年末にようやくSWARRRMの「こわれはじめる」の感想をかけた。
一回書いたのがイマイチでやめてから何となく書くのが難しくなってしまったので、年内に書ききったことでなんとか整理をつけることができたかなと。
そうこうしているそのSWARRRMとassembrageのスプリットのレコ発があるということで、もうなにも懸念はない身なのでこれを見に行くことにした。
ラインナップには結構見たこともないバンドもいてそれも楽しみだった。
NoLA
一番手は東京のハードコアバンド。メンバーがひとり減ってから見るのは2回目かな。もう完全に違和感ない4人組。
まだ若いのによくまあと思わせる音楽性で、凶暴なハードコアに泥臭いスラッジをくっつけた音楽性。スラッジって結構魔力的な物があると思うんだけど、その吸引力にとらわれることなく(つまり完全にスラッジコアバンドになることはなく)、出音的には短くコンパクトにまとまったハードコア。といってもいわゆるタフなスタイルとは一線を画す音楽性であって、そういった意味ではスプリットで共演したRedsheerを始めとする日本の激情スタイルに通じるところがないわけでもないのだが、それらのバンドが醸し出す懊悩などの感情に囚われすぎないところが良いところ。わかりやすく言えばブルータルなのだ。パワーバイオレンスにおけるスラッジパートとも違う、Eyehategodなどのもつブルージィなロックンロール感をブーストさせた感じ。もはや人生どん詰まりといった自暴自棄さを健康的なハードコアで補填しているのも良い。
そういった意味では結構どのジャンルからも距離をおいている独自の道を追求しているバンドなんだなと思った。
DIE YOU BASTARD!
続いては東京(?)のハードコアバンド。名前はしっているが見たことも聴いたこともないバンド。ドラム、ベース、ギターに専任ボーカルの4人組。ベーシストとギタリストはもちろんフライングV。
突っ走るドラムにあっついボーカルが乗るジャパニーズスタイルのハードコア。なんだけどどうも様子がおかしい。明らかにうるさすぎる。日本のハードコアは速いだけ(速いだけのハード子も大好きです。)のハードコアに勢いを保ちつつ叙情性を大胆に持ち込んだやり口であって、ギターソロなどにその特徴が顕著に現れるわけなんだけど、このバンドはそもそもあまりそんなギターソロの頻度が多くない。そして何よりドラムがうるさい。とにかく叩きまくるし、とにかく速すぎる。これもう見てて笑ってしまった。すごい好き。格好良い。日本のハードコアも地位を確立していて、逆に言えばある程度の型ができている中で、このバンドはそんな方を豪腕でもって追い抜いていこう!というそういう気概が曲に出ている。妙なやけっぱちさがあって、それがねじけた感じではなく、ひたすら前に前にストレートに出ているのが男らしい。
それで気がつくんだけどバンド名はDIE YOU BASTARD!でこれはかの有名なMotörheadの曲名。4人のメンバーの内3人がMotörheadのマーチニミを包んでいる。(ボーカリストの方は背中にでっかくレミーの顔があしらわれたジャケット。)「死ねや、くそったれ」そんな精神で始まっているバンドなのだった。納得。
会場を巻き込んでいく温かいMCも良かった。
Intestine Baalism
続いて東京のデスメタルバンド。名前も知らなかったです。91年から活動してるベテラン。佇まいからして完全にメタル。そういった意味ではハードコアバンドが名を連ねるこの日一番浮いたバンド。ギタリストが二人いて両方共ボーカルを取る5人組。ギタリストはもちろんふたりともフライングV。だんだんわかってきました。
曲が始まるとこれもうデスメタル。容赦のない低音ボーカルとイーヴィルなしゃがれボーカルの掛け合い、複雑なリフワーク。曲は長めなのだろうが、飽きさせない構成。というのも疾走するところと、じっとり停滞するパートのメリハリが利いているから。リフが魅力のバンドなのだが、疾走するところでは冗長性はバッサリ捨てて突き進むところが格好良い。速度に差が生じれば必然的に、リフが映えるパートでリフの魅力が体感的に実感されるから、結果的にはこのやり方こそがリフ至上主義なのかも。そういった意味では曲は結構プログレッシブ。驚いたのはそれまでの無愛想な凶暴性を一転させる叙情的なギターソロ。哀愁もあれば、勇壮でもある。今まで顧みなかった感情の要素をこのギターソロで取り戻そうとするかのようだ。これ面白いな!と思って、はじめはBetween the Buried and Meっぽいかな?と思ったのだが、最近たまたま見たCarcasの「Heartwork」だと気づいた。そうなるとメロデスだ。私はメロデス全く聴いていなくて、前編メロディアスなデスメタルかな?と思っていたんだけど、「Heartwork」を聴くとどうも違うみたい。つまりデスメタルの曲があって、そこにギターソロ(やその他の要素)としてメロディを持ち込み、両者を同居させている、というやり方(他のやり方もあると思う)なのだなと。そうなると確かにIntestine Baalismはメロディック・デスメタルだ。個人的にはこの日一番面白かった。
全編とにかくポーカフェイスなメンバーも良かった。
OTUS
東京のハードコアバンド。見るのは3回目かな?この日一番タフなハードコアだったのでIntestine Baalismほどではないけどラインナップの中では特異。ボーカルの方がIron Monkey、ベースの方がEarth CrisisのT-シャツ。
ギタリストがアンプを複数使うところ、最新作「Mold」の真っ黒いアートワーク、以前見たライブの盛り上がりから、モダンでブルータルなハードコアかなと思っていて、この日も実際間近で見たら間違ってない。とにかくステージのアクションが激しい。縦横無尽に動くボーカリストだけじゃなくて、ベーシストの人もとにかくよく動く。一番前で見てた人は結構怖かったんじゃなかろうか。フロアも盛り上がってこの日唯一激しいモッシュが発生。とにかく何が起こるかわからない、という危険さを持ったブルータルなバンドだなな。
ただ改めてよくよく聞くと音楽的にはただ暴れているだけじゃない。ギターのリフをとってもひたすらモッシュパートだけを演奏しているわけじゃなくて(とはいえ低音ミュートと高音を噛み合わせたモッシュパートは格好良すぎる。)、結構デスメタリックなトレモロを挟んだりして面白い。一番思ったのはボーカルの頻度が結構高め。メロディアス差は皆無だが、ひたすらモッシュさせるだけじゃないバンドだな、と。叫ぶというのはそもそもハードコアバンクの本文だよね、主張がまずあってそれを曲にするという。
SWARRRM
つづいてはこの日の主役、神戸の混沌グラインダーSWARRRM。いつだってライブをみたいバンドの一つ。4人組という体制は変更なしだが、やはりベーシストはメンバーが変わったようだ。新メンバーは若くて侍のような佇まいの方。このバンドはベースの運指が非常に激しいので大変だろうと思う。
ほぼもう完全に最近の曲で構成されたセットリスト。大胆に肉抜きされたギターの音が耳に突き刺さる。ライブで聞いて思うのは引き算されたといってもただ音の数を減らしたわけではない。逆に減った分リフへの比重は大きくなった。コード感はかなりのもので、なんとなく知っているようなコードフォームも見えたような気がする。音楽理論はからきしなのだが、曲に対して結構コードの数が多い?ただ同じコードを回転させているような印象ではない。音の数も統制されていて、盛り上がるところではギターもかなり感情的だ。AlcestのNeigeがボーカルを採っていた頃のフランスのブラックメタルバンドMortiferaが好きなのだが、結構ここに通じるトレモロ感がある。メロディアスなトレモロリフが印象的なのだが、妙にささくれだっていてそれがガリガリこちらの心臓に刺さるのだ。流石にそこまでヘヴィではないものの赤裸々な音のサウンドが回転してメロディアスな情景を作り出していくやり方は似ている。
観客の中にはおそらく歌詞をなぞっているような方も見受けられた。その気持わかります。自分にあまりない感情を惹起させるようなOTUSやIntestine Baalism。対してSWARRRMは個人的な特定の感情を呼び起こすようだ。曲に同調して体が透明に鳴っていくような気がして好きだ。
assembrage
最後はこの日の主役、大阪のデスメタリック・ハードコアASSEMBLY OF THE RAGEことassembrage。ドラム、ベース、ギター2本に専任ボーカルの5人組。ギタリスト2人とベーシストはもちろんフライングV。この世界ではフライングVが一番イケてるギター/ベースなのだ。私は学習した。
恐ろしいことにギタリストとそしてベーシストの足元には悪名高いエフェクターHM-2が置かれていた。だいたいサウンドが理解できると思う。いわゆるスウェディッシュ・デスメタルのサウンド形成に大いに貢献したのがこのエフェクターだ。輪郭がたわんだような汚い音(褒め言葉)が特徴。
このバンドが面白いのはデスメタルの音を使いつつハードコアを演奏するところ。うひょー音がきたね〜(褒め言葉)と思って聴いていたんだけど、これ本当ハードコア?リフが複雑すぎない?でも例えばIntestine Baalismとは全く異なる出音。あくまでもかっちりしているあちら側に対して、こちら側はとにかく勢いが半端ない。(ちなみに演奏がうまくないということはまったくなかったと思う。)でもassembrageをしてシンプルなハードコアと言ったらそれは完全な嘘だ。ときにはユニゾンし、時にはタッピングも入れるギターソロ、そしてなによりよくよく練られた複雑なギターリフ。これはメタルでは???と轟音に包まれてわからなくなる。2つのジャンルをつなぐのにやはり日本のハードコアがあると思う。感情的という強力な粘着剤で異なるジャンルきっちり結びつけている。北欧のメタルはデスであってとにかく死んだ機械の金属の表面のようにコールドだ。一方assembrageは違う。徹頭徹尾血が通ったハードコアだ。
なかなかの長丁場だったが、共通項はありながらもジャンルに振れ幅があるラインナップで楽しかった。名前はしっているが見たことなかったバンド、名前すら知らなかったバンドを見れてよかった。
ライブはやはり自分にとっては結構気付きの場というところもある。それはそれで楽しいし好きなのだが、そういう見方しかできないのが良く嫌になる(ブログ書くのをやめたら別の見方ができるような気がしている。)のだけど、やはりSWARRRMはすごくてそんな雑念吹っ飛んでしまうくらいのライブだった。
2019年1月14日月曜日
2018年12月31日月曜日
SWARRRM/こわれはじめる
問題作。
SWARRRMは間違いなく過激で攻撃的なバンドだ。どのバンドにも似ない音を20年以上探求し続けてきた。その殆どの音源では攻撃的であるということはヘヴィであると同義だった。
ところが今作はどうだろう。
ギターの音はその重苦しいディストーションの鎧を脱ぎ去り、またメタリックなリフの呪縛から抜け出した。残ったのは軽い響き(相対的なものでやはりそれでもディストーションはかかっている)で奏でられるコード感。
コードはメロディを生み出し、ボーカルがそれに導かれて歌を紡ぎ出す。(メロディ性を保ちながらシャウトするという絶技が全編惜しみなく披露されている。)
ここにあるのは歌だ。
Swarrrmは結成当初から「Chaos&Grind」を掲げるラディカルなバンドだ。音楽がただ攻撃的というのではなく、曲の中に必ずブラストビートを入れるという縛りを課すストイックさを持ち合わせている。そんなバンドが歌を中心に添えたのだから驚きだ。ネットで言われている「グラインド歌謡」という表現もしっくり来るほどに。
ネットでは「(今作を)到底受け入れがたい」という意見もあってそれも理解できる。そのくらいの変化がある。
Swarrrmは核(「Chaos&Grind」)がしっかりしているバンドだから、そこを軸にこうも大胆に音楽性を変えることができたのだと思う。
ギターの音楽性のシフトチェンジに関して、ドラムがブラストを打っていること、ベースはかなり運指の激しい主張するラインを弾いていることが幸いして、結果曲が単に退屈な歌に堕することを防いでいる。そういった意味ではこの変化にはちゃんとそれを裏打ちする技術というか土台があったのだと思う。こういうふうに舵を切るバンドはそうそういないだろうが。
つまりこれは脱構築の試みであって、実は単にマンネリ化した(過去作がマンネリに陥っていたとは全く思っていないが)旧態に終止符を打ち、新規な要素に触手を伸ばしたというのでは不十分だ。
実は単にマンネリ化した旧態に終止符を打ち、そして自己解体をし、ばらばらになったパーツの中で次はどれを武器にするかを決め、そしてバンドを再構築したのだった。
明確に大阪のGaradamaとのスプリット、もっというとそれより以前「Black
Bong」の頃からか、各種スプリット、前作「FLOWER」を通して、そしてこの「こわれはじめる」までがその解体と再構築の過程であって時系列に沿って聞けばその試行錯誤と挑戦を目のあたりにすることができる。
この変化は変遷であって、決して突発的なものではないということだ。
エクストリーム・ミュージックとはつまり普通の「歌」の壁を突き抜けてその先に到達せんとする試みであって、そもそもなら直線的な運動であるはずだが、その試みの先に「歌」を見出したというのは単に後退というよりはそれの再発見であり、また1週回って戻ってくる球体の動きを彷彿とさせる。
20年かけておいてきたはずの歌を再発見し、拾い上げた。円が完成し、その内側には混沌とした激情をしっかりと閉じ込めた。
遅くなり、そしてわかりやすくなったその曲は、丸裸だ。これはおそらく個人的な経験をそのまま書き出したような歌詞にも如実に表現されている。
過去作が轟音でその身をごまかしているとは思わないが、最近のSWARRRMに関してはあまりに赤裸々である。スプリットという形で先に世に出た「愛のうた」「あなたにだかれ こわれはじめる」で歌われる歌詞は非常に個人的な懊悩をそのまま書き出したような、むき出しの感情が綴られている。
SWARRRMはいわば「弱さ」を手に入れた(弱いことを認めた)のではないか、今作で。その弱さが、赤裸々な歌詞であり、メロディーへの接近であり、音の作り方であったわけだ。しかしこのアルバムを聞いて受け入れがたい人はいても、軟弱な音源だと思う人はいないだろう。鋭く尖ったギターの音は特に、あまりに鋭くそしてあまりにも脆い。これは決死の一撃であり、捨てたものの分、逃げ場がなくなった分、それまでにない勢いで持って私達に迫る。
