アメリカの作家によるオカルト探偵が活躍するミステリー。
中編短編が10個収められた日本独自の編集版の第一弾。
新聞記者を勤める私はある村で村人73人が全員が崖から飛び降りて自殺する、という陰惨かつ奇妙な事件の取材に向かう。私はその村で同じく独自に調査を進める奇妙な老人サイモン・アークに出会う。彼は二千歳を数え悪魔や怪異の秘密を探求しているという。一体彼は何者なのか。そして事件の真相は…
作者エドワード・D・ホックは推理小説の分野で活躍し、多くの魅力的な探偵を創造したそうで、本書の探偵役サイモン・アークもその一人。ライフワークだったのか、1950年代の作者のデビュー作「死者の村」(上記あらすじは同タイトルのもの。)から始まり2008年になくなるまで書き続けたようで、本書でも1955年の「死者の村」から始まり2003年に書かれた作品までが収録されている。(編集にあたり意図的に各時代から2編ずつ収録していることが解説に書いてある。ちなみに作品の選定には生前のホックも関わっている。)
オカルト探偵ということで元々興味があったので、いざという訳で買ってみた次第。
基本はミステリーで不可解な殺人が起こり、一見超常現象でも持ち出さないと説明が出来ない様な状況を主人公の「私」と探偵のサイモン・アークが解決するというもの。
結果的には現実的な謎解きが提示され、結果悪魔やオカルトは出てこないというのが定石になっており、オカルト探偵といってもあくまでも基本は本格ミステリーである。
じゃあ怪奇風味を装った普通のミステリーじゃねえか、というとそうではなくてたった一つ奇妙な存在があってそれが探偵役のサイモン・アークである。
サイモン・アークは一見70代の男性で、よく見ると若々しくもありハンサムでもあるが、やはりそうはいっても老人である。だいたい黒いスーツを着ているようだ。かつて(1500年くらい前)はコプト教(エジプトのキリスト教。いろいろと歴史と問題があるようだ。調べてみると面白そう。)の僧侶であったが、現在は自身の悪魔や超常現象への探究心を満たすため、世界を気ままに放浪しており、その筋では有名人でたまに各国の大学で特別講座を持ったりしている。そして滅多にいわないが、親しい人間には自分が長いこと生きていることを打ち明けるのである。
サイモン・アークはその他の色々な創作物に出てくる不老不死キャラクターとは一線を画す人間性を持っている。魔人めいていないし、不老不死以外の不思議な力は(恐らく)持っていない、態度も尊大ではなくむしろ物腰は穏やかで親しみやすい。勿論他人の血を吸ったりはしない(と思う)。一部の分野での膨大な知識と鋭い洞察力を持っているが、思考力そのものは常人と変わらない。歴史の陰に暗躍する訳でもなく、ひけらかすことは無いにしても長生きしているサイモン・アークであることをことさら隠す訳でもない。
要するに本人が「1500年〜2000年くらい生きているよ。」という以外は普通の賢いおじいちゃんなのだ。奇妙な事件があると「オカルトに関連するかも!」と嬉々として駆けつけるが、大抵は種も仕掛けもある人間の起こした犯罪である。
私はこういったキャラクターを始めて見た。一風変わったおじいちゃんはたまにお茶目で特に奇抜なことはしないのに大変魅力的である。特に怪奇小説となると古今東西行き過ぎたキャラクターが多いし、彼らは人を引きつける。だからこそこういったとぼけた感じのキャラクターが面白い。
ホックの分は平明簡潔でわかりやすく、しかし必要充分なボリュームは饒舌でサイモン・アークの一挙手一投足が頭に浮かぶようである。要するに何がいいたいのかというと、キャラクターを確立させるのにあまり変なギミックはいらないのではないだろうか、と思ったのである、私は。それこそ作者の技量によってキャラクターというのは息づき、個性がついてくるのだろうかと思う。
そしてこのシリーズの大きな魅力が一つあって、10編の小説は発表された年代が異なるが、新しくなるにつれて作中の人物も年を取ってくることである。一番最近の話だと「私」はサイモン・アークと初めてであってから40年経っている。もう会社も引退した。しかしサイモン・アークは出会ったときからあまり年をっているように見えないのである!うーーん、これは流石!と思った。面白い。
事件はどれも昨今のミステリーが持っている派手さは無いが、地の文に何気ないヒントが隠されている正々堂々とした本格もので勘の良い人なら文章より先に真相にたどり着けるかもしれない。
作者の知識の豊富さがチラッとみえるようないぶし銀の作りで事件にも結構幅があって面白い。最大の魅力はやはり鋭い中にもちょっととぼけた感のあるサイモン・アークだろうか。
ラブクラフトのようなオカルト成分を期待してはいけないが、ミステリーが好きな人にはオススメ。
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