2015年3月1日日曜日

メイ・シンクレア/胸の火は消えず

イギリスの女性作家メイ・シンクレアの日本独自の短編集。
翻訳はこの分野では御馴染み南条竹則さんで、版元は東京創元社。鉄板の組み合わせで買う以外の選択肢が無い。
作者メイ・シンクレアは1863年生まれの1946年没の女性作家でこの短編集は特に怪奇色の強い作品を集めたもの。もっと具体的に言うと幽霊である。英国怪談といえばなんといっても辛気くさい幽霊と相場が決まっており、シンクレアもこの伝統をふまえつつ女性ならではの執念だったり情の深さが色濃く影を落とした独特の短編を書いている。
全部で11の短編が収められているが、女性が主人公または脇役であっても相当の存在感を放っている様な作品がほとんど。いわば女性に焦点があてられた物語を書いている。後書きによると女性の地位向上運動にも関わったようだが、物語となると政治色は無く、一見穏やかで落ち着いている女性の内側、そこで燻り場合によってはかっと燃え立つ炎のような思いをしっとりとした文体で書いている。登場人物達の迷いや悩み、そういった心情の描写にページを裂き丁寧に書いている。やや神経症的ともいえるようなそれらの懊悩はやはり先生で女性的に感じられた。
もう一つの特徴は幽霊でシンクレアという人の書く幽霊はとても生々しく、まるで生きているかのように肉感的である。そして直接的に描写がされるのだが、相対しても不思議と恐いという感じがしないのである。(なかには十分恐い幽霊も出てくるのでご安心を。)
ジェントル・ゴースト・ストーリーというジャンルもあるくらいだから恐くない幽霊というのは物珍しいものでもなかろうが、作者の書く幽霊は優しいというより、まるで生きている時と代わり映えしない様な、というところが特徴だろう。彼らの取って死は単なる通過儀礼にすぎず、勿論肉体はすでに無く超自然的な力は備わっているものの、死が彼らの精神を変容させなかったのか、例えるならば奇妙な隣人の様な超然とした感じがある。

中でもいくつか気に入った短編を紹介。
胸の火は消えず
コイがうまく行かなかった女性が地獄に堕ちる話。
色濃い沙汰が原因で地獄に堕ちるとは如何にも女性らしいと男性諸氏は鼻を鳴らすかもしれないが、ようするに生き方とそして自分の気持ち(その一部に良心がありそうだ)の問題だろうと思う。人間が書く地獄の形態は様々だが、この地獄の描写は凄まじい。時間という概念がなくなった世界、意識の力でどこにでも行けるのだが、逆に言うと意識外には決して行けない牢獄の世界で永遠に罪を繰り返す事になる。

仲介者
人を避けるためにいわくありげな民家に下宿した男が出会った女の子の幽霊。夜ごと閉じられた部屋の中ですすり泣く彼女は無愛想で何かにおびえる下宿先の夫婦と関係がありそうだが…
女の子の幽霊の悲劇的な生前(彼女が幽霊になった理由)はおぼろげながら推測されるのだが、この話はそこにとどまらず彼女と夫婦の”これから”について書いている。いわば過去を暴き、不自然な現在が、劇的な未来(クライマックス)を迎える訳なのだが、この現在から未来への繋がり方が半端無い。一見グロテスクな狂気としか言いようが無いのだが、その背後にあるのはやるせない真実とそれに決着をつける”許し”であって、これこそが作者が書きたかった事ではなかろうか。単純に善悪を超えた向こう側にある神々しさすら感じさせる渺茫たる世界だが、何より面白いのはそれが人間的な超自然的存在、つまり幽霊によって明白に形作られた事なんだ。人を許せるのは本来人だけなのか?このラストは男性には書けないのではなかろうか。これは子供を産める女性にしか書けない話かもしれない。この歪んだ物語はしかし希望の福音でもあるのだ。そんな気がした。素晴らしい。

という訳で曇り空の湿ったヒースが茂る荒野に立つ黒ずんだ屋敷、荘厳な往時を感じさせつつ今は傾いている、そんな光景がありありと眼前に浮かんでくる様な素晴らしい英国怪談であった。読書はいいぜ〜と思わせてくれる、その楽しさ。私はやはりやや陰鬱な景色にそれを見いだすのでした。
怪談ものが好きな人は是が非でも読んでください。オススメ。

0 件のコメント:

コメントを投稿