2018年12月8日土曜日

スリー・ビルボード

主人公のタフさに驚かされ、また大いに楽しませられるが、そんな中で気がつく。これは対決の映画だと。
中盤までは簡単だ。ミルドレッド対ウィロビー署長。
主人公ミルドレッドは中年の女性でおそらく低所得者層に属する。結婚は失敗し、暴力的な元夫は19歳の女の子と付き合っている。二人いる子供のうち女の子はレイプされたあげく火をつけられて殺された。金もないし、(恐らく)学もない、雑貨屋で働いている。夫に負けず劣らず口が悪く、喧嘩っ早い。タフで芯が通っているが、また反面頑固で人の意見は聞かない。
一方ウィロビーはどうか。彼は確かにミルドレッドの娘の事件を解決できていない。ただし(少なくとも)彼が無能でも怠惰なせいでもない。若く美人の妻と可愛い二人の女の子がいて、厩舎を備えるくらい豊かな生活を送っている。金があれば名誉もある。(彼が努力して勝ち取った。)また聡明でミルドレッドに関しては手を焼いているが一人の人間として尊敬もしている。友人も多く、順風満帆の人生だが、癌を患い先は短い。
いわば持たざる者と持つものの一騎打ちである。これが面白くないわけがない。他人なら諦めのつく未解決の殺人事件でも肉親にとってはそうではない。それ以来人生が破壊されてしまうことも十分あり得るだろう。孤軍奮闘でウィロビーに相対するミルドレッドの姿は格好良い。

ところが中盤以降これはおかしいぞと思う。どうにも勝負になってない。というのも死を目前にしたウィロビーは無敵なのだ。元々の人の良さもあってか実はこの二人勝負になってない。達観したウィロビーは彼女を許すこともできる。一方的に喧嘩をふっかけているのがミルドレッドなのだ。彼女の怒りは理解できるが、ウィロビーにだってできないこともある。
ウィロビーの死で困ったのはミルドレッドだった。娘の死という理不尽に対する怒りを彼にぶつければよかったからだ。彼女の怒りが次第にふわふわ行き場をなくしていく。そして気がついた。彼女の怒りがとても深いことに。彼女は今までのなめてきた辛酸に対して怒っているのであり、彼女は娘を殺した犯人に怒っているのであり、若い女に走った元夫に怒っているのであり、自分に様々な理不尽を投げかける世界に怒っているのであった。名状しがたい深い憎悪がついに娘の死をきっかけに明確な形を持って彼女の中に立ち上がったのだった。だから彼女は強かった。彼女は警察署に火炎瓶を投げることができるし、息子の同級生に暴力を振るうこともできる。ただし彼女の怒りはその性格上明文化できないし、特に持つものたちには理解ができない。

そこで出てくるのが同じくウィロビーの死に大きな影響を受けたディクソンだった。ミルドレッドとディクソンは奇妙な絆で結ばれることになる。ディクソンもまたこの世界で彼なりに辛酸を舐めてきた男だった。ミルドレッドと彼はともに貧しい環境に育ち、暴力的な性向で自らトラブルを招いてもきた。ウィロビーとは異なり、明らかに欠陥だらけの男女がそれでも続く毎日でやっとお互いを見つめることができたのだった。暴力で繋がった彼らは容疑者を殺しに出かける。しかしすでに自らの怒りと(彼らにとっての)正義不在の世界のギャップをまのあたりにしたのか、それとも怒りの炎が彼らのみを概ね焼きつくしてしまったのか、倦怠感に満ちた彼らの会話が妙に耳にこびりついて離れない。
ミルドレッドの力強い背中も、全編見終わった後に見返すとこの報われることのない世界の中で妙に孤独に見える。ミルドレッドとディクソンの行動には賛成できないところが多いが、それでも彼らの怒りがなんとなく理解できるような気がしたのであった。ラストのシーンの陽光が柔らかく、それだけに切ない。非常に良い映画だ。

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