプリット「The Red List」のみ持っている。なんとなしにデジタル版でこのアルバムを買ってみた。ミックスはPig Destroyerなどで活躍するScott Hullが手がけたようだ。
全12曲を21分で走り抜ける正しいパワーバイオレンスバンド。だいたい1分くらいの短い曲の中を高速〜低速をストップアンドゴーを交えてめまぐるしくシャトルランして行く。基本はしゃがれた高音喚きボーカルでたまに低音ハードコア喚きボーカルが乗る。ややぎろんぎろんした太くて主張の強いベースがMan is the BastardやSpazzを思わせる。ミュートを多用しないギターも非常にハードコア的である。ドラムも速い時は速いが音が軽くて抜けが良い。疾走感というよりは早回ししているような痙攣的で不自然な速さが、いつのまにかトーンダウンして停滞しだす。ストップアンドゴーと言っても速度の止め方というところにこのジャンルの面白さがあると思うけど、このバンドはそこらへんが非常に巧みで短い曲でもあっという間にテンポを転換させて行く。
割と伝統的なパワーバイオレンスを軸にこのバンドのすごいところはさらにノイズの要素をぶち込んできている。不穏なSEはともかく、明らかにハーシュノイズを曲に持ち込んでいる。イントロ的に使う場合もあるが、スラッジ成分を強調した長い尺の曲(基本2分台くらいだがラストは7分40秒ある)ではノイズの登場頻度も増してくる。ハーシュノイズは流動的かつミルフィーユのように多重構造だが、その層をいくつか剥がしてきてハードコアの表面に貼り付けている。(あるいは足元に滞留させている。)分厚いハーシュノイズをそのまま使えば個性の強すぎるノイズゆえにノイズにしかならないだろうから、心得た使い方だと思う。
ハードコア(パワーバイオレンス)にノイズの要素を追加するのが昨今の一つの流れ(Full of HellやCode Orangeあたり。日本のEndonはノイズがバンドサウンドに憧れから接近したとしたらちょっと違うかな。)だと思うけど、この流れは何も今に始まったことではないなと改めて実感。いうまでもないが「The Red List」で共演しているBastard Noiseはパワーバイオレンスの元祖とされることもある元Man is the Bastardのメンバーが始めたバンドであるから、別に今の潮流が単なるリバイバルとは全く思わないけど、きちんとこういうった土壌があるところから最近のバンドがすくすく育っているんだな〜という感じ。
そんなわけで最近のFull of Hellなんかが好きな人たちはバッチリハマると思うので是非どうぞ。個人的には大変かっこよく楽しめた。おすすめ。
2008年に20 Buck Spinからリリースされた。
The Endless Blockadeは2003年に結成されたバンドで残念なことに2010年には活動を終えてしまった。確か今Sete Star Septでドラムを叩いている人がメンバーとして在籍していたことがあったのではないかな。パワーバイオレンス(ハードコア)バンドということでスプリット含めてそれなりの数の音源を残している。私はBastard Noiseとのスプリット「The Red List」のみ持っている。なんとなしにデジタル版でこのアルバムを買ってみた。ミックスはPig Destroyerなどで活躍するScott Hullが手がけたようだ。
全12曲を21分で走り抜ける正しいパワーバイオレンスバンド。だいたい1分くらいの短い曲の中を高速〜低速をストップアンドゴーを交えてめまぐるしくシャトルランして行く。基本はしゃがれた高音喚きボーカルでたまに低音ハードコア喚きボーカルが乗る。ややぎろんぎろんした太くて主張の強いベースがMan is the BastardやSpazzを思わせる。ミュートを多用しないギターも非常にハードコア的である。ドラムも速い時は速いが音が軽くて抜けが良い。疾走感というよりは早回ししているような痙攣的で不自然な速さが、いつのまにかトーンダウンして停滞しだす。ストップアンドゴーと言っても速度の止め方というところにこのジャンルの面白さがあると思うけど、このバンドはそこらへんが非常に巧みで短い曲でもあっという間にテンポを転換させて行く。
割と伝統的なパワーバイオレンスを軸にこのバンドのすごいところはさらにノイズの要素をぶち込んできている。不穏なSEはともかく、明らかにハーシュノイズを曲に持ち込んでいる。イントロ的に使う場合もあるが、スラッジ成分を強調した長い尺の曲(基本2分台くらいだがラストは7分40秒ある)ではノイズの登場頻度も増してくる。ハーシュノイズは流動的かつミルフィーユのように多重構造だが、その層をいくつか剥がしてきてハードコアの表面に貼り付けている。(あるいは足元に滞留させている。)分厚いハーシュノイズをそのまま使えば個性の強すぎるノイズゆえにノイズにしかならないだろうから、心得た使い方だと思う。
