2013年6月30日日曜日

ディヴィッド・ピース/Tokyo Year Zero

日本在住のイギリス人作家による警察小説。
かなり気持ちの悪い作品です。

終戦のまさに当日、玉音放送の直前、海軍衣糧廠女子寮で女の変死体が発見される。強姦されて殺されたのだ。警視庁の三波刑事は現場に向かうが、事件は憲兵の管轄となりその場で犯人が殺害される。玉音放送が流れるその中で。
1年後、修正後の混乱の中芝公園で女性の変死体が発見される。そして第2、第3の死体が…

終戦後の復興というといまいちピンとこない。まあ大変な時代だったのだろうと思うが、実はあまりよく知らない。ひょっとしたら私だけでなく多くの日本人がそうなのかもしれない。戦争の是非とはともかくとして、敗戦した日本にとっては屈辱の時代だったからそうなのだろうか。
イギリス人の著者はこの小説でその時代を見事に書き出した。勿論フィクションである小説だからそのまま現実世界に置き換えることは難しいにしても、私の想像していたのより悲惨な焼け野が原がそこに広がっていたのであった。
生命力に満ちているといえば聞こえがいいが、粗野で不潔で各人が生きるのに必死である。終戦のちょうど一年後であるから真夏なのだが、兎に角人の汗のにおい、タバコのにおい、安酒(バクダン)のにおい、ものが腐敗しているにおい、汚物のにおい、それらがギラギラとした太陽に燻り出されて渾然一体となって行間から立ち上るようである。戦争を生き残った人たちが、貧しく、そしてどん欲に生きようとしている。
GHQが支配し、勝者である米兵たちが我が物顔で町を歩き、復興の槌の音が鳴り止まず、人々は汚れたぼろをまとい、電車は人であふれ、闇市はマーケットと名をかえてヤクザものが支配し中国人やその他外国人と血で血を洗う抗争を続けている。
そんなカオス状態の東京を舞台にした警察小説である。主人公である三波刑事の一人称視点で物語が進むのだが、世相を反映してか、否読み進めるとこの主人公は外界よりさらに混乱していることが分かる。行間に主人公の混乱した独白が挿入されるのだが、とても刑事とは思えない。さながら精神病患者の様で、今と昔がごちゃごちゃに混ざっている。
やくざに頭を下げ、金と睡眠薬を恵んでもらう。警察手帳をたてに一般市民からタバコを巻き上げる。商売女を強姦する。頭は破裂寸前で吐いてばかりいる。眠れない体を抱え汗をかき幽霊のように東京を歩き回る。ハードボイルドどころではない。そして正義がない。この小説では正義という言葉一回も出てこないんじゃないだろうか。読んでいるだけで窒息しそうになってくる。閉塞感と暑さで。

この小説は対立構造になっている。
勝者であるアメリカ人と敗者である日本人、男と女、都市部と農村部、戦前戦中と戦後、正気と狂気、日本のやくざと外国のやくざ、夜と昼、誰かと私。そして主人公が独白するように両者の間には違いがないのかもしれない。いや、2者間の協会が曖昧になり溶け合っているのだ。接近すればするほど、注目すればするほど混ざり合っている、混乱する、訳が分からなくなる。だから正義がないのかもしれない。人が死んで、生きているのである。真夏の焼けるような太陽の下で。

この小説は実際の事件を元にしている。知っている人もいるかもしれないが、小平事件という一連の殺人事件である。ネタバレになる可能性があるので詳しくは書かないけど興味のある人は調べてみると面白いかもしれない。私は事件の概要しか知らなかったけど、なんとも嫌な事件である。ベタベタしていて人の欲望のにおいが漂ってきそうだ。まさにこの小説にはぴったりなのかもしれない。

オフィシャルサイトで作者ディヴィッドさんのインタビューが読めます。面白い!
可能ならば本を読んだ後に読むのがいいのかと。
http://www.bunshun.co.jp/tyz/author.html