個人的に今年、一番退路を断った作品。挑戦的であり、革新的であり、そしてあまりに攻撃的。バンザイ・アタックのように鬼気迫り、そしてやはり、もうすでに、とっくに壊れ始めている。
SWARRRMは間違いなく過激で攻撃的なバンドだ。どのバンドにも似ない音を20年以上探求し続けてきた。その殆どの音源では攻撃的であるということはヘヴィであると同義だった。
ところが今作はどうだろう。
ギターの音はその重苦しいディストーションの鎧を脱ぎ去り、またメタリックなリフの呪縛から抜け出した。残ったのは軽い響き(相対的なものでやはりそれでもディストーションはかかっている)で奏でられるコード感。
コードはメロディを生み出し、ボーカルがそれに導かれて歌を紡ぎ出す。(メロディ性を保ちながらシャウトするという絶技が全編惜しみなく披露されている。)
ここにあるのは歌だ。
Swarrrmは結成当初から「Chaos&Grind」を掲げるラディカルなバンドだ。音楽がただ攻撃的というのではなく、曲の中に必ずブラストビートを入れるという縛りを課すストイックさを持ち合わせている。そんなバンドが歌を中心に添えたのだから驚きだ。ネットで言われている「グラインド歌謡」という表現もしっくり来るほどに。
ネットでは「(今作を)到底受け入れがたい」という意見もあってそれも理解できる。そのくらいの変化がある。
Swarrrmは核(「Chaos&Grind」)がしっかりしているバンドだから、そこを軸にこうも大胆に音楽性を変えることができたのだと思う。
ギターの音楽性のシフトチェンジに関して、ドラムがブラストを打っていること、ベースはかなり運指の激しい主張するラインを弾いていることが幸いして、結果曲が単に退屈な歌に堕することを防いでいる。そういった意味ではこの変化にはちゃんとそれを裏打ちする技術というか土台があったのだと思う。こういうふうに舵を切るバンドはそうそういないだろうが。
つまりこれは脱構築の試みであって、実は単にマンネリ化した(過去作がマンネリに陥っていたとは全く思っていないが)旧態に終止符を打ち、新規な要素に触手を伸ばしたというのでは不十分だ。
実は単にマンネリ化した旧態に終止符を打ち、そして自己解体をし、ばらばらになったパーツの中で次はどれを武器にするかを決め、そしてバンドを再構築したのだった。
明確に大阪のGaradamaとのスプリット、もっというとそれより以前「Black
Bong」の頃からか、各種スプリット、前作「FLOWER」を通して、そしてこの「こわれはじめる」までがその解体と再構築の過程であって時系列に沿って聞けばその試行錯誤と挑戦を目のあたりにすることができる。
この変化は変遷であって、決して突発的なものではないということだ。
エクストリーム・ミュージックとはつまり普通の「歌」の壁を突き抜けてその先に到達せんとする試みであって、そもそもなら直線的な運動であるはずだが、その試みの先に「歌」を見出したというのは単に後退というよりはそれの再発見であり、また1週回って戻ってくる球体の動きを彷彿とさせる。
20年かけておいてきたはずの歌を再発見し、拾い上げた。円が完成し、その内側には混沌とした激情をしっかりと閉じ込めた。
遅くなり、そしてわかりやすくなったその曲は、丸裸だ。これはおそらく個人的な経験をそのまま書き出したような歌詞にも如実に表現されている。
過去作が轟音でその身をごまかしているとは思わないが、最近のSWARRRMに関してはあまりに赤裸々である。スプリットという形で先に世に出た「愛のうた」「あなたにだかれ こわれはじめる」で歌われる歌詞は非常に個人的な懊悩をそのまま書き出したような、むき出しの感情が綴られている。
SWARRRMはいわば「弱さ」を手に入れた(弱いことを認めた)のではないか、今作で。その弱さが、赤裸々な歌詞であり、メロディーへの接近であり、音の作り方であったわけだ。しかしこのアルバムを聞いて受け入れがたい人はいても、軟弱な音源だと思う人はいないだろう。鋭く尖ったギターの音は特に、あまりに鋭くそしてあまりにも脆い。これは決死の一撃であり、捨てたものの分、逃げ場がなくなった分、それまでにない勢いで持って私達に迫る。
個人的に今年、一番退路を断った作品。挑戦的であり、革新的であり、そしてあまりに攻撃的。バンザイ・アタックのように鬼気迫り、そしてやはり、もうすでに、とっくに壊れ始めている。
2018年4月30日月曜日
SWARRRM「こわれはじめる」レコ発@新大久保アースダム
SWARRRMの最新作「こわれはじめる」は文句なしの内容だが、文句なしに問題作だろう。私は未だに感想をかけずにいる。態度を留保しているのは卑怯だからちょっと引け目があるのだがレコ発ライブに。この日出演するバンドは7つ。全部日本のバンド。主催しているのは「こわれはじめる」のリリース元のレーベル3LAだから、激情がテーマになってくるのはもちろんだけど微妙にゆらぎがあったと思う。
新大久保の街は連休の中日ということでいつも似まして若い女の子が多く、天気に恵まれた陽気もあって浮かれている印象だった。そんな中臭い地下室に引き込まれていく私。
NoLA
一番手はNoLA。最近ギタリストが1人脱退し4人編成になったがステージは相変わらずパワフルだった。叩きつけるような低速が醍醐味の一つだ。もはやハードコアのブレイクダウンみたいに曲によってはなるのだが、たとえばこの間見たFight It Outとは似ているけどちょっと印象が異なる。多分ドラムの叩き方が違うからだと思った。NoLAのドラムは圧倒的にメタルな感じ。一撃が強くてかっちりして思い。こともなげに豪腕フレーズを弾いているかと思いきや、滑るように展開していくさまはなんとなくCoffinsを彷彿とさせた。だから低音を低速でぶん回してもまたハードコアと微妙に違った暴力性が生まれていた。最後に演奏した曲はやはりブルージィな南部の香りが漂うスラッジ色が強めで格好良かった。スラッジといえばEyehategodが思い浮かぶが、個人的にはやはりどこかしら自暴自棄な感じがするところに惹かれる。NoLAも若いながらもそんな雰囲気が漂っていて良い。このバンドも盛り上げるならまずは自分たちからを地で行くバンドで一番手ながら客席に突っ込むボーカリスト。大いに場を盛り上げた。
明日の叙景
続いては次世代の激情を担うバンドとして注目されている明日の叙景。なんとなく今までちゃんと聞かずに来てしまったので(コンピレーションに収録されている曲のみ聞いたことがある)、この日見るのが楽しみだった。
攻撃的な音像ながらもよくよく練られた演奏力と構成力で勝負をするタイプのバンドでボーカルを除くメンバーはあまり動かずに演奏する。なるほど前評判通りブラックメタルの要素を取り込んだ激情というのは当たっていると思う。でも思っていたほどトレモロのはてしない応酬という感じではなかった。むしろ単音、トレモロ、頻度を落としたコード弾きとかなりバリエーションがあった。そういった複雑さをはらんだ楽曲というこもあってブラックメタルというよりはやはり激情という印象が強い。儚さを伴う胸を打つような美しさ、のようなものを追求しようという音の作り方で、美麗なバッキングとシャウト主体のボーカルが相克して良い感じだ。ボーカリストはマイクを使わず地声で叫ぶのもなかなかどうしてエモーショナルだった。(マイクのトラブルなのかな?)
killie
つづいてはkillie。激情界隈では非常に有名なバンドで数々の伝説が。オフィシャルHPの過去の日記を結構過去まで遡って読んだのだけど、伝説というよりはびっくりするくらい人間臭くて面白かった。最近突如編集盤「犯罪者が犯した罪の再審始まる」(ずっと出る出ると言われて出なかった)をリリースしており、実質この日レコ発と言っても良い。
SEは最近のニュースの音声をつなげたものですでに不穏な感じが漂う。照明をすべてオフにし、持ち込みの蛍光灯をつける。ボーカリストが口上を述べだす。観客に向けて指をさす、そしてマイクスタンドを(怪我しないような速度で)突き刺す。今日行われるのだ。罪の再審が。私たち観客が罪人なのであった。アホ面ならべてまんまとこの場に引きずり出されたのだった。馬鹿馬鹿しいのだが、私は本当蛍光灯の強烈な光に照らされて黒い影法師のようになっているメンバーを見て、ノイズが走り帯電したようにビリビリとした空気の中でそう思ったのだった。
CITY OF CATERPILLARを見た時に激情という音楽の柱に「緊張感」があると思うと書いたが、まさしく日本のkillieはそういった意味で激情の伝統を受け継ぎ、そしてそれを自分たちなりにアップデートしているバンドだと思う。静と動を孕んだ複雑で混沌とした曲展開、シャウトと対をなすスポークン・ワードなど”激情らしい”要素を拾い上げる事はできてもそれらを組み合わせても決してkillieにはならないだろう。観客もすごく暴れるのだけど、決してわかりやすいとはいえないバンドの主張(まさしく主張するバンドだと思うのだ)を一挙手一投足見過ごすまいとステージに食いついていくような趣がある。めまぐるしい展開の中にそれでも音楽としての魅力が詰まっていて、前にいる人は拳を振り上げ一緒に歌っていた。
罪の再審が始まったんだけど、ステージの下にいる人ももちろん、それから上にいる人も全員罪人だったのではなかろうか。killieが号令をかけたのだが、それは自覚しろ、ということだったのだろうか。しばらく呆然とした。音源を聞いてまた考えさせてほしいです。
Disgunder
続いてはTokyo Darkness Possessed GrindersことDisgunder。
実は見るのも聴くのも初めてで楽しみだった。これはグラインドコアだ。それもとびっきりの。まず曲が速い。とにかく速い。ブラストしまくる。当たり前だが曲が速い、ブラストを主体にするとなれば自然と曲のバリエーションは限られてくる。しかしこのバンドはまずリフが圧倒的に豊富だ。高速という縛りの中でさらにリフの手数が多すぎる。高速すぎてトレモロみたいになったり、ミュートで落としたり、さらにはギターソロを披露したりと、まさにグラインドコア遊園地。ドラムもブラスト主体だが、D-ビート、ツービートなど目まぐるしく叩き方を変えていく。共通点はどれも速いこと。ドラマーの方(笑顔がとても爽やか!)は見た目も筋肉質で叩き方も筋肉質だが、速い∧重たいの一辺倒では決してない。端々に挟むロールがめちゃくちゃかっこいい。もうほとんどドラマーばかり見ていた、といえば嘘になる。なぜならギタリストの方も魅せるからだ。二人いるギタリストのうち、1人の方は多分半分以上はステージにいなかったのではなかろうか。フロアに降りて縦横無尽に弾きまくっていた。面白いのだが、その間も演奏は全然ぶれない。ちなみにもうひとりのギタリストの方は常にポーカーフェイスでそれも面白かった。
Possessedというのは「取り憑かれた」という意味で確かに何かが憑依したかのような攻撃的なグラインドコアだったが、終始楽しい。これはすごい。ファニーという意味ではなくてあくまでもグラインドコアなのだが、なんとなく笑顔になってしまうのだ。客席もkillieとは全く違った趣で盛り上がっていた。ベーシストの方はお休みだったと思うのでフルメンバーでまた見たい。
SWARRRM
続いては兵庫県神戸市、結成22年を迎える本日の主役SWARRRM。
結成以来一貫して「Chaos&Grind」(必ず曲中にブラストビートを用いるという厳格で実際的なルールでもある)を掲げるバンド。昨今見られたメロディへの大胆な接近がついに最新作「こわれはじめる」で開花し絶賛と拒絶を巻き起こしたのは記憶に新しい。
明確なメロディラインを歌いながらそのまま絶叫に移行するという並外れた歌唱力によって完成された(バンドがずっとこのピースを探していた、とは個人的には思わないが)、歌謡グラインドがブラストビートにのって鋭く突き刺さってくる。どちらが先かは分からないが、ボーカルにあわせてギターも音を意図的に削り、低音からの偏向から脱却している。緩急、静と動のコントラストはよりくっきりし、ギターを始め表現力は明らかに豊かになっている。重さと速さと残虐性で攻撃性を増していくこのジャンルの中で、あえて速度を落として赤裸々になることで誰にも行けない場所に行くのがSWARRRMなのだ。一体誰がSWARRRMが「愛のうた」をうたうなんて思っただろう。
だいたい私は前作「FLOWER」収録の「幸あれ」からもう本当にこの路線が好きだったのだ。最新作が悪くないわけがない。音楽性は違うが同じ日本のRedsheerにちょっと似ている。どちらも私の心に直接刺さってくるような鋭さがある。この日色々なバンドが素晴らしい音楽を披露し、大いに私は感動したけど、涙が出そうになったのはSWARRRMだけだった。アンコールでやった2ndの「偽救世主共」の冒頭の曲も個人的には全然流れから浮いてなかったと思う。
MCは基本ほとんどしないバンドなのだけれどこの日は司さんが「あと3曲」(それでも短いけど)といったり、ブラストしすぎてスネアの革破ける事件があったりとちょっと和やかなところもあってよかった。
Wolfgang Japantour
続いては北海道は札幌のハードコアバンド。概ね関東圏が多いメンツの中で異彩を放っていた。今年リリースした新作で初めて聞いたけどかなり独特だったもので生で見たかった。3人編成でギタリスト方はAcuteのシャツにギターにはLife、SLANGなどの日本のハードコアのステッカーを貼っている。物理的に距離が離れているということは、たとえネットで接続されていても現実的な差分を生み出すと常々思っている。だから音楽の世界でも地方性というのが確立されていて、それを証明するようにオリジナリティのある音楽を鳴らしている。Disgunderと同じで曲は速い。ギターのリフが速くて非常にバリエーションがある。リフとソロがひとつなぎになったような感覚があって、とにかく流れるように弾きまくる。ただ音を意図的に軽くしてあるのでグラインドコアとは全然異なる趣になっている。やはりこれはいわゆるジャパコアからの影響が強いのだろう。メタリックで感情豊かなギターソロ、単純ではない(かといって複雑すぎるわけでもない)曲展開、そして曲をまとめ上げるある種のポップ性。そのポップさにフォーカスしたのがこのバンドで、ごった煮という印象のある曲をキュートなボーカルが歌うメロディが一つにまとめている。駆け抜けていく、という言葉がぴったりにあっという間に曲が終わってしまう。哀愁というよりは、(過ぎた)青春という印象でやはり胸が締め付けられる。良かった!
