2013年9月15日日曜日

チャイナ・ミエヴィル/クラーケン

イングランドの強面作家によるSF・ファンタジー小説。
チャイナ・ミエヴィルは短編集「ジェイクを探して」と優れたSFに与えられる各賞を総なめにした「都市と都市」の2冊を読んだことがある。
他に「ペルディード・ストリート・ステーション」という作品があって、それが気になっていたんだけど、こっちが丁度発売されたので買ってみた次第。

イギリスにある博物館・研究施設ダーウィン・センターでキュレイターを勤めるビリー・ハロウはある日職場の目玉である水槽に入ったダイオウイカがこつ然と消えていることに気づく。イカの全長だけでも8.6メートルある巨大なそれを誰が、どうやって人目につかず運び去ったのか。さらに身の回りで奇妙な出来事が起きるビリーに「原理主義者およびセクト関連犯罪捜査班」、イカを救世主とあがめるカルト教団などが接触してくる。彼らが恐れる「終末」とはなんなのか。ビリーはそれを食い止められるのか。

というお話なんだが、これがなかなか一筋縄ではいかないことになっている。
あらすじだけ追えばSFというよりファンタジーの内容なんだが、読み進めていくと根底の部分の考え方にSFのそれが採用されていることが分かる。分かりやすいSF的なガジェットはほぼ皆無だが(一つ反則的な光線銃がでてくるが…)、間違いなくSF的なアティチュードを持っていると思う。
舞台となるのはイギリス・ロンドンなのだが、普通の一般人ビリーは普通じゃない事件に巻き込まれると、ロンドンの様子が一変する。薄皮のような日常を剝くとそこには怪しげな魔術と魔術師が横行している。近代の魔術というとハリーポッターを思い出す方もいるかもしれないが、あれとはちょっとひと味違う。この作品では魔術はしばしばナックと呼ばれ、確かに超常の技には違いないが、もう少し現実的である。知り合いだと思わせる、落下の衝撃を弱める、モノや人を移動させる、といったような。分かりやすく火が渦巻いて人を襲うような魔術は出てこない。
一般人がふとしたきっかけで変な能力を持った異能人たちの戦いに巻き込まれる、という構図は日本のライトノベルだったりアニメだったりのそれに似ているかもしれない。ふと思ったが、多分結果的には似ても似つかないものになっている。
文字通り超常の技ナック、迫りくる終末、100年以上生きる伝説の残忍な殺し屋、異常な風体の魔術師を束ねる暴力的なリーダー、使い魔たちの労働組合、と様々な要素が後から後からでてくる。兎に角登場人物がみんな個性的で、ふんだんにスラングが含まれた会話が軽妙で面白い。シリアスなんだが妙にふざけておどけたところがあって、結構凄惨な描写が出てくるんだけど、独特の能天気さが救いになっていると思う。
迫りくる「終末」というのが具体的に何なのか?その鍵を握るのが消えたダイオウイカらしいというのだが、具体的にはどのような役割を果たすのかも分からない。主人公ビリーには色々な怪しい人物が接触してくるが、彼らもその実何を考えているのかわからない。読者は主人公ビリーとともにダイオウイカの周りを文字通りぐるぐる右往左往することになる。恐らく作者が意図的に肝心な中心をぼやかして書いているんだと思う。
ものすごい勢いで結末に向けて引っ張られていく感じはあるんだけど、最終目的地が想像できない。ただ恐ろしいことだけは分かる。そういう感覚。
ちなみにラストが素晴らしくて「こうするのか!」と感動。なるほど。正直ちょっと分かりにくいところもあって、目隠しされてジェットコースターにのせられているような気分だったけどラスト読んで納得。

なかなか厄介だけど、最後まで読んでほしい作品。
著者のファンなら気に入ること間違いなしだと思います。

nine inch nails/Hesitation Marks

2009年に活動を休止したアメリカのバンドの復帰作となる8枚目のアルバム。
2013年にNull Corporationという耳慣れないレーベルからリリース。
私が買ったのは日本版ではなくて2枚組の本のように装丁されているデラックス版。
一貫した公式ナンバリングであるhaloは28である。

