アンソロジストの東雅夫さんが世界の幻想文学の定番作品をまとめるシリーズ。この間紹介した「怪奇小説精華」と対をなすのがこちらで、東さん曰く幻想文学というのは「ホラー(怪奇)」と「ファンタジー(幻想)」の両極があってグラデーションをなしつつ色々な作品がせめぎあっているのですよ(ただし両極は対角線上にあるのではなく、メビウスの輪っかのごとくぐるっとどこまでも繋がっているのだそうな)とのことで、こちらはそのファンタジーに接近した作品を集めたもの。
私は幻想文学といっても大体ホラー寄りの作品ばかり読んでいるので、幻想文学というと実はよくわからない。「ハリーポッター」シリーズも読んだことないし、ファンタジー界に燦然と輝く「指輪物語」も映画しか見たいことない(「ホビットの冒険」は読んだ。)。最近山尾悠子さんやボルヘスの作品をポツポツ読んだくらい。あとは個人的には澁澤龍彦さんの「高岳親王航海記」が一番印象に残っているかな〜というくらい。あとはラブクラフトに多大な影響を与えたということから読んだロード・ダンセイニの一連の作品群だろうか。ホラーは怖がらせればなんでもあり的な裾の広さがあって例えば「悪魔のいけにえ」だったり映像作品と結びついて広く人々に愛されている(けど反面俗化して本来の意味というのは拡散しているのかもしれませんね)けど、なんとなくファンタジーというと格式高いイメージがあってそこまで市民権を得ていないのかなという気がする。ファンタジーというと個人的にはやっぱり剣と魔法の世界?という固定観念をイマイチ払拭仕切れていない感じ。そんな俗な固定観念に毒されている私なので密かに期待感を持って読んだのがこの本。そういったいみではどれも名作と名高い短編を集めたこのアンソロジーは大変嬉しい。
何回かこのブログでも書いているが澁澤龍彦さんが幻想というと曖昧に書けばいいと思っている人が多いけど違うからね、と仰ったそうで扱っている世界は現実離れしていてもそれを正確に描写しないと面白い物語にならないというのは確かで、この本には不思議な物語が詰まっているわけで、中には本当に半分覚えていない夢のように説明がつかない模糊としたものもあるわけでそういった意味では多様な作品が集められているのだけど共通してどれもその物語の核となる”不思議”ははっきりとした言葉で綴られている。それが豪華絢爛で華美、仰々しくも流麗なものもあれば、そっけない語り口でそれゆえ”リアル”に感じられるものもある。ミステリーというジャンルではわかりやすいがこの謎というのはとにかく昔から人間の好奇心というのを大いにくすぐってきていて、センスオブワンダーってやつは大航海時代、そして広大無限なはるか星の世界つまり宇宙に人間を駆り立てていったわけ。そんな不思議な謎がキラキラと、または見るからに不気味に輝くのが幻想文学。いろいろな謎が提示されているものの、ファンタジーのジャンルではそれがわかりやすい因果関係で持って解き明かされることは少なくそれが受け入れられるか否かがひょっとしたらそのままこのジャンルに対するハードルになっているのかもしれない。
「怪奇小説精華」も文体は絢爛なものが多かったが、こちらの方がその傾向が強い気がした。というのも非現実を扱うにはそういった舞台装置が必要になるからだと思っている。いわば呪文みたいなものでこの独特の言い回しが読み手を幻想の世界に導いていくのだ。恐怖に頼らないファンタジーに関してはさらに強い呪文が必要になってくるのかもしれない。煌めきを写し取ろうとするにはどうしてもそのような言葉が必要になってくるのかもしれない。
冴えない主人公が恋とそして冒険に巻き込まれるE・T・A・ホフマンの中編「黄金宝壺」はまさに幻想文学の一大絵巻といった様相を呈しており、人間の想像力の限界に挑むかのような視覚的な表現がどっぷりと夢の世界に浸らせてくれる。同じ恋を主眼に据えながらも全く逆の死の世界に舵をとったゴシックロマン調のヴィリエ・ど・リラダンの「ヴェラ」も恐ろしく儚く、正気と狂気の境にある美を描いている。擬人化された夜の描写はたった4行ながらこのジャンルの魅力を濃縮したようで胸を打った。
一方絢爛な美の世界と正反対に力強くも無愛想な文体で書かれたアンブローズ・ビアスの「アウル・クリーク橋の一事件」。これは再読になったがやはり悪夢としか言いようがない。これは日常の先にある”もしも”の世界で持ってそういった意味ではホラー色も濃い。
同じくアーサー・マッケンの「白魔」も再読だったがやはり良い。ケルトの謎が峻厳で渺茫とした英国の野生の景色に溶け込んでいる。ページをめくるだけでそんな世界にトリップできる。
600ページ超というボリュームで幻想の世界にどっぷり浸ることができる。やたらと残酷趣味な幻想に疲れた人は是非どうぞ。また日常に倦んでどこか遠いところに想いを馳せる人も是非どうぞ。
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