ENDON
トリを飾るのはトーキョー・ディオニソスことENDON。
見るのは結構久しぶりでいきなり見た目のことで恐縮なのだけど、ボーカリストの方は髪がのびると本当若く見える。ちょっとびっくり。しかしやはり歌う(叫ぶ)ときの迫力はもはや上記を逸している。
2曲め、最新作からMVも作成された「Your Ghost is Dead」。もはや完全にキラーチューンと化しフロアが湧く。インタビューでロックバンドに憧れているノイズバンドのようなことをおっしゃっていたと思う。ENDONの特徴として歌詞がないことがあげられると思っている。全編言語化できない叫びや呻きや嗚咽で構成されている。抽象的という意味では非常に「ノイズ」なのだけど、これをロックフォーマットで構築するとライブで客がその叫びに呼応して自分が叫んだり、拳を振り上げたりできる。なるほどロックだな、と強烈に思った。その後も目下最新作「Through The Mirror」からかなり再現性の高いライブをするわけで、ノイズを一つの楽器として扱っているのかなと。ENDONはわかられることを拒否しているような印象があったけど、じつは結構ヒントを投げかけてくれているのかもしれない。ラストでノイズがベース音を出していたのも結構個人的には面白い気付きだった。(つまりバンドサウンドをノイズで代用するという意味で。)ただあくまでも2人のマニピュレーターから発信される”ノイズ”は強烈でよくよく統制されているものの、やはり物理的に耳を侵してくる。現時点で自分たちの立ち位置をやはりノイズバンドとして捉えているのだろうか。(その判断を委ねられているのは聞き手の私達ですね。)
なかなかの長丁場だったがそれぞれに個性的なバンドが集って良いイベントだった。単にレーベルからリリースしているバンドを集めたというよりは、例えば激情というジャンルにおいて新進気鋭の明日の叙景に伝説的なkillieをぶつけたり、グラインドでも変化し続ける(というよりはグラインドの限界に挑むような)主役SWARRRMに対して正統派Disgunderをぶつけたり。それに普段なかなか見れない札幌のバンドを招聘してくれたりと。主催者の意図と思惑が感じられるラインナップでした。ありがとうございました。
実はこの日killieが先の編集盤「犯罪者が犯した罪の再審始まる」の特装版を物販に持ってきておりちゃっかり購入。まだ開けてないけど重さ的にコンクリートではないと思います。パッケージには写真集って書いてある。
新大久保の街は連休の中日ということでいつも似まして若い女の子が多く、天気に恵まれた陽気もあって浮かれている印象だった。そんな中臭い地下室に引き込まれていく私。
NoLA
一番手はNoLA。最近ギタリストが1人脱退し4人編成になったがステージは相変わらずパワフルだった。叩きつけるような低速が醍醐味の一つだ。もはやハードコアのブレイクダウンみたいに曲によってはなるのだが、たとえばこの間見たFight It Outとは似ているけどちょっと印象が異なる。多分ドラムの叩き方が違うからだと思った。NoLAのドラムは圧倒的にメタルな感じ。一撃が強くてかっちりして思い。こともなげに豪腕フレーズを弾いているかと思いきや、滑るように展開していくさまはなんとなくCoffinsを彷彿とさせた。だから低音を低速でぶん回してもまたハードコアと微妙に違った暴力性が生まれていた。最後に演奏した曲はやはりブルージィな南部の香りが漂うスラッジ色が強めで格好良かった。スラッジといえばEyehategodが思い浮かぶが、個人的にはやはりどこかしら自暴自棄な感じがするところに惹かれる。NoLAも若いながらもそんな雰囲気が漂っていて良い。このバンドも盛り上げるならまずは自分たちからを地で行くバンドで一番手ながら客席に突っ込むボーカリスト。大いに場を盛り上げた。
明日の叙景
続いては次世代の激情を担うバンドとして注目されている明日の叙景。なんとなく今までちゃんと聞かずに来てしまったので(コンピレーションに収録されている曲のみ聞いたことがある)、この日見るのが楽しみだった。
攻撃的な音像ながらもよくよく練られた演奏力と構成力で勝負をするタイプのバンドでボーカルを除くメンバーはあまり動かずに演奏する。なるほど前評判通りブラックメタルの要素を取り込んだ激情というのは当たっていると思う。でも思っていたほどトレモロのはてしない応酬という感じではなかった。むしろ単音、トレモロ、頻度を落としたコード弾きとかなりバリエーションがあった。そういった複雑さをはらんだ楽曲というこもあってブラックメタルというよりはやはり激情という印象が強い。儚さを伴う胸を打つような美しさ、のようなものを追求しようという音の作り方で、美麗なバッキングとシャウト主体のボーカルが相克して良い感じだ。ボーカリストはマイクを使わず地声で叫ぶのもなかなかどうしてエモーショナルだった。(マイクのトラブルなのかな?)
killie
つづいてはkillie。激情界隈では非常に有名なバンドで数々の伝説が。オフィシャルHPの過去の日記を結構過去まで遡って読んだのだけど、伝説というよりはびっくりするくらい人間臭くて面白かった。最近突如編集盤「犯罪者が犯した罪の再審始まる」(ずっと出る出ると言われて出なかった)をリリースしており、実質この日レコ発と言っても良い。
SEは最近のニュースの音声をつなげたものですでに不穏な感じが漂う。照明をすべてオフにし、持ち込みの蛍光灯をつける。ボーカリストが口上を述べだす。観客に向けて指をさす、そしてマイクスタンドを(怪我しないような速度で)突き刺す。今日行われるのだ。罪の再審が。私たち観客が罪人なのであった。アホ面ならべてまんまとこの場に引きずり出されたのだった。馬鹿馬鹿しいのだが、私は本当蛍光灯の強烈な光に照らされて黒い影法師のようになっているメンバーを見て、ノイズが走り帯電したようにビリビリとした空気の中でそう思ったのだった。
CITY OF CATERPILLARを見た時に激情という音楽の柱に「緊張感」があると思うと書いたが、まさしく日本のkillieはそういった意味で激情の伝統を受け継ぎ、そしてそれを自分たちなりにアップデートしているバンドだと思う。静と動を孕んだ複雑で混沌とした曲展開、シャウトと対をなすスポークン・ワードなど”激情らしい”要素を拾い上げる事はできてもそれらを組み合わせても決してkillieにはならないだろう。観客もすごく暴れるのだけど、決してわかりやすいとはいえないバンドの主張(まさしく主張するバンドだと思うのだ)を一挙手一投足見過ごすまいとステージに食いついていくような趣がある。めまぐるしい展開の中にそれでも音楽としての魅力が詰まっていて、前にいる人は拳を振り上げ一緒に歌っていた。
罪の再審が始まったんだけど、ステージの下にいる人ももちろん、それから上にいる人も全員罪人だったのではなかろうか。killieが号令をかけたのだが、それは自覚しろ、ということだったのだろうか。しばらく呆然とした。音源を聞いてまた考えさせてほしいです。
Disgunder
続いてはTokyo Darkness Possessed GrindersことDisgunder。
実は見るのも聴くのも初めてで楽しみだった。これはグラインドコアだ。それもとびっきりの。まず曲が速い。とにかく速い。ブラストしまくる。当たり前だが曲が速い、ブラストを主体にするとなれば自然と曲のバリエーションは限られてくる。しかしこのバンドはまずリフが圧倒的に豊富だ。高速という縛りの中でさらにリフの手数が多すぎる。高速すぎてトレモロみたいになったり、ミュートで落としたり、さらにはギターソロを披露したりと、まさにグラインドコア遊園地。ドラムもブラスト主体だが、D-ビート、ツービートなど目まぐるしく叩き方を変えていく。共通点はどれも速いこと。ドラマーの方(笑顔がとても爽やか!)は見た目も筋肉質で叩き方も筋肉質だが、速い∧重たいの一辺倒では決してない。端々に挟むロールがめちゃくちゃかっこいい。もうほとんどドラマーばかり見ていた、といえば嘘になる。なぜならギタリストの方も魅せるからだ。二人いるギタリストのうち、1人の方は多分半分以上はステージにいなかったのではなかろうか。フロアに降りて縦横無尽に弾きまくっていた。面白いのだが、その間も演奏は全然ぶれない。ちなみにもうひとりのギタリストの方は常にポーカーフェイスでそれも面白かった。
Possessedというのは「取り憑かれた」という意味で確かに何かが憑依したかのような攻撃的なグラインドコアだったが、終始楽しい。これはすごい。ファニーという意味ではなくてあくまでもグラインドコアなのだが、なんとなく笑顔になってしまうのだ。客席もkillieとは全く違った趣で盛り上がっていた。ベーシストの方はお休みだったと思うのでフルメンバーでまた見たい。
SWARRRM
続いては兵庫県神戸市、結成22年を迎える本日の主役SWARRRM。
結成以来一貫して「Chaos&Grind」(必ず曲中にブラストビートを用いるという厳格で実際的なルールでもある)を掲げるバンド。昨今見られたメロディへの大胆な接近がついに最新作「こわれはじめる」で開花し絶賛と拒絶を巻き起こしたのは記憶に新しい。
明確なメロディラインを歌いながらそのまま絶叫に移行するという並外れた歌唱力によって完成された(バンドがずっとこのピースを探していた、とは個人的には思わないが)、歌謡グラインドがブラストビートにのって鋭く突き刺さってくる。どちらが先かは分からないが、ボーカルにあわせてギターも音を意図的に削り、低音からの偏向から脱却している。緩急、静と動のコントラストはよりくっきりし、ギターを始め表現力は明らかに豊かになっている。重さと速さと残虐性で攻撃性を増していくこのジャンルの中で、あえて速度を落として赤裸々になることで誰にも行けない場所に行くのがSWARRRMなのだ。一体誰がSWARRRMが「愛のうた」をうたうなんて思っただろう。
だいたい私は前作「FLOWER」収録の「幸あれ」からもう本当にこの路線が好きだったのだ。最新作が悪くないわけがない。音楽性は違うが同じ日本のRedsheerにちょっと似ている。どちらも私の心に直接刺さってくるような鋭さがある。この日色々なバンドが素晴らしい音楽を披露し、大いに私は感動したけど、涙が出そうになったのはSWARRRMだけだった。アンコールでやった2ndの「偽救世主共」の冒頭の曲も個人的には全然流れから浮いてなかったと思う。
MCは基本ほとんどしないバンドなのだけれどこの日は司さんが「あと3曲」(それでも短いけど)といったり、ブラストしすぎてスネアの革破ける事件があったりとちょっと和やかなところもあってよかった。
Wolfgang Japantour
続いては北海道は札幌のハードコアバンド。概ね関東圏が多いメンツの中で異彩を放っていた。今年リリースした新作で初めて聞いたけどかなり独特だったもので生で見たかった。3人編成でギタリスト方はAcuteのシャツにギターにはLife、SLANGなどの日本のハードコアのステッカーを貼っている。物理的に距離が離れているということは、たとえネットで接続されていても現実的な差分を生み出すと常々思っている。だから音楽の世界でも地方性というのが確立されていて、それを証明するようにオリジナリティのある音楽を鳴らしている。Disgunderと同じで曲は速い。ギターのリフが速くて非常にバリエーションがある。リフとソロがひとつなぎになったような感覚があって、とにかく流れるように弾きまくる。ただ音を意図的に軽くしてあるのでグラインドコアとは全然異なる趣になっている。やはりこれはいわゆるジャパコアからの影響が強いのだろう。メタリックで感情豊かなギターソロ、単純ではない(かといって複雑すぎるわけでもない)曲展開、そして曲をまとめ上げるある種のポップ性。そのポップさにフォーカスしたのがこのバンドで、ごった煮という印象のある曲をキュートなボーカルが歌うメロディが一つにまとめている。駆け抜けていく、という言葉がぴったりにあっという間に曲が終わってしまう。哀愁というよりは、(過ぎた)青春という印象でやはり胸が締め付けられる。良かった!
