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2017年2月19日日曜日

チャイナ・ミエヴィル/言語都市

イギリスの作家によるSF小説。
原題は「EmbassyTown」で直訳すると「大使館の街」というところだろうか。時期的には「クラーケン」の後に執筆・発表(2011年)された。私はチャイナ・ミエヴィル作品が好きなので購入した。相変わらず読みやすいとは言えない文体で読むのにだいぶかかってしまった。

遥か未来人類は宇宙に進出。私たちが宇宙だと思っていたのは実は通常宇宙と言ってあまたある宇宙の一つの表層であり、その裏側にあるイマー、恒常宇宙は人間には正確に把握することができないいわば高次の宇宙であった。そのイマーに潜行することで星の海の距離もある程度は問題ではなくなった。人類は広く銀河とその外に広がる宇宙に広がり(ディアスポラと呼ばれる)、異星人とも遭遇、今では共存する様になった。
宇宙の辺境にあるアリエカに住む異星人は変わった身体構造を持っている。口が二つあり、二つのそれらが同時に言語を喋る。困ったことに二つの口に共通の意思がないとアリエカ人はそれを言語と認識できないため、意思がない翻訳機では用をなさない。アリエカ人の高い技術力を融通してもらうため、近隣の星であり一つの国であるブレーメンは人工的に一卵性の双子を精製、訓練、薬物、テクノロジーによって同一の別人を作り出し、これを大使としてアリエカ人と交渉することにした。アリエカ人は馬と昆虫が合体した様な外見をしているが基本的には友好的で、人類は大使を中心とした都市エンバシータウンをアリエカに建設し、そこではある程度の人類はアリエカ人と共存していた。
アリエカ生まれのアヴィスは恒常宇宙飛行士イマーサーとしてアリエカを一度は出たもの、夫となった男の研究のため生まれ故郷であるアリエカに戻ることになる。時をほぼ同じくしてアリエカにブレーメンから新しい大使が送られてくる。彼らの外見は全く違うばかりか、彼らは双子ではなく全く別個の人間であるという。エズ/ラーという名の大使たちはアリエカに大きな変革をもたらすことになる。

とにかく設定が特殊でこれを説明するのが大変。アリエカは別系統の技術によって進歩し、無機物を基礎とした科学が発展した人類に対して、バイオリグという生物を基調とした技術が進歩しており、文で読むだけでその異様さに目眩がしてくる別世界だ。グロテスクと言っても良い。ここら辺はミエヴィルは「ペルディード・ストリート・ステーション」なんかでも書いていたごった煮の異様な世界に共通している。「気持ち悪いというよりは感覚が違うのさ」という様な作者なりの美学が感じられる。その圧倒的な世界観にただただ幻惑されるのが面白い。相変わらず見慣れない単語を頻発する割には説明しないスタイルなので読んでいると疑問符が浮かぶこともしばしばだが、それは当然もう読み進めてなんとなく掴んでいくしかない。今回は特に読むのに時間を要したわけだけど、そう言った一歩一歩おっかなびっくり進んでいく読書体験も、冒険めいていてそれだけで面白い。
ミエヴィルは差異を描く作家で特定の異なるテリトリーをあえて近接させることで物語を加速させていく。いうまでもなく境界ではその差異が明確になるからだ。そう言った意味では巻き込まれ型の主人公が魔術の世界に落ち込んでいく「クラーケン」は面白かったな。今回はかなり気の強い女性主人公が物語にグイグイ介入していく。この女性も強いんだが、弱いんだかわかない人間味溢れる人で私はちょっとついていけないな…と思うこともしばしば。(選民意識と被害者意識が強い割に気が小さいんだもん。)
今回は言語の構造が一つのテーマになっているわけだけど、こういう思い出がある。高校生の時に国語の先生が「言葉って何」と問いかけると私も含めて「情報伝達の手段」とか答えるわけだけど、先生は不満そう。一人が「言語は世界です」というとその先生は「それだ!」声を張り上げたものだ。ちなみに彼は東大に行った。言語というのは一番わかりやすいのは名前をつけるということだけど、人間は言語を通して世界を認識しているわけだから、同じ景色を見ていても思考の基体となる言語体系が異なれば世界自体が違って見えてくる。それがこの本のテーマで、いわば辺境で素朴に育まれていた異星人の文化、世界に人間の言語(と考え方)という毒が紛れ込んでくる。両者は隔たりすぎてい他ので当初は混じり合わなかったわけだけど、特異な性質を持つ人間の大使の出現で否応無く毒がアリエカ人に蔓延する。この毒というのは比喩表現だけどそれを実際の表現にするのがミエヴィルであって、大使の都市は中盤以降聴き的な状況に陥ってくる。さながらゾンビに囲まれ逃げるのもままならない人類という、サバイバルホラーの様相を呈してくる。
異なる二つが遭遇する時、片方がもう一方絶滅させる以外の選択肢、それが文化的な融合になってくる。人種が違うので確実に合一はできないわけだけど、人類とアリエカ人の今後に関してはある意味では不公平になっている。人類は技術に劣るけど失うものがなかった。一方アリエカ人は技術に劣る人類から毒とその解除方法を学ぶわけなんだけど、人類が言語と世界認識で優れているというわけではなくて、たまたまそうせざるを得ない変化だったからそれを選択したわけだ。ここはどうなんだろう?純粋さを失ったこと自体は問題ではないのだが、人類の世界認識にもうちょっと疑問を呈して欲しかった。(ただ人間は人言の言語以上の思考はできないので相当難しいと思うけど。)否応ない変化が種を次のステージに引っ張り上げるというのは良かった。

