2016年3月12日土曜日

ピーター・ディキンスン/生ける屍

イギリスの作家によるSF/冒険?小説。なんともカテゴライズするのが難しい。
原題はそのまま「WALKING DEAD」で1977年に発表された。日本ではかのサンリオSF文庫から出版されたものの長らく絶版状態。一時は相当な高値が付けられたそうなのだが、2013年に筑摩書房から復刊されたのがこの一冊。
作者の事もそんな幻の一冊的な逸話の事も知らなかったのだが、表紙の絵(アルノルト・ベックリンという人の絵らしい。)がすごく良くて目に止まりあらすじを読むと面白そうだったので購入。俳優の佐野史郎さんが解説を寄せている。(帯にもばーんと出ている。)私は何となく佐野史郎さんが結構好きだ。

製薬会社の研究員デビッド・フォックスはカリブ海に浮かぶ島国ホッグ島に実験のため派遣される事になった。その島では密かに魔術が息づき戸惑うフォックスだったが、ある日研究所で起きた殺人の嫌疑をかけられ半ば強制的に為政者一族から人体実験を強要される。

生ける屍といえばすっかりゾンビの代名詞になってしまったが、この小説ではもっと複雑である。カテゴライズするのが難しいと書いたが、なかなか一筋縄ではいかない。主人公フォックスは善良かつ真面目な男だがやや主体性・能動性に欠ける人物で、彼がのっぴきならない状況(だからまあ流されてしまうのも仕様がないのだが)にぐわーっと飲み込まれる様を淡々と書いている。ハイチを思わせる太陽が燦々と照りつける島で人体実験、呪い、陰謀、派手なドンパチと色々な要素が詰まっている。そういった意味では極めて派手な物語なのだが、読んでみるとかなり内省的で観点的だった。というのも色んな物事が激しく動いていく中でもこのフォックスという主人公はひたすらマイペースで、いちいち考え込んでしまう。その心の動きがかなり丁寧に書かれている。悪い一面で言うと自体が動いている割にはそこが小説全体の動きを幾らか阻害しているし、しかしその独特のリズムがこの作品を唯一無二足らしめているのも事実だ。
寓話というにははっきりしすぎているがそれでもこの作品が内包しているものは多岐にわたる。呪いが存在する中で科学の徒であるフォックスは始めは一笑に付したそれにどっぷりはまり込んでいく。呪いってなんだ?と考えさせられる。魔術が作用するには場が必要だということと(魔術師だけでなくかけられる方が魔術の成立には大切)、仕組みが理解できないという意味では実は高等な科学も一般人から見ると魔術的なものであるということ、両方とも常に権力の道具とされる事は面白い。
淡々としているが明らかにこのホッグ島という半分未開めいた場所では差別が横行され、一部の人たちは明白に迫害されている。具体的には追われ、捕まれば拷問されて殺されている。この状況は縮図といった感じで、未開人だから野蛮だというのとは少し違う。それが発揮されやすい特殊な状況を設定して(つまりデフォルメして)書いているのだが、実際には普遍的な権力の横行と、その残酷さ、そして気まぐれに自分の人生を左右されてしまう一般人たちの悲哀を書いていると思う。文明批判というよりは人間性の批判であって、だから未開の地でもその論理が成立しているようだ。あくまでも流され型のフォックスを通して冷静な視点で書かれているから、なおさら流される血の色とにおいが鮮明でもある。

色々な点で一風変わっている小説だが、思った以上にその内容と主張は強い。幻の一冊、気になった人は是非どうぞ。

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