ENDON
トリを飾るのはトーキョー・ディオニソスことENDON。
見るのは結構久しぶりでいきなり見た目のことで恐縮なのだけど、ボーカリストの方は髪がのびると本当若く見える。ちょっとびっくり。しかしやはり歌う(叫ぶ)ときの迫力はもはや上記を逸している。
2曲め、最新作からMVも作成された「Your Ghost is Dead」。もはや完全にキラーチューンと化しフロアが湧く。インタビューでロックバンドに憧れているノイズバンドのようなことをおっしゃっていたと思う。ENDONの特徴として歌詞がないことがあげられると思っている。全編言語化できない叫びや呻きや嗚咽で構成されている。抽象的という意味では非常に「ノイズ」なのだけど、これをロックフォーマットで構築するとライブで客がその叫びに呼応して自分が叫んだり、拳を振り上げたりできる。なるほどロックだな、と強烈に思った。その後も目下最新作「Through The Mirror」からかなり再現性の高いライブをするわけで、ノイズを一つの楽器として扱っているのかなと。ENDONはわかられることを拒否しているような印象があったけど、じつは結構ヒントを投げかけてくれているのかもしれない。ラストでノイズがベース音を出していたのも結構個人的には面白い気付きだった。(つまりバンドサウンドをノイズで代用するという意味で。)ただあくまでも2人のマニピュレーターから発信される”ノイズ”は強烈でよくよく統制されているものの、やはり物理的に耳を侵してくる。現時点で自分たちの立ち位置をやはりノイズバンドとして捉えているのだろうか。(その判断を委ねられているのは聞き手の私達ですね。)
なかなかの長丁場だったがそれぞれに個性的なバンドが集って良いイベントだった。単にレーベルからリリースしているバンドを集めたというよりは、例えば激情というジャンルにおいて新進気鋭の明日の叙景に伝説的なkillieをぶつけたり、グラインドでも変化し続ける(というよりはグラインドの限界に挑むような)主役SWARRRMに対して正統派Disgunderをぶつけたり。それに普段なかなか見れない札幌のバンドを招聘してくれたりと。主催者の意図と思惑が感じられるラインナップでした。ありがとうございました。
実はこの日killieが先の編集盤「犯罪者が犯した罪の再審始まる」の特装版を物販に持ってきておりちゃっかり購入。まだ開けてないけど重さ的にコンクリートではないと思います。パッケージには写真集って書いてある。
2017年10月11日水曜日
Various Artists/ろくろ
日本のレーベルLongLegsLongArms Recordsのコンピレーションアルバム。2017年に同レーベルからリリースされた。
参加しているアーティストと収録曲は以下の通り。(レーベルHPからコピペ。)
1. ILIAS - 存在と理由
2. The Donor - Kagerou
3. KUGURIDO - 桃源郷夜想曲
4. KLONNS - KNIVES
5. KLONNS - SODOM
6. SWARRRM - march
7. unfaded - 漆黒
8. PRIZE OF RUST - Decade
9. PRIZE OF RUST - Spectator
10. ENSLAVE - Killing Me Softly
11. Pterion - Schwein
12. ungodly - 蝕
13. Yvonxhe - Incessant Mournful Tale
14. Vertraft - MEMORIZE
すべて日本のバンドで、バンドの活動拠点は東京、関東にとどまらず関西・金沢・四国と様々。レーベルオーナーが実際にあったバンドからセレクトされている。
LongLegsLongArms Recordsは主にハードコアを取り扱うレーベルだが、主にネオクラストと呼ばれるジャンルをメインに紹介している。ハードコアのなかのサブジャンル、クラスト(コア)のさらにサブジャンルであるネオクラストだからまあ結構マニアックな音楽だと思う。このネオクラストというのが(個人的には)かなり難しいジャンルで説明するのが難しい。説明する時に「ブラッケンド」「激情」「クラスト」「エモ」「エモバイオレンス」なんかの単語を使うとうまくいくような気がする。そんなに歴史のあるジャンルではないと思うので、おそらく私だけでなく演奏する方も難しいな〜とは思っているのではなかろうか。というのも真性のネオクラストバンドというのはまだ日本にはそうそういないのではなかろうか。この音源だとネオクラストを自称している(=明確に指向している)バンドは多分姫路のKUGURIDOだけではなかろうか。その他のバンドはネオクラストという言葉が浸透する前にそういった音楽をやっていたバンド、要素としてネオクラストを取り込んでいるバンド、一聴したところ(ネオ)クラスト感のあまりなさそうなバンドなど。おそらくより浸透性のあるジャンルで言うと、ハードコア、ニュースクール、カオティック、グラインド、ブラックメタル、エモバイオレンス、激情などにカテゴライズされるのではなかろうか。要するにその中にネオクラストの影響(意図的なものと無意識的なもの、両方)を感じ取ったレーベルが、少なくとも日本では未だ黎明期にあるネオクラストシーンにこれだ!と押すのがこのコンピレーションなのではと個人的には思う。まだ良くも悪くも混沌としているネオクラストという概念をそれを取り巻く周辺含めてすくい取ったのがこの「ろくろ」という一つの音源なのではなかろうかと。
レーベルはサンプラーと称してそれに所属するバンドを紹介する音源を作ることがあるが、まさにこの「ろくろ」は紹介する意味合いが強い。(ただ既存の曲を集めたわけではないからサンプラーとは呼べないだろうが。)全部で4万字を超える各バンドへのインタビューもその紹介、もっというと収録するバンドを理解し、咀嚼してそれを第三者(リスナー)に伝えようというレーベル姿勢の表れと見て取ることができる。(私の感想は作品を理解しようという試みなので(つまり読書感想文と同じ一つの解釈にしかならないのです。)、こういった姿勢は非常に共感できるのです。)
収録されている音を聴いてみると前述のような状況なので統一感がありつつもバリエーションの有る個性的な音楽が矢継ぎ早に展開される。(おおむね1曲あたりの収録時間は短め。)ニュースクール・ハードコアに日本なりのハードコアの伝統を融合させた音、ブラックメタルの影響色濃いいわゆるブラッケンドと称されるハードコア、もはやブラックメタルにしか聞こえないブラックメタルなど。このオムニバスの面白いところのもう一つは全国から収録バンドを集めたこと。音楽を語る上で切っても切れないのが”シーン”という言葉だけど、これが横というか平面上で語られるのが地域で、もはや結線されてもいないネットで結ばれた社会では情報が均質化されるが、それでも地方ごとのシーンというものは健在であるようである。その地方ごとの特色がきっとバンドの出す音に表れているのであろう。一言に激情と言ってもテンプレート的な激情の影響を収録曲に見出すことは困難である。(バンドの個性なのかシーンの特色なのかはちょっと判断できないのだけど。)
レーベル名は足長手長(手長足長とも)という妖怪なので「ろくろ」ときくと「これはろくろっ首のことに違いない!」と早合点したのだが、どうも陶芸を作るときのろくろという意味もあるらしい。面白いと思ったのは新しいものを作る際にはたいてい土を捏ねる、という言い方をするが、ろくろはある程度形になっているものを整形するのに使う。多分日本でのネオクラストの土台はである程度出来上がったので、3LAとしてはそれを集めて形を整え、全国にお届けするよ、ということなのだろう。「ネオクラストはわしが育てた」という居丈高の態度ではないのが非常に謙虚だと思う。
まだこれからのジャンルだと思うので、耳が早いひとはチェックしてみると面白いのではなかろうか。降って湧いた進行ジャンルではなく、静かに進行した音楽的傾向を「ネオクラスト」としてすくい取ったイメージだ。なので妙な作為性や違和感は皆無である。
参加しているアーティストと収録曲は以下の通り。(レーベルHPからコピペ。)
1. ILIAS - 存在と理由
2. The Donor - Kagerou
3. KUGURIDO - 桃源郷夜想曲
4. KLONNS - KNIVES
5. KLONNS - SODOM
6. SWARRRM - march
7. unfaded - 漆黒
8. PRIZE OF RUST - Decade
9. PRIZE OF RUST - Spectator
10. ENSLAVE - Killing Me Softly
11. Pterion - Schwein
12. ungodly - 蝕
13. Yvonxhe - Incessant Mournful Tale
14. Vertraft - MEMORIZE
すべて日本のバンドで、バンドの活動拠点は東京、関東にとどまらず関西・金沢・四国と様々。レーベルオーナーが実際にあったバンドからセレクトされている。
LongLegsLongArms Recordsは主にハードコアを取り扱うレーベルだが、主にネオクラストと呼ばれるジャンルをメインに紹介している。ハードコアのなかのサブジャンル、クラスト(コア)のさらにサブジャンルであるネオクラストだからまあ結構マニアックな音楽だと思う。このネオクラストというのが(個人的には)かなり難しいジャンルで説明するのが難しい。説明する時に「ブラッケンド」「激情」「クラスト」「エモ」「エモバイオレンス」なんかの単語を使うとうまくいくような気がする。そんなに歴史のあるジャンルではないと思うので、おそらく私だけでなく演奏する方も難しいな〜とは思っているのではなかろうか。というのも真性のネオクラストバンドというのはまだ日本にはそうそういないのではなかろうか。この音源だとネオクラストを自称している(=明確に指向している)バンドは多分姫路のKUGURIDOだけではなかろうか。その他のバンドはネオクラストという言葉が浸透する前にそういった音楽をやっていたバンド、要素としてネオクラストを取り込んでいるバンド、一聴したところ(ネオ)クラスト感のあまりなさそうなバンドなど。おそらくより浸透性のあるジャンルで言うと、ハードコア、ニュースクール、カオティック、グラインド、ブラックメタル、エモバイオレンス、激情などにカテゴライズされるのではなかろうか。要するにその中にネオクラストの影響(意図的なものと無意識的なもの、両方)を感じ取ったレーベルが、少なくとも日本では未だ黎明期にあるネオクラストシーンにこれだ!と押すのがこのコンピレーションなのではと個人的には思う。まだ良くも悪くも混沌としているネオクラストという概念をそれを取り巻く周辺含めてすくい取ったのがこの「ろくろ」という一つの音源なのではなかろうかと。
レーベルはサンプラーと称してそれに所属するバンドを紹介する音源を作ることがあるが、まさにこの「ろくろ」は紹介する意味合いが強い。(ただ既存の曲を集めたわけではないからサンプラーとは呼べないだろうが。)全部で4万字を超える各バンドへのインタビューもその紹介、もっというと収録するバンドを理解し、咀嚼してそれを第三者(リスナー)に伝えようというレーベル姿勢の表れと見て取ることができる。(私の感想は作品を理解しようという試みなので(つまり読書感想文と同じ一つの解釈にしかならないのです。)、こういった姿勢は非常に共感できるのです。)
収録されている音を聴いてみると前述のような状況なので統一感がありつつもバリエーションの有る個性的な音楽が矢継ぎ早に展開される。(おおむね1曲あたりの収録時間は短め。)ニュースクール・ハードコアに日本なりのハードコアの伝統を融合させた音、ブラックメタルの影響色濃いいわゆるブラッケンドと称されるハードコア、もはやブラックメタルにしか聞こえないブラックメタルなど。このオムニバスの面白いところのもう一つは全国から収録バンドを集めたこと。音楽を語る上で切っても切れないのが”シーン”という言葉だけど、これが横というか平面上で語られるのが地域で、もはや結線されてもいないネットで結ばれた社会では情報が均質化されるが、それでも地方ごとのシーンというものは健在であるようである。その地方ごとの特色がきっとバンドの出す音に表れているのであろう。一言に激情と言ってもテンプレート的な激情の影響を収録曲に見出すことは困難である。(バンドの個性なのかシーンの特色なのかはちょっと判断できないのだけど。)
レーベル名は足長手長(手長足長とも)という妖怪なので「ろくろ」ときくと「これはろくろっ首のことに違いない!」と早合点したのだが、どうも陶芸を作るときのろくろという意味もあるらしい。面白いと思ったのは新しいものを作る際にはたいてい土を捏ねる、という言い方をするが、ろくろはある程度形になっているものを整形するのに使う。多分日本でのネオクラストの土台はである程度出来上がったので、3LAとしてはそれを集めて形を整え、全国にお届けするよ、ということなのだろう。「ネオクラストはわしが育てた」という居丈高の態度ではないのが非常に謙虚だと思う。
まだこれからのジャンルだと思うので、耳が早いひとはチェックしてみると面白いのではなかろうか。降って湧いた進行ジャンルではなく、静かに進行した音楽的傾向を「ネオクラスト」としてすくい取ったイメージだ。なので妙な作為性や違和感は皆無である。
2017年5月7日日曜日
SWARRRM・killie/耐え忍び、霞を喰らう
日本で活動するハードコア2バンドのスプリット音源。
2017年にLongLegsLongArms Recordsからリリースされる。私はリリース記念ライブで一足早くにゲットした。12インチ45回転、筆の後も荒々しい白黒のジャケットに透明緑の盤が入っている。音を提供しているのは神戸のSWARRRM、そして東京のkillieである。
誰か、もしくは誰かたちを知りたい場合、その人が何をしているかに注目するのと同じくらい、何をしていないかということも重要ではないかと思う。SWARRRMはSNSに関してあまり注力していなかったり、MCらしいMCがないライブだったりとあまりユーザーフレンドリーとはいえないバンドだと思う。killieに関してはさらにその度合いが強く、音源の枚数をライブ会場のみの販売にほぼ限定しているのは象徴的だと思う。音楽をやっているのに音源を広めたくないというのは矛盾しているようにも思える。ここで何をしているか、何をしていないかという視点で見るとkillieというバンドはどうもライブハウスで演奏するという場所と空間を非常に大切にしている。ひょっとしたらそこで行われることのみがkillieというバンドの音楽なのかもしれない。
SWARRRMは2曲「愛のうた」「あなたにだかれこわれはじめる」。タイトルのらしくなさにも驚くが、歌詞がすごい。「愛のうた」は誰かの日記を読んでいるかのような生々しいものだ。今までにSWARRRMにこんな詩あっただろうか。音源を全部網羅しているわけではないから断言できないが、少なくとも直近ではここまでストレートに心情を吐露している歌詞はないのではと思う。ここで綴られているのは後悔と未練である。先日のライブを見て思ったのだが、SWARRRMは渇望するバンドだ。感情とかをたくさん持っていてそれを見る人に与えるバンドではなく、自分が(持って)ない故に取りに行くバンドで、いわば虚無的な真空が中心にある。そして空気がそこに殺到するように(地球上で真空は非常に存在しにくいのだ!)周辺にいる人(つまり音楽を見て聴いている人)を惹きつける。この感想はこの音源を聞く前になんとなくライブを思ったのだけど、「愛のうた」を聴いてうおおとなってしまった。私の勝手な思い込みではあろうが、なんとなく個人的にはしっくりきたのだった。
音楽的にはやはり目下の最新アルバム「FLOWER」を踏襲する、あえてのヘヴィさからの脱却で、代わりに削ぎ落としたギターで圧倒的な感情を充填している。特にメロディが強調された「愛のうた」は音楽的にも衝撃である。私は「FLOWER」 収録の「幸あれ」がとにかく好きなので、もうすでに何回「愛のうた」をリピートしているかわからない。「あなたにだかれこわれはじめる」の後半「もう二度と 答えを見つける必要のない あの場所へ」からの感情の本流と音的なドラマティックなクライマックス感に感情が揺さぶられる。あえて見せるこの心の内は弱さなのか。それは人を感動させる。劇的な音に別の地平線を見ているバンドだと思う。
killieは1曲「お前は労力」を収録。11分を超える大曲。不穏な人の声のサンプリングからスタートするその暗さに驚くが、演奏は激しいがやはりギターの音はソリッドでそこまで重低音に偏向しているわけではない。生々しい音だと思う。まくし立てるボーカルは怒りに満ちいているが、時たま見せる地声には柔らかさが残る。あくまでもとある個人(達、バンドなので)の意思表明、つまり声であるということだろうか。コラージュ(もしくは連想の飛躍)のような手法でエンコードされているものの歌詞は直接的である。現状への不満、もっというなら社会に対する圧倒的な不信感でほぼ構成されている。個人的な感情の登場する隙はほぼないのだが、前述のように現状を詩に翻訳することで個人的なものにしていると思う。いわば広義の社会を自分の問題として捉える真面目さがあって、真面目すぎてどうかしてしまったというバンドは真っ先に日本のisolateが思い浮かぶが、あちらは個人的な問題(ヒビノコト)を抱えており、こちらはいわば日々そのものに対する違和感、不信感がありそれを咀嚼できない苛立ちと悩みが曲に表れている。どちらのバンドも最終的に自分というフィルターを介しているものの、killieの方が反体制という意味でパンクであるかもしれない。しかし次第に言葉少なくなっていく代わりにうねり出す後半の音楽的なかっこよさは半端ない。個人的にはConvergeの名作「Jane Doe」の「Jane Doe」に通じるところがあるのではと思っている。
どう考えても格好良いのだが、バンドのスタンス的にはあくまでも音源は名詞みたいなものかもしれない。立場が印刷されているが、実態(本人)を全部表現しきってはいない。名刺を見てきになるなら現場に来てくれ、そういった意味だろうか。ああでももっと音源も聞きたい。もっと別の曲も聴きたい!
