2015年10月24日土曜日

スーザン・ヒル/黒衣の女 ある亡霊の物語

イギリスの女性作家によるホラー小説。
原題は「The Woman in Black」で1983年に発表された。
私が買ったのは新装版で帯には日本での演劇のお知らせがついている。本国でも長く演劇が上映されたり、ダニエル・ラドクリフ主演で最近映画化されたりと中々色んな国で愛されている物語らしい。まさにイギリスらしい正統な派ホラーなんだが、言っても発表は1983年だから古典ってほどでもない。

もう孫にいる年齢にさしかかっている弁護士アーサー・キップスは優しい家族に囲まれていて幸福だった。しかし彼には愛する家族にも言えないある秘密を抱えていた。イギリスの田舎町でアーサー自身が遭遇したある館とそこにまつわる奇怪な体験はアーサーの心身に深い傷を残し、完全に過去の出来事になった今でもつきものが落ちた気はしない。アーサーは自身の体験を文章にする事にした。彼があったある女の幽霊についての…

イギリスと言えばホラー、それもしっとりとした幽霊譚。アメリカ式のスプラッターホラーやお化け屋敷的なビックリどんでん返しとは明らかに一線を画す、日本の幽霊譚にも通じる静謐でしっとりしていて、それでいてその根底には人の恨みつらみがこってりと閉じ込められている恐怖譚である。これはまさにその王道を行く様な物語。
若くて健康で科学の信奉者で自信にあふれた才気ある男性が、田舎町の曰く付きの館で優麗に遭遇するという筋。これでもかというくらいのこってりさだが、この本を読んで王道というのはやはり良いなと思う。そして恐ろしい。お約束かよ〜という人にこそ是非読んでいただきたい。はっきりいって超怖いのだ。
この物語は満潮時には人が通えないほど孤立した、ほとんど湿地帯で覆われた離れ小島にぽつんと立つ人っ子一人いない洋館が舞台なのだ。これがまず良い。周りには何も遮るものが無く、空はどこまでも抜けるように青い。主人公もそうだがその風光明媚な景色の描写には思わず心が躍る。それが一点夜になると、また昼までもにわかに空が曇り始め、霧が忍び込んでくる。そう、この物語には霧が出てくる。怪異は霧とともにやってくる。湿った霧が音も無く忍び寄ってくる。霧自体はもやっとした水蒸気にすぎないのに、払っても払いきれないそれはこの物語の恐怖を凝縮した様な存在だ。霧が立ちこめる、超常的な”現象”が主人公の眼前に現れる。開かずの部屋から漏れてくる怪しい物音。そとでは馬車が底なし沼に落ち込みポニーの嘶きと沼に引き込まれる子供の断末魔の絶叫が聴こえる。それも何回も繰り返し繰り返し。憔悴しきった主人公の前に満を持して”それ”が現れる。この恐ろしい事。まずは静謐さ、安定があってそこに不気味が入り込んで来て次第にその存在感を増していく。幽霊とはなるほどこちらを驚かす存在なのだ。しかしその知恵といった巧みな訳で、せいぜい幻覚を見させるとかその類いである。気を確かに持てば大の大人が惑わされるものでもないのかもしれない。しかし舞台装置と幽霊の悪意がまさに一流の知略でもって主人公と読者を追い込んでいく。これが恐ろしい。
またしっかりとしたミステリー要素も物語に織り込まれており、幽霊と対峙する主人公は次第に彼女の悪意の由来に近づいていく。ここら辺は大変面白い。長編と言ってもそこまで長くない物語だから、恐怖とそれに相対する主人公の戦いがぎゅっと詰まって、簡潔な言葉で書かれている。余計な出し惜しみは一切無くさっと読める。
極め付きの幽霊の恐ろしさは是非一読して味わっていただく事をお勧めする。原題の主人公が過去を回想する形式だが、ある程度予測は出来るのだけどかといってその恐ろしさが減じられる事は一切無い。むしろ約束された不幸と恐怖に落ち込んでいく物語の緊張感と言ったらないだろう。嘆息とともに本を閉じるだろう。それはやるせない重いとそしてもしかしたらほんの少しの安心感かもしれない。つまり訳された恐怖がついにここで結末を迎えた事に対しての。
という事でものすごーーーーく楽しく読めた。ホラー万歳である。一流の恐怖を味わいたいのなら是非どうぞ。とってもオススメ本です。

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