カナダはノバスコシア州(調べてみるとだいぶ端っこの方で、ほぼ島に見える半島)のハリファックスのスクリーモバンドの1stアルバム。
2017年に自主リリースされた。
女性ボーカルの五人組のバンド。バンド名は「脆い手」という意味だろうか。なんだか意味深だ。(Dead Kennedysのアルバムのジャケットが思い返される。)
全10曲でランニングタイムは15分。
激しく速い音楽だが、ファストコアでもグラインドコアでもパワーバイオレンスでも無いのだ。エモなのだ。割としょっぱなからクライマックス感出してくるのでエクストリームな感想を即座に持ってしまいがちだ。それは彼らの作戦で、別にそれにハマるのも気持ちが良いから問題ないのだが、何回か繰り返して聞くと彼らがスクリー(エ)モバンドだということがわかる。女性ボーカルはほとんど叫んでいるが、叫んでいないパートも、ちょっとはある。そして曲が練られている。リフレインがこれでもかというくらい削られているので、圧倒的な瞬間風速的なイメージがあるが、例えば劇速でブラストをぶちかまして拍の頭で叫ぶ、というスタイルとは違う。これを持ってして歌っているというのはなかなか断言してしまって良いかわからないのだが、バックトラック、つまり演奏を聴けばちゃんと曲になっていることがわかる。だいぶ複雑だ。(前述の通り繰り返しがあまりないので掴みにくいというのもある。)大抵非常に短いが、この手のジャンルとは切っても切れないアンビエントなアルペジオ、滑るように展開していくメロディアスなトレモロリフ。静寂と轟音を同居させたダイナミズムがバンドアンサンブルの限界(つまり余計な音は使わない)に挑戦するかのように短い曲の中に詰め込まれている。だから単に「ブチギレフィーメール・ハードコア」といってしまうのは乱暴。
不安定に揺れる心をそのまま曲にしたというのはいかにも混沌としている。ただ不安定に直線を軸に軌道を描くのではなく、行き当たりばったり猪突猛進を繰り返していくような趣があって、それが不安定なのだ。それこそが不安定といっても良い。軌道が読みにくいのが、混沌としているし、聴いているものを混乱させる。Oathbreakerに似ているところがあるが、あそこまで混沌の元となる感情にしても非常に整然とわかりやすく並べるあちらと比べると、こちらの方が整合性がない。個人的に面白いのは整合性がない感じを大抵のバンドはヘヴィネスで表現しようとするが、このバンドの場合は割ときちんとエモで表現しているところ。結果的にわかりやすさは失われているわけだけど、そんなこと知ったことかという態度が非常に格好良いのだ。こういう比喩的な表現は良い。この時比喩というのは直接それとは言わないで、何かを表現することで、本でも音楽でもそれが醍醐味じゃないかと思っている節がある、自分には。
尋常じゃない感じは日本の激情に通じるところがあるけど、こちらはハイテンションの裏側はきちんとエモ(バイオレンス)の伝統踏んでいるのが差異だろうか。聴いてて保守的と全く感じさせないのはすごいところ。
2018年10月8日月曜日
2018年6月17日日曜日
City of Caterpillar/Complete Discography
アメリカ合衆国ヴァージニア州リッチモンドのポストハードコアバンドのディスコグラフィー。2018年に日本のLong Legs Long Arms Recordsからリリースされた。
City of Caterpillarは2000年に結成された4人組で、2002年に1stにして唯一のアルバム「City of Caterpillar」をLevel Plane Recordsからリリース。いくつかの音源を発売し、来日もしたが、2003年には早々に解散してしまう。その後メンバーはPg.99やDarkest Hour(!)などのバンドで活動。メンバーの居住地はバラバラになったが2017年に再結成し、いくつかのライブをこなした。2018年にはいよいよ日本に再来日を果たした。(私もライブを見に行った。)ただこの再結成は期間限定のものらしく、以降の活動は不明である。ひょっとしたら本当にもう活動はないのかもしれない。この音源はそんな再結成に合わせてリリースされたもので、音源をまとめたディスコグラフィーとデモ、ライブ音源を集めた音源の2枚組。影響を受けた日本のバンドメンバーによるCoCに関するインタビューや音源の紹介などが収録されたzineが同梱されている。
来日ライブで結構な衝撃を受けていて、言葉にしにくい激情ハードコアの全容といったらなんだが、その一端尻尾の先くらいは見えたのではと思った。(言葉で音楽のジャンルを完全に説明することはそもそもできないと思うが。)それは緊張感であった。ともすると凡百のポストハードコアバンドを聞いている時ならスキップしてしまうような長尺の曲の中の、すべてのパートに意味があるのがCoCなのだなと思った。単にそれ(思考停止したアート)っぽいアトモスフィアを演出するわけでも、その後の轟音展開への形式化した布石でもない。極限まで削ぎ落としたようなリフをシンプルに反復していくことが必要なのである。いわばトランスを導き出す前段階の儀式めいた。あくまでもバンドアンサンブルで、そして高尚になり過ぎないように統制したのがこのバンドなのではと思った。
音源を聞いてみると改めてライブの思い出が蘇ってくるとともに、あの時は気がつかなかった点にも目がいくようになった。まずは音が結構違う。ライブの時はまな板(みたいな板に2、3個張り付いている)エフェクターも驚いたがとにかくに音が生々しかった。音源だともう少しとっつきやすいハードコアサウンドになっている。逆に言うとライブはもっと音が狭く、鋭く、タイトである。
それから決して長い尺にこだわっているバンドではないこと。特にDisc2の名前すらないでも音源の曲を聴くと、いわゆるポスト的な展開は結構もうオミットされており、生々しくも荒々しいエモバイオレンスが展開されている。これがまた格好いい。そのストレートさはやはり瞬発的な攻撃力があり、やはりわかりやすさと言うのは(少なくとも私にとっては)大切な要素なんだと言うことがわかる。激情は思考する(もしくは懊悩する)ハードコアなのかな、と思っていたが、当たり前にストレートでシンプルなハードコアにだって悩みや葛藤はある。(Black Flagを聴くまでもない)形式的に言えばいわば挑戦するハードコアだろうか。デモがいつ頃(具体的に唯一のアルバムの後なのか前なのか、リリース自体はオリジナルアルバムと同じ2002年である)録音されたのかはわからないけど、彼らはこのストレートな音でも十二分の勝負ができたはずなのだ。でも正式な音源では異なるやり方でハードコアにアプローチした。彼らが劇場のオリジネイターではないだろうが、よりニッチな方向性を模索したのだった。(結果活動期間が3年しかないのに伝説になった。もちろんその短命さも物語としてそれを助長しただろうけど。)
形式化する事への反抗であり、それが世に受けて結果形式化してしまうと言うことは一つの悲劇であるかもしれない。(ただ後続のものがまず形から模倣するのは私は全然構わないと思う。と言うかそれしかできなくない?って思っちゃう。)今はジャンルが結構盛り上がっていて、ブラッケンドだ!テクニカルなアンビエントパートだ!ってなってそれらはやはり一つ一つが元は挑戦だったはずだから全然構わないのだが、ちょっとここで振り返ってみようか、と言う意味で再結成や今回のディスコグラフィーの発売は(特に私のような遅れてきたリスナーにとっては)非常に良かった。音楽を言葉で説明しようとするのはやる前から、そしてなされた後も失敗であることが確定である。だって音源やライブを聴いた方が早いんだもの。ライブを見たから特にそう思っているところはあるけど、まるで顔面に叩きつけられたかのようで、このリリースと来日は非常に面白い経験だった。
これ1枚で激情は十分!とは全く思わないけど、この手のジャンルが好きな人で聞いたことない人は是非どうぞ。
City of Caterpillarは2000年に結成された4人組で、2002年に1stにして唯一のアルバム「City of Caterpillar」をLevel Plane Recordsからリリース。いくつかの音源を発売し、来日もしたが、2003年には早々に解散してしまう。その後メンバーはPg.99やDarkest Hour(!)などのバンドで活動。メンバーの居住地はバラバラになったが2017年に再結成し、いくつかのライブをこなした。2018年にはいよいよ日本に再来日を果たした。(私もライブを見に行った。)ただこの再結成は期間限定のものらしく、以降の活動は不明である。ひょっとしたら本当にもう活動はないのかもしれない。この音源はそんな再結成に合わせてリリースされたもので、音源をまとめたディスコグラフィーとデモ、ライブ音源を集めた音源の2枚組。影響を受けた日本のバンドメンバーによるCoCに関するインタビューや音源の紹介などが収録されたzineが同梱されている。
来日ライブで結構な衝撃を受けていて、言葉にしにくい激情ハードコアの全容といったらなんだが、その一端尻尾の先くらいは見えたのではと思った。(言葉で音楽のジャンルを完全に説明することはそもそもできないと思うが。)それは緊張感であった。ともすると凡百のポストハードコアバンドを聞いている時ならスキップしてしまうような長尺の曲の中の、すべてのパートに意味があるのがCoCなのだなと思った。単にそれ(思考停止したアート)っぽいアトモスフィアを演出するわけでも、その後の轟音展開への形式化した布石でもない。極限まで削ぎ落としたようなリフをシンプルに反復していくことが必要なのである。いわばトランスを導き出す前段階の儀式めいた。あくまでもバンドアンサンブルで、そして高尚になり過ぎないように統制したのがこのバンドなのではと思った。
