2017年5月15日月曜日

グレッグ・ベア/グレッグ・ベア傑作選 タンジェント

アメリカの作家による日本オリジナルの短編集。
グレッグ・ベアといえば「ブラッド・ミュージック」が有名なのでは。かくいう私も読んだのはその一冊のみ。なぜこの短編集を手に取ったかというと漫画家の弐瓶勉さんがtwitterで自分が好きなSFの短編集をあげており、そのうちの一冊がこの本だったため。
1993年に出版された本でもうおきまりのコースだが現時点では絶版状態のため古本で購入。

ナノマシンが人体に及ぼす(強烈な)影響を書いた「ブラッド・ミュージック」を読んでいたのでベアというとSF!というイメージでいたのだが、実際にはファンタジーもよく描く人らしい。この短編集には8つの短編が収録されているが、短編によってはなるほどどう考えてもファンタジーだなというものが入っている。科学そのものを描いてその影響を思考実験のように観察、考察して物語を構築するというタイプの作家というよりは、未来的なガジェットというよりは、非現実的な要素を道具(メタファーとよく言われる)のように使って人間の心理状態とそれによって導き出される行動、つまり(規模はあれど)日常や世界を描こうというタイプの作家のようだ。短編「姉妹たち」はSFのアンソロジーで1回読んだことがあったのだが、改めて読むとベアの人類愛に触れることができる。学校を舞台にした青春小説だが、誰もが一度は思春期を過ごすもの。この青さに未だ未完成な人間の気持ちがぎゅっと濃縮されていて胸を締め付けられる。この物語では舞台は未来で遺伝的に設定された子供達が登場人物だが、その科学的な設定の向こう側に普遍的な人類の問題が提示されているわけだ。新奇な設定で人目を引き、それから日常の背後にある問題にハッと気づかせるような、そんな視点がどの物語にも巧妙に仕掛けられている。特にどの物語のも個々人の孤独、というか周囲との断絶が表現されているように思う。これはベアの子供自体が反映されているのかもしれない。その孤独を埋めようとする試みが物語を生んでいる。一度も恋人ができたことのない50歳の女性(これ男性だとちょっと物語の持つ意味が違ってくるというか、相当うまく描かないと違う方向に行ってしまうのだと思う。)が辞書から理想の男性を作り出す「ウェブスター」は現代人の都会の孤独をよく表現している。ラストがなんとも悲しくも美しい。
一方「飛散」はこの本の中で一番SFらしい。謎の異星人の攻撃(?)を受けてバラバラにされた挙句別の宇宙で別の宇宙の人類含む生物と一緒の構造体(いずれかの宇宙の宇宙線などがデタラメにくっついているようだ)に再構成される話だが、これは広大な宇宙と時空で迷子になってしまった人たちが、何千年もかけて自分の宇宙を見つける物語である。喋る熊が出てきたり、ごちゃまぜのカオスが出てきたりとこの話が非常に弐瓶勉さんっぽいし「フニペーロ」(弐瓶勉さんのバイオメガという作品に同名のキャラクターが出てくる)という登場人物が出てくる。

どんな結果が生じようとも試みが肯定的に描かれている(これを描かないと物語が始動しないというのもあると思うけど)ような気がしていてそう意味ではSF的/ファンタジー的であっても優しい物語(群)だと思う。非常に面白かった。弐瓶勉さんが好きな人はきっと気にいるはず。

2017年5月14日日曜日

Yokohama Extreme6 Nekrofilth Japan Tour@横浜El Puente

最近は来日をきっかけに海外のアーティストを聴き始めることが多い。そんな流れでアメリカ合衆国コロラド州デンヴァーのNekrofilthを聴いて見たらこれが非常にかっこいい。デスメタルバンドのNunslaughterのメンバーがやっている別バンドで、デスメタルの要素色濃いのだが、それがハードコアパンクとくっついたクロスオーバーな音楽をやっている。5月12日からツアーがスタートするということなんだけど、ラッキーなことに仕事に都合がついたので横浜まで足を運ぶことに。ライブハウスは西横浜にあるEl Puente。メタル、ハードコアに限らずアンダーグラウンドな音楽御用達のライブハウスなんだけど行ったことがなかったから、これも非常に楽しみだった。
El Puenteは西横浜駅をおりて割とすぐ。お店のそばに行くともういや〜な感じの音が漏れている。(暗いからよくわからなかったけど周りにあまり建物がない。)今まで行ったライブハウス(一応ミュージックバーということらしい)で一番小さいと思う。入場するとすぐ横でバンドがでかい音で演奏しているし(これは本当楽しい)、バンドの正面ちょい横あたりは2列くらいかな、入るのは。距離の近さという意味ではこれ以上はないんじゃないかくらい。
私がつくとすでに1バンド目Filthy Hateのライブは終わっており、続くAnatomiaがプレイしていた。