ハードコア(パワーバイオレンス)にノイズの要素を追加するのが昨今の一つの流れ(Full of HellやCode Orangeあたり。日本のEndonはノイズがバンドサウンドに憧れから接近したとしたらちょっと違うかな。)だと思うけど、この流れは何も今に始まったことではないなと改めて実感。いうまでもないが「The Red List」で共演しているBastard Noiseはパワーバイオレンスの元祖とされることもある元Man is the Bastardのメンバーが始めたバンドであるから、別に今の潮流が単なるリバイバルとは全く思わないけど、きちんとこういうった土壌があるところから最近のバンドがすくすく育っているんだな〜という感じ。
そんなわけで最近のFull of Hellなんかが好きな人たちはバッチリハマると思うので是非どうぞ。個人的には大変かっこよく楽しめた。おすすめ。
Dying Fetus/Destroy the Opposition
アメリカ合衆国はメリーランド州バルチモアのブルータルデスメタルバンドの3rdアルバム。
2000年にRelapse Recordsからリリースされた。
Dying Fetusは1991年に結成されたバンドでこの界隈ではかなり有名なバンドではなかろうか。私は実は聞いたことがなかったわけで、なんで今なの?という感じなのだけど、近々8枚目になる最新作「Wrong One to Fuck With」が発売されるので過去作を聞いておこうというのと、それ以前にハードコアっぽいデスメタルと聞いていたのでそれなら聞いてみようとなったわけだ。聞いたことない私でもこの印象的なジャケット(アンクルサムが疲れている)は知っていたので(多分大昔に読んだBurrn!にもレビューが載っていたような)このアルバムをチョイス。
聞いてみるとこれが非常にかっこいい。ハードコア要素もあると言われるのも納得の内容。一番びっくりしたのは音の作り方でかっちりして重たいのだけど、意図的に風通しをよくしているので全体的にカラッと乾いた雰囲気がある。手数が多いドラムはまるでLast Days of Humanity(こっちはすこここという感じだからちょっと違うけど)を思わせるような徹底的に乾いた音に仕上げられてスタスタスタ突っ走る。後述するがこのバンドはテンポチェンジが頻繁になるのでそれに対応して非常に叩き方が豊富なのも魅力。
ギターは湿り気のあるひたすら重低音というメタルらしさとは違って、中にぎっしり砂が詰まった鈍器のような重さ。目の細かい粒子をぎゅっと圧縮したような密度の濃い、見た目以上に重量感のある音。このギターがかっちりリフを刻んで行くのだが、基本的にはとてもメタリックでテクニカル。低音弦をメインに据えた、ミュートを多用した刻みがメインでドラムと相まって非常に正確。ギターソロなんかも少なめなのだが、たまに高音でテクニカルなピロピロが入る。ただここも音の輪郭を丸めてあるので耳に痛くなくて、ひたすらブルータルな楽曲に不思議とマッチしてこのバンドの大きな特徴の一つになっている。
ボーカルは低音をメインに吐き捨てるような中音なども挟み込んでくるスタイル。「メロディ?うちにはないよ」なメタルだけど、このバンドの名前知っている人ならそこらへんは多分気にしないじゃないだろうか。
曲はだいたい平均すると4分くらい。メタルとしては普通長さだけどいわゆるグラインドコアなんかと比べれば長いわけで、激烈なブルータルでその尺をどう使っているかというと、ハードコアの要素を大胆に取り入れてテンポチェンジをやっている。メタルは(だいたい)テクニカルさも志向することが多いので速度の変更や変拍子も珍しくはないのだろうが、このバンドの場合はブレイクダウンのような大胆で強引なテンポチェンジを仕掛けてくる。ミュートを使ったゴリゴリのリフがここでハードコアのモッシュパートのように断然映えてくる。この間だけはテクニカルさをかなぐり捨てて肉体的に、そして暴れる間隙をわざと空けてきてフラストレーションを一気に解放させてくる。音の作り方もそうだけど、極北みたいな音楽をやっているけど実は力の配分が絶妙で減らすところは減らしている印象。単純にブルデスプラスハードコアのただの足し算でないのだな〜と。