音源を聞いてみると改めてライブの思い出が蘇ってくるとともに、あの時は気がつかなかった点にも目がいくようになった。まずは音が結構違う。ライブの時はまな板(みたいな板に2、3個張り付いている)エフェクターも驚いたがとにかくに音が生々しかった。音源だともう少しとっつきやすいハードコアサウンドになっている。逆に言うとライブはもっと音が狭く、鋭く、タイトである。
それから決して長い尺にこだわっているバンドではないこと。特にDisc2の名前すらないでも音源の曲を聴くと、いわゆるポスト的な展開は結構もうオミットされており、生々しくも荒々しいエモバイオレンスが展開されている。これがまた格好いい。そのストレートさはやはり瞬発的な攻撃力があり、やはりわかりやすさと言うのは(少なくとも私にとっては)大切な要素なんだと言うことがわかる。激情は思考する(もしくは懊悩する)ハードコアなのかな、と思っていたが、当たり前にストレートでシンプルなハードコアにだって悩みや葛藤はある。(Black Flagを聴くまでもない)形式的に言えばいわば挑戦するハードコアだろうか。デモがいつ頃(具体的に唯一のアルバムの後なのか前なのか、リリース自体はオリジナルアルバムと同じ2002年である)録音されたのかはわからないけど、彼らはこのストレートな音でも十二分の勝負ができたはずなのだ。でも正式な音源では異なるやり方でハードコアにアプローチした。彼らが劇場のオリジネイターではないだろうが、よりニッチな方向性を模索したのだった。(結果活動期間が3年しかないのに伝説になった。もちろんその短命さも物語としてそれを助長しただろうけど。)
形式化する事への反抗であり、それが世に受けて結果形式化してしまうと言うことは一つの悲劇であるかもしれない。(ただ後続のものがまず形から模倣するのは私は全然構わないと思う。と言うかそれしかできなくない?って思っちゃう。)今はジャンルが結構盛り上がっていて、ブラッケンドだ!テクニカルなアンビエントパートだ!ってなってそれらはやはり一つ一つが元は挑戦だったはずだから全然構わないのだが、ちょっとここで振り返ってみようか、と言う意味で再結成や今回のディスコグラフィーの発売は(特に私のような遅れてきたリスナーにとっては)非常に良かった。音楽を言葉で説明しようとするのはやる前から、そしてなされた後も失敗であることが確定である。だって音源やライブを聴いた方が早いんだもの。ライブを見たから特にそう思っているところはあるけど、まるで顔面に叩きつけられたかのようで、このリリースと来日は非常に面白い経験だった。
これ1枚で激情は十分!とは全く思わないけど、この手のジャンルが好きな人で聞いたことない人は是非どうぞ。
2018年5月15日火曜日
weepray/楽園
日本の東京を活動拠点とするハードコアバンドの1stアルバム。
2018年にTill Your Death Recordsからリリースされた。
weeprayは2009年に結成されたバンドでメンバーチェンジを経て今は4人体制。過去にデモを2つリリースしているが私は聞いたことがなく、音源より先にライブを何回か見たことがある。全員黒装束に身を包み、持ち込みのライトを使う凝ったステージングだった。
「激情」というジャンルは結構日本独自のものでないかと思ってきた。純粋にハードコアの一つの発展系としてのエモ、エモバイオレンスが日本に持ち込まれ、そして時代を経ることでこの狭い島国で独特の形に進化しているのではと思う。私はisolateという日本のバンドが好きで、これもハードコアが悩みすぎた上によろしくない方向に発展してたいへんどうかしている。isolateは音楽的にはブラックメタルに多く影響を受けているが、一方でweeprayはそれとはまたちょっと違う。
ポエトリー・リーディング、激しいかと思えば一転して爪弾かれるアルペジオが目を引くアンビエントな展開に落ち込んでいく曲のなかの起伏など、「激情」の伝統を抑えつつ、独自の世界観を構築している。メンバーがハードコア、デスメタルなど様々なバンドで活動していることも関係があるのだろう。たとえば表題作「楽園」はノイズ・アーティストLeecherとのコラボ作で、こちらではフィールドレコーディングされた雑踏の上にハーシュノイズと、ノイズに溶けたボーカルがフィーチャーされており、バンドサウンドは一切使われていない。
その他の曲で使われているメロディアスなトレモロフレーズなどはブラックメタルへの接近を思わせる。ここ数年であっという間に使い古された感もあるブラッケンドを彷彿とさせるが、メロディやともすれば直接的な華麗さに中指を立てるようにざっくりとして無愛想なメタル/ハードコアの要素が強い。面白いのは初めからバッキバキの強面からスタートしていないのだ。前述の激情の要素もブラッケンドの要素もある。ただこのバンドはそれらの(様式美化された)わかりやすさとナイーブさをごついメタル/ハードコアの要素で叩き潰すかのようである。いわば曲の中に相反する要素があって、なるほど一直線でわかりやすい音楽ではないが、その相克がまた非常にややこしくて良いのである。isolateだとボーカルVS演奏陣という趣だったが、weeprayはメンバー全部で曲の中で相反する要素を作り出してぶつけ合っているようなイメージ。振れ幅の大きさがこの手のジャンルの売りだが、不安になるアルペジオとミュートで無理やり止めるみたいなハードコア暴力的ぶんまわしリフが同居しているのはちょっとなかなかないのだろうか。ぶつかりあう感情の渦巻きはしかし外に解放されずにひたすら内向的であり、総じて不安である。どこにも同着しない不穏さ、暗さ、陰鬱さ、悲痛さがある。自分の中が地獄なら楽園というのは他者のことかと思ったが、そこに期待をかけてる感じがしない音楽性なのだよな…。
歌詞は全編日本語だが漢字が多めで難解。しかし滲んだ青(背景もよく見ると真っ白ではない薄いクリーム色なのが良い)が美しいアートワークを見れば(例えば骸骨が山積みにされて悪魔が居座る真っ黒いジャケットとは違い)これらの歌が日常のことを歌っているということがわかる。楽園なんて方便や嘘なのだろうか。
捻じ曲げたような異様な姿に思わず顔をしかめてしまうかもしれないが、こうならざるをえない自意識というのも少しはわかるような気がする。このややこしさが私は好きですね。ちなみに流通は500枚のみで絶対に追加プレスはないそうなので、気になる人は早めにゲットでどうぞ。こういう音源の常でまだ大丈夫だろって思っているうちに気がつくともはやどこの店頭にもないのである。
2018年にTill Your Death Recordsからリリースされた。
weeprayは2009年に結成されたバンドでメンバーチェンジを経て今は4人体制。過去にデモを2つリリースしているが私は聞いたことがなく、音源より先にライブを何回か見たことがある。全員黒装束に身を包み、持ち込みのライトを使う凝ったステージングだった。
「激情」というジャンルは結構日本独自のものでないかと思ってきた。純粋にハードコアの一つの発展系としてのエモ、エモバイオレンスが日本に持ち込まれ、そして時代を経ることでこの狭い島国で独特の形に進化しているのではと思う。私はisolateという日本のバンドが好きで、これもハードコアが悩みすぎた上によろしくない方向に発展してたいへんどうかしている。isolateは音楽的にはブラックメタルに多く影響を受けているが、一方でweeprayはそれとはまたちょっと違う。
ポエトリー・リーディング、激しいかと思えば一転して爪弾かれるアルペジオが目を引くアンビエントな展開に落ち込んでいく曲のなかの起伏など、「激情」の伝統を抑えつつ、独自の世界観を構築している。メンバーがハードコア、デスメタルなど様々なバンドで活動していることも関係があるのだろう。たとえば表題作「楽園」はノイズ・アーティストLeecherとのコラボ作で、こちらではフィールドレコーディングされた雑踏の上にハーシュノイズと、ノイズに溶けたボーカルがフィーチャーされており、バンドサウンドは一切使われていない。
その他の曲で使われているメロディアスなトレモロフレーズなどはブラックメタルへの接近を思わせる。ここ数年であっという間に使い古された感もあるブラッケンドを彷彿とさせるが、メロディやともすれば直接的な華麗さに中指を立てるようにざっくりとして無愛想なメタル/ハードコアの要素が強い。面白いのは初めからバッキバキの強面からスタートしていないのだ。前述の激情の要素もブラッケンドの要素もある。ただこのバンドはそれらの(様式美化された)わかりやすさとナイーブさをごついメタル/ハードコアの要素で叩き潰すかのようである。いわば曲の中に相反する要素があって、なるほど一直線でわかりやすい音楽ではないが、その相克がまた非常にややこしくて良いのである。isolateだとボーカルVS演奏陣という趣だったが、weeprayはメンバー全部で曲の中で相反する要素を作り出してぶつけ合っているようなイメージ。振れ幅の大きさがこの手のジャンルの売りだが、不安になるアルペジオとミュートで無理やり止めるみたいなハードコア暴力的ぶんまわしリフが同居しているのはちょっとなかなかないのだろうか。ぶつかりあう感情の渦巻きはしかし外に解放されずにひたすら内向的であり、総じて不安である。どこにも同着しない不穏さ、暗さ、陰鬱さ、悲痛さがある。自分の中が地獄なら楽園というのは他者のことかと思ったが、そこに期待をかけてる感じがしない音楽性なのだよな…。
歌詞は全編日本語だが漢字が多めで難解。しかし滲んだ青(背景もよく見ると真っ白ではない薄いクリーム色なのが良い)が美しいアートワークを見れば(例えば骸骨が山積みにされて悪魔が居座る真っ黒いジャケットとは違い)これらの歌が日常のことを歌っているということがわかる。楽園なんて方便や嘘なのだろうか。
捻じ曲げたような異様な姿に思わず顔をしかめてしまうかもしれないが、こうならざるをえない自意識というのも少しはわかるような気がする。このややこしさが私は好きですね。ちなみに流通は500枚のみで絶対に追加プレスはないそうなので、気になる人は早めにゲットでどうぞ。こういう音源の常でまだ大丈夫だろって思っているうちに気がつくともはやどこの店頭にもないのである。