Anatomia
2002年から活動している日本は東京のデスメタルバンド。ギター、ベース、ドラムの3人組でドラムの人がメインボーカルを取る。びっくりしたのがエフェクターがマルチエフェクターだった。それでもきちんとなっている音はどう聴いてもデスメタル!なんとなくイメージを覆されて痛快だった。デスメタルというのは重たい⇄軽い(重いバンドが多いけど)、遅い⇄速い、などなどその構成要素を取ってもいろいろあるし、構成要素でも表現方法は多様なのだが、個人的にはデスメタルには”邪悪”の要素があってほしい。逆にここを抑えていれば私としては非常に入りやすい。Anatomiaはまさに”邪悪”を音楽にして発信するバンド。とてもスリーピースとは思えない音の壁で、速いパートもあるが基本はドゥーミィな遅いパートが主体。圧殺、窒息系の重苦しい音。例えば同じオールドスクール・デスメタルでもCoffinsはズンズン響くリズムを強調したりと容赦のなさの中にも華(と行っても真っ黒い)があるのに対して、Anatomiaは華がないというよりはそういうとっつきやすさがない。ひたすら地下室。うめきあげるようなボーカルはひたすら低く憎悪に満ちている。リフは黒く鈍く光るデスメタルの結晶のようだ。重苦しいのがたまらないやつ。それでも曲によっては空間系のエフェクトをかけたり、遅すぎて崩壊したアルペジオやその裏でのベースのコードっぽい弾き方など、曲をデスメタルたらしめるための技巧もいろいろと感じた。荒廃した墓場と言った様相のライブ。かっこよかった。
ちなみにギタリストの方は長髪なのだけど激しいプレイでネックに髪の毛が絡まっていた。終演後ベーシストの方が「今までで一番絡まっている」と心配していたくらい。ちゃんとほどけたのかきになる。

Nekrofilth
続いてはNekrofilth。このバンドもギター、ベース、ドラムの3人組。全員上背があり、リズム隊はがっちり巨漢という感じで迫力がある。ギター/ボーカルの人のギターなんだが金属質なピックガードが茶色っぽい赤黒にまだらに染まっている。昔あのギターで誰かを殺してゴミのように埋めてきた、のようなバンド名にちなんだデスメタルストーリーがあるのかもしれない。ギタリストの人はアンプヘッドのつまみを適当にザーッと全部マックスにしていたみたい。大丈夫なの?と思ったけど大丈夫でした!始まってみるとめちゃかっこいい。ギターの音は低音を強調するデスメタルのそれというよりももっと生々しいディストーションがかかった音。エフェクターも少なめ。声質もしゃがれて結構高音が効いている。それで故Lemmyのように高く上げたマイクにしたからかじりつくようにがなりあげる。単語単語(FuckとかFuckingとかよろしくないのばかり)によってたまに聞き取れるくらい。つまりデス声とかそういった歌唱法とは違うわけで、楽器の音と同じでここも生々しい。曲は長くて2分くらいであっという間に駆け抜ける。何かに追われているように性急なギターソロが入ることもある。速いんだけどグラインドコアと違ってもっと軽くてつんのめるようなリズム、そして良い感じに密度が空いているので風通しが良い。リフがかっこよくてメタルのように詰め込むテクニカルのようなものではなく、キャッチーで反復的。ここら辺がハードコア、パンクと称される所以。パンクも然りなのだけどどっちかというとMotorheadのロックンロール〜Rawなグラインドコアよりのハードコアという印象。とにかく痛快。男の子のかっこよさ。もちろんスッキリ通り過ぎるという感じではなく、デスメタルのフレーバーが効いているのでその歌は下品かつ血みどろな雰囲気がする。むせるような暑い風に当てられているみたい。Filthと名乗っているわけだけどデスメタルの汚さがハードコアパンクのRawさにうまくハマって、両者ががっちり握手している。あっという間に終わってしまった。聴いている間ずっと笑顔だったかもしれない、私。

Nekrofilthの物販を除くとそこにはデスメタルの香りがするアイテムがいっぱい。やっぱり出自というかアティチュードはデスメタルなんだな〜と思わせる。かっこよかったので裁縫できないのにバックパッチを買って帰る。
外に出るNekrofilthのドラマーの方が涼んでいらっしゃって、「アリガト〜」と声をかけてくださった。私も「ベリークール、こちらこそサンキュー」とか馬鹿みたいな英語で返答。こういうの非常に嬉しい。アンダーグラウンド音楽のライブの醍醐味の一つだと思います。横浜はさすがに遠くて仕事帰りに行くのは大変だけど行ってよかった。とても楽しかった。半端にしかライブが見れなくて残念。本気で来たいバンドの方々と本気で日本の人たちに聞かせたい主催の方々たちがいてこういう機会があることは非常にありがたいことです。ありがとうございました。

