2015年4月4日土曜日

スチュアート・ウッズ/警察署長

アメリカの作家による警察小説。
1981年に発表された。日本に紹介されたのは1984年だが、私が買った文庫は2009年に刷られたの第14版だというから長らく愛されている小説だという事が分かるだろう。
警察小説だがタイトルが面白い警察署長である。通常の警察小説では主人公は刑事のことが多く、署長が現場に出張ってくる事が無い。また原題も「Chiefs」で複数形になっている。この大河警察小説とも称される作品はいろいろ所謂クラシックなのだろうがいろいろと面白いところがある。

1919年ジョージア州デラノでは象虫が猛威を振るい綿花栽培農業を営むウィル・ヘンリー・リーは踏みとどまるよりは新しい道を選択する事にした。それはデラノの町の警察署長に立候補する事。いままで町の小ささ故に警察機構が無かったが、このたび満を持して設立されるポジションに手を上げたのだった。果たして町の有力者達の委員会で承認され晴れて署長になったウィル・ヘンリー・リー。人望も厚く仕事は順調だったが、ある日白人の若者の死体が発見される。全裸で何者かに追われている途中で崖から落ちたらしい。死体には生前の暴行の痕跡が残されていた。平和な町にそぐわない陰惨な事件にウィル・ヘンリー・リーは捜査を開始する。

というのが本当に冒頭。
だいたい雰囲気は掴めると思う。まず本当に小さい町なので警察官が署長しかいないので必然的に捜査にも彼一人があたる。そして1920年代ということで当代風の科学捜査など勿論望むべくも無いのである。捜査の基本は脚というが、ウィル・ヘンリー・リーは脚と口でもとって捜査にあたる訳だ。
こうやって書くと時代が古いだけで至極真っ当な警察小説にみえるが、実はそうではない。上下巻に分かれたこの小説は主人公が3人いる。一人は前述のウィル・ヘンリー・リー。しかしその後にまだ2人の署長達が控えている。彼ら3人は一見平和な田舎町デラノに巣食うある一つのしかし連続した犯罪に44年間という歳月をかけて挑んでいく事になる。これが”大河”と称される由縁である。
なのでこの小説の主人公というのは3人の署長たちともう一人デラノの町というのがある。未舗装の道が続いていく農業が主産業となる20年代、太平洋戦争が終わった40年代後半、そして公民権運動の盛んな60年代と、町とそこに暮らす人々の生活が少しずつだが確実に変遷していく。おもしろいのは実際に暮らしている人の顔ぶれはあまり変わらなかったりするので、より如実に時代の変化が感じてとれる。一方中々変わらない人の意識という物もあってそれがこの小説の一つのテーマだと思っているのだが、黒人に対する白人の差別である。南北戦争は1865年に集結しているものの南部のジョージア州では未だに黒人が白人の奴隷のように背且つしている20年代、3人目の主人公タッカー・ワッツが黒人でデラノの警察署長になるのが60年代。すこしづつ黒人の社会的地位も向上してくる訳だけど差別は根強く、ワッツはデラノに長く存在し続けた犯罪に終止符を打とうとするのだが、白人至上主義者に足を引っ張られる訳である。この白人達の醜悪さといったら中々辛辣に描かれている。白人の気まぐれな傲慢さによって人生を狂わされ、人間以下の扱いをされた黒人の恨みというものが、一見のどかな田舎町に澱のように堆積していく。白人の作家であるスチュアート・ウッズがしかしあくまでも最後に黒人であるワッツを主人公に据えた物語はそんな爆発寸前の緊張状態を、暴力でなく機知と行動によって見事にしめたところが個人的には良かった。
文明の発展は人を豊かにするのだが、人の精神を向上させるのはあくまでも時代によらない普遍的な人の意思だということをウッズは書きたかったのかもしれない。重苦しくなりがちなテーマをウィル・ヘンリー・リーの息子ビリーと、リー家を見守る辣腕ホームズ、この2人は勿論当事者(特に政治の世界に打って出て世直しをしてやろうという危害があるものだし)なんだけど、同時に傍観者の役目もある。そんな2人が年は共通して進歩的な反差別的な人間に描かれているものだから、物語自体は本当に読みごこちが良くスラスラと読めた。
警察小説が好きな人は是非手に取ってみていただきたい。オススメ。

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