基本的にはやはりブルータルデスメタルだと思うのだけど、見事にハードコアの要素をブレンドして独自の音楽をやっている。実はまだ聞いたことないな…という人がいたらこっそり聞いてみるのが良いのではないでしょうか。
2000年にRelapse Recordsからリリースされた。
Dying Fetusは1991年に結成されたバンドでこの界隈ではかなり有名なバンドではなかろうか。私は実は聞いたことがなかったわけで、なんで今なの?という感じなのだけど、近々8枚目になる最新作「Wrong One to Fuck With」が発売されるので過去作を聞いておこうというのと、それ以前にハードコアっぽいデスメタルと聞いていたのでそれなら聞いてみようとなったわけだ。聞いたことない私でもこの印象的なジャケット(アンクルサムが疲れている)は知っていたので(多分大昔に読んだBurrn!にもレビューが載っていたような)このアルバムをチョイス。
聞いてみるとこれが非常にかっこいい。ハードコア要素もあると言われるのも納得の内容。一番びっくりしたのは音の作り方でかっちりして重たいのだけど、意図的に風通しをよくしているので全体的にカラッと乾いた雰囲気がある。手数が多いドラムはまるでLast Days of Humanity(こっちはすこここという感じだからちょっと違うけど)を思わせるような徹底的に乾いた音に仕上げられてスタスタスタ突っ走る。後述するがこのバンドはテンポチェンジが頻繁になるのでそれに対応して非常に叩き方が豊富なのも魅力。
ギターは湿り気のあるひたすら重低音というメタルらしさとは違って、中にぎっしり砂が詰まった鈍器のような重さ。目の細かい粒子をぎゅっと圧縮したような密度の濃い、見た目以上に重量感のある音。このギターがかっちりリフを刻んで行くのだが、基本的にはとてもメタリックでテクニカル。低音弦をメインに据えた、ミュートを多用した刻みがメインでドラムと相まって非常に正確。ギターソロなんかも少なめなのだが、たまに高音でテクニカルなピロピロが入る。ただここも音の輪郭を丸めてあるので耳に痛くなくて、ひたすらブルータルな楽曲に不思議とマッチしてこのバンドの大きな特徴の一つになっている。
ボーカルは低音をメインに吐き捨てるような中音なども挟み込んでくるスタイル。「メロディ?うちにはないよ」なメタルだけど、このバンドの名前知っている人ならそこらへんは多分気にしないじゃないだろうか。
曲はだいたい平均すると4分くらい。メタルとしては普通長さだけどいわゆるグラインドコアなんかと比べれば長いわけで、激烈なブルータルでその尺をどう使っているかというと、ハードコアの要素を大胆に取り入れてテンポチェンジをやっている。メタルは(だいたい)テクニカルさも志向することが多いので速度の変更や変拍子も珍しくはないのだろうが、このバンドの場合はブレイクダウンのような大胆で強引なテンポチェンジを仕掛けてくる。ミュートを使ったゴリゴリのリフがここでハードコアのモッシュパートのように断然映えてくる。この間だけはテクニカルさをかなぐり捨てて肉体的に、そして暴れる間隙をわざと空けてきてフラストレーションを一気に解放させてくる。音の作り方もそうだけど、極北みたいな音楽をやっているけど実は力の配分が絶妙で減らすところは減らしている印象。単純にブルデスプラスハードコアのただの足し算でないのだな〜と。
基本的にはやはりブルータルデスメタルだと思うのだけど、見事にハードコアの要素をブレンドして独自の音楽をやっている。実はまだ聞いたことないな…という人がいたらこっそり聞いてみるのが良いのではないでしょうか。
ラベル:
Dying Fetus,
アメリカ,
デスメタル,
ブルータルデスメタル,
音楽
2017年5月31日水曜日
M・R・ケアリー/パンドラの少女
イギリスの作家によるホラー小説。
単行本で出版されたのは2016年で当時からあらすじを読んで気になっていたのだがなんとなくスルー。映画化に合わせてかはわからないが単行本化したので買ってみた。
正気を失い凶暴になり、肉を求めて人間(以外の動物も)襲う、罹患者に噛まれた人間は同じ病を急速に患ってしまう、そんな奇病が大流行し人類はその数を大幅に減らした。奇病の性格上世界各地の大都市は全滅し、かろうじて郊外の都市でのみ細々と生きる人類は常に奇病の罹患者、通称ハングリーズに怯え生きていた。イギリスの郊外都市ビーコン近郊の軍事基地では罹患したにもかかわらず正気を保っている子供が集められ、病の研究が行われていた。この病を引き起こすのは変異した冬虫夏草、つまりウィルスではなく菌が引き起こすことはわかっている。ただしその治療法や予防法はまだわかっていない。解明のためには菌に脳を乗っ取られているのに正気を保つ子供達が必要なのだ。子供達の教師役を務める心理学者のジャスティノーは子供達の一人、特に聡明な女の子のメラニーと特別な絆を築いていく。