相変わらず一筋縄ではいかない小説を書いている。難しいから、わかりにくいから面白い、高尚だというのではなくて、自分が考える以上の考えを聞かされるとそれを膾炙するのに時間がかかる。そう行った意味でチャイナ・ミエヴィルの各物語は超一級品だ。気になった人は是非どうぞ。

2015年1月17日土曜日

チャイナ・ミエヴィル/ペルディード・ストリート・ステーション

イギリスの作家によるSF/ファンタジー小説。
2000年に発表された。
がっしりとした体躯にピアス、さらにスキンヘッド。不敵な顔で写る写真は作家というよりはパンクロッカーの様なミエヴィルの出世作。この本で彼はアーサー・C・クラーク賞と英国幻想文学賞というSFと幻想文学の賞を同時に獲得し、その名を巷間に知らしめた。
私は短編集「ジェイクをさがして」を弐瓶勉さん風の表紙に惹かれてジャケ買い、それから「都市と都市」、「クラーケン」と楽しく読み、いよいよこの本を手に取った訳だ。

異世界バス=ラグの都市国家ニュー・クロブゾン。蒸気機関が発達した猥雑な町はフリークスと危険に満ちあふれている。そんな町で大学を追われた異端の人間の科学者アイザックは自身の「統一場理論」を追求する毎日を恋人の虫人リンとマイペースに暮らしていた。ある日珍しい鳥人ガルーダ種族のヤガレクがアイザックを訪れ、金塊を差し出しとある依頼をした。罪を犯して失った翼を科学の力で復活させてほしいと。魅力的な報酬もあり引き受ける事に鳴ったアイザック。この依頼が彼とヤガレク、そしてその周囲の人々、さらにはニュー・クロブゾン全体の運命に激震を与える事になるとは気づかずに…

「クラーケン」にはかなり独特の体系を持った魔術が登場するし、ミエヴィルはフィクションを書くのにSFでもファンタジーでもあたかも作品を構成する上でのアイテムとしてとても器用にかつ重厚に描く。
この作品でも電気の代わりに蒸気が発達したスチームパンクの世界に、まるで違和感なく魔法の概念を取り込んでユニークな世界を描いている。「都市と都市」なんかは特にそうだが、ミエヴィルは都市国家(街と言っても良いかも)、つまりかなりデカい生物(本作には人間以外の生物が出てくるので)の生活と意識の集合体(つまり生きた文化?)を書くのを心情としているのかもしれない。ただあくまでもその街に棲む住人の視点で描くので、文字通り読者は主人公に習って異形の都市を見上げるように読む事ができる。その異世界探訪感がミエヴィルの魅力の一つと言っても過言ではないのでは。
上下巻でそれぞれが560ページくらいある大作だが、特に序盤は読者を案内するかのようにアイザックにその都市を歩き回らせて都市の姿をあらわにする。
蒸気にけぶる巨大なニュー・クロブゾンは人間の他にもロシア方面の水妖ヴォジャノーイ(本邦に置けるカッパみたいなものだが皿は無い。)、エジプト神話のケプリ(人間の女性の体に頭部はスカラベ。)、インド神話の鳥人ガルーダ、次元を渡り歩く巨大な蜘蛛ウィーバー、集合と偶然によって機械のガラクタに宿った知性、地獄を拠点にする悪魔、さらにはグロテスクに蒸気機械と融合した人間のリメイド(罪に対する罰として、または嗜好としてリメイドされる/する人がいるようだ)などなどのフリークス達が跋扈する街である。
体制側の民兵は姿勢にまぎれ反体制の人間とあれば暴力的に排除する。殺人鬼が跋扈し無惨な死体が腐った川に浮く、怪しげなドラッグが蔓延し、ギャング達が果てない抗争を続ける。そんな危なくも、生活感の活気と熱気があふれた町がニュー・クロブゾンである。曲がりくねった路地のひとつひとつに物語が詰まってそうな街である。この設定だけでもう興奮してくるではないか。今回はそんな街に詰まった物語の一つ、科学者アイザックは自分が発端になり、人の精神を食らう最悪の生物スレイク・モスと対決する事になる。
倒すべき悪役の登場で物語をまとめつつ、ごった煮の世界観で巻き起こる胸くそ悪い出来事をビジュアル感にあふれた生々しい描写と主人公達登場人物の心の機微によって書き出す筆致は流石で、物語が走り始めると同時に吐き気を催す展開が矢継ぎ早に展開されていく。特に苦い苦いラストはレビューを読むとなかなか色々な意見があるようだ。

