高木敏雄が蒐集した日本全国の伝説をまとめた本。
大分前に購入したまま読んでいなかったが、この前ボルヘスの「伝奇集」を探している時に本棚から見つけて読んでみたらこれが面白かった。
作者の高木敏雄は作家ではなくて学者。日本の神話、伝説、民話の研究を行っていた人でこの本はタイトル通り日本全国から東京朝日新聞上で告知、民話を集めて、そのうちの250ちょっとの物語を区分に分けて、少々の筆を加えてまとめあげたもの。何と始めは高木の自費出版という形で大正二年に出版されたもの。100年の時を経て出版社を変えながらも世に出続けているというのはよくよく考える必要も無く偉大な事である。
私は本好きだが活字中毒ではない。手に取る本は9割型小説だからどちらかというと物語中毒である。(読んでいる数はそんなでもないが。)民話というのは難しくて明確な作者がいない場合がほとんどで、なるほど現代において読み返してみるとフィクションなのだろうが、それでも小説とは全く異なる類いの物語である。しかし短いその民話の中には物語の原型とも言うべき核があってそれが大いに楽しめた。
民話というのはその土地土地で語られているものをある個人が語っているものである。(神話や伝説となるともう少しオーソリティなもので原典などがあるイメージ。)当然ある個人が違えば微妙に語り口や内容も変化していく訳で、厳密に言って全く同一のおはなしが明確に存在している訳ではない。面白いのは全国津々浦々おはなしの細部(登場人物や土地)が違えど大筋が似ている話が多い事で、だから高木先生がやったように分類する事が出来る。例えば弘法大師が出てくる民話などは寓意に富んでいるが、全く層でない不思議なものも多くて、それが全国に共通して散見されるのは大変興味深い。
人間の発想力というのはとにかく自由なもので、暗闇に妖が潜んだ昔に語られる物語たちはまさに縦横無尽である。蛇がでてくる、山姥がでてくる、神様が出てくる。人間が妖怪となる。妖怪と人間が結婚をする。この物語の意味は何だろうと考える前にその内容の豊かさきらびやかさ、そして恐ろしさに目がくらんでしまう。間違いないく超常を扱っているのに、不思議な生々しさがあるのは具体的な土地の名と人々とその生活が描写されているからだろう。私は田舎の暮らしというのが分からないのだけど、それでも何となく農家の風景や漁師の生活、奥深い山の奥など不思議に頭に情景が浮かぶのはやはり日本人だからだろうか。子供の頃に読んだおとぎ話集や日本昔話の世界がまた脳裏に蘇ってくるようで楽しい。
学術的には恐ろしく価値のある書物に違いないが、いわゆる学術書的な要素は皆無で、まずは蒐集した民話だけほぼほぼ並べている形である。そこからの民族的な考察については奇麗に省かれているから、物語として楽しむ事が出来る。きっと若い人でも小さい頃に聴いたり読んだおとぎ話と良く似ている物語がこの本に含まれる250あまりの短編のうちいくつかに見つける事が出来る。確実に貴方のノスタルジーを刺激する、それでいて作り物感が無いとても素晴らしい本。私が買った切っ掛けは中身よりもこの美しい表紙だった。日本人の心に訴えかける良い写真が使われていて、中身もまさにその通りであった。読み進めるのがとても楽しかった。オススメの一冊。
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