キノコが人を狂わせるという設定は変わっているけど基本的には噛まれたら感染するゾンビものということで大丈夫。大崩壊と呼ばれるカタストロフィは過ぎて人類はもう撤退戦を強いられている状態。Playstationのゲーム「Last of Us」にとてもよく似ている世界観。このゲームはコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」を下敷きにしているらしいんだけど。なんせ文明社会が半ば崩壊しているもので、オーソリティの力も及ばなくて、ジャンカーズと呼ばれるならず者で構成される第三勢力がいる。これがゾンビ、つまりハングリーズと同じくらいもしくはそれ以上に危険という、これも世界的に流行っている「ウォーキング・デッド」のように結局一番怖いのは生きている人間(ノー・ロウな状態なもんでタガが外れた人間の方がケモノ的なゾンビより知恵があるぶん怖いという意味で)的な世界観である。そんな世界に”半分ゾンビ”な無垢な少女と研究対象として扱っているはずがゾンビに愛情が湧いてきてしまった女性教師との絆という新機軸をぶち込んだのがこの小説の味噌だろうか。どこかでみた世界観でユニークな物語が展開される。確かに最後まで面白く読めた。
ハングリーズの設定にも面白いところがあり、普段は休眠状態にあってその場合は著しく視力(と認知力)が制限されているので(一度でかい刺激があると起きて活発になる)、休眠状態のゾンビに遭遇してもゆっくり動けば大丈夫という設定があり、これがだるまさんがころんだ的な独特な緊張感を生み出し、走るゾンビも珍しくない昨今、ただただがむしゃらに逃げ回るという構造からの脱却が計られている。このように練られたよくできた小説、というのが私の読後の印象。
意地悪な言い方をすると優等生的な書き方をされていて(ちなみに著者はアメコミの原作で数々のヒットを生み出した、いわばプロの物語書きである。)、ちょっとよくでき過ぎているなあと思ってしまった。それでたまに物語の筋が最初にあって辻褄を合わせるように設定があるので、ちょっとところどころ強引というか無理があるような気がしてしまう。ご都合主義的というか。ジャンカーズが休眠状態にあるハングリーズを操れるというのはその性質上ちょっと難しくないか?と思うし(火や暴力で制御できないくらい凶暴なのでは?)、なんで胎生時に菌に侵されると(つまり子供のみ)共生できるのかわからないのはどうなのだ?(無作為に耐性がある人がいるではオチが弱くなるからだろ思うけど)とか、あとは使い捨てライターを割って中身の燃料を火種にする場面があるんだけど、(日本のライターともしかして作りが違うのかもだけど)使い捨てライターに入っているのはガスだから割ってもオイルにならない(気化するらしい)のではなかったろうか、確か。(これは会社の上司に聞いた話だから間違っているかもしれません。)
オチについても藤子・F・不二雄の短編漫画(これものちにあるゲームの元ネタになった。きになる人は調べてみてどうぞ)を思わせるもので(別にパクリというわけではない、多分イギリス人の作者は読んだことないだろうし)そこまで衝撃ではなかった。とりあえず話の筋というよりはいかに読者(に衝撃を与えて)楽しませるか、という精神で書かれていてそういう意味ではサービスに溢れているのだけど、こればっかりは好みの問題で私はもっと自分勝手に書いている風のこってりしたのが好きだから、ちょっとあざといなあと思ってしまった。
ただ登場人物が実は自分の(信じる)ことしか喋ってなくて、行動の理由が全部エゴなので基本誰にも感情移入できないんだけど、そんな身勝手で世界がこんなになっちまったんだよ、ということを言っているならそれはそれで皮肉が効いているな、と思った。(多分違うだろうが。)
最後までそれなりに楽しめたけど、個人的にはちょっと好みではなかった。ゾンビものが好きな人はどうぞ。
単行本で出版されたのは2016年で当時からあらすじを読んで気になっていたのだがなんとなくスルー。映画化に合わせてかはわからないが単行本化したので買ってみた。