2017年5月7日日曜日

死んだ方がまし/Mensch, achte den Menschen

日本は東京のパンクバンドの1stアルバム。
2017年に自主リリースされた。
発売されるや否やtwitter上で話題を呼んでいたので視聴したところ「えー!」となって買わない。そのあともう何回か聴いてみたところやはり「えー!」となるので買ってみた。自分の中で良いか悪いかわかんなくても何回か視聴している音源があるならそれは買ってみた方が良い。ちなみにうっかりデジタル版を購入して早くも後悔している。歌詞やアートワークがきになるからだ。
死んだ方がましは2012年に結成された5人組のバンドで「Tokyo Blue Days Punk」を自称している。まず多くの人が言っているようにバンド名が良い。「死んだ方がまし」というのは嫌な気持ちになるが、実は臆病で矛盾している。というのも本当に死んだ方がましだと考えているならその人はすでに死んでいるからだ。つまり死んだ方がましだとうそぶいているか、そう思っていても死に切れない状態にいるということになる。もちろん臆病だし決してかっこよくないが、そんな人は沢山いるのでは?デスメタルだって生きている人が演奏している。そんな複雑な気持を孕んでいる短くて良い言葉だ。ちなみに自主企画の名前は「なしくずしの死」だって!サイコーじゃん。(フランスの作家セリーヌの小説のタイトル。私は序盤のとあるフレーズを定期的に読み返しまくるくらい好き。)

ドイツ語のタイトルは「人、8人の人」となるみたい。調べてみるとどうもホロコーストに関わる言葉のようで過去をいたみ、忘れないための碑に刻まれた文字のようだ。
パンク、ハードコアという単語を聞いた時多くの人は速くて激しい音楽を思い浮かべるだろう。思うにハードコアやパンクに関しては強さを志向する音楽だ。だから音がでかいし、低音が強調されている。往往にして演奏している人たちも怖そうだ。ところがこのバンドはそうではない。バンド名もそうだが、あえてその逆を行く。まず聞いてみんな驚くと思うけど声が高い。異常に高い。グロウル、ガテラルなど低音に行きがちなアングラ音楽にNO!を突きつける。鍛錬されたファルセットというよりは裏声を常に出しているみたいな不安定さ。あまりよろしくない例えかもしれないがDangerousというよりSickなヤバいやつ感がある。ちょうど春だし。歌詞も同じフレーズを繰り返しがちで悪夢というか白昼夢感が増す。物理攻撃というよりは呪い的な、いやらしくヒットポイントを削ってくるタイプ。
演奏の方も重たくはなくてギターは生音を割と活かした音で完全に歪んで潰れた音にない繊細さを持っている。コードやフレーズはキャッチーなのだが、2本のギターのうち一本は痙攣的というかせん妄的に単音をなぞっていき、コードもマイナー感というかなんともいやあな感じである。90年代のヴィジュアル系も引き合いに出されているがなんとなく頷ける。日本的な閉塞感とヘヴィネスに頼らないキャッチーさがあってしっとりとしているのだが、何もその艶っぽさをこっちに使わなくても…という不安定さ。(一方ベースだけは変に無関心で冷徹なのが、嫌な運命的な緊張感と予兆を孕んでいてなんとも好感触である。)
何回か聞いてくると「うお〜」という混乱から抜け出せないものの「硬くなって動かない〜」とか思わず口ずさんでしまう、アクが強いのに妙に脳に引っかかる。初めは特徴的な声がクセになるのかなと思ったけど、実は曲がかっこ良い。日本人的な歌謡感というか、聴きやすさに満ちているのではと思ってきた。短くまとめられた曲は例えば「病気X」は爪弾かれるアルペジオから疾走するイントロだけでもうそのかっこよさに引き込まれるくらい、実はソリッドに練られている。

曲を聞き込んでもやっぱりバンド名が素晴らしいと思う。これは死ねなかった人が死ねなかった人たちに歌っている音楽なのだ。だからかっこよさのオーソリティのレールにはないのだけど(もしくはないからこそ)聴く人の胸を打つ。「やり方がうまいよね」なんて軽薄な言葉とても吐くことができなほどの曲と世界の完成度、そして必死さ。なんとかごまかしごまかし日々を生きている私の胸に急に掴みかかってくるヤバいやつ的な必死さ。かっこいい。こっそりエールを送りたい。

