2016年5月3日火曜日

スティーブン・キング/不眠症

アメリカ・モダン・ホラー界の巨匠キングの長編ホラー小説。
以前読んだ「悪霊の島」が馬鹿みたいに面白かったので同じキングのホラー長編を買った次第。原題はそのまま「Insomnia」で1994年に発表された。上下分冊で合わせると1000ページを余裕で越えてくる超大作。

アメリカのメイン集の小さな町デリー。この町に住む70歳の老人ラルフは最愛の妻を病気で亡くしてから自分の睡眠時間が短くなって来ていることに気づく。妻の死で医者に不信感をいただくラルフは図書館に通い様々な解決策を試してみるが起きる時間はどんどん速くなり、ラルフの心理状態は悪化していく。そんな中アメリカで屈指のフェミニストであり活動家である女性がデリー訪問を計画中であることがわかり、妊娠中絶の是非を巡って小さい町では少しずつ不和の種が育っていくのだった…

「悪霊の島」では成功した中年のおっさんが主人公だったが、今作ではなんとさらに年上のおじいちゃんが主人公。最近だとこのブログでも紹介した「もう年はとれない」など、老人を主人公にした小説もなくはないけど、その数は圧倒的に少ないと思う。(自分で読んだのだと後ぱっと思い浮かぶのはマイケル・シェイボンの「シャーロックホームズ 最後の解決」くらいかな…)なぜ老人を主人公に据えた物語が少ないかというとやはり一つにあまり体が動かないという問題があると思う。なんといっても主人公が動かないと物語が進めにくい。この物語の主人公ラルフ・ロバーツもちょっと走ると息が切れてしまうし、体だけならまだしも頭の調子も衰えて来てしまって中々悲しい。いわば書くにあたって高いハードルがある訳だけど、そこはホラー界の巨匠キングということで物語の重要なスパイスを使うことで老人の生活を描きつつ、物語もちゃんと動く様な大胆な仕掛けが施されている。それが超自然、いわゆるスーパーナチュラルな要素になる訳で、これは別に驚くにあたらないと思う。勿論キングのことだからこの”力”というのも微妙なものでどちらかというと人の精神面にちょっとした加速を施すような、そんな形のもの。これが静かな田舎町デリーに忍び込んでくる。物語の筋には妊娠中絶の是非と、それにまつわる女性蔑視についての問題が据えられていて、それが外的な力によって暴走していく。キングはとにかく登場人物の一人一人にストーリーと背景があってそれを描写することにページを丁寧に割いていく。(ので自然に物語は長くなる。)この物語もその形を踏襲していて、要するにキングは超自然を書きたい訳ではないことは容易に分かる訳です。なんとなく心理的なブレーキがかかるところが、不思議な”力”によってたがが外れて暴走していく。要するに異常な事態を書きつつも、あり得る、起こりえる未来を書いているのであってそれの提示がこの人の本文であることはまず間違いなのではなかろうか。
ここでもう一度何故老人が主人公かというと、それは老人がやはり力の弱いものだからだろうと思う。作中でもぼけたと疑われて老人ホームへの入居を息子夫婦に進められる老婦人の何ともエイ内悲哀のエピソードが出てくるんだけど、敬意はもたれているかもしれないが(あるいは敬意というなの敬遠なのかも)、弱くて守らなくては行けないし、ひょっとしたら同じ弱者でも子供と違って年季の入った厄介者という、そういう独特な立場にいるのが老人。ところが勿論体が弱くても、ちょっと記憶が怪しくても彼らは生きている訳で、そして今日も明日も生きていく訳で、その生活には楽しさだって勿論若い人らと全く同じで必要なので。それ忘れがちではないですか?というメッセージのようにも感じた。

「悪霊の島」に比べるとホラーという点でははっきりこちらの方が齢かなというのは正直なところ。(勿論キングなので怖くない訳はないんですが。)ただこちらはファンタジーというか(作中ではっきり「指輪物語」への言及もされているし)、もっと柔らかいイメージがあって、もっというとこれは勇気の話であって(といっても何回か書いたかもだけど常にキングは勇気について書いていると思うのだが)、そうしてヒーローの物語なのである。これについては最後まで読んだ方は頷いてくれるのではなかろうか。自分と家族の命がかかっていた「悪霊の島」とはちょっと違うのかなと思う。勿論ラルフは同じくらい大切な人のために戦ったのだが。ひょっとしたらそこに中年と老年の覚悟後外が合われているのかもしれないな、と考えるのも面白い。
ちょっと長いですが、キング好きで未だ読んでない人は是非どうぞ。派手さを求める、キング初めての人ならまずは「悪霊の島」がオススメかなと。

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