2017年3月15日水曜日

イアン・バンクス/フィアサム・エンジン

英国、スコットランドの作家による長編SF小説。
1994年に発表された。題名はおそらく「Fearsome Engine」なのだが、(日本語にすると「ものすごいエンジン」という感じかな)表記は「Feersum Endjinn」というスペル。ひょっとしたら登場人物、主人公の一人の子供が書いたってことなのだろうか?という気もする。
もともとオーストラリア出身、アイスランド在住の音楽家Ben Frostがイアン・バンクスの「蜂工場」を元ネタにしたコンセプトアルバムをリリース。普段のノイズ成分強目の音像からは一線を画す内容で、しかもそれが格好良かったもので元ネタの方がきになるのが人情というもの。ところが「蜂工場」を買うはずが同じ作者の別の作品である「フィアサム・エンジン」を買ってしまったのが私なんだ。こういうことがよくあるんだよな〜。別にへそ曲がりではなくてあらすじ読んで気になった方を買ってしまうのだ。
「蜂工場」は現代を舞台にした小説らしいが、こちらはバリバリSF。もちろんとっくに絶版なので中古で買った。
表紙の木は「聖剣伝説2」の人の作品。ちなみに私は2が一番好きなんだ。

遥か未来、人類の科学技術は進歩を極め広大な宇宙に進出。活動拠点をホーム地球から写すことにした。これをディアスポラと呼ぶ。しかしディアスポラに乗らない人たちも少なからずいて彼らは進歩と技術を封印。そのくせちゃっかりと残されたテクノロジーを利用して安穏に暮らしていた。ところが銀河の果てから暗黒星雲が地球に向かっていることがわかり、数千年の平和は破られることになる。暗黒が太陽を覆い尽くしたら人類には衰退しかない。ディアスポラ以前の脱出の技術を巡り、職業クラン間で戦争が始まる。そして巷間には共通ネットワーク「クリプト」から救世主”アシュラ”が人類に遣わされると囁かれ始める。

この小説が弐瓶勉さんの漫画「BLAME!」の元ネタの一つだとは知っていたが、そこはあまり意識してなかったが読み始めてみたらびっくり。この小説からいろいろなネタが取られている。空虚な巨大建築物が積み上がる世界設定はもちろん、構造体に埋設されたネットワーク、そしてその密使、セーフガード、基底現実などの単語、それからセリフと!枚挙にいとまがない。「BLAME!」ファンならニヤニヤすること間違いなし。私は元ネタということをきっかけに椎名誠さんの「武装島田倉庫」、マイク・レズニックの「キリンヤガ」などを読んだんだけど元ネタという意味では今のところこの小説が一番。
「BLAME!」ネタを差し引いてもめちゃくちゃ面白い小説。退廃というよりは精神的文明的な衰退(それと最先端のロストテクノロジーの対比という構図だけでワクワクしてくるよな〜!)が支配する世界で”脱出手段”を探る、つまり人類を救うためにヒーローたちが別個に立ち上がり、結束しながら文字通りの保身に走る為政者たちを追い詰める、という筋書きは奇抜で先進的な設定と比べると非常にオーソドックス。現実の7つの生と仮想の7つの生という寿命が延びた世界で未だ死を体験しない若者が老獪だが頭の固いメトセラめいた老人を退けるというのも古典的だが没入感を加速させる。
決して詳細に説明する小説ではないので、いちいちこれはどういうことなんだろう?これ誰だっけ?とページをめくる手を止めて考えたり、巻き戻ったりする必要が生じてくるのだが、個人的にはこれを煩わしくなくむしろ逆に楽しみながらできるって読書の最高の醍醐味の一つ。そういった意味では素晴らしい読書体験だった。世界設定的に異形めいてアンバランスな世界なのでおとぎ話めいた幻想性が甘い膜のように鋼鉄の世界を覆っていて、個人的にはエンジンつながりで「エンジン・サマー」(ちなみにこの小説もすごく好き)に少し似ているところがあると思う。どちらかというと奇妙に歪んだ世界そのものを描くのを作者が楽しんでいるような。そう考えると王道的なストーリーは納得できる。「広大な」というのがテーマで、さらにこれがぎっしりと詰まっているのではなくとにかく間隔が広い。空虚である。暑いストーリーだが、それすらも巨大な建築物の中に冷えていくような無情さがあって、何よりそれが面白い。もっとハードコアに(あるいはアンビエントにと行ってもいい)、この空虚な世界観を一人歩く、みたいな短編集があったら是非読みたいと思うのだが、邦訳はあまりされていないみたいだしイアン・バンクスもすでにこの世の人ではないということで残念至極。

「BLAME!」が好きな人は間違いなく楽しめるのではなかろうか。初期の静謐な感じも、中盤以降の動きのある展開もこの小説には含まれているのでどちらが好きな人も是非どうぞ。それから一風変わった空虚なSFに目がない人も是非どうぞ。私は本当に楽しめた。次はいよいよ「蜂工場」を読まねば。

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