非常にビッグなバンドだからご存知の方も多いと思うが、業界のカリスマトレント・レズナー率いるバンド。今回は彼とアラン・モウルダー、アッティカス・ロスといったおなじみの面々に加えてダスティン・モズレー、ジュン・ムラカワ(音楽や映画のクレジットに日系人の名前を見つけると嬉しくなるのは私だけではないはず。)といった面子と組んで作ったようだ。ビルボードで初登場3位というからすごいね。

アルバムの発売に先立ちシングル「Come Back Haunted」が公開されたのが6月頃?恥ずかしながら公開されてから知って超吃驚した。iTunesで買って聴いた。

ここでちょっとした思い出話。
今でも覚えているのだが、中学生の頃友人と原宿に行って恐らくレコファンで「The Fragile」の輸入版を買った。当時Marilyn Mansonを聴いていてバンドのプロデューサーであったトレントのバンドということで興味を持って購入したんだと思う。
CDプレイヤーとMDプレイヤーでもって聴いたんだけど、始めは兎に角全然分かんなくて困った。全然よくねえな、と思ったのではなく、なんだか良く分からなかった。音の数が多すぎてなんだか分かんない。シングルカットもされた「We are in this Together」だけはかっこいいと思って繰り返し聞いていた。
で、何かきっかけがあった訳ではないのだが気づいたらどっぷりハマってた。全曲アホほど繰り返し聴いた。過去の音源も買ったりレンタルしたりして集めた。(「closure」を買いに西新宿のブート(も扱っているCD)屋にいったりもしたなー。)どれも好きだが、一番はやっぱり「The Fragile」。高校生になって、大学生になってもことあるごとに聴いてたし、今もたまに聴く。多分人生で一番沢山聴いたアルバムだと思う。
というわけで何がいいたいかというとnine inch nailsは私にとってちょっと特別なバンドなのである。思春期にドストライクだったから思い入れがあって、以来私は呪われたように暗い曲が詰まったCDやらレコードやらを今に至るまで集めるようになった。

だからまあ活動休止を経てリリースされた「Come Back Haunted」を聴いたときは吃驚したよね。その格好よさに痺れたよね。アルバムのリリースに「これはひょっとしてひょっとするんじゃねえの」と期待も高まった訳だ。(ちなみに「With Teeth」も「Year Zero」も好きであるよ。)

そして待ちに待った8枚目のアルバムは私の手元に届いた。
まずは今までとの音の違いに驚いた。
ninといえばインダストリアル。でロック。インダストリアル・ロックだ。特徴的な機械音。そしてギターを始めとするバンドアンサンブルの融合と。
今作もバンドアンサンブルは勿論ありあり。だが、使い方が前ほど派手じゃない。(曲のスタイルが)The ロックではない。
電子音が、それもビートがかなり前に出ている。具体的にいうとドラムとベースの音。
昔は生っぽかった(実際ドラムを叩いていたと思うし)けど、今回はもうこりゃ機械ですな。多分今の技術だったらデジタルでアナログの質感をほぼ再現できるはずなんだけど、トレントは意図的にデジタルだとはっきり分かるように使っている。ロックというよりはテクノっぽく聴こえる。一音一音が結構しっかりしているものの、細かく反復的である。ちょっとミニマルっぽいのかな?曲の展開はそんなことないんだけど。

ただよく聴くけどなるほどこれはどこまでもninだと気づく。何より歌が曲の中心にある。ストイックでいるけど聴きやすさを意識して作られている。ちょっと暗めの内省的な曲調。てこてこしたようなリズム。妙に金属的なギター音。どぅーむ!って感じの独特の音は健在で嬉しい。「Satellite」なんかはは特に作り方や音のそのものが昔ながらの彼らっぽいと思う。よくよく聴いていると音の数の豊富さに驚く、変な音がいっぱい入っている。妙に民族音楽用なステップや跳ねるようなリズム。ううむ、これは確かにnine inch nailsじゃないか。
聴けば聴くほど格好いいな!「Various Methods of Escape」「Running」「In Two」は本と素晴らしい。
音作りはかなりまじめ。かっちりしている。ninはかなり幻想的な音楽である反面酩酊的な音楽ではないのかもしれないと個人的には思う。トレントはまじめな性格なのかな。
しかしさすがに「Everything」は驚いた。なんじゃこれ!なんか私の中では「散歩行こう」ってイメージ。なんていうのだろうな。こういう雰囲気の曲聴いたことあるんだけどなんていったらいいのか分かんない。

