アルゼンチンの作家による辞典。
世界各国に伝わる架空の存在について項目ごとに記したもの。
この手のジャンルだと真っ先に中国の「山海経」が思い浮かぶが、あちらは今日では架空の生物を当時の本当にいるように書いているのに対して、こちらは現代に架空のものという前提で書いているから中身というか趣はだいぶ異なる。
私もボルヘスに関しては思い出したように何冊かをつまむように読んでいるだけだから詳しく知らないが、「知の巨人」と称されるようにとにかく博識・博学でいわゆる書痴のような人だったようだ。(図書館の司書をやっていて本をたくさん読んだとのこと。)そんな色々な原典からの知識をボルヘスが再分類、再構築してまとめたのがこの本。だからこん本に関してはノンフィクションということになると思う。
全部で120の項目があり、神話に出てくる怪物、妖精、妖怪、神獣からカフカの短編に出てくる奇妙な「オドラデク」まで。”架空である”ということを条件に古今東西の存在についてその存在の(主に宗教が関わって生じる)高低を御構い無しにどんどん紹介していく。日本でいうとヤマタノオロチなんかがその名前を連ねている。大胆にも原典からそのまま地の文を乗せているいくつか項目もあるが、基本的にはボルヘスが自分で得た知識をまとめて説明を書いている。今読もうとすると難しかったり、そもそも手に入りにくい原典からボルヘスがわかりやすい言葉(はじめ学生の頃ボルヘスの本買ったら難しくて諦めたんだけどこの本を最初に買えばよかったなと)で書かれている。辞典といっても体長や重さ、といった共通の項目があるわけではなく、それぞれの原典に書いてあることを抜粋し、再構築の上まとめているので項目によって結構書かれていることはバラバラ(当然書かれていないことは性質上書けないし、ボルヘスも自身の創造力で持ってその空白を埋めるようなことはしない。)なのだが、そういった意味では物語というよりはやはり非常に辞典的である。標本といっても良いのだろう。別々の世界(本)から採取された異形の怪物がなるべく第三者的な視点で持ってわかりやすくガラスの中にピンで止められている。異形のコレクションはあくまでもボルヘスが集めたものであって、彼が生み出したものではない。こう書くと無味乾燥な、とっくに存在が否定された死んだ知識のカビ臭い収蔵庫と思ってしまうけど、実際はそんなことはない。神話で生きる異形たちはそれだけで存在しているわけではない。その背後には絶対何かしらの歴史や背景がある。誰かの子供で、何をしたかということがその存在に詰まっている。宗教ではその存在自体が何かの象徴であることも多い。要するに物語が詰まって居て、なんなら存在自体が物語なわけでその異形たちを冷静に説明していったらその背後にある物語性が否応無しに滲み出してきて、これがたまらなく読者の好奇心をくすぐるのである。一体異形はなんで異形出会ったのか、その多すぎる足は、その恐ろしいツノは一体なんのためであったのだろうか?ということが頭に去来するわけで、この想像の楽しみはいわば読書の醍醐味ではあるまいか。神々の創造という一大事業に不遜ながら私のような矮小な人間が入り込めるのだから、なんとも背徳的といってすらいい楽しみがある。
物語を主体とした本ではないのでとっつきにくそうな気がするが、誰もが知っている架空の存在たちについて短く書いているので、むしろとても読みやすい。知っている名前のところだけちょいちょいっと読むだけでも非常に面白いと思う。特に日本人は架空の神性についてゲームなどの創作物で慣れ親しんでいるから、結構誰にでもお勧めできるのではと。
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