2013年3月17日日曜日

菊地秀行/妖神グルメ

日本のクトゥルーものを語るうえで必ず出てくるのがこの小説。
もともと1984年に出版され、その後さらに再販された。今回は3度目の復活ということで創土社からリリース。
クトゥルー好きの端くれとして前から気になっていたので購入した次第。
作者の菊地秀行さんといえば「吸血鬼ハンターD」シリーズなどで超有名な作家だが、実際読んだのはこの本が初めて。
さて、有名なこの本だけど、いわゆる正統派怖いクトゥルーものではないらしいということは知っていた。なんでもかなりユーモア性が強いとか。どんな物語にもユーモアはあるものだけど、コメディ色の強いクトゥルーとは?

巨大で邪悪な旧支配者クトゥルーは海底に沈んだ都ルルイエで死にながら生き続け、今もまどろみながらもう一度目覚める時を待っている。主の復活に心血をささげるクトゥルー教団の隆盛は世界中で混乱を巻き起こし、復活はもう眼の先にある。クトゥルー復活の最後の鍵に選ばれたのは、日本の高校生・内原 不貞夫(ないばら ふてお)だった。
普段は異常に力の抜けた男子高校生である内原はしかし、幼くしてイカモノ(要するにゲテ物)料理を極めた(ある種の)天才料理人で、ひとたび料理となると人格が変わったように大胆かつ、不遜、何事にも物怖じしない自身に満ち溢れた姿に変貌する。
クトゥルー復活のため内原を狙う教団、それを阻止線とする人類側勢力、いまいち立ち位置のはっきりしない内原、人類の命運をかけた三つ巴の戦いの火ぶたが今切って落とされた。

ないばらふておときたら、もう好きな人には一目瞭然であると思う。(あらゆる宇宙と時空を闊歩するあの顔のない神性のことです。)ほかにもアルハズレッドやマーシュ家、ウェイトリーにアーミティッジ博士とまあどこかで見たことのある字面の面々がぽこぽこ出てきて、彼らによって内原はクトゥルーゆかりの地を、それこそインスマウスだったり、アーカムだったりと世界中旅してまわるわけです。行く先々で深き者どもだったりダゴンだったりが、しっかりと登場してはひっちゃかめっちゃかにかき回すので、クトゥルー好きにしたら面白くないわけがない。かなり酸鼻を極める場面であっても、登場人物にどこかしらぬけているところがあって、独特の可笑しさがある。恐らくここら辺がコメディ色の強いクトゥルーもの、といわれるゆえんだと思う。ではパロディかといわれると、確かにパロディなのだけど、決してクトゥルー神話から名前だけ借りた二番煎じにはなっていないのがすごいところ。各キャラクターは原作の特性を活かした造詣がきちんとされていて、可笑しさの背後にはきちんと呵責のない恐ろしさ、渦巻く陰謀や権謀術数が表現されていて、世界は間違いなく破滅に向かっています。

また面白いなと思ったのはいわゆる邪神たちに対して、 人類は現代兵器でもって立ち向かうところ。どうやら作者の菊地さんはミリタリー分野に詳しいらしく、拳銃から空母まで豊富な知識によってかなり詳細に描写されていて、古い神に現代の兵隊たちががっぷり立ち向かっていったらどうなるか、というクトゥルー好きなら一度は頭の中でするシミュレーションがこれでもかと描写されております。双方なかなかの戦いっぷりです。

また、主人公内原のトリックスターぶりも面白く、普段はぼけーっとしているがいざという時は別人のように苦難に立ち向かうヒーローというのは、昨今のライトノベルかアニメにありそうな人物造形だけど、その無敵さが発揮されるのものイカモノ料理の分野だけという、あまりに限定された能力が、ある種荒唐無稽なお話に不思議になじんでいる。かなりふざけた人物なのだけれど、ルルイエでの最後の決着のつけ方はどうみても、巨大な邪悪に立ち向かうヒーローそのものであった。真面目に全力でふざけた物語が、気づけば全力疾走でシリアスなラストに突き抜けたような感じで、思わず拍手したくなるようでした。
クトゥルー好きにも、そうでない人にもお勧めです。

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