久しぶりの、そしてもうでないんじゃないかという予想を裏切って発売された彼らのアルバムだが、私は素直に楽しめました。し、これからも聴くんだろうなと思います。
確かに「The Fragile」の徹底的な暗さはない。でも苦しくないのに苦しい振りをされるのも嫌だ。このアルバムは何となく素直さが見え隠れするようで、曲の持つ楽しさがすっと入ってくる。これが今のnine inch nailsなんだな、と思った。そしてそれが楽しめてよかったと思う。大好きなバンドの新作に素直に感動できて私はとても幸せだ。
素晴らしいアルバムなので音楽好きの皆様には是非聴いてほしいと思います。
いやー嬉しいな。

2013年9月14日土曜日

Vampillia/Endless Summer

何かと世間を騒がせている日本は大阪のブルータルオーケストラのEP。
2013年の夏の終わりにリリース。

タイトル曲は久しぶりに(1stEPであるSppears以来だと思うのだ。)ツジコノリコさんをボーカルにフィーチャリングした曲。

実は2種類の音源が存在する。
オリジナルバージョンと元相対性理論の真部さんのボーカルが大胆に加えられたバージョン。(どうでも良い自慢だが、私は相対性理論がまだ有名になる前に下北沢でライブをみたことがあります!)前者がCD+7インチレコード(ドーナツ盤)で、後者がiTunesでダウンロード販売。
私はリリースがアナウンスされてから、Amazonで予約注文をかけた。Facebookの彼らのページで2つのバージョンが公開されてテンションはマックスである。で、発売日の9月4日(3日の深夜)にiTunesで購入した。
すげーー!オリジナル版はよ!!と思っていたのだが、Amazonから全然発送されないので慌てて他のレコード屋のオンラインショップで購入した。ところがメール便がなかなか来なくてさ…。1週間くらいすげーもやもやしておりました。

さて曲の方はというとまあ凄まじいことになっているので、こんなところをみている場合ではない。速く買いにいってくれ、といいたいところなのだが、まあ解説するよ。
まずは、ツジコノリコさんと子供さんのウィスパーボイスでスタート。ピアノが入ってきて「おや?結構まじめだな?」と思っている間に、バンドアンサンブルあくまでもすっと入ってきて、エコーのかかったツジコノリコのしっとりかつ儚さ全開の歌声が(文字通り)重ねられる。歌声が止んで溜めた感想ののち、グラインドパートに突入。ドラムブラスト全開。ギタートレモロ全開。ボーカルデス声全開。そこにストリングスのすっげえ切ないメロディラインが入ってくる。悶死。そこにツジコノリコのボーカルが戻ってくる。切ねえ、まるで燃えながら超高速で落下し続ける彗星のようじゃねえか。感動にうち震えていると、燃え尽きたように静寂が支配してスタート同様ピアノとウィスパーボイスでもってしっとり余韻を残したまま終わる。
4分と半の天国。やりよった、Vampilliaがやりよったとしか言いようがない。奴ら今回は最初っから最後まで完全にこちらを殺しにきてる感があって、いつもの道化っぷりは完全になりを潜めています。
また歌詞が本当に切ない。永遠に終わらない17歳の夏、というのがテーマらしいのだが、これはずるいからくりがある。歌詞の内容は哀切に満ちた夏の終わりが羅列されている。終わらない夏といっているのにである。これはずるい。終わらない夏なんてないのに、「終わらないよ!」といっているのだ。強情に言い張っているのだ。夏の終わりに。もうすぐ秋が来るというのに。切ない。これを夏の終わりにリリースするなんてずるすぎる。