2018年5月5日土曜日
Daïtro/Laisser Vivre Les Squelettes
フランスはリヨンのスクリーモバンドの1stアルバム。オリジナルは2005年にリリースされた。ちなみに日本盤もリリースされたようだ。私が買ったのは2017年の再発盤(LP)で、こちらはEcho Canyonからリリースされた。なんかも再発されているようでまさに名盤の証といった風情である。タイトルの和訳をGoogle先生に聞くと「ライブスケルトンを放つ」という難解な答えを返してきた。かつての日本盤のタイトルは「白骨の命を乞う」だ。何となく分かるような。
Daïtroは2000年に結成されメンバーチェンジを経てかなりの数の音源をリリース。Heaven in Her Amrsの招聘で来日したこともある。残念ながら2012年に解散。私は後追いで(Article of Paradeというコンピに1曲入ってるのを持ってた)とにかくフレンチ激情といったらこのバンドで、国内のみならず国外への影響も大きいと聞いてあわててオーダーしたのだ。(初回のオーダーは早めに売り切れたので2回め。)
激情系という言葉は日本独自のカテゴライズで、海外で言えばエモかスクリーモ、エモバイオレンスというらしい。そうはいってもなんとなく激情というぼんやりとしてジャンルが自分の頭にはあって、envyを筆頭に日本のバンドがいくつか浮かんでくる。この間ライブを見たCity of Caterpillarもそうだけど、その日本の激情の頭で聞くと音楽的にはだいぶ隔たりがあって驚く。Daïtroに関してもやはり似た印象があって、静と動が同居したドラスティックな曲展開。叫びとつぶやきのコントラスト。ボーカルレスのパートにかける尺の長さなどはたしかに「激情」に通じるところがあるけど、それだけでは説明できない何かがある。City of Caterpillarほど削ぎ落とされて、それでいて筋肉質というわけではないが、Daïtroもやはりシンプルだ。
そんな中で目立つのが荒々しいけれども元の音の素材の良さが活かされたジャカジャカしたギターだろう。これが高音を奏でる1曲めのイントロでまずぐっと引き込まれるし、その後も確かに後続に影響を与えたであろう、爪弾かれるギターの余韻に潜む叙情や、なによりブラックメタルのトレモロを彷彿とさせる(音も密度もトレモロとは言えないと思う)溢れ出る感情をメロディに溶かしたようなリフ。その後発展していく激情の萌芽というか種子のようなものはあちこちに散らばっている。決して今の日本の激情を否定するわけではないのだけど、でもやっぱりそれだけでない気がしてしまう。一つには飾らなさ、があるのではないか。ちょっと語弊があるがスケールの小ささ(というより肥大化させないということ)といってもいい。手の届く範囲の出来事をそのまま歌にしているような感じがある。とくにポスト・ハードコアというのはときに宇宙に到達するような浮遊感を芸術性に昇華していく、壮大な運動力学があると思う。過剰なドラマ性というか。それはDaïtroでは一切ないよなと。ギターの音もそうだけどむしろ地に足がついている。この泥臭い感じ。
wikiにはDaïtroはDIYバンドだと書いてある。いうまでもなくDo It Yourself。ハードコアとくに激情というシーンだとこの言葉はよく聴く。(日本にはkillieがだいぶ厳格なやり方でその路線を走っていると思う。)このDIYというのは、バンドの音楽性を紐解く一つの鍵になっているような気もする。
音楽は進化していくものだし、技術の発展とともに音もアップデートされていくものだ。どんなマイナーなジャンルでも流行り廃りがある。私は昔の激情がリアルで今のがフェイクだとは全く思わないけど、City of Caterpillarのライブやこういった音源を体験するとちょっと今昔で差があるのが面白いなと感じたのだ。きっと今でもこういういわばオールドスクールな激情音を鳴らしているバンドもいるだろうから、現行のそれらも聞いてみないとなと、思った。
Daïtroは2000年に結成されメンバーチェンジを経てかなりの数の音源をリリース。Heaven in Her Amrsの招聘で来日したこともある。残念ながら2012年に解散。私は後追いで(Article of Paradeというコンピに1曲入ってるのを持ってた)とにかくフレンチ激情といったらこのバンドで、国内のみならず国外への影響も大きいと聞いてあわててオーダーしたのだ。(初回のオーダーは早めに売り切れたので2回め。)
激情系という言葉は日本独自のカテゴライズで、海外で言えばエモかスクリーモ、エモバイオレンスというらしい。そうはいってもなんとなく激情というぼんやりとしてジャンルが自分の頭にはあって、envyを筆頭に日本のバンドがいくつか浮かんでくる。この間ライブを見たCity of Caterpillarもそうだけど、その日本の激情の頭で聞くと音楽的にはだいぶ隔たりがあって驚く。Daïtroに関してもやはり似た印象があって、静と動が同居したドラスティックな曲展開。叫びとつぶやきのコントラスト。ボーカルレスのパートにかける尺の長さなどはたしかに「激情」に通じるところがあるけど、それだけでは説明できない何かがある。City of Caterpillarほど削ぎ落とされて、それでいて筋肉質というわけではないが、Daïtroもやはりシンプルだ。
そんな中で目立つのが荒々しいけれども元の音の素材の良さが活かされたジャカジャカしたギターだろう。これが高音を奏でる1曲めのイントロでまずぐっと引き込まれるし、その後も確かに後続に影響を与えたであろう、爪弾かれるギターの余韻に潜む叙情や、なによりブラックメタルのトレモロを彷彿とさせる(音も密度もトレモロとは言えないと思う)溢れ出る感情をメロディに溶かしたようなリフ。その後発展していく激情の萌芽というか種子のようなものはあちこちに散らばっている。決して今の日本の激情を否定するわけではないのだけど、でもやっぱりそれだけでない気がしてしまう。一つには飾らなさ、があるのではないか。ちょっと語弊があるがスケールの小ささ(というより肥大化させないということ)といってもいい。手の届く範囲の出来事をそのまま歌にしているような感じがある。とくにポスト・ハードコアというのはときに宇宙に到達するような浮遊感を芸術性に昇華していく、壮大な運動力学があると思う。過剰なドラマ性というか。それはDaïtroでは一切ないよなと。ギターの音もそうだけどむしろ地に足がついている。この泥臭い感じ。
wikiにはDaïtroはDIYバンドだと書いてある。いうまでもなくDo It Yourself。ハードコアとくに激情というシーンだとこの言葉はよく聴く。(日本にはkillieがだいぶ厳格なやり方でその路線を走っていると思う。)このDIYというのは、バンドの音楽性を紐解く一つの鍵になっているような気もする。
音楽は進化していくものだし、技術の発展とともに音もアップデートされていくものだ。どんなマイナーなジャンルでも流行り廃りがある。私は昔の激情がリアルで今のがフェイクだとは全く思わないけど、City of Caterpillarのライブやこういった音源を体験するとちょっと今昔で差があるのが面白いなと感じたのだ。きっと今でもこういういわばオールドスクールな激情音を鳴らしているバンドもいるだろうから、現行のそれらも聞いてみないとなと、思った。
2018年3月25日日曜日
Jawbreaker/Unfun
アメリカ合衆国はニューヨーク州ニューヨーク・シティのハードコアパンクバンドの1stアルバム。1990年にShredder Recordsからリリースされた。Liveageの使用機材を推測するという記事で取り上げられており記事が面白かったので買ったみた。Bandcampで売っているリマスターされたてボーナストラックが追加されたバージョン。
Jawbreakerというのはアッパーカットのことかと思ったらどうもデカイ飴のことを指す言葉らしい。あごが外れるくらいデカイやつでJawbreaker。かわいいネーミングだ。
中学生の頃にメロコア(ここではメロディック・ハードコアとは異なるジャンルとして)が流行りだした。私は同時に隆盛を極めたニューメタルの方に没頭して青春パンクらへんに対して嫌悪感すらあったが、Hi-Standardの「Making the Road」はクラスメイトの三浦くんから借りてMDに録音してよく聴いていた。バンドやっている連中はこぞって「Stay Gold」のイントロを弾いてたりした。(そんな中Metallicaの「Battery」にチャレンジしている岩楯くんってやつもいた。三浦と岩楯はその後バンドを組んで文化祭でMetallicaの「Fuel」をカバーするのだがそれはまた別のお話。)Jawbreakerはジャンルとしてはポップ・パンクにカテゴライズされ、いわゆるメロコアの走りとされるバンドのようだ。ただいわゆる日本に根づいたメロコア・サウンドを期待するとちょっと裏切られるだろう。音の細さは発表された年を考えると仕方がないにしても、あまり早くないし、ストレートかつシンプルって感じでもない。何ならちょっとひねくれている。何より曲に哀愁の要素がある。思うんだけど後に多様な影響を与えたとしてもJawbreakerは紛れもないパンクバンドだ。ただ1曲めから「I want you」と歌うように、あらゆる権力に中指を立ててきた伝統的なパンクロックとは違い、取り扱うテーマはもっと個人的だ。つまり出発点はあくまでも音楽的な形式としてのパンクだったが、やり方的にはハードコア方面ではなく、エモ方面に舵をとった形。当然ジャンルとしてのエモなんて(確立されて)ない時代なのでそういった意味での先駆者なのだろう。ここでのエモ、エモーショナル、つまり感情の豊かさはジャンルが固まる前のもっと混沌として自由なもの。メロディが重要な役割を担っていることは共通しているが、そのメロディもくどいものではなくやっぱり出自を感じさせるぶっきらぼうなもの。