SWARRRM・killie/耐え忍び、霞を喰らう

日本で活動するハードコア2バンドのスプリット音源。
2017年にLongLegsLongArms Recordsからリリースされる。私はリリース記念ライブで一足早くにゲットした。12インチ45回転、筆の後も荒々しい白黒のジャケットに透明緑の盤が入っている。音を提供しているのは神戸のSWARRRM、そして東京のkillieである。

誰か、もしくは誰かたちを知りたい場合、その人が何をしているかに注目するのと同じくらい、何をしていないかということも重要ではないかと思う。SWARRRMはSNSに関してあまり注力していなかったり、MCらしいMCがないライブだったりとあまりユーザーフレンドリーとはいえないバンドだと思う。killieに関してはさらにその度合いが強く、音源の枚数をライブ会場のみの販売にほぼ限定しているのは象徴的だと思う。音楽をやっているのに音源を広めたくないというのは矛盾しているようにも思える。ここで何をしているか、何をしていないかという視点で見るとkillieというバンドはどうもライブハウスで演奏するという場所と空間を非常に大切にしている。ひょっとしたらそこで行われることのみがkillieというバンドの音楽なのかもしれない。

SWARRRMは2曲「愛のうた」「あなたにだかれこわれはじめる」。タイトルのらしくなさにも驚くが、歌詞がすごい。「愛のうた」は誰かの日記を読んでいるかのような生々しいものだ。今までにSWARRRMにこんな詩あっただろうか。音源を全部網羅しているわけではないから断言できないが、少なくとも直近ではここまでストレートに心情を吐露している歌詞はないのではと思う。ここで綴られているのは後悔と未練である。先日のライブを見て思ったのだが、SWARRRMは渇望するバンドだ。感情とかをたくさん持っていてそれを見る人に与えるバンドではなく、自分が(持って)ない故に取りに行くバンドで、いわば虚無的な真空が中心にある。そして空気がそこに殺到するように(地球上で真空は非常に存在しにくいのだ!)周辺にいる人(つまり音楽を見て聴いている人)を惹きつける。この感想はこの音源を聞く前になんとなくライブを思ったのだけど、「愛のうた」を聴いてうおおとなってしまった。私の勝手な思い込みではあろうが、なんとなく個人的にはしっくりきたのだった。
音楽的にはやはり目下の最新アルバム「FLOWER」を踏襲する、あえてのヘヴィさからの脱却で、代わりに削ぎ落としたギターで圧倒的な感情を充填している。特にメロディが強調された「愛のうた」は音楽的にも衝撃である。私は「FLOWER」 収録の「幸あれ」がとにかく好きなので、もうすでに何回「愛のうた」をリピートしているかわからない。「あなたにだかれこわれはじめる」の後半「もう二度と 答えを見つける必要のない あの場所へ」からの感情の本流と音的なドラマティックなクライマックス感に感情が揺さぶられる。あえて見せるこの心の内は弱さなのか。それは人を感動させる。劇的な音に別の地平線を見ているバンドだと思う。

killieは1曲「お前は労力」を収録。11分を超える大曲。不穏な人の声のサンプリングからスタートするその暗さに驚くが、演奏は激しいがやはりギターの音はソリッドでそこまで重低音に偏向しているわけではない。生々しい音だと思う。まくし立てるボーカルは怒りに満ちいているが、時たま見せる地声には柔らかさが残る。あくまでもとある個人(達、バンドなので)の意思表明、つまり声であるということだろうか。コラージュ(もしくは連想の飛躍)のような手法でエンコードされているものの歌詞は直接的である。現状への不満、もっというなら社会に対する圧倒的な不信感でほぼ構成されている。個人的な感情の登場する隙はほぼないのだが、前述のように現状を詩に翻訳することで個人的なものにしていると思う。いわば広義の社会を自分の問題として捉える真面目さがあって、真面目すぎてどうかしてしまったというバンドは真っ先に日本のisolateが思い浮かぶが、あちらは個人的な問題(ヒビノコト)を抱えており、こちらはいわば日々そのものに対する違和感、不信感がありそれを咀嚼できない苛立ちと悩みが曲に表れている。どちらのバンドも最終的に自分というフィルターを介しているものの、killieの方が反体制という意味でパンクであるかもしれない。しかし次第に言葉少なくなっていく代わりにうねり出す後半の音楽的なかっこよさは半端ない。個人的にはConvergeの名作「Jane Doe」の「Jane Doe」に通じるところがあるのではと思っている。
どう考えても格好良いのだが、バンドのスタンス的にはあくまでも音源は名詞みたいなものかもしれない。立場が印刷されているが、実態(本人)を全部表現しきってはいない。名刺を見てきになるなら現場に来てくれ、そういった意味だろうか。ああでももっと音源も聞きたい。もっと別の曲も聴きたい!