兎に角、四の五の言わずに聴いてほしい。


さてもうひとつの真部さんの別バージョンは曲名が「endless (massaka)summer」となっている。

オリジナルでは「ザマーーー(多分summerといっている)」とデス声が入るパートにやけにすかしたような「なつはまさかのまっさかさまー」と入るのである。(massaka)summerって何だろうな?って思ってたけど「真っ逆さま」とはね。
完全にふざけているな〜。とおもってにやにや聴いていたら、や、普通に格好よくてちょっと吃驚した。演奏が格好いいのもあるんだけど、気づいたら「まっさかさま〜」と口ずさんでいる自分がいたりして面白い。

またそれぞれの音源には蝉の声と、子供のパタパタとした足音が入ったこらまた切ないピアノのインストが入っていてこちらも格好いい。

夏の終わりにとんでもない曲が出てきたもので、嬉しいったらないです。
劇的にオススメ!

2013年9月8日日曜日

Vampillia/Hefner Trombones Vol.1

日本は大阪の10人+αのブルータルオーケストラの21013年発表のEP。
iscollagecollectiveというレーベルからのリリース。
妙に安いなと思ったら3曲しか入っていなかった。

Vampilliaというとデス声、ゲス声、オペラ声というトリプルボーカルに、ギター、ベース、ドラム(なんとRuinsの吉田達也も参加している。)というバンドアンサンブルに加えて、バイオリンやピアノなどの楽器陣が脇を固めて唯一無二の音をならしている不思議なバンドで、活動当初から海外の様々なアーティストからラブコールを贈られ、実際Nadjaだったり元Mayhemのアッティラなどなどとコラボしたりといろいろ話題のバンドだ。
私が初めて彼らのことを知ったのは何時だったか、恐らく田代まさしさんが出演しているミュージックビデオが話題になった1stEPの頃だっただろうか。

それから何枚か音源をリリーシスしてきた彼らだが、初めて上のビデオを見たときからこいつらは根底に悪ふざけがあるなと思ってきた。
諧謔といえば聞こえがいいが、ともするとちょっと人を食ったような悪ノリがあるのだ。ちょっとこっちを煙に巻くような。彼らは人をむかつかせるバンドだろうか。人によっては添うかもしれない。では彼らは心底人を馬鹿にしたバンドだろうか。それは否であると思う。彼らの馬鹿にする人でも彼らの音源を一聴すれば、彼らが100%マジで音楽を作っていることは分かるのではなかろうか。
ゲス声のボーカルの人は頭のおかしいピエロのようなメイクを施しているが、彼が象徴しているように基本的にこのバンドは道化的であると思う。不気味な面をして奇矯な振る舞いをするが、本質的に彼らというのは私たちを笑わそうとしているのだと思う。

さて、久方ぶりの彼らの音源だが、レーベルの説明をみるとhefner trombonesという架空のバンドになりきって録音したというコンセプトがあるらしい。なんのこっちゃと思うがまず曲名をみていただきたい。
1 , My father was hugh hefner,mother was crystal harris.
私の父はヒュー・ヘフナー、母親はクリスタル・ハリス。
前者はプレイボーイの創始者で後者は彼がおじいさんになってから結婚したセクシーなモデルさんである。
2 , Toshi’s Beautiful Thug Life,Only God Could Judge Him
トシの美しいギャングスターライフ、誰も彼をさばけない。
トシというのは多分X japanのボーカルではなかろうか。
3 , 15years Ago,I Ate Mogwai As Dinner.
15年前、夕飯にモグワイを食った。
なんだかアナルカントのむちゃくちゃなタイトルを彷彿とさせる。
モグワイは映画グレムリンに出てくる可愛いモンスターで、同名のポストロックバンドも有名。

