2016年11月19日土曜日

シャーリイ・ジャクスン/くじ

アメリカの女性作家の短編小説集。
この間紹介したフレドリック・ブラウンの「さあ、気ちがいになりなさい」と同じく異色作家短編集として刊行されたものの文庫版。
シャーリイ・ジャクスンと言ったら長編「ずっとお城で暮らしてる」も有名だが、何と言っても「くじ」という短編だろうと思う。ホラーが好きな人なら多分ほとんどが読んだことあるのではなかろうか。そのくらい色んなホラーアンソロジーに収録されている。私もはっきり覚えているわけではないが、多分少なくとも手持ちの別のアンソロジー二冊にはこの短編が収録されていると思う。
ホラーといっても色んなサブジャンルがあるし、結果的には多様な物語があるが、シャーリイ・ジャクスンのこの短編集ではフリクースが出てくるスラッシャーでも、幽霊が出てくるしっとりしたゴーストストーリーでもない。ただし全く超自然的でないというとそうではなくて、あとがきを読むまで気がつかなかったのだが主人公たちを現実の裏側に連れていくという役目で共通した悪魔の役割を振られた男が出てくる。ただし彼も牙が生えているわけでも、蹄があるわけでも、もちろん角があるわけでもない。
ジャクスンは日常を描く。日常に起こる些細な出来事を書く(表題作の「くじ」のように設定から非日常のものもあるが、それでも日常が描かれている)。主人公である女性たちはそこで嫌な目にあい、また時にははたから見ると嫌なことは起こっていない様でもあるが、それでも結果的には嫌な気分を味わう。作品によってはこれがそれでも「嫌な1日」で終わることもある、しかし作品によっては主人公たちの感情は致命的に害され、その後以前と同じ様に日常が送れなくなっているであろうことが示唆される。端的言えば狂気に陥ったといっても良いかもしれない。日常が、正気がグラデーションの様にいろをかえて毒に侵されていく。その色調の変容のどこをとって分岐点とするかというのは面白い問題だと思う。また狂気に陥った後も続く、主人公を除いた世界の日常の白々しさがまた恐ろしいのである。そういった意味では都市生活の中にある孤立を象徴的に描いている、と考えることもできるのではあるまいか。

シャーリイ・ジャクスンの好きなところの一つに感情をテーマとしている、というか感情を書くことが目的とすら思わせるのに、その筆致は客観的で登場人物のむしろ肉体的な動きにフォーカスされていくこと。こうやってしっとりというよりはねっとり陰湿な雰囲気なのに突き放した冷徹さがあって、それがむしろ読み手を感情的にさせる。つまり主人公たちの感情がそのままイコール読み手の感情になったかの様に錯覚させる。つまり物語自体が呪文であって、それが主人公たちの味わう不快な感情を読み手に与える、そんな効果を持っている。小説の醍醐味とも言える人間の感情が最終的に読者の手に委ねられている。だから同じ物語を読んでも読み手が受ける不快な感情は実は千差万別ではなかろうか。私たちが過去経験した嫌なことをまざまざと思い出し、当然それらは人によって違うので私たちはそれぞれ嫌な思いを個別に味わことになるのだ。

人によってはなぜ金を払ってこの様な後味の悪い本で嫌な気分にならないといけないのかと怒るだろうが、確実にそういった毒に当てられることに気持ち良さを見出す人間がいるものである。無神経でなくて後味が悪いのがご馳走なのだ。というわけで特定の趣味を持った悪食の皆様は必携の一冊であると思う。是非書店に走ってどうぞ。大変面白く、そして嫌な気持ちになれること請け合いです。非常にオススメ!!

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