歌詞が掲載されたインナーが面白くて白と黒でのみ構成されたジャケットに対して、二つ折りのインナーの中身は極彩色といっていいほどの豊かな色彩に溢れている。アンダーグラウンド音楽にありがちな灰色や死をイメージさせるモチーフとは明らかに一線を画す表現技法で、表面的には暗い音楽を演奏しつつも決して暗さのみ志向しているバンドではない、ということの証明だろうか。
2017年にLongLegsLongArms Recordsからリリースされる。私はリリース記念ライブで一足早くにゲットした。12インチ45回転、筆の後も荒々しい白黒のジャケットに透明緑の盤が入っている。音を提供しているのは神戸のSWARRRM、そして東京のkillieである。
誰か、もしくは誰かたちを知りたい場合、その人が何をしているかに注目するのと同じくらい、何をしていないかということも重要ではないかと思う。SWARRRMはSNSに関してあまり注力していなかったり、MCらしいMCがないライブだったりとあまりユーザーフレンドリーとはいえないバンドだと思う。killieに関してはさらにその度合いが強く、音源の枚数をライブ会場のみの販売にほぼ限定しているのは象徴的だと思う。音楽をやっているのに音源を広めたくないというのは矛盾しているようにも思える。ここで何をしているか、何をしていないかという視点で見るとkillieというバンドはどうもライブハウスで演奏するという場所と空間を非常に大切にしている。ひょっとしたらそこで行われることのみがkillieというバンドの音楽なのかもしれない。
SWARRRMは2曲「愛のうた」「あなたにだかれこわれはじめる」。タイトルのらしくなさにも驚くが、歌詞がすごい。「愛のうた」は誰かの日記を読んでいるかのような生々しいものだ。今までにSWARRRMにこんな詩あっただろうか。音源を全部網羅しているわけではないから断言できないが、少なくとも直近ではここまでストレートに心情を吐露している歌詞はないのではと思う。ここで綴られているのは後悔と未練である。先日のライブを見て思ったのだが、SWARRRMは渇望するバンドだ。感情とかをたくさん持っていてそれを見る人に与えるバンドではなく、自分が(持って)ない故に取りに行くバンドで、いわば虚無的な真空が中心にある。そして空気がそこに殺到するように(地球上で真空は非常に存在しにくいのだ!)周辺にいる人(つまり音楽を見て聴いている人)を惹きつける。この感想はこの音源を聞く前になんとなくライブを思ったのだけど、「愛のうた」を聴いてうおおとなってしまった。私の勝手な思い込みではあろうが、なんとなく個人的にはしっくりきたのだった。
音楽的にはやはり目下の最新アルバム「FLOWER」を踏襲する、あえてのヘヴィさからの脱却で、代わりに削ぎ落としたギターで圧倒的な感情を充填している。特にメロディが強調された「愛のうた」は音楽的にも衝撃である。私は「FLOWER」 収録の「幸あれ」がとにかく好きなので、もうすでに何回「愛のうた」をリピートしているかわからない。「あなたにだかれこわれはじめる」の後半「もう二度と 答えを見つける必要のない あの場所へ」からの感情の本流と音的なドラマティックなクライマックス感に感情が揺さぶられる。あえて見せるこの心の内は弱さなのか。それは人を感動させる。劇的な音に別の地平線を見ているバンドだと思う。
killieは1曲「お前は労力」を収録。11分を超える大曲。不穏な人の声のサンプリングからスタートするその暗さに驚くが、演奏は激しいがやはりギターの音はソリッドでそこまで重低音に偏向しているわけではない。生々しい音だと思う。まくし立てるボーカルは怒りに満ちいているが、時たま見せる地声には柔らかさが残る。あくまでもとある個人(達、バンドなので)の意思表明、つまり声であるということだろうか。コラージュ(もしくは連想の飛躍)のような手法でエンコードされているものの歌詞は直接的である。現状への不満、もっというなら社会に対する圧倒的な不信感でほぼ構成されている。個人的な感情の登場する隙はほぼないのだが、前述のように現状を詩に翻訳することで個人的なものにしていると思う。いわば広義の社会を自分の問題として捉える真面目さがあって、真面目すぎてどうかしてしまったというバンドは真っ先に日本のisolateが思い浮かぶが、あちらは個人的な問題(ヒビノコト)を抱えており、こちらはいわば日々そのものに対する違和感、不信感がありそれを咀嚼できない苛立ちと悩みが曲に表れている。どちらのバンドも最終的に自分というフィルターを介しているものの、killieの方が反体制という意味でパンクであるかもしれない。しかし次第に言葉少なくなっていく代わりにうねり出す後半の音楽的なかっこよさは半端ない。個人的にはConvergeの名作「Jane Doe」の「Jane Doe」に通じるところがあるのではと思っている。
どう考えても格好良いのだが、バンドのスタンス的にはあくまでも音源は名詞みたいなものかもしれない。立場が印刷されているが、実態(本人)を全部表現しきってはいない。名刺を見てきになるなら現場に来てくれ、そういった意味だろうか。ああでももっと音源も聞きたい。もっと別の曲も聴きたい!
歌詞が掲載されたインナーが面白くて白と黒でのみ構成されたジャケットに対して、二つ折りのインナーの中身は極彩色といっていいほどの豊かな色彩に溢れている。アンダーグラウンド音楽にありがちな灰色や死をイメージさせるモチーフとは明らかに一線を画す表現技法で、表面的には暗い音楽を演奏しつつも決して暗さのみ志向しているバンドではない、ということの証明だろうか。
「耐え忍び、霞を喰らう」というのがこのスプリットのタイトル。霞というのは霧やもやのこと。霞を食べるのは人間ではない、仙人だ。しかしこのタイトルは「俺たちは超越者だ」ということではないだろう。SWARRRMを聴いて、見て思うのは孤高のバンドだということだ。無愛想なやり方もそうだが、特に昨今の彼らの音楽を聴けばその特殊性がわかると思う。ハードコアの枠組みの中で誰もいない境地に辿り着いている、もしくはたどり着こうとしているように思える。奇をてらった飛び道具ではなくバンドが重ねてきた20年という年月の重みがそのサウンドの変遷を支えているのだろう。一方killieも伝説的なバンドなのだが完全にアンダーグラウンドというよりは徹底的な現場志向であえて聞き手を絞るやり方を続けてきた。いわば大衆に迎合しない姿勢で長いこと活動していたバンドの美学がタイトルの「耐え忍び、霞を喰らう」に表れているのだと思った。孤高の二つバンドのスプリット、つまり邂逅点としても事件であるし、圧倒的に手に入りにくいkillieの音を聞けるという意味でも価値があると思う。尖っている音が好きな人は今すぐ予約で大丈夫です。
2017年5月5日金曜日
犯罪者と同姓同名@新大久保Earthdom
犯罪者と同姓同名、嫌な企画名である。全然関係ないところから来る二次的な被害という感じだし、ともすると本当は本人だけど同姓同名だよ、と嘘ついているみたいに思える。サイコパス。怖い。企画したのは日本のハードコアバンドkillieである。killieはとても有名なバンドで名前を知っている人は多いと思う。私もそれこそ何年か前から気になっているがこのライブまで直接でも音源でも聞いたことがなかった。というのもこのバンドのリリースした音源は全て今や非常に希少なものとなっている。まず枚数が少ないし、ほとんどライブ会場でしか売らない。リリースのやり方も凝っていて非常に凝ったDIYなアートワークを施し、聞いた話だがコンクリートでラッッピングした音源もあるとか。聞くためにはコンクリートを破砕しないといけないのだ。(壊すと果たして音源は無事なのだろうか?)最近はライブの数も多くないみたいで、そう言った意味でも伝説的なバンドなのだ。そんな孤高のバンドがなんとSWARRRMとスプリット、「耐え忍び、霞を喰らう」をリリースして、おまけにリリースパーティもやるというのでこれを逃す手はないとばかりにのそのそアースダムに向かったのである。
Nepenthes
一番手はNepenthes。日本のドゥームメタルバンドで、元Church of Miseryの根岸さんがボーカルをつとめるバンド。このバンドも見るのは初めてだった。全員上背があり、ボーカルとギターの二人はタイトなシャツにベルボドムのパンツをぴっちり来ていてかっこいい。多くの方がNepenthesはロックだ!と賞賛の声をあげるのがこの日分かったと思う。非常にオールドスクールなタイプのビンテージ感溢れるドゥームロックを現代的な轟音でアップデートしているもの。1曲目は隙間の空いたいかにもドゥームなリフをほとんど同じリズムで程よい遅さで延々繰り出していくもの。程よい隙間があるので重たいものの閉塞感がなく気持ちが良い。ロック感溢れるギターソロも非常にきらびやかでここら辺がロックだと言われる由縁の一端か。一発めで持っていかれる。根岸さんはにこやかでユーモアもあるが、ちょっと鬼気迫る感じがしてなんなら怖い。ロックスター的な佇まいを持った人だと思う。2曲目は打って変わってバンドの持つロックンロールのサイドを全開にした曲。ここで気づくのだが、演奏が非常にかっちりしている。1曲めは特に隙間がある分アンサンブルがずれだしたら目も当てられないがそんなことは全然なく終始タイトだった。そして思った、ギターのリフがめちゃかっこいい。確かにロックだというのもわかるが、このリフへのこだわりは(ヘヴィー)メタルかもしれないぞ!とワクワクした。(メタルはリフが凝ったものだと思っている節があるので。)ただメタル特有のこだわりの強すぎる感じはあまりしないので、メタルの技術でロックの鷹揚さの話術で饒舌に語っているのかもしれない。一番手にはもってこいのバンドだと思った。
Wrench
続いてはWrench。前にマイナーリーグとのツーマンを見たから多分2回めだと思う。結成25年を迎えるバンドで調べたらなんとToday is the Dayとスプリットを出したこともあるみたい!中高生くらいの時から知っていてその時はモダンヘヴィネスなバンドかなと思っていたのだが(実際初めはミクスチャーっぽいハードコアだったとのこと)、この間見たらすごい印象の違う音を出していた。今日はじっくり見て見ようという気持ち。まずはメンバー4人どれも機材の量が多い。ギタリスト、ベーシストはどれ踏むのか覚えていられるのか?というくらいのエフェクター類。ドラムの人はThink Tankのメンバーとヒップホップユニットを組んでBlack Smokerからリリースしているくらい幅のある人でやはり通常のドラムセットに電子ドラム?を追加でどんと置いている。ボーカルはシンセサイザー、ボコーダー、(見えないので間違っているかも)サンプラーなどを目の前にセット。声を楽器のように使うという表現は珍しくないが、このバンドは本当にそのように声を使っている。空間的な処理をかけた短い発声をさらにエフェクトかけてダブのように反響させていく。この日聞いて思ったのはテクノ的だ!ということ。基本的にどの楽器陣もミニマルにフレーズを繰り返し、神の手がそれぞれを操作するようにON/OFFを切り替えていく。フレーズの重なりが曲を作り、層が増えたり、減ったりしていく。反復の美学と気持ちよさ。もちろんロックのフォーマットでやるから音の数と曲の展開はテクノ寄りあって面白い。非常にタイト。ドラムの手数が多く、シンプルだがずれないリズムを力強く叩いていくスティックの軌道がとにかく美しかった。
SWARRRM
続いては20年以上の歳月をChaos&Grindを掲げ独自の道を模索し続けるこの日もう一つの孤高のバンドでスプリット音源リリースパーティの主役の一人。
ほぼ最低限の4人、機材も少なくアンプも壁際に据えているため急にステージが広く見える。照明もつけっぱなしの飾りっ気のなさ。上半身を脱いだボーカリスト司さんの恐ろしさ。混沌とグラインド、この二つの要素を使うバンドのほとんどが重さと速さの泥沼にはまり込んでいく(もちろんこういった音楽も大好きです)。そんな麻薬的な、つまり強すぎる要素をこのバンドは全く異なるように使っている。目下の最新作Flowerや昨今の各種バンドとのスプリット音源(充実した活動ありがたい)では、叙情的なハードコアというある意味陳腐なフレーズを全く別のアプローチから実現している。その感情の豊かさ、そしてエクストリームな音楽に求められる”凶暴さ”がちっとも損なわれていない凄みを見せつけ、もう全く全く違う場所にバンドが脇目も振らず到達しつつあることを証明しているバンド。ただその音楽だけで20年の重みを見せつけるまさしく孤高のバンド。
重さで塗りつぶさない6本の弦の振動が分離して聞こえるような生々しいギターの音がコード感に溢れるフレーズを奏でる。ドラムはタイトで曲に必ずブラストビートを導入、という厳格なルールを黙々とこなしていく。ベースは本当に驚くのだが、音の数の多さ。それもトレモロ的な秩序立った連符ではなく、空間を時に伸びやかに使って縦横無尽。司さんのボーカルは恐ろしい。前のめりに客席に乗り出して絶叫し、曲によってはそれはただ絶叫にしか聞こえない。言葉がない。感情の塊を吐き出していく。手に巻いたマイクのコードの束が古の剣闘士のように見える。激烈な感情の中心にはでっかい空虚があるような気がする。それが強烈な感情を放射している。感情豊かに見えるのはたくさん持っているのではなく、それが無いから渇望し希求しているからでは、と思った。だから聞いていると感情が高まり、しかし体は透明になってくる気がする。轟音が軽くなった体を突き抜けて揺らしているように思える。この日SWARRRMはアンコールに応え、そういうのは初めて見た。「幸あれ」は本当に阿呆ほど聞いた曲だけど演奏してくれて泣きそうになった。(誇張ではない。)ちなみにフロアの盛り上がりも相当半端なく、アンコールではお祭り状態でした。
killie
いやもうSWARRRMだな、と思っているところにラストkillie。専任ボーカルにギターが二人、ベース、ドラムの5人編成。メンバーはそれぞれラフな格好をしていて自然体。ステージに強烈な光を放つ蛍光灯を5つ壁に沿って設置し、演奏中は他の照明は一切使わない。
意外にも(そういうことは一切しないバンドかと勝手に思っていた)MCから始まり、演奏スタート。出音で持っていくバンドは少ないが、このバンドはそう。ぐえええ、と思わず口走る。ところが何をやっているのかよくわからない。ギュウギュウのおしくらまんじゅうの中で思ったのは「暗い」。この圧倒的な暗さはなんだ。
おそらく曲はなるほど激情と呼ばれる音楽の範疇に入ることはわかる。曲の尺が長く、その中で複雑に展開が変わる(もしかしたら別の曲になっているのかもだが)。ボーカルの頻度はそんな演奏の中で高いわけではなく、高音を利かした絶叫を主体に、ポエトリーリーディングのような歌唱法も取り入れてる。ギターは低音に偏向するのではなく、生音をそれなりに活かしたソリッドな音でそこに空間的なエフェクトを追加している。ソリッドだが後を引くので、そう言った意味ではブラッケンド・ハードコア的な何をしているのかちょっとわかりにくい音像ではあるかもしれない。それでもメタル的なやりすぎ感はなくあくまでもハードコアのフォーマットでやっている。