うーん、これは大分ふざけている。
さて曲の方はというとこれもかなりふざけている。
全編にわたって赤ちゃんの声、女性の鳴き声、妙にいい声の男声ナレーション、気持ち悪い笑い声、気持ち悪い男たちの歌声と変な声がふんだんにフィーチャーされている。
1曲目は妙に雰囲気のあるピアノ、バイオリンがなったかと思うと、突然妙にチープなリコーダーが入ったりする。そしてまた突然始まる絶叫しまくりの混沌としたグラインドパート。ちーんというベルの音で区切られている妙な反復性。締めはアンビエントなピアノだし???となっているうちに曲が終わる。
2曲目は終始突っ張りまくるグラインドコアスタイルだが、パイプオルガンがかぶってくるため妙に怪しい雰囲気で、ブラックメタルっぽく聴こえないこともない…かも。いい声のナレーションが入って小休止、また爆走再開という流れ。
3曲目は手拍子とくぐもった男性の気持ち悪い合唱からナチ的なアジテーションを絡め、不穏なギターがリフを反復する不穏なスタート。後ろでぐうぐう唸る獣めいたデス声がグッド。今度は聖歌で区切る。曲の前半分は執拗な反復。むむむ、と思っていると後半妙にメロディアスなギターがトレモロの効いたブラックメタル然としたフレーズを奏で、ピアノが鳴りだしデス声とゲス声がわめきだす。余韻を残して終了。
3曲に共通して小休止と反復を取り入れてます。テーマなのかな?

まあふざけてますね、完全に。狐につままれたような感じです。しかし3曲目後半の美しさといったらどうだ。素直にやられた〜という感じ。Vampilliaはこうなのである。彼らはこっちがぽかーんとするくらいにふざけるくせに、要所要所にびっくりするような美しさをちらっと見せて私たちを感動させ、混乱させるのである。ふざけるなよー、と睨みつけたその顔ははっとするほど真剣なのである。
ずるい。
なんというたちの悪い奴らであろうか。私はもう完全に虜である。
さっさとフルアルバムを作りなさいよ、といいたい。
この夏は結構リリースがある彼ら、可能な限りついていきたい所存。

いつもにまして悪ノリだが、彼らのファンならマストでしょう。おすすめ。

2013年9月7日土曜日

Devilman/Devilman

3人組のダブ・ユニットの2枚組デビューアルバム。
2013年にSmall But Hard Recordsと日本のMurder Channelからリリース。
なんとなしにネットをみていたら↓この曲を発見して買ってみた。

調べてみたらなんとメンバーは全員日本人なんだけど、みんな海外在住らしい。グローバルだ。海外でミュージシャンというと国内でへこへこ働いている私からするといかにもアーティスティックで憧れがあるんだけど、ビザってどうしているんだろうね。

メンバーはDj Scotch EggことShigeru Ishiharaがベース。今知ったけどこの人テクノユニットSeefeelのメンバーなんだね、CD1枚持ってます。確かWarpからでてたような。
ビートがDokkebi QことGorgonn。まずはこの2人でDevilmanが結成されたようだ。
そこにBo NingenというバンドをやっているTaigen Kawabeがボーカルで参画、ということらしい。
冴えないメタル野郎である私は後の2人に関しては知らなかったんだけど、いずれもその筋では有名な方達なんだと思います。

さて音の方はというと、これは難しいな〜。何かっていうとカテゴライズがである。調べたんだけど結構はっきりDevilmanは〜〜です!ってのがないんよね。
テクノっていっていいのかな?公式にはDub、Dubwise、Sludge、Hardcore、Distortionなんてタグが付けられているから、まあだいたい好きな人は想像で切るんじゃなかろうか。
まずはビートが中心にある音楽だと思います。曲にもよるんだけどだいたい一撃が重い!速度もそんなに速くない。遅い方でしょう。本当に一撃!という感じのビートもあるし、結構複雑なものもあります。全曲に共通しているのは非常に乗りやすい。軽快じゃないんだけど体がリズムを取っちゃう感じ。
そこにベースがかぶさります。ワブルベースというらしいんだが、異常に歪みをかけた重ーいベースがうねるように這い回ります。これは所謂テクノというジャンルからすると、その枠を超えるくらいぬるぬる動いて気持ち悪い(褒め言葉です。)。
さらにノイズがかぶってきます。ぴゅんぴゅんした高音ノイズ、ずっしりした低音ノイズ、じりじりした混線した無線のような雑音。フィードバックノイズ。曲を通して音の数はそんな多くないと思うのですが、どれも使い方が効果的。インダストリアルを感じさせる重量感がある金属的な音質が一番の特徴でしょうか。
そこにTaigenさんのボーカルが乗ります。エフェクトかけているんだと思うんだけど、この人の声っていうのは結構特徴的。素っ頓狂な叫び声や喉にかかったような叫び声。どれもメタルのそれよりドスが利いてないんだけど、バックの音楽が兎に角重苦しいから、非常に良く合う。
メロディ性はきわめて希薄で分かりやすいメロディラインはほぼ皆無。ビートとノイズの洪水のような音楽。妙にインテリぶっているところがない、無骨な鉄のかたまりのような情け容赦のないブルータルな音楽性といえると思います。無機質と有機物の見事な合成とでもいえるサイボーグ感漂うハイブリッドミュージックて感じ。
ちなみに聴いた当初はDeadFaderっていうアーティストに似ているなーと思ったんだけど、アルバムかったらお互いにリミックスをしていました。

