2014年11月30日日曜日

フィリップ・K・ディック/人間以前ーディック短編傑作選

アメリカのSF作家による短編集。編集したのは大森望さん。
残念ながら既に亡くなっておりますが、引き続き新刊がコンスタントにリリースされたり、最近は「PKD」というオフィシャルなサイトが構築されたりとまた流行っている印象のあるディックさん。私も少し前位に何冊か楽しく読んだ事がある。最近一新された表紙は如何にも格好いいが、昔のも味があって良いよね、と思います。例えば「ユービック」は変更後の方がポップで格好いいけど、「流れよ我が涙、と警官は言った」とかは昔のが好きかも。短編種もいくつか出ていてその中の何冊かは読んでいる訳で、どれが読んだ事あってどれが無いのかもう分からん。大森さんの後書きによるとハヤカワからはこれを含めて6冊の短編集が出ていて一応これが最後の1冊とのこと。幻想/子供をテーマにした作品を選んでいる。

ディックを久しぶりに読んだがやっぱり面白い。ハードなSF作家であり、難解な面白さがあるが同時にこんなに読み物として読みやすかったっけ?と思った。
よくよく読んでみると根底にあるのは政府や企業(具体的な社名がほぼほぼ設定されているあたり面白い。)のもつ巨大な権力やへの不信感であって、物語であるから現実の格差をある意味拡大して誇張して描いている訳だけど、あくまでも弱者の視点で彼らの境遇や心情を飾らない筆致であっても簡潔かつ丁寧に描く事で異質な世界でもっても普遍的なことがらを書いており、それが(特に今の日本では)長く広く愛されている理由の一つかも。(特にこの短編集は子供が主人公の話が多いので強くそう感じたんだと思うけど。)極端な話ガジェット愛というよりはテーマに沿って物語が構築され、そのフィクションの柱になっているのが科学技術、というイメージ。だから読みやすい。「父さんもどき」という作品は後書きによると幼い頃ディックが実際に思った、悪い父親と良い父親、2人が存在しているのでは?という思いから執筆されたようだ。結果的にだいぶ異形な物語ができている訳だけど出発点はあくまでも普段の毎日から生じる感情を原点にしている。だから良くも悪くも冷静な第三者的な俯瞰ではなく、あくまでも当事者としての生々しさでもって物語が紡がれていく訳で、面白いのはここに(物語とそれの登場人物の考えがそのまま作者のそれであると推測するのは大きな間違いである事は分かっているが、)ディックの個性が色濃く反映されていて、その個性というのは不遇な境遇(たしか何かの後書きで読んだのだが生前は貧乏だったようだ。)もあってか結構危うい感じ。「妖精の王」とかは田舎のガソリンスタンドの親父が妖精の王を引き継ぎ、仲の良かった友人を敵の親玉と思って殺してしまう話なのだが、ファンタジーというよりは統合失調的な妄想に読めてしまう。ここら辺は勿論確実にそう狙って書いているんだろうけど、それでもやはり恐ろしい。そういったちょっと不安定さがあって、それもディックの魅力の一つだなと思う。

どの短編も面白いが特に気に入ったものを紹介。
タイトルにもなっている「人間以前」は12歳以下の人間には魂が無いので間引く事が可能という法律がまかり通る世界を描いたディストピアもの。中盤の展開は胸がすくが、結局ユートピアにはたどり着けない諦観と空しさが横溢したラストが切ない。
とにかく気に入ったのが「この卑しい地上に」という作品。血を使って”天使”を呼び出す事のできる少女があるときふとした表紙に出血し、天使に殺され天使の世界に連れ去られてしまう。肉体は酷い状態になり埋葬されてしまうが、あきらめきれないボーイフレンドは精神となった彼女を取り戻そうとする話。ファンタジーものだが、天使の住まう世界の説明は流石SF作家と言いたくなるほどSF的。SF的というのは考え方の問題かもしれない。そして完全にホラーとの色調を帯びてくる終盤。個人的な思いが大変な結果を及ぼすことになる。話の筋は勿論、どこからとも無く違う世界からやって来て血をすする天使のアイディアが最高。私の中では肉感のある蛾の様な天使とはかけ離れたイメージでそれが炎をまき散らしながら大群となって押し寄せる様は、逆説的に天使的な畏怖を備えている。この1編だけでも買った価値があったなあと思った。(勿論他の短編も文句無しに面白いよ。)

という訳でディック好きな人には文句無しにお勧めだし、ディックのSFは興味があるけど難しそうという人は初めての1冊にも良いのではないかと思う。全体的には決して明るい話ではないので、そこだけご注意を。

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