そしてこのバンドの場合、そのフォーマットで全く明るさや美しさがない。日本の激情お家芸のポストロック的な美麗なアルペジオのアンサンブルや、アンビエントなパートもない。このバンドの静のパートはボーカルがボソボソ喋り続ける中に、楽器陣が思い出したように鉄の塊のような音の塊をゴンゴンぶっこんでくる時間のことだった。いわば(激情的な)華が全くない!その空隙を勢いで埋めてくる。勢いというと言葉は悪いが演奏は非常にソリッドかつタイト。片方のギタリストの人はどうかしている動きをしているのだが、めちゃくちゃミニマルにリフを繰り返して弾きまくっていて怖かった。だるいパートがないので常に何かに急かされているような異常な緊張感、ひりつくような焦燥感がある。呪いで突き動かされているような音楽。照明の照り返しのない真っ暗なフロアも異常な盛り上がりできっと呪いが感染したのだろう(もしくは自らの呪いを認識したのかもしれない)。
MCでは簡潔にしかし力強く自分たちのスタンスを述べた。この地下の密室に何かあると信じている人がいて、その言(これは主に大半が音楽という形でその場にいる人々に流布される)は全く信憑性のあるものだと思った。フラフラで「耐え忍び、霞を喰らう」を買う。killieに関しては特にもう一度以上はライブを見ないといけない気がしている。
この日特に思ったのは音楽はやはり抽象的でそれゆえ感情を表現することに長けている。そしてそれを言語化するのは難しい。この困難はこうやってブログに感想を書くということだけではなく、その場のフロアで突っ立っている時からそう思っていた。特に主役の二つのバンドは色々はみ出しているバンド(孤高と称されることもある)なので特にその傾向は強く、そしてそれゆえ非常に面白かった。4つのバンドで出している音は全部違って、どれも一筋縄ではいかない。とっても楽しかった。
Nepenthes
一番手はNepenthes。日本のドゥームメタルバンドで、元Church of Miseryの根岸さんがボーカルをつとめるバンド。このバンドも見るのは初めてだった。全員上背があり、ボーカルとギターの二人はタイトなシャツにベルボドムのパンツをぴっちり来ていてかっこいい。多くの方がNepenthesはロックだ!と賞賛の声をあげるのがこの日分かったと思う。非常にオールドスクールなタイプのビンテージ感溢れるドゥームロックを現代的な轟音でアップデートしているもの。1曲目は隙間の空いたいかにもドゥームなリフをほとんど同じリズムで程よい遅さで延々繰り出していくもの。程よい隙間があるので重たいものの閉塞感がなく気持ちが良い。ロック感溢れるギターソロも非常にきらびやかでここら辺がロックだと言われる由縁の一端か。一発めで持っていかれる。根岸さんはにこやかでユーモアもあるが、ちょっと鬼気迫る感じがしてなんなら怖い。ロックスター的な佇まいを持った人だと思う。2曲目は打って変わってバンドの持つロックンロールのサイドを全開にした曲。ここで気づくのだが、演奏が非常にかっちりしている。1曲めは特に隙間がある分アンサンブルがずれだしたら目も当てられないがそんなことは全然なく終始タイトだった。そして思った、ギターのリフがめちゃかっこいい。確かにロックだというのもわかるが、このリフへのこだわりは(ヘヴィー)メタルかもしれないぞ!とワクワクした。(メタルはリフが凝ったものだと思っている節があるので。)ただメタル特有のこだわりの強すぎる感じはあまりしないので、メタルの技術でロックの鷹揚さの話術で饒舌に語っているのかもしれない。一番手にはもってこいのバンドだと思った。
Wrench
続いてはWrench。前にマイナーリーグとのツーマンを見たから多分2回めだと思う。結成25年を迎えるバンドで調べたらなんとToday is the Dayとスプリットを出したこともあるみたい!中高生くらいの時から知っていてその時はモダンヘヴィネスなバンドかなと思っていたのだが(実際初めはミクスチャーっぽいハードコアだったとのこと)、この間見たらすごい印象の違う音を出していた。今日はじっくり見て見ようという気持ち。まずはメンバー4人どれも機材の量が多い。ギタリスト、ベーシストはどれ踏むのか覚えていられるのか?というくらいのエフェクター類。ドラムの人はThink Tankのメンバーとヒップホップユニットを組んでBlack Smokerからリリースしているくらい幅のある人でやはり通常のドラムセットに電子ドラム?を追加でどんと置いている。ボーカルはシンセサイザー、ボコーダー、(見えないので間違っているかも)サンプラーなどを目の前にセット。声を楽器のように使うという表現は珍しくないが、このバンドは本当にそのように声を使っている。空間的な処理をかけた短い発声をさらにエフェクトかけてダブのように反響させていく。この日聞いて思ったのはテクノ的だ!ということ。基本的にどの楽器陣もミニマルにフレーズを繰り返し、神の手がそれぞれを操作するようにON/OFFを切り替えていく。フレーズの重なりが曲を作り、層が増えたり、減ったりしていく。反復の美学と気持ちよさ。もちろんロックのフォーマットでやるから音の数と曲の展開はテクノ寄りあって面白い。非常にタイト。ドラムの手数が多く、シンプルだがずれないリズムを力強く叩いていくスティックの軌道がとにかく美しかった。
SWARRRM
続いては20年以上の歳月をChaos&Grindを掲げ独自の道を模索し続けるこの日もう一つの孤高のバンドでスプリット音源リリースパーティの主役の一人。
ほぼ最低限の4人、機材も少なくアンプも壁際に据えているため急にステージが広く見える。照明もつけっぱなしの飾りっ気のなさ。上半身を脱いだボーカリスト司さんの恐ろしさ。混沌とグラインド、この二つの要素を使うバンドのほとんどが重さと速さの泥沼にはまり込んでいく(もちろんこういった音楽も大好きです)。そんな麻薬的な、つまり強すぎる要素をこのバンドは全く異なるように使っている。目下の最新作Flowerや昨今の各種バンドとのスプリット音源(充実した活動ありがたい)では、叙情的なハードコアというある意味陳腐なフレーズを全く別のアプローチから実現している。その感情の豊かさ、そしてエクストリームな音楽に求められる”凶暴さ”がちっとも損なわれていない凄みを見せつけ、もう全く全く違う場所にバンドが脇目も振らず到達しつつあることを証明しているバンド。ただその音楽だけで20年の重みを見せつけるまさしく孤高のバンド。
重さで塗りつぶさない6本の弦の振動が分離して聞こえるような生々しいギターの音がコード感に溢れるフレーズを奏でる。ドラムはタイトで曲に必ずブラストビートを導入、という厳格なルールを黙々とこなしていく。ベースは本当に驚くのだが、音の数の多さ。それもトレモロ的な秩序立った連符ではなく、空間を時に伸びやかに使って縦横無尽。司さんのボーカルは恐ろしい。前のめりに客席に乗り出して絶叫し、曲によってはそれはただ絶叫にしか聞こえない。言葉がない。感情の塊を吐き出していく。手に巻いたマイクのコードの束が古の剣闘士のように見える。激烈な感情の中心にはでっかい空虚があるような気がする。それが強烈な感情を放射している。感情豊かに見えるのはたくさん持っているのではなく、それが無いから渇望し希求しているからでは、と思った。だから聞いていると感情が高まり、しかし体は透明になってくる気がする。轟音が軽くなった体を突き抜けて揺らしているように思える。この日SWARRRMはアンコールに応え、そういうのは初めて見た。「幸あれ」は本当に阿呆ほど聞いた曲だけど演奏してくれて泣きそうになった。(誇張ではない。)ちなみにフロアの盛り上がりも相当半端なく、アンコールではお祭り状態でした。
killie
いやもうSWARRRMだな、と思っているところにラストkillie。専任ボーカルにギターが二人、ベース、ドラムの5人編成。メンバーはそれぞれラフな格好をしていて自然体。ステージに強烈な光を放つ蛍光灯を5つ壁に沿って設置し、演奏中は他の照明は一切使わない。
意外にも(そういうことは一切しないバンドかと勝手に思っていた)MCから始まり、演奏スタート。出音で持っていくバンドは少ないが、このバンドはそう。ぐえええ、と思わず口走る。ところが何をやっているのかよくわからない。ギュウギュウのおしくらまんじゅうの中で思ったのは「暗い」。この圧倒的な暗さはなんだ。
おそらく曲はなるほど激情と呼ばれる音楽の範疇に入ることはわかる。曲の尺が長く、その中で複雑に展開が変わる(もしかしたら別の曲になっているのかもだが)。ボーカルの頻度はそんな演奏の中で高いわけではなく、高音を利かした絶叫を主体に、ポエトリーリーディングのような歌唱法も取り入れてる。ギターは低音に偏向するのではなく、生音をそれなりに活かしたソリッドな音でそこに空間的なエフェクトを追加している。ソリッドだが後を引くので、そう言った意味ではブラッケンド・ハードコア的な何をしているのかちょっとわかりにくい音像ではあるかもしれない。それでもメタル的なやりすぎ感はなくあくまでもハードコアのフォーマットでやっている。
そしてこのバンドの場合、そのフォーマットで全く明るさや美しさがない。日本の激情お家芸のポストロック的な美麗なアルペジオのアンサンブルや、アンビエントなパートもない。このバンドの静のパートはボーカルがボソボソ喋り続ける中に、楽器陣が思い出したように鉄の塊のような音の塊をゴンゴンぶっこんでくる時間のことだった。いわば(激情的な)華が全くない!その空隙を勢いで埋めてくる。勢いというと言葉は悪いが演奏は非常にソリッドかつタイト。片方のギタリストの人はどうかしている動きをしているのだが、めちゃくちゃミニマルにリフを繰り返して弾きまくっていて怖かった。だるいパートがないので常に何かに急かされているような異常な緊張感、ひりつくような焦燥感がある。呪いで突き動かされているような音楽。照明の照り返しのない真っ暗なフロアも異常な盛り上がりできっと呪いが感染したのだろう(もしくは自らの呪いを認識したのかもしれない)。
MCでは簡潔にしかし力強く自分たちのスタンスを述べた。この地下の密室に何かあると信じている人がいて、その言(これは主に大半が音楽という形でその場にいる人々に流布される)は全く信憑性のあるものだと思った。フラフラで「耐え忍び、霞を喰らう」を買う。killieに関しては特にもう一度以上はライブを見ないといけない気がしている。
この日特に思ったのは音楽はやはり抽象的でそれゆえ感情を表現することに長けている。そしてそれを言語化するのは難しい。この困難はこうやってブログに感想を書くということだけではなく、その場のフロアで突っ立っている時からそう思っていた。特に主役の二つのバンドは色々はみ出しているバンド(孤高と称されることもある)なので特にその傾向は強く、そしてそれゆえ非常に面白かった。4つのバンドで出している音は全部違って、どれも一筋縄ではいかない。とっても楽しかった。
2016年7月18日月曜日
SWARRRM/20Year chaos
日本は兵庫県神戸のChaos&Grindバンドの編集版。
2016年にLongLegsLongArms Recordsからリリースされた。
「20年の混沌」というタイトル通り、1998年の結成以来リリースしたEPやスプリット、コンピレーションへの参加曲を集めた編集版。2001年から2004年の間に録音された音源で構成されている。また全曲リマスタリングが施されているようだ。インナーには音楽ライターの行川和彦さん、3LAのレーベルオーナー水谷さんのライナーノーツが書き込まれている。
現状生きるレジェンドな存在感を放っているSWARRRMだが、私は完全に後追いで聴き始めたのは2009年にボーカリストが元Hellchildの司さんに交替後の「Black Bong」から。さかのぼってこのアルバムのアートワークにもなっているPicture EPは購入したはず。
このアルバムだとボーカリストは全部で3人。そういった意味でも現在のSWARRRMとどれくらい隔たりがあるのかというのは興味があったところ。
実際に聴いてみると20年やっているバンドなのだがその軸はぶれていないなと思う。(勿論最初機の音源は未聴なので偉そうな事は言えないのだが…)デビューEPに付けたタイトルが「Choas&Grind」な訳で、曲に必ずブラストパートを入れるという縛りの元に確固たる音楽性を築いている。グラインドコアだと半分正解だが、そこに彼らの主張する「混沌」がぶち込まれている。ボーカリストはどれも異常な存在感を放っているが、ちょっと語弊があるかもしれないがバンドアンサンブルの一つとして機能している。カオスがバンドアンサンブルで企図された(実は)非常に知的なものである一方、それをぶちこわすくらい暴れ回るのがSWARRRMのボーカルに与えられた任務であり、歌詞はありつつもどちらかというとそれは獣めいた叫びに近い。低音グロウルから高音シャウトまでシャトル欄のようにせわしなく移動するそれはまさに混沌の象徴に他ならないのでは。
もう一つSWARRMの打ち出す「混沌」とは何かというとこれは一種の「悩み」じゃないかと思えて来た。SWARRRMの音楽には独特の美学があってそれは叙情性といってもよいかも。例えば苛烈な音楽性の嵐の様なその様に一瞬垣間見える美しいメロディがそれ。新作「FLOWER」ではこの叙情性がコード感のあるギターメロディなどで強烈にフィーチャーされているのだが、その萌芽がこちらの音源でも聞き取る事が出来る。こちらの方が漆黒の塊と言った印象なのだが、ブラックメタルを彷彿とさせるトレモロリフだったり、物悲しいピアノだったり(6曲目)、不穏につま弾かれるギターとそこにのっかる言葉にならない絶叫だったり(9曲目)、激しさとは別の感情豊かな表現がそこかしこに見て取れる。これらの暗い魅力を備えた音楽性はなんとなしに、悩みだったり迷いだったりを表現してとれるように思った。そうするとなんとなく凶暴な咆哮も手負いの獣の様な物悲しさと凄まじさを併せ持つように思えてくる。
激しさの中に感情をぶち込んでドロドロした音楽をやっている、なるほど言うのは簡単で多くの表現者が実現しようと四苦八苦しているのだろうが、そこにひとつの答えらしきもの(なぜならこのバンドだって未だきっと完成はしていないのだろうから)をだしてしまったのがひょっとしたらSWARRRMなのかもしれない。帝王と呼ばれるのも納得の貫禄。
歴史を学べる側面も勿論あるけど、一つの独立した音源としてあり得ないくらいの存在感があるアルバムだと思いますんで、激音好きは是非。可能ならば目下の最新作「FLOWER」とセットでどうぞ。
ちなみにこの編集版、リリースにあたって非常に面白い取り組みがされており、リリースライブに行くと一般販売に先駆けてCDをゲットできる権利を得る事が出来た。具体的には会場で提示されているメールアドレスに一方入れると優先権を得る事が出来るというもの。私もライブに足を運んだのだが、ライブの凄まじさに竦然とするあまりアドレスをチェックするのを忘れるという驚きのていたらくで一般販売でゲットしたんよ…
孤高という存在なんだけど、ライブではkapoさんが非常に楽しそうに演奏するのが非常に印象的だった。(音は凄まじいのと司さんがおっかなすぎたけど。)そこら辺のギャップもあってすごいバンドだと思う。またライブがみたいすね。
2016年にLongLegsLongArms Recordsからリリースされた。
「20年の混沌」というタイトル通り、1998年の結成以来リリースしたEPやスプリット、コンピレーションへの参加曲を集めた編集版。2001年から2004年の間に録音された音源で構成されている。また全曲リマスタリングが施されているようだ。インナーには音楽ライターの行川和彦さん、3LAのレーベルオーナー水谷さんのライナーノーツが書き込まれている。