歌詞が掲載されたインナーが面白くて白と黒でのみ構成されたジャケットに対して、二つ折りのインナーの中身は極彩色といっていいほどの豊かな色彩に溢れている。アンダーグラウンド音楽にありがちな灰色や死をイメージさせるモチーフとは明らかに一線を画す表現技法で、表面的には暗い音楽を演奏しつつも決して暗さのみ志向しているバンドではない、ということの証明だろうか。
「耐え忍び、霞を喰らう」というのがこのスプリットのタイトル。霞というのは霧やもやのこと。霞を食べるのは人間ではない、仙人だ。しかしこのタイトルは「俺たちは超越者だ」ということではないだろう。SWARRRMを聴いて、見て思うのは孤高のバンドだということだ。無愛想なやり方もそうだが、特に昨今の彼らの音楽を聴けばその特殊性がわかると思う。ハードコアの枠組みの中で誰もいない境地に辿り着いている、もしくはたどり着こうとしているように思える。奇をてらった飛び道具ではなくバンドが重ねてきた20年という年月の重みがそのサウンドの変遷を支えているのだろう。一方killieも伝説的なバンドなのだが完全にアンダーグラウンドというよりは徹底的な現場志向であえて聞き手を絞るやり方を続けてきた。いわば大衆に迎合しない姿勢で長いこと活動していたバンドの美学がタイトルの「耐え忍び、霞を喰らう」に表れているのだと思った。孤高の二つバンドのスプリット、つまり邂逅点としても事件であるし、圧倒的に手に入りにくいkillieの音を聞けるという意味でも価値があると思う。尖っている音が好きな人は今すぐ予約で大丈夫です。

2017年5月5日金曜日

犯罪者と同姓同名@新大久保Earthdom

犯罪者と同姓同名、嫌な企画名である。全然関係ないところから来る二次的な被害という感じだし、ともすると本当は本人だけど同姓同名だよ、と嘘ついているみたいに思える。サイコパス。怖い。企画したのは日本のハードコアバンドkillieである。killieはとても有名なバンドで名前を知っている人は多いと思う。私もそれこそ何年か前から気になっているがこのライブまで直接でも音源でも聞いたことがなかった。というのもこのバンドのリリースした音源は全て今や非常に希少なものとなっている。まず枚数が少ないし、ほとんどライブ会場でしか売らない。リリースのやり方も凝っていて非常に凝ったDIYなアートワークを施し、聞いた話だがコンクリートでラッッピングした音源もあるとか。聞くためにはコンクリートを破砕しないといけないのだ。(壊すと果たして音源は無事なのだろうか?)最近はライブの数も多くないみたいで、そう言った意味でも伝説的なバンドなのだ。そんな孤高のバンドがなんとSWARRRMとスプリット、「耐え忍び、霞を喰らう」をリリースして、おまけにリリースパーティもやるというのでこれを逃す手はないとばかりにのそのそアースダムに向かったのである。

Nepenthes
一番手はNepenthes。日本のドゥームメタルバンドで、元Church of Miseryの根岸さんがボーカルをつとめるバンド。このバンドも見るのは初めてだった。全員上背があり、ボーカルとギターの二人はタイトなシャツにベルボドムのパンツをぴっちり来ていてかっこいい。多くの方がNepenthesはロックだ!と賞賛の声をあげるのがこの日分かったと思う。非常にオールドスクールなタイプのビンテージ感溢れるドゥームロックを現代的な轟音でアップデートしているもの。1曲目は隙間の空いたいかにもドゥームなリフをほとんど同じリズムで程よい遅さで延々繰り出していくもの。程よい隙間があるので重たいものの閉塞感がなく気持ちが良い。ロック感溢れるギターソロも非常にきらびやかでここら辺がロックだと言われる由縁の一端か。一発めで持っていかれる。根岸さんはにこやかでユーモアもあるが、ちょっと鬼気迫る感じがしてなんなら怖い。ロックスター的な佇まいを持った人だと思う。2曲目は打って変わってバンドの持つロックンロールのサイドを全開にした曲。ここで気づくのだが、演奏が非常にかっちりしている。1曲めは特に隙間がある分アンサンブルがずれだしたら目も当てられないがそんなことは全然なく終始タイトだった。そして思った、ギターのリフがめちゃかっこいい。確かにロックだというのもわかるが、このリフへのこだわりは(ヘヴィー)メタルかもしれないぞ!とワクワクした。(メタルはリフが凝ったものだと思っている節があるので。)ただメタル特有のこだわりの強すぎる感じはあまりしないので、メタルの技術でロックの鷹揚さの話術で饒舌に語っているのかもしれない。一番手にはもってこいのバンドだと思った。

