2014年9月7日日曜日

ジム・トンプスン/グリフターズ

アメリカの作家によるノワール小説。
1963年に発表されたグリフターとは詐欺師のこと。

ロサンゼルスでセールスマンとして働く25歳のロイ・ディロンには裏の顔があった。彼は詐欺師だった。敢えて大仕事ではなく小口の仕事をこなすことで目立たず、また地に足の着いた生活を送ることに成功している。年上の恋人モイラとの関係も良好だが、ある詐欺で怪我を負ってしまう。そこに7年もあっていないロイの母親リリィが訪ねてくる。リリィは14歳のときにロイを産んだが愛情はなく、ロイは早々に家を飛び出したのだった。久しぶりの再会はしかしロイの人生に大きな波乱を招くことになる。

というわけでトンプスンの小説。もう紹介するのは4冊目?
以前の感想ではトンプスンの小説はディティールは異なるものの概ねの舞台設定はどの話でも同じものである、ということを翻訳者の方の指摘もあって書いたと思うんだけど、今作は結構今まで読んで来たトンプソンルールからは逸脱したないようになっている。
変わらず犯罪を書いているのは同じ。主人公も人並み以上の容姿と才能を持ち、あえてそれを隠してどちらかというと人に舐められるような生き方をしているのも同じ。しかし今作の主人公ロイはどちらかというとセールスマンという隠れ蓑があるものの完璧な犯罪者である。ただし口先三寸で渡り歩く詐欺師であって、暴力とは無縁である。
上手く渡り歩いているが母親との関係は不和に満ちたものであり、逃げる様に実家を飛び出したものの彼女との関係はロイが気づいていないにしても暗い影を彼の人生に落としており、いわば離れて暮らしている今でも母親を常に意識している。いわば未だに彼女に支配されており、本当の自分の人生を獲得していない。そんなところに母親が訪ねてくる訳だ。作者はトンプスンだから涙ながらの再会と和解ということにはならず、どちらかというと親子の対決と言った趣になってくる。母親リリィはロイの上を行く職業犯罪者であるから、百戦錬磨のロイでも扱いに困る。
緊張感が高まっていく中である事件が起き、それからはそれこそジェットコースターのように一気呵成にラストになだれ込む。主人公ロイは暴力が嫌いである。犯罪者ではあるが今までの主人公達のようにうちに秘めた凶暴性はない。ロイは君主的に振る舞う母親に抑制され、徹底的に牙を抜かれてしまった、そんな趣すらある。
トンプスンは暴力を書く作家だから暴力の威力を良く知っている。彼はしかし暴力そのものを書きたい訳ではない。(と思う。)彼のノワールって何だろう?私の様なものが一言で言い表せるものではないだろうが、ひとつにこの世の空虚さを書こうとしているのだろう。今作でトンプスンはその持ち味をあえて小出しにすることで最大限の効果を発揮することに成功している。たしかに今までの作品の様な暴力の氾濫はない。あれはあれで大変面白いが、作品が少しおかしくなりすぎる嫌いがあって、壮快だが現実感が少し希薄になる。今作はちょっと地味な感は否めないが、その分空虚さが半端無い。詳しくかけないがラストまで是非読んでいただきたい。暴力を。この暴力とその結果こそがトンプスンの書きたかったものではなかろうか。

という訳でトンプスンを読んだことある人は勿論、敢えて万人にお勧めしたい小説。ノワールとは黒という意味だ。これは黒い小説だ。本当に真っ暗である。けばけばしい世界にぽっかり開いた穴の様な話だ。そこを覗き込みたい人は読んだ方が良い。
ちなみにこの話、マーティン・スコセッシの手によって90年に映画化されているそう。
合わせてみたら面白いかも。

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