明治から昭和にかけて活躍した岡本綺堂の短編集。
光文社から出ている岡本綺堂作品集の1冊でタイトル通り、彼が書いたもののなから時代推理小説をピックアップしたもの。「時代」といっているのはそれぞれの物語で取り扱っている年代に幅があるため。江戸時代もあれば、明治の日露戦争中の話もある。
私が岡本綺堂にであったのはもうどの小説かは覚えていないのだが、結構好きで読んでいる。私は時代小説はそんなに読まないのだが綺堂の「半七捕物帳」シリーズは多分一番好きな時代小説シリーズで同じく光文社から出ている全集6巻を順繰り読んでいくのは本当に楽しい読書体験のひとつだった。光文社から出ている作品集も多分ほぼ読んでいるので順当にこの本も買った次第。
御馴染み青蛙堂の主人宅に集まるイントロがあり、そこから12の不思議な物語が始まるのだ。
時代小説というと素人の私が言うのもあれなんだが、きったはったと人情と大きく二つの魅力がある(江戸時代の風俗を書くという大きな魅力はその根幹にあるとして)と思う。綺堂の話はきったはったはそんなにない。「半七捕物帳」でも派手な殺陣というのは無かったように思う。人情話では勿論あるのだけど、あざといくらいの御涙頂戴とは無縁である。もっと不思議な、さらにいえば怪異、怪談、怪奇に舵を取っている。それでは下品なくらいおどろおどろしいのかというと、ここが実に上品にかつ上手くまとまっていると思う。このバランス感覚の巧みさが魅力の一つ。さらに美文だが、例えば泉鏡花の分は八とするほど美しいが、(特に学がない私からすると)ちょっと敷居が高いのも事実。(勿論泉鏡花の小説は大好きです。)一方綺堂の方はさらさらっと読み進められる。俗っぽいのとは違って繰り返しになるが文体は美しいが、簡潔、平明に書かれていてぱっと情景が頭の中に浮かぶのだ。
一見理解不可能な不思議な事件が発生する。どうにもこれは妖怪のしわざとしか思えぬ、というのを冷静な推論とあっと驚くトリックで物理的に説明する、という近代の推理小説の手法を使っているから時代小説と行っても非常に馴染みが良い。(設定は京極夏彦さんの京極堂シリーズに少し共通項があるね。)ただガッチリ本格ミステリーとは明らかに一線を画す内容で、ともすると証拠とトリック至上主義のパズル趣味(これはこれで面白みがあるのはご存知の通り)に陥りがちでもあるこの手のジャンルで、この世の不思議、哀れさ、やるせなさ、たのしさをふっとにおわせるのが綺堂の手法で私はこれがたまらなく好きなのだ。例えばこういう真相だろう、というのははっきりするけど下手人の女の行方は杳として知れず、といった結末であったりする事もあって、なんだよわからねえのかよ!と憤慨する人もいるかもしれないが、私はそこに一抹の期待めいたものを読み取ってその余韻が大いに楽しいのである。この世は説明できない事がある、人の情も含めてというたわけたお為ごかしとは違う。もっと余韻めいた後味である。
やっぱり抜群に面白い。あっという間に読んでしまった。もっともっと読みたい。時代小説に興味のある方は是非手に取っていただきたい1冊。怪異方面が気になる方は同じ光文社から出ている短編でも良いと思いますよ。これもそうですが、どれもオススメです。
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