Wrench
続いてはWrench。前にマイナーリーグとのツーマンを見たから多分2回めだと思う。結成25年を迎えるバンドで調べたらなんとToday is the Dayとスプリットを出したこともあるみたい!中高生くらいの時から知っていてその時はモダンヘヴィネスなバンドかなと思っていたのだが(実際初めはミクスチャーっぽいハードコアだったとのこと)、この間見たらすごい印象の違う音を出していた。今日はじっくり見て見ようという気持ち。まずはメンバー4人どれも機材の量が多い。ギタリスト、ベーシストはどれ踏むのか覚えていられるのか?というくらいのエフェクター類。ドラムの人はThink Tankのメンバーとヒップホップユニットを組んでBlack Smokerからリリースしているくらい幅のある人でやはり通常のドラムセットに電子ドラム?を追加でどんと置いている。ボーカルはシンセサイザー、ボコーダー、(見えないので間違っているかも)サンプラーなどを目の前にセット。声を楽器のように使うという表現は珍しくないが、このバンドは本当にそのように声を使っている。空間的な処理をかけた短い発声をさらにエフェクトかけてダブのように反響させていく。この日聞いて思ったのはテクノ的だ!ということ。基本的にどの楽器陣もミニマルにフレーズを繰り返し、神の手がそれぞれを操作するようにON/OFFを切り替えていく。フレーズの重なりが曲を作り、層が増えたり、減ったりしていく。反復の美学と気持ちよさ。もちろんロックのフォーマットでやるから音の数と曲の展開はテクノ寄りあって面白い。非常にタイト。ドラムの手数が多く、シンプルだがずれないリズムを力強く叩いていくスティックの軌道がとにかく美しかった。

SWARRRM
続いては20年以上の歳月をChaos&Grindを掲げ独自の道を模索し続けるこの日もう一つの孤高のバンドでスプリット音源リリースパーティの主役の一人。
ほぼ最低限の4人、機材も少なくアンプも壁際に据えているため急にステージが広く見える。照明もつけっぱなしの飾りっ気のなさ。上半身を脱いだボーカリスト司さんの恐ろしさ。混沌とグラインド、この二つの要素を使うバンドのほとんどが重さと速さの泥沼にはまり込んでいく(もちろんこういった音楽も大好きです)。そんな麻薬的な、つまり強すぎる要素をこのバンドは全く異なるように使っている。目下の最新作Flowerや昨今の各種バンドとのスプリット音源(充実した活動ありがたい)では、叙情的なハードコアというある意味陳腐なフレーズを全く別のアプローチから実現している。その感情の豊かさ、そしてエクストリームな音楽に求められる”凶暴さ”がちっとも損なわれていない凄みを見せつけ、もう全く全く違う場所にバンドが脇目も振らず到達しつつあることを証明しているバンド。ただその音楽だけで20年の重みを見せつけるまさしく孤高のバンド。
重さで塗りつぶさない6本の弦の振動が分離して聞こえるような生々しいギターの音がコード感に溢れるフレーズを奏でる。ドラムはタイトで曲に必ずブラストビートを導入、という厳格なルールを黙々とこなしていく。ベースは本当に驚くのだが、音の数の多さ。それもトレモロ的な秩序立った連符ではなく、空間を時に伸びやかに使って縦横無尽。司さんのボーカルは恐ろしい。前のめりに客席に乗り出して絶叫し、曲によってはそれはただ絶叫にしか聞こえない。言葉がない。感情の塊を吐き出していく。手に巻いたマイクのコードの束が古の剣闘士のように見える。激烈な感情の中心にはでっかい空虚があるような気がする。それが強烈な感情を放射している。感情豊かに見えるのはたくさん持っているのではなく、それが無いから渇望し希求しているからでは、と思った。だから聞いていると感情が高まり、しかし体は透明になってくる気がする。轟音が軽くなった体を突き抜けて揺らしているように思える。この日SWARRRMはアンコールに応え、そういうのは初めて見た。「幸あれ」は本当に阿呆ほど聞いた曲だけど演奏してくれて泣きそうになった。(誇張ではない。)ちなみにフロアの盛り上がりも相当半端なく、アンコールではお祭り状態でした。