兎に角でかい音量で聴くのが最高に格好いい。ほーんって何気なく買ったんだけど、これはいい買い物したと思います。
めちゃ格好いいのでオススメです。

2013年9月1日日曜日

Fleshgod Apocalypse/Labyrinth

イタリアの伊達男シンフォデスメタルバンドの3rdアルバム。
2013年にNuclear Blastからリリースされた。

メタルとクラシカルなシンフォニーというのは結構親和性のある組み合わせで、今や音楽に普通に取り入れているバンドも沢山あるし、大御所メタリカもコラボアルバムを出していたように思う。しかし個人的にはちょっと苦手意識があった。というのもドラマティックナノは結構なのだが、大仰すぎて入り込めないのである。自信過剰というともはや誹謗中傷ともとらえられかねないが、どうにもこうにも曲に入り込めないというパターンが多かった。

彼らの2ndアルバム「Agony」がリリースされたのが2011年で、それに前後して(リリースのちょっと前だったような覚えがあるのだが、はっきりしない。)アルバム収録の「The Violation」のミュージックビデオが後悔された。何ともいえないストーリー仕立てのビデオはいかにもメタル然としていたものだが、その曲の内容はとてつもなかった。
シンフォニックなアレンジのデスメタルであった。別に妙に奇をてらった訳ではないが、凄まじかった。私は「Agony」(妙にださいジャケットはいかにもメタルだ。)と一個前のEP「Mafia」を購入しとても楽しく聴いた。

それから2年。新作がリリースされたのだが、当然購入した次第だ。
クレタ島のミノタウロス伝説がテーマのコンセプトアルバムのようだ。
基本的な音楽性は前作からの延長線上にあるといっていいと思う。
シンフォニックなレンジをかなり大胆に取り入れている。女性のオペラ声を導入するなど、前作に比べて派手さが増した。かといって同時に十分すぎるほどブルータルである。さらにひたすら突っ走った前作に比べると、激しさはそのままに曲に緩急がついた。メリハリがあってアルバムを通して聴きやすくなった。
私は「The Violation」を聴いたときもそうだったが、思わず笑ってしまった。
なぜならばあまりにメタルであるからである。以前もどこかの記事で書いたが、私はメタルの良さは「過剰さ」であると思っている。
そういう意味ではFleshgod Apocalypseはきわめて純度の高いメタルである。ドラムは叩きすぎるほどに叩く(大好きだ!)。ギターとベースはリフをすげー速度で弾きまくる。妙にクラシカルなフレーズが散見されるのがさらにグッドだ。小節にこれでもかというほどに音を詰め込む。もはやある種のチャレンジではと思うほど。デス声がからむ。妙にオペラっぽい高音で歌い上げる。さらに重厚すぎるシンフォニーが曲をもう一個別の次元に押し上げる。
前作も恐ろしかったがややもすると単調になりがちだったが、今作は曲にメリハリをつけた。タメを作って一曲の中にも緊張感とカタルシスを大幅に追加することに成功している。リスナーは嵐に飲まれた小舟に乗っているように、あちらこちらへと引っ張り回される。上ったかと思ったら谷のような波間に急降下していくようだ。
個人的には曲によってはピアノが大胆に取り入れられている点がとても気に入った。これだけやかましいのにピアノを導入するというのはすげえなあ。やはりピアノは良い。五月蝿いのにメランコリックさがある。

