アメリカのSF作家による短編集。
絶版状態になっていたが版元である早川書房の70周年にあわせて復刊された。
オンライン上ではあっという間に売り切れてしまったのだが、意外に地元の本屋においてあったのですかさず購入。
ギブスンといえばサイバーパンクの旗手として有名で私は大分前に「ニューロマンサー」を読んで感激(ちょうどブログをやりたいと思ってHNをその作品の登場人物?からとって冬寂としたのでした。)したのだが、なんせ他の本はことごとく絶版状態。この間虚淵玄さんがアニメ「楽園追放」公開にあわせて発売したサイバーパンクものを集めた短編集で「クローム襲撃」だけ読む事が出来た。というわけではやくはやく次のを!となっていた餓えた口にこの本をようやく放り込む事が出来たのだった。
処女作も含めて全部で10の短編を収めたこの本。意外に他作家との共作も含まれている。内容としてはかなり多様。「ニューロマンサー」に登場したヒロインモリイが登場する(つまり「ニューロマンサー」都政界を共通にする)サイバーパンク作品「記憶屋ジョニイ」、それからハッカー二人が町を牛耳るマフィアを電子的に襲撃する表題作「クローム襲撃」もサイバーパンクだ。かと思えばバーを通して夜の闇の向こう側に蠢く何かを描いた「ふさわしい連中」は完全にホラーだ。老宇宙飛行士と失敗した宇宙計画の終末の悲哀を書いた「赤い星、冬の軌道」はセンチメンタルいSF。「ニュー・ローズ・ホテル」は電子スパイの騙し合いを描いた完全にハードボイルドなSF。
このバリエーションの豊富さというのは一つは他の作家との共作で作品に幅が出たというのもあるのだろうけど、私はギブスンというのはサイバーパンクという新しい”技術”を書くハードなSF作家という説明だと不十分だと思った。というのはこうだ。基本的にギブスンというのは人間の感情を書いている。この感情というのは技術の革新だったり、脳改造だったり、時にはドラッグでブーストされて入るものの現代人のそれからそこまでかけ離れている気がしない。とくに寂しさ、失恋の傷心といったどちらかというとマイナスの感情を描く事が多いと思うけど、それらというのは私が読んでも十二分に感情移入できるものである。どうしてもそのアイディアと世界観に目を奪われてしまうけど決してそこに終始する作家ではないと思う。ナード(オタク)だったり、後ろ暗い過去があったりと若干のアウトサイダー感のある登場人物たちが冴えない私のハートをガッチリ掴む。彼らの悲哀、生きにくさが伝わってくる。ときにはそれが冒険を経て解放されるカタルシスがある。なんとも気持ちのよい事よ。要するに巨大な都市(スプロール)と広大な電脳空間を舞台装置としてとてつもないスケールで描きながらも、蜂の巣状になったそこに息づくどちらかというと底辺に所属する様な市民たちの生活を見事に書ききっている。これを長編でなくて短編でやるのだから、それはそれはすごい事だと思う。
私が一番気に入ったのは何と言っても「辺境」。この一遍だけでこの本を買う価値は十分に合った。まず宇宙の一部が別の宇宙に繋がっていて、向こう側はさっぱり分からないけど人間が行って帰ってくるとまず発狂しているか死んでいるか。たまに超人類的な”おみやげ”を持ち帰ってくるためそこに人間が送られ続けている、という設定だけでご飯何杯でも行ける。そこに行けなかった主人公の哀切ったらない。偽物の天国は利益の追求のために作られている。この醜さよ。素晴らしい。最高だ。やっぱりギブスンはサイバーパンク岳の作家ではないと確信。
というわけで買えるならすぐに買った方がよい。とにかく他の物語も再販してくれと強く思う訳であります。
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