killie
いやもうSWARRRMだな、と思っているところにラストkillie。専任ボーカルにギターが二人、ベース、ドラムの5人編成。メンバーはそれぞれラフな格好をしていて自然体。ステージに強烈な光を放つ蛍光灯を5つ壁に沿って設置し、演奏中は他の照明は一切使わない。
意外にも(そういうことは一切しないバンドかと勝手に思っていた)MCから始まり、演奏スタート。出音で持っていくバンドは少ないが、このバンドはそう。ぐえええ、と思わず口走る。ところが何をやっているのかよくわからない。ギュウギュウのおしくらまんじゅうの中で思ったのは「暗い」。この圧倒的な暗さはなんだ。
おそらく曲はなるほど激情と呼ばれる音楽の範疇に入ることはわかる。曲の尺が長く、その中で複雑に展開が変わる(もしかしたら別の曲になっているのかもだが)。ボーカルの頻度はそんな演奏の中で高いわけではなく、高音を利かした絶叫を主体に、ポエトリーリーディングのような歌唱法も取り入れてる。ギターは低音に偏向するのではなく、生音をそれなりに活かしたソリッドな音でそこに空間的なエフェクトを追加している。ソリッドだが後を引くので、そう言った意味ではブラッケンド・ハードコア的な何をしているのかちょっとわかりにくい音像ではあるかもしれない。それでもメタル的なやりすぎ感はなくあくまでもハードコアのフォーマットでやっている。
そしてこのバンドの場合、そのフォーマットで全く明るさや美しさがない。日本の激情お家芸のポストロック的な美麗なアルペジオのアンサンブルや、アンビエントなパートもない。このバンドの静のパートはボーカルがボソボソ喋り続ける中に、楽器陣が思い出したように鉄の塊のような音の塊をゴンゴンぶっこんでくる時間のことだった。いわば(激情的な)華が全くない!その空隙を勢いで埋めてくる。勢いというと言葉は悪いが演奏は非常にソリッドかつタイト。片方のギタリストの人はどうかしている動きをしているのだが、めちゃくちゃミニマルにリフを繰り返して弾きまくっていて怖かった。だるいパートがないので常に何かに急かされているような異常な緊張感、ひりつくような焦燥感がある。呪いで突き動かされているような音楽。照明の照り返しのない真っ暗なフロアも異常な盛り上がりできっと呪いが感染したのだろう(もしくは自らの呪いを認識したのかもしれない)。
MCでは簡潔にしかし力強く自分たちのスタンスを述べた。この地下の密室に何かあると信じている人がいて、その言(これは主に大半が音楽という形でその場にいる人々に流布される)は全く信憑性のあるものだと思った。フラフラで「耐え忍び、霞を喰らう」を買う。killieに関しては特にもう一度以上はライブを見ないといけない気がしている。

この日特に思ったのは音楽はやはり抽象的でそれゆえ感情を表現することに長けている。そしてそれを言語化するのは難しい。この困難はこうやってブログに感想を書くということだけではなく、その場のフロアで突っ立っている時からそう思っていた。特に主役の二つのバンドは色々はみ出しているバンド(孤高と称されることもある)なので特にその傾向は強く、そしてそれゆえ非常に面白かった。4つのバンドで出している音は全部違って、どれも一筋縄ではいかない。とっても楽しかった。

2017年5月4日木曜日

ケン・リュウ/ケン・リュウ短編傑作集1 紙の動物園

中国出身アメリカ在住のプログラマー兼弁護士兼作家の短編小説集。
日本オリジナルの短編集で単行本として2015年に発表されるや否や結構な話題を読んだ本。芸人で最近は作家としても活躍する又吉直樹さんが紹介したことで有名になったみたい。(私は又吉さんがNHKでやっているオイコノミアという番組をたまにみる。)Amazonがオススメしてくるので気になっていたけど、最近文庫本になったのでこのタイミングで買った。どうも文庫本を二つに分割しているようだ。
作者ケン・リュウは中国からアメリカへの移民でハーヴァード大学を卒業したのちマイクロソフトに入社、プログラマーとして独立した後弁護士になったりと、知性とそれを活かす行動力を持った人のようだ。今は作家がメインだと思うがアプリを作ったりもしているみたい。