正気を失い凶暴になり、肉を求めて人間(以外の動物も)襲う、罹患者に噛まれた人間は同じ病を急速に患ってしまう、そんな奇病が大流行し人類はその数を大幅に減らした。奇病の性格上世界各地の大都市は全滅し、かろうじて郊外の都市でのみ細々と生きる人類は常に奇病の罹患者、通称ハングリーズに怯え生きていた。イギリスの郊外都市ビーコン近郊の軍事基地では罹患したにもかかわらず正気を保っている子供が集められ、病の研究が行われていた。この病を引き起こすのは変異した冬虫夏草、つまりウィルスではなく菌が引き起こすことはわかっている。ただしその治療法や予防法はまだわかっていない。解明のためには菌に脳を乗っ取られているのに正気を保つ子供達が必要なのだ。子供達の教師役を務める心理学者のジャスティノーは子供達の一人、特に聡明な女の子のメラニーと特別な絆を築いていく。
キノコが人を狂わせるという設定は変わっているけど基本的には噛まれたら感染するゾンビものということで大丈夫。大崩壊と呼ばれるカタストロフィは過ぎて人類はもう撤退戦を強いられている状態。Playstationのゲーム「Last of Us」にとてもよく似ている世界観。このゲームはコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」を下敷きにしているらしいんだけど。なんせ文明社会が半ば崩壊しているもので、オーソリティの力も及ばなくて、ジャンカーズと呼ばれるならず者で構成される第三勢力がいる。これがゾンビ、つまりハングリーズと同じくらいもしくはそれ以上に危険という、これも世界的に流行っている「ウォーキング・デッド」のように結局一番怖いのは生きている人間(ノー・ロウな状態なもんでタガが外れた人間の方がケモノ的なゾンビより知恵があるぶん怖いという意味で)的な世界観である。そんな世界に”半分ゾンビ”な無垢な少女と研究対象として扱っているはずがゾンビに愛情が湧いてきてしまった女性教師との絆という新機軸をぶち込んだのがこの小説の味噌だろうか。どこかでみた世界観でユニークな物語が展開される。確かに最後まで面白く読めた。
ハングリーズの設定にも面白いところがあり、普段は休眠状態にあってその場合は著しく視力(と認知力)が制限されているので(一度でかい刺激があると起きて活発になる)、休眠状態のゾンビに遭遇してもゆっくり動けば大丈夫という設定があり、これがだるまさんがころんだ的な独特な緊張感を生み出し、走るゾンビも珍しくない昨今、ただただがむしゃらに逃げ回るという構造からの脱却が計られている。このように練られたよくできた小説、というのが私の読後の印象。
意地悪な言い方をすると優等生的な書き方をされていて(ちなみに著者はアメコミの原作で数々のヒットを生み出した、いわばプロの物語書きである。)、ちょっとよくでき過ぎているなあと思ってしまった。それでたまに物語の筋が最初にあって辻褄を合わせるように設定があるので、ちょっとところどころ強引というか無理があるような気がしてしまう。ご都合主義的というか。ジャンカーズが休眠状態にあるハングリーズを操れるというのはその性質上ちょっと難しくないか?と思うし(火や暴力で制御できないくらい凶暴なのでは?)、なんで胎生時に菌に侵されると(つまり子供のみ)共生できるのかわからないのはどうなのだ?(無作為に耐性がある人がいるではオチが弱くなるからだろ思うけど)とか、あとは使い捨てライターを割って中身の燃料を火種にする場面があるんだけど、(日本のライターともしかして作りが違うのかもだけど)使い捨てライターに入っているのはガスだから割ってもオイルにならない(気化するらしい)のではなかったろうか、確か。(これは会社の上司に聞いた話だから間違っているかもしれません。)
オチについても藤子・F・不二雄の短編漫画(これものちにあるゲームの元ネタになった。きになる人は調べてみてどうぞ)を思わせるもので(別にパクリというわけではない、多分イギリス人の作者は読んだことないだろうし)そこまで衝撃ではなかった。とりあえず話の筋というよりはいかに読者(に衝撃を与えて)楽しませるか、という精神で書かれていてそういう意味ではサービスに溢れているのだけど、こればっかりは好みの問題で私はもっと自分勝手に書いている風のこってりしたのが好きだから、ちょっとあざといなあと思ってしまった。
ただ登場人物が実は自分の(信じる)ことしか喋ってなくて、行動の理由が全部エゴなので基本誰にも感情移入できないんだけど、そんな身勝手で世界がこんなになっちまったんだよ、ということを言っているならそれはそれで皮肉が効いているな、と思った。(多分違うだろうが。)
最後までそれなりに楽しめたけど、個人的にはちょっと好みではなかった。ゾンビものが好きな人はどうぞ。
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