チェコ(当時はイレムニツェ)の作家によるSF小説。
漫画「BLAME!」の元ネタの一冊ということで買ってみた。
ふと目覚めると巨大な構造物の階段だった。自分が誰なのかわからない俺。服のポケットに入っていたメモを見るとどうも俺は探偵らしい。オヒスファー・ミューラーなる人物が作った1000の階層を持つ巨大建築物、通称「ミューラー館」にミューラーに誘拐された小国の姫君を救出に潜入したのだが、何かの出来事で記憶を失ってしまったようだ。特殊な技術によって透明になった俺はタマーラ姫、それから館のあるじと邂逅すべく巨大な館の捜索を開始する。
巨大な建築物を探し物をしながら彷徨う、というところは「BLAME!」に似ているがその設定だけで実際はかなり異なる。なんせ記憶を失って目覚めた主人公が口にするセリフが「どちらにしよう?のぼるか、くだるか?よし、上だ!」だもの。相当エネルギッシュなやつである。そして空気より軽い物質で作られた(なので上へ上へと常識を超えた大きさを保つことができるのだ)巨大な館もいかがわしい喧騒で満たされている。謎の人物オヒスファー・ミューラーが独裁統治する昼も夜もない館では主人がすなわち法である。そこに住まう人々は全て監視され、会話はミューラー本人に盗聴されている。ミューラーの気まぐれによって不幸を被り、押さえつけられ、暗殺や権謀術数が渦巻き、不満を持った体臭がクーデータを起こしている。相当きな臭い場所である。つまりミューラー館は現実世界の縮図であり、そういった意味ではこの物語はディストピア小説といっても過言ではなかろう。1929年に発表された物語だがあとがきでも触れている通り、ナチのガス室を思わせる設備が書かれている。どうやら作者は未来に対して卓越した先見性を持っていたようだ。喜怒哀楽のはっきりした主人公の性格、ぶっ飛んだ設定もあって喜劇的な趣向も備わった通俗小説だが、一読すれば現代とそして地続きにある未来に対する警鐘がみて取れるだろう。すなわち欺瞞に満ちた公的事業、死体すら金儲けに使う拝金主義、監視され自由を奪われる住みにくく醜くゆがんだもう一つの私たちの世界である。
といっても例えば不朽の名作ジョージ・オーウェルの「1984年」のような閉塞感はなく、フリークスめいた狂人たちが闊歩する奇妙な地獄めぐりのようなロード・ムービー的な面白さ、騎士が美人で不遇の姫を救うという冒険譚の要素をきっちり抑えた通俗小説になっている。いわば甘い糖衣で包まれているわけで非常に読みやすい。会話はちょっと演劇めいているものの、読んで見ると時代性といい意味で無縁な普遍的な物語になっていることがわかる。
天を摩する巨大な建築物という設定、物語を彩る濃いキャラクターの面々で色彩豊かな活人画のような趣だけどその核には強烈な風刺の精神がある、まさに反骨の異色のSF。「BLAME!」好きな人にはあまり親和性がないかもしれないがディストピアものが好きな人は是非どうぞ。
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