表題作の「紙の動物園」はヒューゴー賞とネビュラ賞、それから世界幻想文学大賞というアメリカの優れた文学作品に送られる賞を三つ獲得したという。これはなんとそれらの賞が始まって以来の快挙だとか。
あとがきによるとこの分冊本に関してはファンタジー寄りの作品を選んで集めているというからなんとも言えないが、この本を読む限りSFらしい”もしも”の世界での至極個人的な出来事を物語にする作風であって、登場人物があえて限られていること。彼らの行動や心中の動きが物語の主題というか原動力になっていることなどが結果作品の間口を広げ読みやすさを生んでいると思う。なるほど日本でも重版になるのが理解できる。その近しい世界でしかし、絵画に例えると遠景に書き込まれている景色が異様なのである。異様というほど異様ではないのだが(これは作者の柔らかいタッチの文体が大きく影響していそうだ)、やはりちょっとSF好きの心をくすぐる設定が垣間見える。日本とアメリカを結ぶトンネルだったり、緻密なプログラミングがAIを思考するとそこに生まれるのは知性なのか?という問題、あるいはもっとわかりやすく宇宙漂流者と原住民のふれあいだったりと。これらの書き方がSF作家にありがちな大仰なもの(これは個人的には好きなんだけど)ではなく、あるものないものにもかかわらず技術の説明は読者がわかる程度であくまでも簡潔に留められている。
自身の出自を生かした中国、もう少し広げてアジア的な観点をたい程度の物語にも入れており、アメリカン人からすると異国情緒というのが感じられるのかもしれない。私からすると日本の描写もあまり違和感がないし、日本以外のアジアの国の描写も新鮮であった。要するにケン・リュウは異なる二つの事柄(文化というのが大きいが、「愛のアルゴリズム」は文系と理系、父性と母性だったり、「心智五行」は文化にプラスして未来人と原人を対比させていたり)を一つの短い物語の中でぶっつけてそこに生じる衝撃や波紋を描いている。しょっぱなに置かれた「紙の動物園」でうお〜となったが、その他の短編は非常によくできているけど、ちょっとよく出来すぎかなと思ってしまった。私はたとえ間違っていても、多少読みにくくても作者の思い入れが詰まっている作品が好きなので、ケン・リュウの巧みだがあまりに綺麗にまとまりすぎている感のある小説群は、もちろん楽しめるし嫌いというのではないけどそこまでかな…と思っていた。ところが最後にくる「文字占い師」では今までの綺麗な作風を維持しつつもかなり苛烈な領域に子供の目を通して踏み込んでいく。しかも史実(そんな昔ではない)がその底にあるという。ケン・リュウの激しい怒りのようなものを垣間見れて非常に面白かった。SFというと私はとにかくアメリカ、欧州の作家の手によるものを読むのがほとんどだ。ケン・リュウは巧すぎて少し物足りないかなと思ったのは、ひょっとしてアメリカ、ヨーロッパにはないアジア的な慎みの文化がその作品にも滲み出ているのかもしれないと思った。

というわけで中盤合わないかと思ったがラストで引き込まれた。分冊ということもあるしもう一冊の方も読んでみようと思う。巧みなSF、ファンタジーが読みたい人は手に取ってみると良いと思う。非常に読みやすい。

Stimulant/Stimulant

アメリカはニューヨーク州ニューヨークのグラインドコア/パワーバイオレンスバンドの1stアルバム。
2017年にNerve Altarからリリースされた。
あまり情報がないバンドだが、それぞれボーカルも兼務するギタリストとドラマーの二人組のバンド。メンバーの名前で検索するとどうやら二人ともタトゥーアーティストの人みたい。(ひょっとして同姓同名の別人だったら申し訳ないです。)
全然知らなかったのだけれどtwitterでオススメされていたのを聞いたらかっこよかったので購入した次第。

「刺激」というバンド名、不穏と悪ふざけの中間のなんとも言えないジャケットアート。なんともつかみどころのないバンドだが、鳴らしている音自体はパワーバイオレンスということになると思う。全部で21曲で29分ほど。ブラストビートを使った早い楽曲はグラインドコアと言っても遜色ないと思うが、楽器の音の作り方がメタル的ではなく軽さを意識していること、それからマッチョなボーカルスタイルは伝統的なハードコア要素が強い。ギャーギャー喚くタイプと野太いクラストタイプ、混合するボーカルの掛け合いなんかもSpazzからの流れを感じさせるし、ストップアンドゴーを短い尺の中で繰り返していくのも昨今隆盛を見せる(?)パワーバイオレンス的なアプローチが感じられる。
面白いのはノイズを使ったアプローチで、Full of HellだったりCode Orangeがハードコアの激しさの一歩先をいくためにノイズを足がかりに使っているのが記憶に新しいけどこのバンドもそれを取り入れている。使い方的にはCode Orange的というか不穏さを不可するためにこっそりノイズを底流に忍ばせる使い方がメインで、よくよく聞いてみるとSpazz的なパワーバイオレンスの背後でキュルキュルノイズが這い回っているのは面白い。ノイズの不穏さを前面に出したインタールードも挟んでくるし結構使い方に思い入れを感じる。ハードコア成分強めなので頭というよりは肉体に聞いてくるような気持ちのよい流れかと思いきや、後半終盤に向けてスラッジ成分を強めに出してくるあたりも個人的には好きだ。このスラッジパートに関してもあくまでもハードコアの音で表現しているのがよいみたい。メタリックなスラッジとは明らかに一線を画す。ラストの手前の曲ではスラッジ成分とともに貼っていた蛇が鎌首をもたげたように存在感をあらわにするノイズ成分が合間って途方にくれるような荒廃が展開されている。

そこまでメタリックではないけど、ノイズを取り入れた今風のパワーバイオレンス。絶妙な温故知新感で結構リピートしている。伝統的なパワーバイオレンスの潮流感じられるので伝統的なマニアの人もどうぞ。