かなりヤバい状況なのに妙に活気がある未来的な世界観は少し椎名誠さんの小説ににたところがあるなと。ただしこちらの方が何倍も悪趣味で悪夢感が強いのだが。
日暮雅通さんの翻訳もばっちり。年の初めからすごいの読んでしまったな〜。劇的に面白かった。重厚な世界観に圧倒されたい人は是非どうぞ。オススメっす。

ひとつ疑問だったのがアイザックの体型で、あるところではデカいが引き締まったからだと書かれたり、あるところではデブと書かれたり、結局どっちだったんだろう?

2013年9月15日日曜日

チャイナ・ミエヴィル/クラーケン

イングランドの強面作家によるSF・ファンタジー小説。
チャイナ・ミエヴィルは短編集「ジェイクを探して」と優れたSFに与えられる各賞を総なめにした「都市と都市」の2冊を読んだことがある。
他に「ペルディード・ストリート・ステーション」という作品があって、それが気になっていたんだけど、こっちが丁度発売されたので買ってみた次第。

イギリスにある博物館・研究施設ダーウィン・センターでキュレイターを勤めるビリー・ハロウはある日職場の目玉である水槽に入ったダイオウイカがこつ然と消えていることに気づく。イカの全長だけでも8.6メートルある巨大なそれを誰が、どうやって人目につかず運び去ったのか。さらに身の回りで奇妙な出来事が起きるビリーに「原理主義者およびセクト関連犯罪捜査班」、イカを救世主とあがめるカルト教団などが接触してくる。彼らが恐れる「終末」とはなんなのか。ビリーはそれを食い止められるのか。

というお話なんだが、これがなかなか一筋縄ではいかないことになっている。
あらすじだけ追えばSFというよりファンタジーの内容なんだが、読み進めていくと根底の部分の考え方にSFのそれが採用されていることが分かる。分かりやすいSF的なガジェットはほぼ皆無だが(一つ反則的な光線銃がでてくるが…)、間違いなくSF的なアティチュードを持っていると思う。
舞台となるのはイギリス・ロンドンなのだが、普通の一般人ビリーは普通じゃない事件に巻き込まれると、ロンドンの様子が一変する。薄皮のような日常を剝くとそこには怪しげな魔術と魔術師が横行している。近代の魔術というとハリーポッターを思い出す方もいるかもしれないが、あれとはちょっとひと味違う。この作品では魔術はしばしばナックと呼ばれ、確かに超常の技には違いないが、もう少し現実的である。知り合いだと思わせる、落下の衝撃を弱める、モノや人を移動させる、といったような。分かりやすく火が渦巻いて人を襲うような魔術は出てこない。
一般人がふとしたきっかけで変な能力を持った異能人たちの戦いに巻き込まれる、という構図は日本のライトノベルだったりアニメだったりのそれに似ているかもしれない。ふと思ったが、多分結果的には似ても似つかないものになっている。
文字通り超常の技ナック、迫りくる終末、100年以上生きる伝説の残忍な殺し屋、異常な風体の魔術師を束ねる暴力的なリーダー、使い魔たちの労働組合、と様々な要素が後から後からでてくる。兎に角登場人物がみんな個性的で、ふんだんにスラングが含まれた会話が軽妙で面白い。シリアスなんだが妙にふざけておどけたところがあって、結構凄惨な描写が出てくるんだけど、独特の能天気さが救いになっていると思う。
迫りくる「終末」というのが具体的に何なのか?その鍵を握るのが消えたダイオウイカらしいというのだが、具体的にはどのような役割を果たすのかも分からない。主人公ビリーには色々な怪しい人物が接触してくるが、彼らもその実何を考えているのかわからない。読者は主人公ビリーとともにダイオウイカの周りを文字通りぐるぐる右往左往することになる。恐らく作者が意図的に肝心な中心をぼやかして書いているんだと思う。
ものすごい勢いで結末に向けて引っ張られていく感じはあるんだけど、最終目的地が想像できない。ただ恐ろしいことだけは分かる。そういう感覚。
ちなみにラストが素晴らしくて「こうするのか!」と感動。なるほど。正直ちょっと分かりにくいところもあって、目隠しされてジェットコースターにのせられているような気分だったけどラスト読んで納得。