よくぞここまでといいたい。太陽と海の国イタリアに生まれ、パスタとワインの食べて育ったというのに、一体何を間違えて髪をのばしすぎるほど伸ばし、バンドをやるのはかまわないにしても、5人も集まってなぜこんなマニアックな音楽を作ったのだ、と快哉を叫びたい。全く持って素晴らしい奴らである。

メタルすぎるほどにメタルだ。小賢しいモテ音楽をいとも介さずひたすらメタルなアルバムである。もはやメタルですとしか言いようがない。デスメタルです。メタルの固まり。全メタル野郎必携の良盤。

パオロ・バチガルピ/ねじまき少女


アメリカ人作家によるSF小説。
今作はネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞など名だたるSF(やホラーファンタジーなど)小説に与えられる賞や、その他の賞を総なめにしたという一品で、ミーハーな私としては一も二もなく飛びついたのであった。(発売から大分たって買いました。)
結論から言うとこの小説すげー面白かったのだが、設定が結構複雑かつ込み入っている(私の頭がよろしくないということもあると思います。)、さらに本の中で懇切丁寧に解説してくれているタイプではないのでちょっと難しい。
とはいえ個人的にはあれこれ想像したり考えたりしながら読むのが好きなので、「むむむ」と唸りながらまで最後まで読み終えるのはなかなかに面白い体験だった。
この小説はまず設定が面白い。時代や世界背景がかなーり作品の肝になっておる。
なので、まずその複雑な設定を書いてみようと思う。
一読しただけだから間違っていることもあるかもしれないが、ご容赦願いたい。

まず時代ははっきりと明示されている訳ではないが、今より大分未来である。
温暖化もしくは環境破壊(もしくは双方)のため、海面が著しく上昇している。沿岸部の都市は水没している。
エネルギー事情がかなり特殊で(ここが作品の一つ目の根幹)、まず今流通しているエネルギーのたぐいはほとんど使用不能。石油は枯渇し、メタンガスが都市部に明かりや火の元を供給している。より包括的なエネルギーはねじまきが供給している。その名の通りねじまきである。ねじを巻いて溜めたエネルギーを解放することで使用している。ねじは基本人かその他動物によって巻かれる。作中このエネルギーは「ジュール」(エネルギーの単位)で表現される。
必然的に効率が悪く、且つ大容量のエネルギーを確保するのが困難である。飛行機の代わりに飛行船が空を飛び、車両は石炭で走る(すごい金持ちしか持てない。)。コンピューターは石炭もしくは足踏みでエネルギーを溜めて動かす。通信インフラも全時代に逆戻りし、携帯電話はない。ネットも恐らくない。無線は手でクランクをまわして使う。

次がもう一つの根幹でテーマの一つ、食料事情。
疫病(ちなみに植物だけでなく人にも感染する。)と害虫(遺伝子操作(ジーンハック)されているものもあり。)によって現在の食物はほぼ全滅。疫病は凄まじいサイクルで突然変異を繰り返しているのですべての食料が安全である保障はない。疫病に対しては更なる遺伝子操作で対抗している。つまり食料の価値が今と全然違う。圧倒的に食料が貴重である。しかし前述の性質のため一般への流通が制限されている。食べ物はカロリーの単位で表現され、これの確保がそのまま生存につながる。各種植物の遺伝子情報を持っていることが食料の確保につながることになるが、当然テクノロジーが後退している世界では困難な技術である。基本的にはそれらの遺伝子情報は企業が保有しており、彼らが世界を牛耳っている。(はっきりと言明されていないが、国家は崩壊しているかほぼ無力化している。)彼らはカロリー企業と呼ばれ、先兵がカロリーマンと呼ばれ各国で(有利な交渉を行うべく)暗躍している。
以上が世界設定。

