2018年9月30日日曜日

米原万里/オリガ・モリソヴナの反語法

日本の作家による長編小説。
会社の上司に勧められて買った本。とにかく知っている(好きな人や興味のある人)人のオススメというのは本でも音楽でも映画でもなんでも良いに決まっている。自分の好みとは違った世界を知ることができるからだ。もし本屋でこの本を見ても買わなかっただろう、教えてもらわなかったら。
幼少期にチェコのソビエト学校に通っていた主人公が大人になってから印象的だった舞踊の教師の生い立ちに迫る、というストーリー。うーん、やっぱり自分では買わない。会社の上司というのは私の好みを知っているので、何かあるだろうなと思って読んでみると果たしてそうであった。単なる良い話などではなく、かなり壮絶な歴史が提示される。
さて(絶滅)収容所と言ったらナチのそれが有名だが、実はロシアというかソ連にもあったのだ。ルビヤンカといえば知っている人もいるかもしれない。とはいえ私も持っている知識はそれくらいだった。(確かプリーモ・レヴィの本で言及されていたのを読んだかな、というくらい)私だけかもしれないが、ロシアというのは近い割には日本人にとっては謎の国である。なんとなくすごく寒くて陰気というイメージがあるのではなかろうか。でも実はロシア人というのはすごく陽気らしい。確か、ドストエフスキーの本か何かに書いてあったから間違いない。大学の授業で社会主義というのは基本的に失敗するシステム、みたいに紹介されていたのが印象的だが(酷いいいようだと当時も思った。)、その社会主義の国家がソヴィエト連邦だ。レーニンという人が建国して、スターリンという独裁者が暴政を敷いたということくらいしか知らない。この時代はとにかく混沌としていて大勢の人が殺された。人がいなくなってもそれが日常茶飯事なのできにする人も少なかったとか。アンドレイ・チカチーロもこの混乱の時代に暗躍したのは有名な話。脱線してしまったが、この物語はそんな時代に生きた女性の物語。かなり奇抜な学校の先生だった女性に降りかかった過酷な運命を、かつて彼女の教え子だった女性が辿っていく。

内容的にはどうしたって陰惨になるし、実際強制収容所の中の生活の描写はひどいものだ。暴力があり、悲劇がある。男性なら復讐という奴の暴力に落ち込んでいくのだろうが、この物語は女性が描く女性の物語なのだ。踊りを軸に綴られる物語はただただくらいだけものではない。登場人物たちは過酷な状況下でも常に生き残ることが念頭にあり、そして誰もが何かをなくし、それゆえに傍にある拾える命を拾って守ろうとする。これは絆の物語でもある。ひどく不平等な世界で登場人物のほとんどが家族を失っている。その経験がゆえに他人を救おうとするのであった。もう二度と思っているからだ。
この物語はレジスタンスのそれではない。圧倒的な力、まさに圧政に最後までいたぶられ嬲られ尽くした後になんとか生き残り、そして確実に磨り減った心身でそのあとの人生をさらに生きていく話である。こんな残酷な話があるか。しかし実際には革命だ、反抗だ、
復讐だ、そんなにうまく成就するものだろうか。子供を産んで世界を作り上げてきたのは常に女性たちだった。女性はいつの時代でも黙って耐えろというのではない。(断じてない。)しかし歴史では実際に耐えに耐え抜いた女性たちがその後の社会を作っていたのだと、思った。そういった意味では救いがない話ではある。しかし筆致が柔らかくて、そして何より柔らかい。彼女らは過去のことを決して忘れないが、それに拘泥して沈んでいくということがない。彼女たちのたくましさが美しいのだ。ロシアの暗い時代について語りながらも、ロシアへの深い愛着が感じられる。

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