現状生きるレジェンドな存在感を放っているSWARRRMだが、私は完全に後追いで聴き始めたのは2009年にボーカリストが元Hellchildの司さんに交替後の「Black Bong」から。さかのぼってこのアルバムのアートワークにもなっているPicture EPは購入したはず。
このアルバムだとボーカリストは全部で3人。そういった意味でも現在のSWARRRMとどれくらい隔たりがあるのかというのは興味があったところ。
実際に聴いてみると20年やっているバンドなのだがその軸はぶれていないなと思う。(勿論最初機の音源は未聴なので偉そうな事は言えないのだが…)デビューEPに付けたタイトルが「Choas&Grind」な訳で、曲に必ずブラストパートを入れるという縛りの元に確固たる音楽性を築いている。グラインドコアだと半分正解だが、そこに彼らの主張する「混沌」がぶち込まれている。ボーカリストはどれも異常な存在感を放っているが、ちょっと語弊があるかもしれないがバンドアンサンブルの一つとして機能している。カオスがバンドアンサンブルで企図された(実は)非常に知的なものである一方、それをぶちこわすくらい暴れ回るのがSWARRRMのボーカルに与えられた任務であり、歌詞はありつつもどちらかというとそれは獣めいた叫びに近い。低音グロウルから高音シャウトまでシャトル欄のようにせわしなく移動するそれはまさに混沌の象徴に他ならないのでは。
もう一つSWARRMの打ち出す「混沌」とは何かというとこれは一種の「悩み」じゃないかと思えて来た。SWARRRMの音楽には独特の美学があってそれは叙情性といってもよいかも。例えば苛烈な音楽性の嵐の様なその様に一瞬垣間見える美しいメロディがそれ。新作「FLOWER」ではこの叙情性がコード感のあるギターメロディなどで強烈にフィーチャーされているのだが、その萌芽がこちらの音源でも聞き取る事が出来る。こちらの方が漆黒の塊と言った印象なのだが、ブラックメタルを彷彿とさせるトレモロリフだったり、物悲しいピアノだったり(6曲目)、不穏につま弾かれるギターとそこにのっかる言葉にならない絶叫だったり(9曲目)、激しさとは別の感情豊かな表現がそこかしこに見て取れる。これらの暗い魅力を備えた音楽性はなんとなしに、悩みだったり迷いだったりを表現してとれるように思った。そうするとなんとなく凶暴な咆哮も手負いの獣の様な物悲しさと凄まじさを併せ持つように思えてくる。
激しさの中に感情をぶち込んでドロドロした音楽をやっている、なるほど言うのは簡単で多くの表現者が実現しようと四苦八苦しているのだろうが、そこにひとつの答えらしきもの(なぜならこのバンドだって未だきっと完成はしていないのだろうから)をだしてしまったのがひょっとしたらSWARRRMなのかもしれない。帝王と呼ばれるのも納得の貫禄。
歴史を学べる側面も勿論あるけど、一つの独立した音源としてあり得ないくらいの存在感があるアルバムだと思いますんで、激音好きは是非。可能ならば目下の最新作「FLOWER」とセットでどうぞ。
ちなみにこの編集版、リリースにあたって非常に面白い取り組みがされており、リリースライブに行くと一般販売に先駆けてCDをゲットできる権利を得る事が出来た。具体的には会場で提示されているメールアドレスに一方入れると優先権を得る事が出来るというもの。私もライブに足を運んだのだが、ライブの凄まじさに竦然とするあまりアドレスをチェックするのを忘れるという驚きのていたらくで一般販売でゲットしたんよ…
孤高という存在なんだけど、ライブではkapoさんが非常に楽しそうに演奏するのが非常に印象的だった。(音は凄まじいのと司さんがおっかなすぎたけど。)そこら辺のギャップもあってすごいバンドだと思う。またライブがみたいすね。
2016年5月5日木曜日
20Years Chaos@新大久保アースダム
日本のカオティックグラインドSwarrrmが活動20周年ライブを催すということで行って参りました。Swarrmは目下の最新作「FLOWER」がグラインドコアにメランコリックなメロディを持ち込んだヤバい出来になっており、これはという訳で行って来たのです。実は前にもライブのチケット買ったのに仕事で行けなかったこともあり、なんとなくリベンジ感もあったという。
新大久保は不思議な町でオシャレな若い娘さんが沢山いる。ほっぺたに何かの文字列をはっ付けている子がチラホラいて、あれは推してる韓国のグループのなんかなんですかね?もうちょっと人が少なければ良い町だと思う。(廃墟になれという意味ではない。)
珍しく一番手に間に合う。アースダムは久しぶりに来たんですけど相変わらず独特のスメルがしますね。きっとアレがアンダーグラウンド臭ってやつなんだね。「Welcome to underground」と耳元でささやくアレでしょうか。タバコOKのライブハウスなんで最終的には転換時は喫煙室の様相を呈していてヤバかったです。
Self Deconstruction
「自らの脱構築」という名前の3人組のグラインドバンド。ボーカルが女性が特徴的でしかも魅力的。私はこういう時も生まれながらに身に付いたモテなさを発揮し、「よしボーカルの女性は見ないようにするんだ、音に集中するぞ、俺は音でバンドを判断する男なんだ」と自分に言い聞かせて、音に集中することでなんとかコトを収めた。とにかくギターが面白いバンドで、リフが完全にデスメタル的。もう一人のボーカルかってくらい饒舌に歌いまくる。変幻自在のその様は極めて流動的であとからあとから複雑かつカッコいいフレーズがボコボコわき出してくる。なんならちょっとオーストラリアの巨大な暗黒Portalみたいなぎゅわぎょわしたリフもあって良かった。曲の切れ目が全然分からない。つまりグラインドコアってことなんだ。最高だ。終演後もボーカルの女性を見かけたが天性のセンスであまり見ないようにした。見なければどうということはない。
Super Structure
Coffinsのベースの人がやっている別バンド。こちらは完全にハードコアなバンドでフロアも直情的にこの日一番盛り上がっていたのではなかろうか。ほんとチャッカマン的なあれであっという間に燃え上がったからね。ドラムの人がもうすごく煽ってくるもんね。怖いぜ。演奏陣もすごいテンションでやるもんだからこっちも盛り上がるんだな…と思った。とにかく高揚感を煽って来て前に行かないと〜と思わせるすごさ。といっても分かりやすいモッシュパートがある流行のものってより、もっとざらついて荒々しいハードコアだと思う。これはと思ってデモを買おうと思ったら売り切れていた。残念。
Sekien
この間もKhmerの来日公演でみた姫路の赤い煙。2回目見て思ったけどやっぱり不良っぽい。ヤンキーというのではなく不良。悪そう怖そうというのが音と見た目からそのまま出ている感じ。だから基本的に無骨で無愛想(メンバーの人個人がってわけでない。特にギターの方は色んな人と話しているのを御見かけして優しそうでした)。曲もはっきり言ってとにかくわかりやすくキャッチーって訳ではないんだけど、その見かけと中身でもって人を惹き付ける魅力がある。背中で魅せるタイプと言うか。今回は音源を聴いていたので曲もすっと入ってくる。個人的にはアルバムの中で異彩を放っているインストの「開花」をやってくれて胸が熱くなったよね。無骨なsekienの表面剥いだ裏側のその激情が一番ストレートに表現されていると思う。勿論その他の曲でも豪腕でフロアを盛り上げていくその様にはかっけえなあとため息が出てしまう。
思ったんだがこのバンドまでMCらしいMCはなくてハードコアすぎるな。
Twolow
主催の3LAの水谷さんがギターボーカルの”オルタナティブ”メタルバンド。見るのは初めてだったので超楽しみだった。HELMETを聴いたばかりだからか思ったのは、なんというかアメリカっぽい。Sekienとは違った無骨さ。こちらは前身これしなやかな筋肉とリズムの塊、という感じでひたすらリズミカルに迫ってくる。反復的でぶっといリフがひたすらカッコいい。上背のあるフロントマンも良く映える。音源に比べると圧倒的にドラムの迫力が増していて、手数が多い訳ではないけど一撃一撃が非常に重たく迫力がある。このドラムあってのリズミカルなリフなのかもしれない。いわゆるHELMETなんかに比べるとボーカルパートが少ないし(リフで魅せるパートが多い)、キャッチーな歌メロもない訳だからやはり中々挑戦的なバンドだと思う。沁みてくる何かがある。とても良かった。Swarrrmへの祝辞を水谷さんが述べる。
isolate
続いて東京ブラッケンドハードコアisolate。厳ついボーカルの人がSwarrmへの祝辞を非常に丁寧な物腰でしゃべるな〜と思っていたら、一気にぶち切れたボーカルからの曲になだれ込み私驚愕。ヤバい感がヤバい。だいたい普段平静な人が切れだす方がヤバいと相場が決まっている。フロアから身を乗り出してわめきまくる。まるで手話のように声だけでなくこちらに語りかけてくる。こうなると俄然一体このバンドが何を伝えたいのか興味が出て来てしまう。曲は激情ハードコアをさらに押し進めたものなのだが、トレモロリフも美麗なポスト感というよりはイーヴィルなブラックメタルのそれである。どの曲も速く、そして展開が複雑。なんというか個人的には絶望的な負の感情を感じ取り鳥肌。フロアも盛り上がる。
終演後物販でCDを買おうと思ったらアルバムは既に売り切れ。EPを購入。
Swarrrm
やはり今日の主役ということでフロアの密度が一番濃かった。
この日出演したバンドでは唯一始める時にSEを使った。盛り上がる。個人的にはこの時のステージとフロアの緊張感がマックスすぎて本当ワクワクして楽しかった。
曲が始まってしまえばカオス&グラインドの奔流だった。とくにボーカルの司さん(フロアでお見かけしたんだがおっかなすぎた…)は神がかっており、あの「ヴォオオオオオオオイヤアアアアア」という低音から高音に一気にオクターブあげていくシャウトはCDそのままどころか威力マシマシで殺気に満ち満ちていた。膝が崩れるかと思った。
おっそろしいボーカルをグイグイ押す、ギターの美しいこと。ポスト感とは明らかに一線を画す。ただグラインドしながらも最高速ではなく、べつのもっと陰鬱な美しさを志向するこのバンドの一角をになうのがこの饒舌なギターだと思う。この日もその魅力を堪能できた。個人的に大好きな「幸あれ」この曲は速度はどちらかというと速くないのだが、Swarrrmのもつメランコリーが結実した様な曲で、私の体が透明になり、物理的な力持つ音の塊が身体の水分を揺らしている様な感覚に陥り、ちょっと感動で涙ぐんだ。
アンコールが起こるくらいかっこよく、そして短かった。でもSwarrrm見れて良かった。圧倒的だった。もちろんこの日一番。
Stubborn Father
大阪のバンド。「頑固親父」というバンド名が気になっていたバンド。(ユーモアのあるハードコアバンドかなと思ってた。)
まずライブハウスの証明は全部切って自前の青白く光量の多い証明を使っていた。これをステージの真ん中あたり(だと思う)におく。するとバンドメンバーは陰影濃く浮かび上がり、ライトの前にいるボーカルのみ逆光で影法師のようになる。うーん。これは面白い。たしかweeprayもにた様なことやってなかったかな。ボーカルの人は長身で良く動くから見ていてすごい面白かった。
音の方はこちらも激情ハードコアを基調にした激烈なもので、ただし前のisolateと違ってこちらは澱みを速度に昇華せず、そのまま荒れるに任せたスラッジーなイメージ。ギターのアルペジオというか、妙に壊れた感じのつま弾かれるそのコード感が曲の速度にばっちりあってどうかしている感じの美しさがある。相当人気のあるバンドらしく、フロアもとても盛り上がっていた。1曲も結構長いんではないかな。ボーカルの声質は同じ大阪のBirushanahのIsoさんにちょっと似ていてとても良かった。音源、かえば良かったな〜。
念願のSwarrrmはやっぱりすごかった。どのバンドも激烈だったがSwarrrmは一体どこを見ているんだろうな。ちょっとやはり別格的な感じがしました。20年の重みなのかも。20周年おめでとうございます。
GWということもあってSwarrrmもそうだけど、大阪だったり姫路だったり全国色んなところからバンドが集ってきてすごいイベントでした。主催の水谷さん、お疲れさまでした。とても楽しかった。
新大久保は不思議な町でオシャレな若い娘さんが沢山いる。ほっぺたに何かの文字列をはっ付けている子がチラホラいて、あれは推してる韓国のグループのなんかなんですかね?もうちょっと人が少なければ良い町だと思う。(廃墟になれという意味ではない。)
珍しく一番手に間に合う。アースダムは久しぶりに来たんですけど相変わらず独特のスメルがしますね。きっとアレがアンダーグラウンド臭ってやつなんだね。「Welcome to underground」と耳元でささやくアレでしょうか。タバコOKのライブハウスなんで最終的には転換時は喫煙室の様相を呈していてヤバかったです。
Self Deconstruction
「自らの脱構築」という名前の3人組のグラインドバンド。ボーカルが女性が特徴的でしかも魅力的。私はこういう時も生まれながらに身に付いたモテなさを発揮し、「よしボーカルの女性は見ないようにするんだ、音に集中するぞ、俺は音でバンドを判断する男なんだ」と自分に言い聞かせて、音に集中することでなんとかコトを収めた。とにかくギターが面白いバンドで、リフが完全にデスメタル的。もう一人のボーカルかってくらい饒舌に歌いまくる。変幻自在のその様は極めて流動的であとからあとから複雑かつカッコいいフレーズがボコボコわき出してくる。なんならちょっとオーストラリアの巨大な暗黒Portalみたいなぎゅわぎょわしたリフもあって良かった。曲の切れ目が全然分からない。つまりグラインドコアってことなんだ。最高だ。終演後もボーカルの女性を見かけたが天性のセンスであまり見ないようにした。見なければどうということはない。
Super Structure
Coffinsのベースの人がやっている別バンド。こちらは完全にハードコアなバンドでフロアも直情的にこの日一番盛り上がっていたのではなかろうか。ほんとチャッカマン的なあれであっという間に燃え上がったからね。ドラムの人がもうすごく煽ってくるもんね。怖いぜ。演奏陣もすごいテンションでやるもんだからこっちも盛り上がるんだな…と思った。とにかく高揚感を煽って来て前に行かないと〜と思わせるすごさ。といっても分かりやすいモッシュパートがある流行のものってより、もっとざらついて荒々しいハードコアだと思う。これはと思ってデモを買おうと思ったら売り切れていた。残念。
Sekien
この間もKhmerの来日公演でみた姫路の赤い煙。2回目見て思ったけどやっぱり不良っぽい。ヤンキーというのではなく不良。悪そう怖そうというのが音と見た目からそのまま出ている感じ。だから基本的に無骨で無愛想(メンバーの人個人がってわけでない。特にギターの方は色んな人と話しているのを御見かけして優しそうでした)。曲もはっきり言ってとにかくわかりやすくキャッチーって訳ではないんだけど、その見かけと中身でもって人を惹き付ける魅力がある。背中で魅せるタイプと言うか。今回は音源を聴いていたので曲もすっと入ってくる。個人的にはアルバムの中で異彩を放っているインストの「開花」をやってくれて胸が熱くなったよね。無骨なsekienの表面剥いだ裏側のその激情が一番ストレートに表現されていると思う。勿論その他の曲でも豪腕でフロアを盛り上げていくその様にはかっけえなあとため息が出てしまう。