舞台となるのがタイなのだが、こちらもかなり複雑なことになっている。
首都はバンコク(=クルンテープ(天使の都という意味なんだって。))海面上昇による水没を回避するため、壁を張り巡らし(かなり高いようだ。)海水の侵入を防いでいる。
ジュールはメゴドントと呼ばれる遺伝子操作された象がねじまきをまわすことで確保している。メゴドントは糞の王と呼ばれるやくざが一手に管理している。
タイは独自に種子バンク(文字通り食物の汚染されていない種子。未知の(かつては既知だったと思うけど。)遺伝子情報のためカロリー企業は喉から手が出るほど欲しい。)を保有しているため、カロリー企業に乗っ取られることなく独自に成り立っている特異な国。いわば鎖国しており、カロリー企業関係者は入国すら許されない。
王制が続いており、現在は子供女王陛下が国を統治している。が、実は側近のソムデット・チャオプラヤが実権を握る傀儡国家である。
対疫病部隊「白シャツ隊」を保有している環境省は国を守ってきたという自負があり、当然現状維持が信条。女王陛下への忠誠は厚い。
一方通産省は近代化を進めたいため、外国諸国との門戸を開きたい。カロリー企業との交渉も辞さないと考えている。こちらも女王陛下に忠誠がある。
かなりややこしいことになっており、王宮を中心に各陣営の思惑が交錯し一触即発の緊張感がある。

主な登場人物は5人。
アンダーソンはカロリー企業アグリジェン社のカロリーマン。(カロリー企業関係者は入国できないため表向きはねじまき工場工場長。)種子バンクへのアクセスを得るため暗躍。
タン・ホク・センはイエローカードと呼ばれる最下層の中国人難民。かつては富豪だった自身の復権を画策。
ジェイディーは通産省白シャツ隊隊長。虎と呼ばれる巷間の英雄。子供女王陛下と国家への忠厚く、そのためには強引な捜査も辞さない鉄の男。
カニヤは白シャツ隊副長。いっさい笑わないが有能でジェイディーの忠実な部下。
エミコは遺伝子捜査されたねじまきで「新人類」(疫病に耐性があり、子供ができない。)。日本人企業の重役の秘書としてタイにやってきたが(タイではねじまきは違法。特例がないと即殺害対象。)、捨てられて場末の娼館で働かされている。

タイなので勿論暑い。冷房もクーラーがある訳ではない。緊張状態といっても市民は元気で活気がある。汗をかくような熱気である。アジアですよ。僧は法力で海を押し返し、ステルス猫が跋扈し、科学者が研究の成就を仏に祈る。幽霊は生者に話しかける。各登場人物は汗を垂らしながら、それぞれの思惑で持ってバンコクを駆け抜ける。ここで物語が展開していく訳だ。どうです?とても面白そうでしょう。

設定だけみると一周回って崩壊した世界で人々がたくましく生きるという設定は椎名誠さんのSF小説と似ている(説明があまりなされないところも)、と思ったのだが、話の内容はなんだか全然違う。(文体とかは勿論全然違うよ。)
椎名さんの小説は視点が個にフィーチャーされており、一方こちらは各登場人物が何かの組織の代表者(直接的な意味ではないです。)だから、個に見えて実はもっと大きい組織の権力闘争が話の種だ。設定には似通うところがあっても、書き方で全然違ったものになるのは面白い。
巨人同士の権謀術数を個の動きに落とし込んでいるから、ただの設定だけの小説ではなくて血の通った生きている話になっているところもさすがの筆致だと思う。混乱し、錯綜する思惑の中で、生存が絶対の命題としたら、善いとか悪いとかある訳がない。何もかもがギラギラしていて生きようとしている。暴力と疫病がはびこり人は簡単に死ぬ。これが人間の本質なんだ!とは私は絶対にいわないが、隔離され閉鎖された世界で鉄板の上で焼かれているように走り回り、死んでいく世界はとても恐ろしく、そして人を引きつける。タイは巨大な火薬庫のようなもので、どんなに権力を持っていても国そのものをコントロールすることは誰にもできない。この巨大で醜悪な箱庭はSF的ディストピアなのか、地獄なのか、はっきりいってあまりその問いには意味がない。ある意味ではこの物語の主役はタイ・バンコクという町であって、それは兎に角どんな状況になっても生きようとする。

エミコはねじまきだけど、タイのような国では当然どこにも所属するところがない。いわば彼女だけ異質な存在で、そんな彼女が物語を動かしていくのである。ねじまき少女というタイトルはそういう意味で素晴らしい。

本当に面白かったなあ。やっぱSF小説は読んでて楽しいな!と思った一冊。
まだ読んでない人は是非読んでほしいと思います。