2018年6月23日土曜日

アントナン・アルトー/ヘリオガバルス あるいは戴冠せるアナーキスト

すべての道はローマに通ず。
ローマ帝国はその長い歴史(調べると紀元前から始まり500年弱存在し、東西に分裂後最終的に東ローマ帝国が滅びたのが1453年だからひどく長い。)のなかにたくさんに皇帝を配したがその中でも悪名高いのが皇帝ネロではなかろうか。キリスト教大迫害を行なったことで有名。ところがそのネロより悪いとされるのがこのヘリオガバルスらしい。反乱の末14歳の若さで前皇帝を廃し帝位に就いた。23代目のローマ皇帝の誕生である。そして18歳の時には怒り狂った市民に八つ裂きにされて殺されたそうだ。
彼は太陽神の大祭司であり、相当の浪費家だった。女装癖があり、しかし何回も結婚と離婚をくりかえした。妻の一人は純潔を守れなかった場合は生き埋めにされて殺されるべきウェスタ(竃の女神)の巫女だったが、皇帝ヘリオガバルスは彼女を強姦し無理矢理妻にした。黒い石を御神体とし太陽の神エラ・ガバルを信奉した。この神のために壮大な宮殿を作り上げ、また少年を生贄に捧げた。男色家であり、皇帝自ら金でその体を男に任せた。屈強な男の妻として振る舞い、また宮廷を買春の場にして不貞を働き、相手の男に殴られることを喜んだという。また陽物の大きさで選んだ男達を重役につけたりもした。
いわば両刀使いであり、男役も女役も務める。サディスト的な一面とマゾヒスト的な一面を併せ持つ変態性欲のオンパレードみたいなひとであり、その変態性からしておそらく
大衆の恥の一面から知名度的にはネロに及ばないのではなかろうか。なかなかどうして強烈な個性だが、この本の著者、詩人であり演劇科であり、一時はシュールリアリスト達と連帯した(その後大きな波乱があり決裂したそうだ)芸術家であるアントナン・アルトーはこのヘリオガバルスをただ帝国に混乱を呼び起こした悪人というよりは突出したアナーキストとして捉え、そして評価しているのである。
幼い皇帝の奇行はそれまで敷延していたローマの前近代的なつまらなさ、無意味さ、助長さを貶めんとする企図された象徴的な行為だったとして。彼を一つの時代に終止符を打つ、それも人を傷つけるのではなく象徴的にその名誉を毀損する優美だが、非常にわかりにくいやり方をあえてとった傑出した才能だったとアルトーは考えるのだ。結局大衆には理解されず惨殺されたその悲劇性も彼の心を打ったのかもしれない。確かに結果だけ見ればネロのような大虐殺をヘリオガバルスは行なっていないようである。(ただし反乱の際には両陣営それなりに死者も出たろうと思うが。)エロスとタナトスがセットにして語れるなら、この皇帝は確かにエロス、つまりむせ返るような生を謳歌していたように思える。(これも生贄のことがあるから一概には言えないのだけど。)一夜の夢のような人生を殺し合うのではなく、楽しもうよというメッセージを一番人に注目される皇帝自ら規範を示したということもできると思う。ただそのメッセージの映像が普通の人には強烈すぎたのだ。

この本、前半ヘリオガバルスにまつわるエピソードが横に置かれてアルトーなりの考えが披露されるのだが、これが私の教養の無さと頭の悪さゆえになかなか追いついていくのが難しく、なんども文を見返していくうちに結局何も読めていないことに気がつく、ということを繰り返していたのだけど、中盤からは実際の歴史の出来事に焦点があってきてグッと読みやすくなってくる。安心のため息をつく間も無く最後まで読めてしまった。アルトーの熱い気持ちが稀代の皇帝に注がれているのがわかる。彼にとってヘリオガバルスは老いた旧体制の破壊者であり、芸術の信奉者そしてなにより急進的実行者だったのだ。ヘリオガバルスにとっては広大なローマ帝国が彼の舞台だった。そこで意図的に悪党を演じたのが彼だった。今とは異なり血と暴力が露骨に支配し、多様な神々が闊歩する野蛮な世界でたった4年間の帝位で見るも鮮やかで残酷で妖艶な誰も見たことのない帝国を作り出しのは当時たった14歳の少年皇帝だったのだ。

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