日本の作家によるホラー小説。
会社の人のオススメってことで買ってみた。感謝。
ネットでは有名な話だが熊は恐い。熊というと可愛いイメージもあるんだけど、ヒグマはおっかない。北海道の三毛別で実際に発生した事件を元にした吉村昭さんの「羆嵐」はとても有名ですね。かくいう私もたしか学生の頃読んで熊の恐ろしさに震え上がった。
今作も北海道の北部手塩を舞台に羆が暴れまくるホラー小説。題名の「シャトゥーン」というのは冬ごもり(冬眠)しそこねた(危険な)熊という意味。「このミステリーがすごい!」第5回で大賞に輝いた作品。出版社は宝島社でよく考えるとあまり買った事の無い版元かも。
北海道のテレビ局に勤める土佐薫は娘の美々と同僚の瀬戸と手塩の研究林にむかって車を走らせていた。薫の双子の兄弟で北海道大学で鳥類を研究している弟の昭と研究林にある小屋で年越しをするためだ。道中人間の死体をよけるために横転してしまう一行。事故の原因と生った死体は無惨にも食い荒らされ持ち去られていた。この広大な森林に冬ごもりに失敗した凶暴なヒグマがいる。小屋に急ぐ薫たちだが…
八百万の死にざまというが、これだけは嫌だなというのを考えた事、ありませんか?私はあるんですが、(どれもまあ嫌なんだけど)これだけは〜というのに何か巨大なものにゆっくり押しつぶされる、海の真ん中で乾きに苛まれる、などなどに並んで野生の生き物に生きながら喰われる、というのがある。ようするに相当嫌なんだが、この本にはそんな嫌になる様なシーンがてんこもりである。
実際に北海道大学で学者を志したという作者だから書ける(柔道もやっていたということで格闘シーンや武器の説明なんかも非常に微にいり細に穿ちリアル!)北海道の自然の厳しさ、そして美しさ、極寒の地に生きる生命の力強さと、自然に相対する人間たちの無知蒙昧さ、短絡性、愚かさ。なんせ氷点下40度の世界だからゆるく都市部で生きている私からしたらまさに別次元なわけで、広大な森の深閑さ、読んでいるだけで荘厳な気持ちに生る。文体も平明で飾ったところが無いから非常に読みやすく、伝わってきやすい。
そこでおお暴れするのが巣ごもりに失敗したヒグマ=シャトゥーン。350キロ超の肉体を持つこのヒグマという生物の圧倒的な膂力、そして賢さについてまずは登場人物の口を借りて丁寧に読者に説明。はっきりって地球最強の生物で無かろうか。。50メートルは3秒で駆け抜け、なんなく木をのぼり、極寒の冬の河川も厚い毛皮でなんなく泳ぐ。爪は15センチの長さで各々がナイフのよう。火を恐れず、散弾銃程度ではほぼダメージは与えられず、心臓を撃たれても、頭を撃たれても(脳に損傷が無い限りは)うごきつづけるというからこれは最早化け物だ。(確か最強はシロクマだという話をどこかでよんだきもする。)現実に熊とライオン、ヒョウを戦わせても圧倒的に熊が勝つらしい。パンチ一つで首が取れるらしいよ。おっかない。さてそれだけで恐ろしいのだが、この本で書かれているのはヒグマの底意地の悪さである。賢さの裏返しでもあるのだが、とにかく獲物に執着する性質があるとのこと。たとえば登山者のバッグでもそうだし、死体に異常な執着を持ちそれを奪われると執拗に追ってくる。この設定が助けのこない森に閉じ込められた主人公たちにとって最大の恐怖になる。私は実家で猫を飼っているから分かるけど、人間の断りというのは本当に他の生き物には通じないものだ。可愛がっていた虎に食い殺された人だっているだろう。言葉が通じない恐怖、それはある意味厳しい自然の掟だが、ここにヒグマの狡猾さと言う悪意が加わってくるとそれ以上の恐怖が追加される。人間の弱さというのがこれでもかというくらい描写される。はっきりいって武器を持たない(持っていてもほぼ役に立たないんだけど)人間はまったくヒグマに歯が立たないので、ひたすら逃げるだけになるわけでそういう意味ではカタルシスの無い非常に暗澹とした小説。
前述の食べられる描写に富んでいて生きながら顔を食べられたり、腕も喰いちぎられたりと描写を挙げるときりがない。痛々し過ぎて無惨である。
吉村昭さんの「羆嵐」にくらべると肉薄する様な(ある意味では露悪的と言っても良いだろう)描写と映画的な構成でエンタメ感は勝っていると思う。スピーディーな展開の中にも人間の文明批判をくどくならない程度に混ぜてあるのも効果的。
あえていうと過酷な環境なのに無線や抗生物質などの医薬品が無いのと(勿論無線があったら面白くないので、あるんだけど壊れたのにすれば良いのにな、と思った。)、中盤何を脱した主人公がなぜ目的地をあきらめて小屋に帰ったのかはちょっと首を傾げたところもあったかな。
北海道に憧れがあったんだけど、美しいだけでなく危険をはらむのが自然だな…と考えさせられた一冊。痛いの大丈夫な人は是非どうぞ。
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