2016年5月15日日曜日

コードウェイナー・スミス/スキャナーに生きがいはない<人類補完機構全短篇①>

アメリカの作家によるSF小説。
「スキャナーに生きがいはない」というタイトルに惹かれて購入。
コードウェイナー・スミスという作家は幼年期を中国で過ごし、かの孫文(どの孫文だろうな…)に字を賜ったという。長じてその経験を生かし極東方面専門の政治学者・軍人として活躍。大統領の顧問にもなったという人物。そんな彼は筆名を使って時に夫人と共作して奇妙なSF小説を書いていた。高度に発達した文明社会は戦争で徹底的に荒廃し、殺人機械と人間を超越した存在、フリークスが跋扈する地球を正しい姿に戻すべく立ち上がった組織、人類補完機構。その人類補完機構を中心にした未来史をスミスは書き続けた。この短編集はそんな独特な小説群をまとめあげたものの1冊目(全部で3冊発行されるとのこと)。
物語を書くということが副業であって、本人はとても立派な本職があって(恐らく)食べるには困らなかっただろうということもあって、スミスは相当マニアックな小説を書いている。後書きを読むと当時書き上げた小説は中々日の目を見なかったようだ。ぽつぽつと世に出始めるともの凄い感性を持って出迎えられた、ということもなかったようで長らくマニアックな作家ではあったが、それでも一部の人たちの琴線を揺らし続け、彼らはスミスの熱狂的なファンになったそうな。ようするに大衆受けしないマニアックな作家ということになるだろう。読んでみるとなるほどと頷ける。そもそも説明が極端に少ない。地球上に存在した現代文明がいかにして消え去ったかということは、大戦というおぼろげな事象があったことしか分からないし、小説の舞台となる世界の説明もほとんどない。(これには明確な理由があって後述する。)怪しげな人物(人ではない場合も多いが)、怪しげな機械が多数登場するがそれらの説明もほとんどされない。また未来は灰色とでもいうべき異常な姿形をしている。(ただこれはほとんどのSFが明るい未来を描かないから、一般受けしないという理由としては弱いかもしれないが。)派手で分かりやすくすかっとするアクションなんかも皆無である。暗澹たる様子で行き詰まった人たちが右往左往する未来はカタルシスは望むべくもなく、むしろ不安や焦燥をかき立てられる。
読んでて面白いのは未来史といっても共通の世界観をたしかに持っていはするものの、誰か特定の主人公が登場する訳ではない。物語毎に時代設定も(それでも概ね時系列順に並べようと言う試みがされているそうだ)みごとにバラバラ。登場人物たちはたいてい一般市民というか、小市民という感じであるから、物語は彼らの日常そして非日常にフォーカスしており、世界の全体像、情勢はさっぱり把握できない。いわばバラバラのパズルのピースを与えられた読者は(決して明確な全体像を結ぶことのない)、難解なパズルをといてスミスの描く世界を補完しないと行けない訳だ。私は椎名誠さんのSF小説が大好き。また漫画だけど弐瓶勉さんの「BLAME!」も聖典のように考えているから、こういった言葉少なに語られる世界をあれこれ想像するのがたまらない読書の醍醐味の一つとしてとらえており、従ってスミスの一連の小説群も大変楽しく読めた。またジョン・クロウリーの「エンジン・サマー」に代表される(例えば宮崎駿さんの「風の谷のナウシカ」なんかもそうであるよね)、既存の文明が崩壊した後で、ジョジョ風に言えばいわば一周回った世界で奇妙なフリークスたちが文明の残り香とも言うべきガジェットに散逸するその中をとぼとぼと歩いていく様な、そんな黙示録的な未来には目が無いのである。

猫好きだったという作者の好みが出ていて猫と一緒に広大な二次元宇宙に偏在する竜と戦ったり、かわいげのある殺人機械が少女を守ろうとしたり結構日本人好みの設定もあって、世に出るのが早過ぎた感のあるこれらの不思議な小説群が歴史順に並べられてまとめて読めるというのは大変ありがたいことだと思う。マニアックな作家・作風というのは過去の話で手に取ってみればかなり面白く、難解さは感じられない。気になった人は是非どうぞ。オススメ。

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