何よりボーカルの声質が良い。パンクってなにか?って言われた個人的には声が重要なジャンルだ。Sex PistorlsのJonny Rotten、RamonesのJoey Ramone、どれも個性的な声をしていた。後のハードコアのマッチョなボーカルとは違う、反抗心と同居する悪戯心というのがあった。攻撃的だがどこか憎めない、個人的にはある程度の幼さがある声に惹かれる。そういった意味ではJawbreakerのボーカルBlake Schwarzenbachの声質は抜群だ。幼さがありそしていくらかしゃがれた声をしており、その相反する要素がなんとも言えないノスタルジックさを醸し出している。
ノスタルジックとは郷愁のこと、音楽ではよく哀愁ということばで表現される。私は英語がわからないからJawbreakerの郷愁/哀愁はもっと曲の方にあるのだろう。(そして歌詞をよくよく読めばその感情はきっと増幅されるのあろう。)不思議なもので私は本当に起伏のない人生を歩んできたので、無駄に年をとった割にはキラキラ輝く思い出もないのだが、それでもこういった曲を聞くと何かしら胸が締め付けられるような気分になるから不思議だ。記憶喪失の人にJawbreakerを聞かせたら、果たしてどういう感想を持つのだろうか。
押し付けがましくない、でもなめらかなメロディがなんと言っても心地よい。そこには破壊や死ではなくて、葛藤や逡巡、照れ隠し、かっこつけ、毎日のくだらなさと楽しさが詰まっている。言葉を超えた感情が溶け込んでいて、そしてそれこそがまさに世界共通の言語なのだと思わせる。音楽とはバベルが崩壊した以降の人間の再度の神に対する挑戦だ。Jawbreakerを聞きながらそんなことを思ったってよいでしょう。
Jawbreakerというのはアッパーカットのことかと思ったらどうもデカイ飴のことを指す言葉らしい。あごが外れるくらいデカイやつでJawbreaker。かわいいネーミングだ。
中学生の頃にメロコア(ここではメロディック・ハードコアとは異なるジャンルとして)が流行りだした。私は同時に隆盛を極めたニューメタルの方に没頭して青春パンクらへんに対して嫌悪感すらあったが、Hi-Standardの「Making the Road」はクラスメイトの三浦くんから借りてMDに録音してよく聴いていた。バンドやっている連中はこぞって「Stay Gold」のイントロを弾いてたりした。(そんな中Metallicaの「Battery」にチャレンジしている岩楯くんってやつもいた。三浦と岩楯はその後バンドを組んで文化祭でMetallicaの「Fuel」をカバーするのだがそれはまた別のお話。)Jawbreakerはジャンルとしてはポップ・パンクにカテゴライズされ、いわゆるメロコアの走りとされるバンドのようだ。ただいわゆる日本に根づいたメロコア・サウンドを期待するとちょっと裏切られるだろう。音の細さは発表された年を考えると仕方がないにしても、あまり早くないし、ストレートかつシンプルって感じでもない。何ならちょっとひねくれている。何より曲に哀愁の要素がある。思うんだけど後に多様な影響を与えたとしてもJawbreakerは紛れもないパンクバンドだ。ただ1曲めから「I want you」と歌うように、あらゆる権力に中指を立ててきた伝統的なパンクロックとは違い、取り扱うテーマはもっと個人的だ。つまり出発点はあくまでも音楽的な形式としてのパンクだったが、やり方的にはハードコア方面ではなく、エモ方面に舵をとった形。当然ジャンルとしてのエモなんて(確立されて)ない時代なのでそういった意味での先駆者なのだろう。ここでのエモ、エモーショナル、つまり感情の豊かさはジャンルが固まる前のもっと混沌として自由なもの。メロディが重要な役割を担っていることは共通しているが、そのメロディもくどいものではなくやっぱり出自を感じさせるぶっきらぼうなもの。
何よりボーカルの声質が良い。パンクってなにか?って言われた個人的には声が重要なジャンルだ。Sex PistorlsのJonny Rotten、RamonesのJoey Ramone、どれも個性的な声をしていた。後のハードコアのマッチョなボーカルとは違う、反抗心と同居する悪戯心というのがあった。攻撃的だがどこか憎めない、個人的にはある程度の幼さがある声に惹かれる。そういった意味ではJawbreakerのボーカルBlake Schwarzenbachの声質は抜群だ。幼さがありそしていくらかしゃがれた声をしており、その相反する要素がなんとも言えないノスタルジックさを醸し出している。
ノスタルジックとは郷愁のこと、音楽ではよく哀愁ということばで表現される。私は英語がわからないからJawbreakerの郷愁/哀愁はもっと曲の方にあるのだろう。(そして歌詞をよくよく読めばその感情はきっと増幅されるのあろう。)不思議なもので私は本当に起伏のない人生を歩んできたので、無駄に年をとった割にはキラキラ輝く思い出もないのだが、それでもこういった曲を聞くと何かしら胸が締め付けられるような気分になるから不思議だ。記憶喪失の人にJawbreakerを聞かせたら、果たしてどういう感想を持つのだろうか。
押し付けがましくない、でもなめらかなメロディがなんと言っても心地よい。そこには破壊や死ではなくて、葛藤や逡巡、照れ隠し、かっこつけ、毎日のくだらなさと楽しさが詰まっている。言葉を超えた感情が溶け込んでいて、そしてそれこそがまさに世界共通の言語なのだと思わせる。音楽とはバベルが崩壊した以降の人間の再度の神に対する挑戦だ。Jawbreakerを聞きながらそんなことを思ったってよいでしょう。
ラベル:
Jawbreaker,
アメリカ,
エモ,
ハードコアパンク,
パンク,
メロディックハードコア,
音楽
2017年7月29日土曜日
Elliott/False Cathedrals
アメリカ合衆国ケンタッキー州はルイビルのポストハードコアバンドの2ndアルバム。
2000年にRevelation Recordsからリリースされた。
ElliottはハードコアバンドのFalling Forwardが解散し、そのメンバーとEmpathyというバンドから離脱したメンバーによって結成されたバンド。1995年から2005年まで活動し、既に解散している。
Revelation RecordsがBandcampを開設したのでなんか買おうと思ってジャケットが良いのでなんとなく買って見た。
ポストハードコアといってもメンバーがもともとハードコアをやっていた(視聴するとFalling Forwardも楽器隊はハードだがのちにElliottに通じる歌のセンスがあるようだ。)という経緯があるからそう呼ばれているだけなのでは、と思ってしまうくらい歌が溢れたロックを鳴らしている。実際wikiにはインディーロックと書かれている。もちろんヒットチャートに乗るような音楽性ではなかろう、つまり楽器の演奏がしっかりしていて、(適度に)うるさくなっている。といってもザクザク刻むメタリックなリフも、軽快にツビートで疾走するハードコア感も皆無。伸びやかな声を持つボーカルがメロディを歌い上げる。このメロディがバンドの肝になっていてなんともノスタルジックで良い。とにかく甘く、とにかくくどく、わかりやすいがすぐに印象が薄れていくような初速だけ意識したメロディアスさとは違う。もっと静かで抑制が効いており(ほぼ叫ぶようなこともしないので、さすがにスクリーモの文脈で語るのも無理なくらい)、一見地味のようだけど腰を据えて効いて見るとじわじわとあなたの心の隔壁を溶かして浸透してくる。陰鬱ではないし、むしろ曲によってはきらめいてさえいるんだけど、それが例えば昔の写真や楽しかった風景を今思い返しているような、ちょっと昔日の過去めいたノスタルジーさ、懐かしさ、今はもうないという切なさに満ちている。楽しかった夏休みの思い出のように、どこかくすんできらめいている、あの感じである。叙情的という言葉がバンドで再現するとやはりくどくなることがあるが、このバンドに関してはあくまでも過ぎ去る風のようにさわやか。
全体的にあえて抑えている美学があって、ポスト(ハードコア)といっても難解で美的センスの高い装飾性は皆無で、クリーンなアルペジオ、適度に歪ませたギターのコード感、手数の多くないが力強いドラムなど、全てがあえて自分を抑えることで曲を完成させているイメージだ。その曲というのは一見抑えてあるトーンの中に、それと同調することで拓けてくる感情を込めることに他ならない。ボーカルのあくまでも叫ばないという縛りの中で訴えかける歌い方が読み手の感情に呼びかける、特定の感情を惹起する。つまり演奏する側で完成していないような、ある種聞き手がいて初めて完成するようなそんな感じであり、なんとなく優しい感じがすると思ったら、多分この要素がその優しさの秘密であろうか。
もはや世に出てから17年という月日が流れた作品だが、おそらく普遍的な感情を歌っているのではなかろうか。全く古びることなく、それこそ昔取って今忘れられた写真のように屋根裏であなたを待っているような音楽ではなかろうか。ぜひどうぞ。
2000年にRevelation Recordsからリリースされた。
ElliottはハードコアバンドのFalling Forwardが解散し、そのメンバーとEmpathyというバンドから離脱したメンバーによって結成されたバンド。1995年から2005年まで活動し、既に解散している。
Revelation RecordsがBandcampを開設したのでなんか買おうと思ってジャケットが良いのでなんとなく買って見た。