なかなか厄介だけど、最後まで読んでほしい作品。
著者のファンなら気に入ること間違いなしだと思います。

2013年2月17日日曜日

チャイナ・ミエヴィル/都市と都市


イギリスの作家チャイナ・ミエヴィルさんの2009年発表の、の、SF?け、警察小説?げ、幻想小説?
ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞、ローカス賞、クラーク賞、英国SF協会賞というタイトルを取りまくり、日本だと2013年版このミステリーがすごいの海外編で堂々7位という、読む前からしてこのふてぶてしさである。格式高いぜ、うかつに手に取るんじゃねえぜ、感すら漂う大作です。
チャイナさんは以前「ジェイクを探して」という不思議な短編集を読んだことがあって大胆な筆致なのだが、全体的にうすぼんやりとした恐怖小説だなという印象でした。
エイヤとばかりに手に取ったこの「都市と都市」、これが結構厄介。

ヨーロッパの国「ベジェル」と「ウル・コーマ」。隣り合った2つの国家、その領土は部分的に互いに浸食しあいモザイク状に組み合わさっている。完全にどちらかの領土である「トータル」、2国間で共有している領土を「クロスハッチ」とする。片方の国に所属している市民は、もう片方の国に所属する、人、もの、出来事は一切認知しないという大前提があり、それを破った場合はどちらの国に所属する国民でも、どちらの国にも属さない第3の組織により裁かれることになる。
「ベジェル」の警察ティアドール・ボルルは自国で発生した殺人事件を捜査するうちに2つの国と第
3の組織の過去と謎に肉薄することになっていく。

 というお話。
よくわからんな、という感じでしょう。 まずこの特殊な状況を把握しなくてはなりません。
隣り合った2つの国ですが、重なり合っています。ある施設を通って越境することで隣の国に行けますが、施設を境にはっきり国境があって左が「ベジェル」で右が「ウル・コーマ」ってわけではないのです。越境行為は儀式みたいなもので、実際は隣の国に行こうと思えばすぐに行けます。それこそ2歩とか踏み出すと行けるレベル。重なってますので。ただし施設を通らないと、違法です。
さらにどちらかに所属している市民(正規の手順で越境していれば自国でなくてもOK)は、もう片方の国の事柄が見えません。向こうの人がいても見えません。クロスハッチでは向こうの車も同じ道路を走っているはずですが存在しません。建物もどんなに大きくても他方のものならば見えません。
無理じゃん!そんなの小説だからと言って納得できない!!
そうです。無理です。
この小説がなぜ面白いのか、それは無理を無理じゃない風にして強引に描き切っているのではなく、無理が原因になって引き起こされる歪みを描いているからです。
じゃあどうやって「見えない」の?
簡単です。実は見えないんじゃなくて、見えないことにしてみなかったことにしているのですね。
もちろん生まれた時から訓練しているのでどちらの国民も「まったく見えないよ」といって生活しているのですが、例えばクロスハッチにいるとき、前から歩いてくる人がいます。服装や歩き方を「見」ます。(ここでもう矛盾しているわけです。)一瞬で判断!同じ国に所属している人ならいます。「あ、あっちの奴!」となったら見ないようにするのです。面倒くさいでしょう。いやいやいや言いたくなる気持ちもわかります。繰り返しになりますが、実際こんなこと相当難しいので変なことが起きるわけです。そしてその奇妙さを見事に小説にしているのです。

無理!って限界をひょいって越えられるところに、私は読書のだいご味の一つがあるなと思っています。それはとてもSF的だし、この小説の「ただそうしようと思ってそうなった」(ちょっとここがうまく言葉にできない…)という説得力があって作られた世界は私たちの日常のちょっと先にあるような現実感があります。大きな歪みと矛盾を抱えた都市はそれだけで物語です。よくこの小説は都市が主人公といわれますが、なるほどその通りです。

かなーりややこしい小説です。おまけに意識して説明を省いて書かれている感があります。しかし読む進めて、この都市と都市に横たわる事情が見えてくると、もうページをめくる手が止まりません。気になった方は是非手に取ってください。おすすめです!