思ったんだがこのバンドまでMCらしいMCはなくてハードコアすぎるな。
Twolow
主催の3LAの水谷さんがギターボーカルの”オルタナティブ”メタルバンド。見るのは初めてだったので超楽しみだった。HELMETを聴いたばかりだからか思ったのは、なんというかアメリカっぽい。Sekienとは違った無骨さ。こちらは前身これしなやかな筋肉とリズムの塊、という感じでひたすらリズミカルに迫ってくる。反復的でぶっといリフがひたすらカッコいい。上背のあるフロントマンも良く映える。音源に比べると圧倒的にドラムの迫力が増していて、手数が多い訳ではないけど一撃一撃が非常に重たく迫力がある。このドラムあってのリズミカルなリフなのかもしれない。いわゆるHELMETなんかに比べるとボーカルパートが少ないし(リフで魅せるパートが多い)、キャッチーな歌メロもない訳だからやはり中々挑戦的なバンドだと思う。沁みてくる何かがある。とても良かった。Swarrrmへの祝辞を水谷さんが述べる。
isolate
続いて東京ブラッケンドハードコアisolate。厳ついボーカルの人がSwarrmへの祝辞を非常に丁寧な物腰でしゃべるな〜と思っていたら、一気にぶち切れたボーカルからの曲になだれ込み私驚愕。ヤバい感がヤバい。だいたい普段平静な人が切れだす方がヤバいと相場が決まっている。フロアから身を乗り出してわめきまくる。まるで手話のように声だけでなくこちらに語りかけてくる。こうなると俄然一体このバンドが何を伝えたいのか興味が出て来てしまう。曲は激情ハードコアをさらに押し進めたものなのだが、トレモロリフも美麗なポスト感というよりはイーヴィルなブラックメタルのそれである。どの曲も速く、そして展開が複雑。なんというか個人的には絶望的な負の感情を感じ取り鳥肌。フロアも盛り上がる。
終演後物販でCDを買おうと思ったらアルバムは既に売り切れ。EPを購入。
Swarrrm
やはり今日の主役ということでフロアの密度が一番濃かった。
この日出演したバンドでは唯一始める時にSEを使った。盛り上がる。個人的にはこの時のステージとフロアの緊張感がマックスすぎて本当ワクワクして楽しかった。
曲が始まってしまえばカオス&グラインドの奔流だった。とくにボーカルの司さん(フロアでお見かけしたんだがおっかなすぎた…)は神がかっており、あの「ヴォオオオオオオオイヤアアアアア」という低音から高音に一気にオクターブあげていくシャウトはCDそのままどころか威力マシマシで殺気に満ち満ちていた。膝が崩れるかと思った。
おっそろしいボーカルをグイグイ押す、ギターの美しいこと。ポスト感とは明らかに一線を画す。ただグラインドしながらも最高速ではなく、べつのもっと陰鬱な美しさを志向するこのバンドの一角をになうのがこの饒舌なギターだと思う。この日もその魅力を堪能できた。個人的に大好きな「幸あれ」この曲は速度はどちらかというと速くないのだが、Swarrrmのもつメランコリーが結実した様な曲で、私の体が透明になり、物理的な力持つ音の塊が身体の水分を揺らしている様な感覚に陥り、ちょっと感動で涙ぐんだ。
アンコールが起こるくらいかっこよく、そして短かった。でもSwarrrm見れて良かった。圧倒的だった。もちろんこの日一番。
Stubborn Father
大阪のバンド。「頑固親父」というバンド名が気になっていたバンド。(ユーモアのあるハードコアバンドかなと思ってた。)
まずライブハウスの証明は全部切って自前の青白く光量の多い証明を使っていた。これをステージの真ん中あたり(だと思う)におく。するとバンドメンバーは陰影濃く浮かび上がり、ライトの前にいるボーカルのみ逆光で影法師のようになる。うーん。これは面白い。たしかweeprayもにた様なことやってなかったかな。ボーカルの人は長身で良く動くから見ていてすごい面白かった。
音の方はこちらも激情ハードコアを基調にした激烈なもので、ただし前のisolateと違ってこちらは澱みを速度に昇華せず、そのまま荒れるに任せたスラッジーなイメージ。ギターのアルペジオというか、妙に壊れた感じのつま弾かれるそのコード感が曲の速度にばっちりあってどうかしている感じの美しさがある。相当人気のあるバンドらしく、フロアもとても盛り上がっていた。1曲も結構長いんではないかな。ボーカルの声質は同じ大阪のBirushanahのIsoさんにちょっと似ていてとても良かった。音源、かえば良かったな〜。
念願のSwarrrmはやっぱりすごかった。どのバンドも激烈だったがSwarrrmは一体どこを見ているんだろうな。ちょっとやはり別格的な感じがしました。20年の重みなのかも。20周年おめでとうございます。
GWということもあってSwarrrmもそうだけど、大阪だったり姫路だったり全国色んなところからバンドが集ってきてすごいイベントでした。主催の水谷さん、お疲れさまでした。とても楽しかった。
2014年9月23日火曜日
SWARRRM/FLOWER
日本は兵庫県神戸のChaos&Grindバンドの7年ぶりの3rdアルバム。(だと思う。Black Bongはカウントしていないです。)
2014年にDaymare Recordingsからリリースされた。
この記事ではこれだけ伝われば十分なので始めに書くが、とても素晴らしいアルバムなので色んな人に手に取って聴いていただきたいです。
さてSWARRRMです。オフィシャルサイトを見ると一番最初の音源が1998年。激しい音楽は世に沢山あふれているが、そういうのが好きな人なら日本のこのバンドの名前くらいは聞いたことがあると思う。私も初めて知ったのは結構前でそのときはボーカルの方が前任の人で、どちらかというとカオティックハードコアのバンドの文脈で耳にした様な覚えがある。それからボーカルが元HellchildのTsukasaさんに変更、私もそのタイミングで再録アルバム(インタビューを読むと再録なんだが、元々Tsukasaさんありきで作った曲みたい。)「Black Bong」を購入。あまりに何と表現した良いか分からない音楽性に吹っ飛ばされ、それから全部とは言わないのだがちょこちょこ音源を購入している。
待望のニューアルバムということで密かに楽しみにしているのだが、まずはGaradamaとのスプリット音源での超キラーチューン「花」(アホほど聴きまくった。)を意識したアルバムタイトル「Flower」にこれはすごいことになりそうと期待が高まり、いざ聴いてみると予想の遥か上を行く凄まじさであった。
SWARRRMの音楽性ははっきりってなんといったら良いか分からない。それは昔からで、インタビューを見るとしかしはっきりとグラインドコアを指向しているそうだ。ここでいうグラインドコアというのはブラストビートのことだそうで、なるほど確かにそういうことで言えばこのバンドはぶれなくグラインドコアだと言える。しかし曲を聴いたことは分かるだろうが、ピュアなグラインドコアのような単純明快さは確かに随所に顔を出すもののもっと曲は長く、そして圧倒的に表情が豊かだ。その表現力。見ていると表情が次々に変わる様な異様さ。それがカオティックと評される由縁だろうと思う。変幻自在だがその変化力はあまりに違和感がなく、見ていくと動き出すロールシャッハテストの図柄のように不穏で思わせがちで、そして真意を汲み取るのが難しい。
カオティックとは混沌だが、混沌を生み出すのは特に音楽では難しいと思う。完全なインプロゼーションならともかく整合性のあるバンド形式での”曲”となるとそれは混沌そのものではなく混沌の表現になってしまうからであって、それは矛盾だし、カオスではない。じゃあ混沌はどこにあるのかというとこれは完全に私の考えだが、曲が産まれる前がカオスであって、それをなんとか楽器で表現しようとするのが混沌の表現なのだと思う。よくわからんと思うのだが、私もよくわからない。でも喜怒哀楽のどれかを指向する音楽ではない、もっと長いスパンで考えるとそれはある意味日記の様なもの、人生の一部を切り取ったものであって、これはカオスだと思います。長い期間、たとえば一日でも良いんだがずっと楽しい人生というのはないと思う。そしてこれを表現しようとするがカオティックな音楽。だからカオティックな音楽というのは非常に表情が豊かで人を混乱させる。(どうしてもわかりにくいので)
SWARRRMは持ち前のカオスにさらに大胆にメロディとキャッチーさを追加した。しかしこのアルバムを聴いて日和ったなと思う人は皆無でなかろうか。むしろ混沌さは増し、聞き手は混乱するだろう。そしてその混乱の中で私はちょっとSWARRRMの言いたいことが分かる様な気がした。つまり共感できたのだ、混沌に。それがひとえにメロディアスさの導入によるものなのかは分からないが。
技術的には凄まじくテクニカルなバンドだが、今作もすごい。私もインタビューを読んでから改めて意識したが、ブラストビートは凄まじい。ベースは兎に角運指が激しく動きまくり、主張が激しい。ギターはブラックメタルを思わせる嵐の様な陰鬱なトレモロリフに加え今作では透明感すらある、クリーンでコード感のあるフレーズを多用していてそれがもう。もうヤバい。これが突き刺さるのだ。鋭く尖った、それでいて繊細な音が。そのメロディが。
Tsukasaさんのボーカルは前からすごいと思っていたが、むしろ静かな曲調が大胆に導入された今作では凄まじい。凄みがあると同時に暗い。劇的であると同時に自然で、手負いの獣の咆哮のようだ。日本語すごいです。
1曲目「幻」でうおおと思い、あっという間に流れ込んだ2曲目「幸あれ」を聴いてこれはとんでもないアルバムだと確信した。この途方もない空虚さをある種キャッチーなメロディにのせて打ち出す新機軸はどうだ。この表現力は音楽がまるで実体を伴ったような力がある。ほぼ実際にある様な姿形がある。
こことここで貴重なメンバーへのインタビューが読めるので是非。
(勝手に紹介してしまいましたが問題ございましたら、お手数ですがご一報ください。)
さてこんな記事を読んでいる場合ではない。(最後まで読んでいただきありがとうございます。)あなたはすぐにCD屋にいってお金を出し、アルバムをかってこないといけない。私はこんな音楽を生み出し世に出してくれたバンドのメンバーに本当お礼が言いたい。素晴らしい。これが音楽です!!!!と快哉を叫びたい超絶オススメの傑作。
2014年にDaymare Recordingsからリリースされた。
この記事ではこれだけ伝われば十分なので始めに書くが、とても素晴らしいアルバムなので色んな人に手に取って聴いていただきたいです。
さてSWARRRMです。オフィシャルサイトを見ると一番最初の音源が1998年。激しい音楽は世に沢山あふれているが、そういうのが好きな人なら日本のこのバンドの名前くらいは聞いたことがあると思う。私も初めて知ったのは結構前でそのときはボーカルの方が前任の人で、どちらかというとカオティックハードコアのバンドの文脈で耳にした様な覚えがある。それからボーカルが元HellchildのTsukasaさんに変更、私もそのタイミングで再録アルバム(インタビューを読むと再録なんだが、元々Tsukasaさんありきで作った曲みたい。)「Black Bong」を購入。あまりに何と表現した良いか分からない音楽性に吹っ飛ばされ、それから全部とは言わないのだがちょこちょこ音源を購入している。
待望のニューアルバムということで密かに楽しみにしているのだが、まずはGaradamaとのスプリット音源での超キラーチューン「花」(アホほど聴きまくった。)を意識したアルバムタイトル「Flower」にこれはすごいことになりそうと期待が高まり、いざ聴いてみると予想の遥か上を行く凄まじさであった。
SWARRRMの音楽性ははっきりってなんといったら良いか分からない。それは昔からで、インタビューを見るとしかしはっきりとグラインドコアを指向しているそうだ。ここでいうグラインドコアというのはブラストビートのことだそうで、なるほど確かにそういうことで言えばこのバンドはぶれなくグラインドコアだと言える。しかし曲を聴いたことは分かるだろうが、ピュアなグラインドコアのような単純明快さは確かに随所に顔を出すもののもっと曲は長く、そして圧倒的に表情が豊かだ。その表現力。見ていると表情が次々に変わる様な異様さ。それがカオティックと評される由縁だろうと思う。変幻自在だがその変化力はあまりに違和感がなく、見ていくと動き出すロールシャッハテストの図柄のように不穏で思わせがちで、そして真意を汲み取るのが難しい。
カオティックとは混沌だが、混沌を生み出すのは特に音楽では難しいと思う。完全なインプロゼーションならともかく整合性のあるバンド形式での”曲”となるとそれは混沌そのものではなく混沌の表現になってしまうからであって、それは矛盾だし、カオスではない。じゃあ混沌はどこにあるのかというとこれは完全に私の考えだが、曲が産まれる前がカオスであって、それをなんとか楽器で表現しようとするのが混沌の表現なのだと思う。よくわからんと思うのだが、私もよくわからない。でも喜怒哀楽のどれかを指向する音楽ではない、もっと長いスパンで考えるとそれはある意味日記の様なもの、人生の一部を切り取ったものであって、これはカオスだと思います。長い期間、たとえば一日でも良いんだがずっと楽しい人生というのはないと思う。そしてこれを表現しようとするがカオティックな音楽。だからカオティックな音楽というのは非常に表情が豊かで人を混乱させる。(どうしてもわかりにくいので)
SWARRRMは持ち前のカオスにさらに大胆にメロディとキャッチーさを追加した。しかしこのアルバムを聴いて日和ったなと思う人は皆無でなかろうか。むしろ混沌さは増し、聞き手は混乱するだろう。そしてその混乱の中で私はちょっとSWARRRMの言いたいことが分かる様な気がした。つまり共感できたのだ、混沌に。それがひとえにメロディアスさの導入によるものなのかは分からないが。
技術的には凄まじくテクニカルなバンドだが、今作もすごい。私もインタビューを読んでから改めて意識したが、ブラストビートは凄まじい。ベースは兎に角運指が激しく動きまくり、主張が激しい。ギターはブラックメタルを思わせる嵐の様な陰鬱なトレモロリフに加え今作では透明感すらある、クリーンでコード感のあるフレーズを多用していてそれがもう。もうヤバい。これが突き刺さるのだ。鋭く尖った、それでいて繊細な音が。そのメロディが。
Tsukasaさんのボーカルは前からすごいと思っていたが、むしろ静かな曲調が大胆に導入された今作では凄まじい。凄みがあると同時に暗い。劇的であると同時に自然で、手負いの獣の咆哮のようだ。日本語すごいです。
1曲目「幻」でうおおと思い、あっという間に流れ込んだ2曲目「幸あれ」を聴いてこれはとんでもないアルバムだと確信した。この途方もない空虚さをある種キャッチーなメロディにのせて打ち出す新機軸はどうだ。この表現力は音楽がまるで実体を伴ったような力がある。ほぼ実際にある様な姿形がある。
こことここで貴重なメンバーへのインタビューが読めるので是非。
(勝手に紹介してしまいましたが問題ございましたら、お手数ですがご一報ください。)
さてこんな記事を読んでいる場合ではない。(最後まで読んでいただきありがとうございます。)あなたはすぐにCD屋にいってお金を出し、アルバムをかってこないといけない。私はこんな音楽を生み出し世に出してくれたバンドのメンバーに本当お礼が言いたい。素晴らしい。これが音楽です!!!!と快哉を叫びたい超絶オススメの傑作。
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