ポストハードコアといってもメンバーがもともとハードコアをやっていた(視聴するとFalling Forwardも楽器隊はハードだがのちにElliottに通じる歌のセンスがあるようだ。)という経緯があるからそう呼ばれているだけなのでは、と思ってしまうくらい歌が溢れたロックを鳴らしている。実際wikiにはインディーロックと書かれている。もちろんヒットチャートに乗るような音楽性ではなかろう、つまり楽器の演奏がしっかりしていて、(適度に)うるさくなっている。といってもザクザク刻むメタリックなリフも、軽快にツビートで疾走するハードコア感も皆無。伸びやかな声を持つボーカルがメロディを歌い上げる。このメロディがバンドの肝になっていてなんともノスタルジックで良い。とにかく甘く、とにかくくどく、わかりやすいがすぐに印象が薄れていくような初速だけ意識したメロディアスさとは違う。もっと静かで抑制が効いており(ほぼ叫ぶようなこともしないので、さすがにスクリーモの文脈で語るのも無理なくらい)、一見地味のようだけど腰を据えて効いて見るとじわじわとあなたの心の隔壁を溶かして浸透してくる。陰鬱ではないし、むしろ曲によってはきらめいてさえいるんだけど、それが例えば昔の写真や楽しかった風景を今思い返しているような、ちょっと昔日の過去めいたノスタルジーさ、懐かしさ、今はもうないという切なさに満ちている。楽しかった夏休みの思い出のように、どこかくすんできらめいている、あの感じである。叙情的という言葉がバンドで再現するとやはりくどくなることがあるが、このバンドに関してはあくまでも過ぎ去る風のようにさわやか。
全体的にあえて抑えている美学があって、ポスト(ハードコア)といっても難解で美的センスの高い装飾性は皆無で、クリーンなアルペジオ、適度に歪ませたギターのコード感、手数の多くないが力強いドラムなど、全てがあえて自分を抑えることで曲を完成させているイメージだ。その曲というのは一見抑えてあるトーンの中に、それと同調することで拓けてくる感情を込めることに他ならない。ボーカルのあくまでも叫ばないという縛りの中で訴えかける歌い方が読み手の感情に呼びかける、特定の感情を惹起する。つまり演奏する側で完成していないような、ある種聞き手がいて初めて完成するようなそんな感じであり、なんとなく優しい感じがすると思ったら、多分この要素がその優しさの秘密であろうか。
もはや世に出てから17年という月日が流れた作品だが、おそらく普遍的な感情を歌っているのではなかろうか。全く古びることなく、それこそ昔取って今忘れられた写真のように屋根裏であなたを待っているような音楽ではなかろうか。ぜひどうぞ。
2016年11月19日土曜日
Planes Mistaken For Stars/Prey
アメリカはイリノイ州ピオリアのポストハードコアバンドの4thアルバム。
2016年にDeathwish Inc.よりリリースされた。
1997年に結成され3枚のオリジナルアルバム他いくつかの音源をリリースしたが、2008年に活動を休止。その2年後に再結成を行い、さらに6年という年月を経てリリースされたのがこの音源。私この音源で初めて聞く。レーベルからのメールで興味を持ち購入。「星に間違えられる飛行機」ということで要するに「夜に飛ぶ飛行機」というバンド名はある種のセンチメンタリズムを温度のない名詞で表現するスタイルでとてもかっこいい。生と死が渾然となったアートワークも結構異色なのでは。
Googleで検索してみると日本語のページがあまりヒットしないのでややマイナーなのかもしれない。Diskunionでははっきり「激情」というワードで紹介されている。
激情というと言葉通りにほとばしる感情を攻撃的で(時に複雑な)演奏と叫び(時に会えてのつぶやき)に乗せて打ち出す温度と湿度の高い音楽というイメージがあるし、実際この間激情とは?という動機で聞いたEbullition Recordsの3枚のアルバムは確かに前述のような言葉である程度起き萎える音楽性だったが、このバンドはちょっとその定義と違ってきている。いわば激情ハードコアのオルタナティブ(もう一つの)可能性なのかもしれない。まずボーカルが叫ばない。別に叫べば激情でハードコアというわけではないが、この手のジャンルにしては一見あまり熱量がない。気取ったり、声を過剰に作っているわけでも、すかしているわけではない。ただこういうスタイルだというのだと思う。歌声自体はHigh On FireのMatt Pikeに似ている。掠れて、しゃがれている。経年と外的要因(酒やタバコ)によるダメージがむしろ独特の味を出しているタイプ。この声で歌われるとちょっとずるいくらいに説得力が出てくるわけだ。渋みがあるのでなるほど、叫ばない方が良いな〜という気にさせるし、また一方で平時がフラットだから強弱(呟いたり、叫んだり)が曲の中で目立ちやすくなるという特性もある。
演奏自体は明確にハードコアを経由したロックサウンドを鳴らしており、必ずしも技術を前面に押し出さないやり方で曲もシンプルかつ短い。アコースティックギターとピアノを効果的に用いた曲もあるが、基本的にはバンドアンサンブルのみで余計な音は追加しない。素材自体の音が程よく残されたジャギジャギしたギターがコード感溢れるリフを引っ張っていくのだが、たまに入るハードコア的だったり、ソロだったりがメロウなフレーズに富んでいて、一見さっぱりした外見の中には濃厚な旨味がぎっしり的な魅力が詰まっている。演奏とボーカル(が歌うメロディ)が程よいメロディアスで聞けば聞くほど耳に馴染んでくるのも良い。
ある種のタガが外れたような狂騒を含む1曲め「Dimentia Americana」から幕をあけるのだが、実は全編にわたってグルーミィな雰囲気が底流となって作品を貫いている。リリース前に公開された4曲め「Fucking Tenderness」は彼らの魅力がぎゅっと詰まった曲だが、キラキラした演奏とメロディアスさの中に垣間見える後ろを振り返るような切なさは隠しきれない。
無駄を削ぎ落としたコンパクトな楽曲ながらまぎれもない激情を感じ取れる良いアルバム。かっこいい、そして少し切ない、そんなロックが好きな人も是非どうぞ。
2016年にDeathwish Inc.よりリリースされた。
1997年に結成され3枚のオリジナルアルバム他いくつかの音源をリリースしたが、2008年に活動を休止。その2年後に再結成を行い、さらに6年という年月を経てリリースされたのがこの音源。私この音源で初めて聞く。レーベルからのメールで興味を持ち購入。「星に間違えられる飛行機」ということで要するに「夜に飛ぶ飛行機」というバンド名はある種のセンチメンタリズムを温度のない名詞で表現するスタイルでとてもかっこいい。生と死が渾然となったアートワークも結構異色なのでは。
Googleで検索してみると日本語のページがあまりヒットしないのでややマイナーなのかもしれない。Diskunionでははっきり「激情」というワードで紹介されている。
激情というと言葉通りにほとばしる感情を攻撃的で(時に複雑な)演奏と叫び(時に会えてのつぶやき)に乗せて打ち出す温度と湿度の高い音楽というイメージがあるし、実際この間激情とは?という動機で聞いたEbullition Recordsの3枚のアルバムは確かに前述のような言葉である程度起き萎える音楽性だったが、このバンドはちょっとその定義と違ってきている。いわば激情ハードコアのオルタナティブ(もう一つの)可能性なのかもしれない。まずボーカルが叫ばない。別に叫べば激情でハードコアというわけではないが、この手のジャンルにしては一見あまり熱量がない。気取ったり、声を過剰に作っているわけでも、すかしているわけではない。ただこういうスタイルだというのだと思う。歌声自体はHigh On FireのMatt Pikeに似ている。掠れて、しゃがれている。経年と外的要因(酒やタバコ)によるダメージがむしろ独特の味を出しているタイプ。この声で歌われるとちょっとずるいくらいに説得力が出てくるわけだ。渋みがあるのでなるほど、叫ばない方が良いな〜という気にさせるし、また一方で平時がフラットだから強弱(呟いたり、叫んだり)が曲の中で目立ちやすくなるという特性もある。
演奏自体は明確にハードコアを経由したロックサウンドを鳴らしており、必ずしも技術を前面に押し出さないやり方で曲もシンプルかつ短い。アコースティックギターとピアノを効果的に用いた曲もあるが、基本的にはバンドアンサンブルのみで余計な音は追加しない。素材自体の音が程よく残されたジャギジャギしたギターがコード感溢れるリフを引っ張っていくのだが、たまに入るハードコア的だったり、ソロだったりがメロウなフレーズに富んでいて、一見さっぱりした外見の中には濃厚な旨味がぎっしり的な魅力が詰まっている。演奏とボーカル(が歌うメロディ)が程よいメロディアスで聞けば聞くほど耳に馴染んでくるのも良い。
ある種のタガが外れたような狂騒を含む1曲め「Dimentia Americana」から幕をあけるのだが、実は全編にわたってグルーミィな雰囲気が底流となって作品を貫いている。リリース前に公開された4曲め「Fucking Tenderness」は彼らの魅力がぎゅっと詰まった曲だが、キラキラした演奏とメロディアスさの中に垣間見える後ろを振り返るような切なさは隠しきれない。
無駄を削ぎ落としたコンパクトな楽曲ながらまぎれもない激情を感じ取れる良いアルバム。かっこいい、そして少し切ない、そんなロックが好きな人も是非どうぞ。
2016年9月25日日曜日
Orchid/Gatefold
アメリカマサチューセッツ州アマーストのハードコアバンドの3rdアルバム。
2001年にEbulltion Recordsからリリースされた。
このバンドは元々タイトルがつけられなかったのだが、リリースした際の形式がゲートフォールドだったのでその名前がアルバムになったらしい。面白い。あぶらだこみたい。
1992年に結成されこのアルバムを含め3枚、その他音源をリリースの後2002年には解散している。
激情ハードコアを語る上で重要なバンドという事で前回感想を書いたYaphet Kotto(とそれからPortrait of Past)と合わせて購入した。
さてYaphet Kottoが轟音ギターに文学青年的な青臭く”弱さ”のあるボーカルが負けじと声を張り上げて哀愁のメロディーを歌い上げるというまさに「エモ」それも「スクリーモ」の萌芽を感じさせる抒情的なバンドだったのに対し、同じジャンルや文脈で語られるこのOrchidというバンドは大分異なったアプローチでジャンルの形成に一役を買ったようだ。
バンドサウンドを前面に出した五月蝿いギターロックという材料は共通するものの(ただしこちらは録音状態がYaphet Kottoに比べるとクリアだ。が向こうは1st、こちらは3rdということも加味しないと。)、ざっくりいってこちらは速くてより暴力的だ。
まず1曲が非常に短い。例外的に似2分を越える曲が幾つかあるものの、19曲で24分と平均すると1分そこらで、だいたいの曲は60秒以下である。そしてボーカルはほとんど叫びっ放しでクリーンを使い分けるものの割合は少なめ。叫ぶといってもエフェクトも一切かけないし、独特の歌唱法で持って低音または高音を強調している訳ではない。気持ちが乗りすぎた結果叫びだした、という感じ。多分にナイーブでそういった意味ではYaphet Kottoと共通点がなくもない。ざっと歌詞に目を通してみると社会への不満をぶちまけ、自己改革をアジテートするプロテストとしてのハードコアパンクというよりは、自己の内面に切り込みそれを吐露する(ハードコア界隈ではエモーショナル、つまり女々しいと揶揄する事もあっただろう)スタイルのもの。思春期の悩みという訳ではないのだが、この叫んでいるやつは俺と同じ世界にいるのだな、と感じさせるその身近さがある。
この速く叫び立てる演奏スタイルはグラインドコアかパワーバイオレンスか?然りであって本当にグラインドコアにカテゴライズされる事もあるみたい。ただ個人的にはやっぱりちょっと違うと思う。まずは多分に感情的であること。特定の感情に特化した無慈悲さが感じられず、かわりにもっと迷いのあるサウンドが展開されている。その迷いは、なんとも憂いのあるクリーンボーカル、短い曲の中にも印象的なアコースティックなパートを入れたり、ノイズを入れたりという敢えての複雑さが導入されている事。エクストリームミュージックは求道的な世界なので、そこでは時に余計な感情がこぼれ落ちてしまう。それらをこぼさないように、でも全速力で突っ走るとこのOrchidと彼らが作る音楽が生まれるのだろう。
彼らの音楽はエモバイオレンス(Emo-Violence)と呼ばれる。文字通り音楽としてのエモとパワーバイオレンス(パンクより激音へのアプローチ)がクロスオーバーした音楽の事だ。なるほど。スクリーモとも呼ばれることもあるが、地下を抜け出して商業化された(同時に洗練されている訳で例えば入門的な意味もあっただろうから一様に(悪い意味で)セルアウトしたとは個人的には思わない。)スクリーモとは明確に違うからやっぱりエモバイオレンスの方がしっくり来る。
昨今流行のブルータルではないパワーバイオレンスを聴きたい人は是非どうぞ。溢れ出した感情がどうにもならない感じの音楽。オススメ。
2001年にEbulltion Recordsからリリースされた。
このバンドは元々タイトルがつけられなかったのだが、リリースした際の形式がゲートフォールドだったのでその名前がアルバムになったらしい。面白い。あぶらだこみたい。
1992年に結成されこのアルバムを含め3枚、その他音源をリリースの後2002年には解散している。
激情ハードコアを語る上で重要なバンドという事で前回感想を書いたYaphet Kotto(とそれからPortrait of Past)と合わせて購入した。
さてYaphet Kottoが轟音ギターに文学青年的な青臭く”弱さ”のあるボーカルが負けじと声を張り上げて哀愁のメロディーを歌い上げるというまさに「エモ」それも「スクリーモ」の萌芽を感じさせる抒情的なバンドだったのに対し、同じジャンルや文脈で語られるこのOrchidというバンドは大分異なったアプローチでジャンルの形成に一役を買ったようだ。
バンドサウンドを前面に出した五月蝿いギターロックという材料は共通するものの(ただしこちらは録音状態がYaphet Kottoに比べるとクリアだ。が向こうは1st、こちらは3rdということも加味しないと。)、ざっくりいってこちらは速くてより暴力的だ。
まず1曲が非常に短い。例外的に似2分を越える曲が幾つかあるものの、19曲で24分と平均すると1分そこらで、だいたいの曲は60秒以下である。そしてボーカルはほとんど叫びっ放しでクリーンを使い分けるものの割合は少なめ。叫ぶといってもエフェクトも一切かけないし、独特の歌唱法で持って低音または高音を強調している訳ではない。気持ちが乗りすぎた結果叫びだした、という感じ。多分にナイーブでそういった意味ではYaphet Kottoと共通点がなくもない。ざっと歌詞に目を通してみると社会への不満をぶちまけ、自己改革をアジテートするプロテストとしてのハードコアパンクというよりは、自己の内面に切り込みそれを吐露する(ハードコア界隈ではエモーショナル、つまり女々しいと揶揄する事もあっただろう)スタイルのもの。思春期の悩みという訳ではないのだが、この叫んでいるやつは俺と同じ世界にいるのだな、と感じさせるその身近さがある。
この速く叫び立てる演奏スタイルはグラインドコアかパワーバイオレンスか?然りであって本当にグラインドコアにカテゴライズされる事もあるみたい。ただ個人的にはやっぱりちょっと違うと思う。まずは多分に感情的であること。特定の感情に特化した無慈悲さが感じられず、かわりにもっと迷いのあるサウンドが展開されている。その迷いは、なんとも憂いのあるクリーンボーカル、短い曲の中にも印象的なアコースティックなパートを入れたり、ノイズを入れたりという敢えての複雑さが導入されている事。エクストリームミュージックは求道的な世界なので、そこでは時に余計な感情がこぼれ落ちてしまう。それらをこぼさないように、でも全速力で突っ走るとこのOrchidと彼らが作る音楽が生まれるのだろう。
彼らの音楽はエモバイオレンス(Emo-Violence)と呼ばれる。文字通り音楽としてのエモとパワーバイオレンス(パンクより激音へのアプローチ)がクロスオーバーした音楽の事だ。なるほど。スクリーモとも呼ばれることもあるが、地下を抜け出して商業化された(同時に洗練されている訳で例えば入門的な意味もあっただろうから一様に(悪い意味で)セルアウトしたとは個人的には思わない。)スクリーモとは明確に違うからやっぱりエモバイオレンスの方がしっくり来る。
昨今流行のブルータルではないパワーバイオレンスを聴きたい人は是非どうぞ。溢れ出した感情がどうにもならない感じの音楽。オススメ。
2016年7月17日日曜日
Frameworks/Smother
アメリカはフロリダ州ゲインズヴィルのハードコアバンドの2ndアルバム。
2016年にDeathwish Inc.からリリースされた。このバンドの事は全く知らなかったのだが、Deathwishからのメルマガで紹介されていてMVも作られている「Purge」を聴いたらとっても良かったので購入。Bandcampでデジタル版!
2011年に結成されたバンドで今までに1枚のアルバムと複数のEPやスプリットをリリースしている。アルバムのsmotherというのは窒息死させるという意味の動詞のようだ。タールの様な黒い海から指が飛び出ているアートワークはまさに窒息死を象徴的に閉じ込めているようで不吉だ。
音の方はというと非常にエモいハードコア。wikiのジャンルはスクリーモになっている。かつて一世を風靡したジャンルではあるが私はほぼほぼ聴いてこなかったから、その系譜の最先端にいるこのバンドを包括的に見れてはいないのだと思うが、思った事を書いていく。(このブログは感想を書くブログだ。レビューとはちょっと違うんだ。申し訳ない。)
まずエモとはエモーショナルの事だと思う(違ったら恥ずかしいな)、一体この世の音楽にエモーショナルでないものなんてあるのだろうか。何かしらの感情の発露としてはじまった(と思うんだけど)歌が情熱的でないなんてちょっと考えられない。電子音で飲み構成された冷徹なミニマルテクノがあそこまで人を熱狂し、踊らせるなんて私はいつも不思議でそして面白いと思っている。もちろんミニマルテクノもエモーショナルだ。そんな音楽で敢えて感情的というのがエモだ。
まずFrameworksでいうとその溢れ出る感情をボーカルが良く表現している。叫んでいる。常に叫んでいる訳ではない。激しさ自慢じゃあないのだ。このジャンルは。あくまでも感情があって、だからムラがあってしかるべきだし、気持ちが高ぶってくると声がのどに引っかかってくる、掠れてくる、そして叫ぶ!この走る感じ、これが良い。常に叫んでたらそれが普通になってしまう。
次にギターの音が情熱的だ。一人がガシャガシャした生々しい音でコード感のあるバッキングをかまし、それは時にトレモロ奏法を大胆に取り入れほとばしる感情を途切れない事で表現している。非常にポストハードコア的だ。そこにこれまたクリーンめな細かい音が乗ってくる。まるで晴れた日の湖の水面のように煌めいている。ミラーボールのギラギラした感じではない。陽炎の様な、思い出の一日をとらえた写真、そいつが動き出した、そんな感じの優しさ、そして切なさだ。ノスタルジー、郷愁といっていいい。思うに少なくともこのバンドにはそういった懐かしさの要素がある。郷愁だから多分過去を見ている。だからちょっと後ろ向きだし、同時に甘い感じがある。視線の先のそれはもう過ぎ去っているからだ。
Deathwishのバンドは大好きだ。彼らは激烈な音をならす事が多い。それはとてもカッコいいが非日常でもある。一方このFrameworksのならす音はある意味では地に足がついている。クリーンなトーンも感情的な振れ幅があるボーカルも、毎日に立脚している感じがある。
2016年にDeathwish Inc.からリリースされた。このバンドの事は全く知らなかったのだが、Deathwishからのメルマガで紹介されていてMVも作られている「Purge」を聴いたらとっても良かったので購入。Bandcampでデジタル版!
2011年に結成されたバンドで今までに1枚のアルバムと複数のEPやスプリットをリリースしている。アルバムのsmotherというのは窒息死させるという意味の動詞のようだ。タールの様な黒い海から指が飛び出ているアートワークはまさに窒息死を象徴的に閉じ込めているようで不吉だ。
音の方はというと非常にエモいハードコア。wikiのジャンルはスクリーモになっている。かつて一世を風靡したジャンルではあるが私はほぼほぼ聴いてこなかったから、その系譜の最先端にいるこのバンドを包括的に見れてはいないのだと思うが、思った事を書いていく。(このブログは感想を書くブログだ。レビューとはちょっと違うんだ。申し訳ない。)
まずエモとはエモーショナルの事だと思う(違ったら恥ずかしいな)、一体この世の音楽にエモーショナルでないものなんてあるのだろうか。何かしらの感情の発露としてはじまった(と思うんだけど)歌が情熱的でないなんてちょっと考えられない。電子音で飲み構成された冷徹なミニマルテクノがあそこまで人を熱狂し、踊らせるなんて私はいつも不思議でそして面白いと思っている。もちろんミニマルテクノもエモーショナルだ。そんな音楽で敢えて感情的というのがエモだ。
まずFrameworksでいうとその溢れ出る感情をボーカルが良く表現している。叫んでいる。常に叫んでいる訳ではない。激しさ自慢じゃあないのだ。このジャンルは。あくまでも感情があって、だからムラがあってしかるべきだし、気持ちが高ぶってくると声がのどに引っかかってくる、掠れてくる、そして叫ぶ!この走る感じ、これが良い。常に叫んでたらそれが普通になってしまう。
次にギターの音が情熱的だ。一人がガシャガシャした生々しい音でコード感のあるバッキングをかまし、それは時にトレモロ奏法を大胆に取り入れほとばしる感情を途切れない事で表現している。非常にポストハードコア的だ。そこにこれまたクリーンめな細かい音が乗ってくる。まるで晴れた日の湖の水面のように煌めいている。ミラーボールのギラギラした感じではない。陽炎の様な、思い出の一日をとらえた写真、そいつが動き出した、そんな感じの優しさ、そして切なさだ。ノスタルジー、郷愁といっていいい。思うに少なくともこのバンドにはそういった懐かしさの要素がある。郷愁だから多分過去を見ている。だからちょっと後ろ向きだし、同時に甘い感じがある。視線の先のそれはもう過ぎ去っているからだ。
Deathwishのバンドは大好きだ。彼らは激烈な音をならす事が多い。それはとてもカッコいいが非日常でもある。一方このFrameworksのならす音はある意味では地に足がついている。クリーンなトーンも感情的な振れ幅があるボーカルも、毎日に立脚している感じがある。
ラベル:
Frameworks,
アメリカ,
エモ,
ハードコア,
音楽
2016年6月13日月曜日
RENA/RENA
日本のエモバンドの1stEP。
2016年にBE WATER Recordsよりリリースされた。
バンドメンバーは元bluebeard、元As Meiasの人を中心にaie、元the chef cooks me、元onsaで構成されているとの事。なのだが前述のバンド一つも知らなかったです。バンド名はあの能年玲奈さんからとったとか。私が全く聴いてこなかったジャンルなのだろうが、3LAで強く押されているのを視聴して「ふむふむ(まあ買うほどではないかな)」とスルー。その後なんとなくメロディが残るからそのPVをたまーにみる。そうするとその頻度が段々高くなって来て、よし買うかとなった次第。ちなみに同じ様な経験がたまにあって一番良い出会いになったのがあぶらだこの「冬枯れ花火」。(最初はやっぱなんじゃこれって思ったもんね)
全部で5曲収録されているが最後の曲はアウトロかな?歌が入っているのは4曲。
オーソドックスな4人編成という事でほぼほぼバンドサウンドのみで構成されている(と思う)。速度は中速で音質的にも中音域がブーストされている。コード感のあるツインギターは結構音数が多くて、それでも曲調がゆったりしているから喧しさは皆無で、むしろフレーズがたまに(晴れた日の小川の照り返しくらい)キラキラしていてとにかく心地よい。そこに伸びやかなボーカルが乗る。繊細で少し青臭いくらいの声質がバンドサウンドに良く馴染んでいる。歌詞はすべて日本語で書いてあり、手書きの歌詞カードが詩の世界観を良く表している。ちょっと抽象的だけど出てくる名詞がいつも私たちが日常で使っているもの立ちなので耳にすっと入ってくる。そういった意味ではメロディセンスが抜群でくどいほどのキャッチーさはないものの、何回か聴いていると一緒にボーカルラインを謎くるくらいに歌いたくなってしまう。
全体的にちょっと幻想的。これは多分曲、というよりは音の作り方が非常に凝っているというか、すごいんだろうけど。エモといっても色々な音質がある訳だけど、やっぱりエモーショナルというとスクリームはないにしても、ガシャガシャと主張の強い楽器陣と情念のこもったボーカルと言うイメージ。このRENAに関してもその要素はそうなんだろうけど全体的に聴くとそこまで生々しくないんですよね。これが不思議。ジャケットのアートワークのようにちょっとぼやっとしている。そのぼやが(普段好んで聴きがちな)酩酊とか、悪夢とか、逆に(例えばシューゲイザーのような)朦朧とした、あるいはちょっと作為的な煌めきみたいなのとはちょっと異なって、日差しがある程度強くてちょっとまぶしくて見えにくいな、みたいなそんな感じ。それが非常に良い。
という訳で非常によろしいすね。飾らないといっても実際本当に飾らないというのは特に芸術の分野では難しい(というか無理じゃないか)と思うんですけど、こういった過去の積み重ねを感じさせつつ今日の歌を歌う、というのはたしかに自分の日常にも共通点ある様な気がしてぐっと来るなと思いました。口ずさめる、というのはいいすね。オススメ。
なんといってもPVにもなっているこちらの曲は白眉の出来。
2016年にBE WATER Recordsよりリリースされた。
バンドメンバーは元bluebeard、元As Meiasの人を中心にaie、元the chef cooks me、元onsaで構成されているとの事。なのだが前述のバンド一つも知らなかったです。バンド名はあの能年玲奈さんからとったとか。私が全く聴いてこなかったジャンルなのだろうが、3LAで強く押されているのを視聴して「ふむふむ(まあ買うほどではないかな)」とスルー。その後なんとなくメロディが残るからそのPVをたまーにみる。そうするとその頻度が段々高くなって来て、よし買うかとなった次第。ちなみに同じ様な経験がたまにあって一番良い出会いになったのがあぶらだこの「冬枯れ花火」。(最初はやっぱなんじゃこれって思ったもんね)
全部で5曲収録されているが最後の曲はアウトロかな?歌が入っているのは4曲。
オーソドックスな4人編成という事でほぼほぼバンドサウンドのみで構成されている(と思う)。速度は中速で音質的にも中音域がブーストされている。コード感のあるツインギターは結構音数が多くて、それでも曲調がゆったりしているから喧しさは皆無で、むしろフレーズがたまに(晴れた日の小川の照り返しくらい)キラキラしていてとにかく心地よい。そこに伸びやかなボーカルが乗る。繊細で少し青臭いくらいの声質がバンドサウンドに良く馴染んでいる。歌詞はすべて日本語で書いてあり、手書きの歌詞カードが詩の世界観を良く表している。ちょっと抽象的だけど出てくる名詞がいつも私たちが日常で使っているもの立ちなので耳にすっと入ってくる。そういった意味ではメロディセンスが抜群でくどいほどのキャッチーさはないものの、何回か聴いていると一緒にボーカルラインを謎くるくらいに歌いたくなってしまう。
全体的にちょっと幻想的。これは多分曲、というよりは音の作り方が非常に凝っているというか、すごいんだろうけど。エモといっても色々な音質がある訳だけど、やっぱりエモーショナルというとスクリームはないにしても、ガシャガシャと主張の強い楽器陣と情念のこもったボーカルと言うイメージ。このRENAに関してもその要素はそうなんだろうけど全体的に聴くとそこまで生々しくないんですよね。これが不思議。ジャケットのアートワークのようにちょっとぼやっとしている。そのぼやが(普段好んで聴きがちな)酩酊とか、悪夢とか、逆に(例えばシューゲイザーのような)朦朧とした、あるいはちょっと作為的な煌めきみたいなのとはちょっと異なって、日差しがある程度強くてちょっとまぶしくて見えにくいな、みたいなそんな感じ。それが非常に良い。
という訳で非常によろしいすね。飾らないといっても実際本当に飾らないというのは特に芸術の分野では難しい(というか無理じゃないか)と思うんですけど、こういった過去の積み重ねを感じさせつつ今日の歌を歌う、というのはたしかに自分の日常にも共通点ある様な気がしてぐっと来るなと思いました。口ずさめる、というのはいいすね。オススメ。
なんといってもPVにもなっているこちらの曲は白眉の出来。
2015年6月7日日曜日
Adventures/Supersonic Home
アメリカはペンシルベニア州ピッツバーグのインディーロックバンドの1stアルバム。
2015年にRun for Cover Recordsよりリリースされた。
Adventuresは5人組のバンドで編成はドラム、ベース、ギター、ギター/ボーカル、キーボード/ボーカル。今まで2枚のスプリットと2枚のEPをリリースしているが私はそちらは未聴。Deafheavenのメンバーの別バンドWhirrと一緒にライブやったりしているようでそこら辺からも何となく音の方が予想つくかも。
写真を見るとどこかで見た事あるメンバーがいるだけど、それもそのはずで何とこのバンド5人中の3人が激音ハードコアバンドCode Orangeの面々(ドラムとベースとギター/ボーカル)。たしか10代でデビューしているからまだめっちゃ若いはず。
さて音の方はというと基本Code Orangeとはかけ離れているインディーロックをやっていている。個人的には全然違う事をやってくれる方が何となく得した気分になるので好き。
同じバンド編成ながらもアルバムのアートワーク通り、暖かみのある色彩豊かで外に開いたロックをならしている。メロディアスで爽やか。
ドラムはぱしんぱしんとリズムを刻み、ベースはロックバンドらしくリズムをなぞるように低音を鳴らす。(よくよく聴いてみるとこの低音部隊はかなりしっかりしているというか前に出てくる訳ではないけど、しっかりしているのはその出自故かも。)ギターはコード感のある乾いたものに、単音のキラキラしたアルペジオがのっかる。キーボードが空間的な広がりをバンド的な音に付与する。
音の厚みはどっしりしているが(勿論メタル的でもハードコア的でもない)最近流行のシューゲイザーっぽさはあまり感じられない。空間的な広がりはありつつも、地に足の着いたロックという印象。
ボーカルは基本Code Orangeの女の子がメインなんだけど、男女のコーラスが頻繁にはいってそれがこのバンドの持ち味の一つであり魅力の一つ。無理矢理気分を高揚させるあざとさは全くなくて、本当自然にメインの旋律をなぞるようにはもってくる様なイメージ。
メインボーカルはちょっとした気怠さを交えつつも、飾らない素直さで歌い上げるタイプでなんといっても、その素っぽさとそして若さにあふれたストレートな強さがよい。インディーロックというとちょっと脆弱なイメージがあったりするかもしれないが(それが魅力のバンドも沢山あると思うが)、このバンドに関しては芯がしっかりしているし、ボーカルは気の強さと言うか反骨精神がなんとなく感じられる。それは何かをぐっと押し返す様な強さを持っていて、それがカッコいい。
リリース時期も相まって初夏のさわやかな風の様な清涼感。
Code Orange好きな人は、どれどれ位の気持ちで聴いてみてほしい。違いに驚くが結構気に入るのではなかろうか。
なんといってもこの曲にやられて買ったんだよね、本当に良い曲。
2015年にRun for Cover Recordsよりリリースされた。
Adventuresは5人組のバンドで編成はドラム、ベース、ギター、ギター/ボーカル、キーボード/ボーカル。今まで2枚のスプリットと2枚のEPをリリースしているが私はそちらは未聴。Deafheavenのメンバーの別バンドWhirrと一緒にライブやったりしているようでそこら辺からも何となく音の方が予想つくかも。
写真を見るとどこかで見た事あるメンバーがいるだけど、それもそのはずで何とこのバンド5人中の3人が激音ハードコアバンドCode Orangeの面々(ドラムとベースとギター/ボーカル)。たしか10代でデビューしているからまだめっちゃ若いはず。
さて音の方はというと基本Code Orangeとはかけ離れているインディーロックをやっていている。個人的には全然違う事をやってくれる方が何となく得した気分になるので好き。
同じバンド編成ながらもアルバムのアートワーク通り、暖かみのある色彩豊かで外に開いたロックをならしている。メロディアスで爽やか。
ドラムはぱしんぱしんとリズムを刻み、ベースはロックバンドらしくリズムをなぞるように低音を鳴らす。(よくよく聴いてみるとこの低音部隊はかなりしっかりしているというか前に出てくる訳ではないけど、しっかりしているのはその出自故かも。)ギターはコード感のある乾いたものに、単音のキラキラしたアルペジオがのっかる。キーボードが空間的な広がりをバンド的な音に付与する。
音の厚みはどっしりしているが(勿論メタル的でもハードコア的でもない)最近流行のシューゲイザーっぽさはあまり感じられない。空間的な広がりはありつつも、地に足の着いたロックという印象。
ボーカルは基本Code Orangeの女の子がメインなんだけど、男女のコーラスが頻繁にはいってそれがこのバンドの持ち味の一つであり魅力の一つ。無理矢理気分を高揚させるあざとさは全くなくて、本当自然にメインの旋律をなぞるようにはもってくる様なイメージ。
メインボーカルはちょっとした気怠さを交えつつも、飾らない素直さで歌い上げるタイプでなんといっても、その素っぽさとそして若さにあふれたストレートな強さがよい。インディーロックというとちょっと脆弱なイメージがあったりするかもしれないが(それが魅力のバンドも沢山あると思うが)、このバンドに関しては芯がしっかりしているし、ボーカルは気の強さと言うか反骨精神がなんとなく感じられる。それは何かをぐっと押し返す様な強さを持っていて、それがカッコいい。
リリース時期も相まって初夏のさわやかな風の様な清涼感。
Code Orange好きな人は、どれどれ位の気持ちで聴いてみてほしい。違いに驚くが結構気に入るのではなかろうか。
なんといってもこの曲にやられて買ったんだよね、本当に良い曲。
ラベル:
Adventures,
Code Orange,
アメリカ,
インディーロック,
エモ,
音楽
2014年12月29日月曜日
Mineral/The Complete Collection
アメリカはテキサス州オースティンのエモバンドのディスコグラフィー盤。
2010年に日本のFabtone Recordsからリリースされた。
Mineralは1994年に結成され1998年に解散。4年という短い活動期間で発表された二つのアルバム「The Power of Falling」「EndSerenading」にボーナストラックをつけて、さらにリマスターしたのがこのコンピレーション。
まだエモと言うジャンルが確立しない(エモと言うジャンルは2000年代に花開いたらしい)創世記に活動していたバンドでThe Getup KidsやJimmy Eat Worldといったバンドに比べると知名度はイマイチだが、音源がオークションで高値で取引される知る人ぞ知るバンドだったそうな。(ここら辺CD内の寿福さんのライナーノーツから引っ張って来ています。)
私は流行に乗っかるニューメタル人間だったので、一時期パンクとかエモを音が軽いメロすぎるとかいって(死にたい過去)軽視していた人間なので勿論このバンドどころが前述の2つのバンドもまともに聴いた事が無いんだが、どうもこのMineralというバンドが最近再結成し、さらに日本ツアーもするそうな。さらに既にソールドアウトしている公演もあるらしい。(ここによると東京公演もチケットまだあるみたい。12月29日時点。)とtwitterなんかでチラホラ話題になっており、ごくごく軽い気持ちで視聴して、あら良いじゃないと買ったという寸法ですわ。
さて音の方はというとエモです。エモい。
エモというとあのアシンメトリーな髪型にほんのりお化粧を施した(必ずしもそうではないが)線の細い男性像がパッと思い浮かぶ人もいるだろうが(私です。エモ好きな人本当申し訳ない。)、それはエモファッションの一部らしいです。
ここでいうエモいというのは(あくまでも私の中の見解ですよ。)、比較的五月蝿い演奏陣に、感傷的だがどちらかというと内省的なメロディが乗る。ひたすら暗いというよりは何かしら心の琴線(あるいは涙腺)に訴えかけてくる様なもので力一杯という感じの勢い重視の感情的なもの。ボーカルは叫ぶ事もあるが、例えば(ここから発祥した)スクリーモのようにある意味洗練されたものではなくて、本当に感情高ぶって本当叫ばずにはいられなかった、というようなもの。ここが変にあざとくなくて大変良かった。(スクリーモが嫌いな訳ではないです。)
なんといっても個人的に良かったのが演奏陣で、曲の中心は歌に据えられているといっても良いのだが、歌に負けないくらい演奏が良い。特にギターがよい。ポストハードコアだから弾きまくる分けなんだが、トレモロかって言うくらい弾くんだが、例えばシューゲイザーのようなデリケートさ、またはブラックメタルのような寒々しさとは一線を画すもっとギターとアンプといくつかのエフェクター、といった荒々しくも飾りっけの無い”ノイジーさ”が非常によかった。音の洪水感が半端無い。粒の粗さが分かる様なザラ感もよい。
ある意味ボーカルがすごい饒舌な音楽性だが、ギターだって負けてられないぜ、とばかりに主張してくるこの贅沢な感じは最早卑怯と言っても過言ではない。
泣かせるメロディもそんな自然な演奏陣、自然な歌唱法から由来するもので聞き手の耳にもすっと入ってくるナチュラルさ。変に変化球ではないのはやはりハードコアを土台に持っているからだろうか。また緩急もあざといぜってくらいでアルペジオから泣きの疾走ギターになる訳だけどあくまでも自然なつなぎが1曲にまとめられている感じで、そこらへんも凝ったメタルとかハードコアとはちょっと違う感じ。
劇的なんだが飾らないメロディ、そしてノイジーな演奏、という感じでしょうか。
やや落ち着いて幅が広がった2枚目もいいんだけど、個人的には粗さもあるけどより感情むきだしの1枚目の方が気に入りました。
激情系好きな人はばっちりハマると思います。ブラックメタル好きな人で、気づくとあまり前向きな音楽もっていないぜ…って人は聴いてみてください。
ボーナストラックも格好いいのでアルバム2枚買うよりは良いのでは、と。軽い気持ちで買ったんですが、すごく良かった。オススメです。
↓この曲聴いて買おう!と決心。
2013年2月3日日曜日
Mournful/Monochrome
ドイツのエモバンドの1stアルバム、2003年(10年前だ!)発表。
バンドは2005年に解散。
内容的にはエモだ。エモい。スクリーモっぽい要素も結構ある。(なんていうか独特のスクリームだ。)
はっきり言って今好んで聞いている音楽とは一線を画す彼らの音楽性なのだが、これにはちょっと事情がある。だいぶ前彼らの「LHC」という曲をネットで耳にした。何の媒体経由だったのか、今はもう思い出せないのだけれど「いい曲だなー」と思いCDを探したところ、バンドは既に解散していてこのCDも廃盤になっており申した。泣く泣くあきらめたのですが、この間amazonのマーケットプレイスで見つけて「なんだよ」とばかりに購入したわけです。
エモなんだけど、何年か前のエモブームの前のバンドなんで、あそこらへんではやったバンドとはちょっと違います。曲によってはちょっと初期Deftonesぽいところもあると思った。ベース、ギター、ドラムどれをとってもこぎれいな印象で、基本的にはそんなに速度のない曲調で哀愁のあるメロディ。ポストロックとまでは言わないが、それっぽいアルペジオがあったり、サビで急に抒情的になったり結構しっかりしております。
なんといってもこのバンドボーカルが特徴的で、ものすごくなよなよしている。裏声というのかわからんが、やたら弱っているのだ。おいおいお前ちょっとナヨナヨしすぎじゃあないか、と。「LHC」でも「疲れたよー」とか泣き言をなよ~っとこう歌い上げるわけで、このナルキッソスめとちょっと笑っちゃうくらいなのだけど、曲全体が何とも丁寧にあざとく作っているため、「むう」といって納得しちゃうわけです。
たまにはこういう音楽もいいですね。
LHCがねえんだなー。
バンドは2005年に解散。
内容的にはエモだ。エモい。スクリーモっぽい要素も結構ある。(なんていうか独特のスクリームだ。)
はっきり言って今好んで聞いている音楽とは一線を画す彼らの音楽性なのだが、これにはちょっと事情がある。だいぶ前彼らの「LHC」という曲をネットで耳にした。何の媒体経由だったのか、今はもう思い出せないのだけれど「いい曲だなー」と思いCDを探したところ、バンドは既に解散していてこのCDも廃盤になっており申した。泣く泣くあきらめたのですが、この間amazonのマーケットプレイスで見つけて「なんだよ」とばかりに購入したわけです。
エモなんだけど、何年か前のエモブームの前のバンドなんで、あそこらへんではやったバンドとはちょっと違います。曲によってはちょっと初期Deftonesぽいところもあると思った。ベース、ギター、ドラムどれをとってもこぎれいな印象で、基本的にはそんなに速度のない曲調で哀愁のあるメロディ。ポストロックとまでは言わないが、それっぽいアルペジオがあったり、サビで急に抒情的になったり結構しっかりしております。
なんといってもこのバンドボーカルが特徴的で、ものすごくなよなよしている。裏声というのかわからんが、やたら弱っているのだ。おいおいお前ちょっとナヨナヨしすぎじゃあないか、と。「LHC」でも「疲れたよー」とか泣き言をなよ~っとこう歌い上げるわけで、このナルキッソスめとちょっと笑っちゃうくらいなのだけど、曲全体が何とも丁寧にあざとく作っているため、「むう」といって納得しちゃうわけです。
たまにはこういう音楽もいいですね。
LHCがねえんだなー。
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