さて物語とは関係ないのだけど、本編後に作者による参考文献の紹介がある。直接資料にしたもの、間接的に影響を受けたものが載っているのだけど、音楽の欄に人間椅子、Sigh、Church of Miseryと記載されていてちょっと驚いた。う〜ん、マニアック。

季節はちょうど夏であるから、読むには絶好の機会ではないだろうか。
ただし気持ちの悪い小説である。読む際には気をつけてください。
内容の面白さについては折り紙付きだと思います。

2013年6月29日土曜日

Woe/Withdrawal

アメリカのブラックメタルバンドの3rdアルバム。
2013年にCandlelight Recordsから。
一口にブラックメタルといって、今となってはもかなり細分化されてきている。このバンドはハードコアの要素が結構強い。
いわゆるポストブラックということなのだろうが、前に紹介したDeafheavenのようなオシャレな要素は皆無。ブラックメタルの邪悪さをハードコアの持つ明確な攻撃性で補強したような音楽性とでも表現したら良いだろうか。ちょっとフランスのバンドCelesteに通じる音楽性。

何と言っても曲の作りがすごい丁寧で格好いい。
分厚いギターもハードコアっぽいのだが、トレモロを多用していて聴いていると確かにブラックメタルなのが面白い。
ボーカルはブラックメタルとハードコアのちょうど中間といったわめき声がメインだが、たまに低音強調した歌唱法や妙に怪しいクリーンボイスで歌い上げたりして結構多彩。
たたき過ぎのドラムはなんだかたまにグラインドコアっぽい派手さがある。
それらのアンサンブルが生み出す曲の構成が最大の魅力か。基本的に突っ走るバンドなのだが、いい具合に曲に構成をつけていて、轟音トレモロリフ、色気のある妖しいアルペジオ、長過ぎないギターソロはいいアクセントになっている、そしてフックのあるメロディアスさ。何ともいえない残響の切ない趣と、疾走する轟音の攻撃性の見事な調和である。素晴らしい。
全体的にじめじめとしたひがみっぽい感じが無く、爽やかという訳には勿論いかないけど妙に謙虚なところがある。Metallumのページを見ると当初歌詞のテーマはサタニズムだったが、現在はもうちょっと個人的かつ内省的なテーマにシフトしているようだ。ここの部分もそういった音楽性と関係があるのかもしれない。

プリミティブブラックのような独特の閉塞性はないが、次世代ブラックの一翼を担える実力があるバンドだと感じた。
かなーり格好いい、おすすめのアルバム。

2013年6月24日月曜日

椎名誠/チベットのラッパ犬


突然だが私は弐瓶勉さんの漫画が好きだ。
現在アフタヌーンで「シドニアの騎士」を連載しているあの弐瓶勉さんである。
初めてアフタヌーンで「BLAME!」を読んだときは衝撃だった。当時ジャンプやヤングジャンプなどの漫画ばかり読んでいたので、バサバサした絵。全く意味の分からない世界、少なすぎる台詞のすべてが新しかった。漫画ってこういうのもありなの?と思ったことを覚えている。
さてその「BLAME!」の中に電基漁師という人たちが出てくる。外骨格に身を包みながらどこからしら素朴な彼らにはその各人に名前の元ネタがあると知ったのはおそらくネットかなにかだと思う。「づる」や「捨吉」というその名前は椎名誠の小説からとられたのだそうだ。そうして手に取った「武装島田倉庫」が私と椎名誠さん(の小説)との出会いだった。勿論椎名誠という名前は知っていた。もじゃもじゃ頭のおじさんで馬に乗ってCMに出ている人でしょ、まあ小説家らしいけど、位の認識だったが。
「武装島田倉庫」を開けばそこにはまた私の全く知らない世界が広がっていたのである。私はその後も椎名さんの不思議なSF小説を全部ではないけど非常に楽しく読んできた。はっきりいうともうすごい大好きなのです。

長くなってしまったが、今回ご紹介するのがその椎名誠さんによるSF小説「チベットのラッパ犬」である。始めにいってしまうが今回も面白すぎるので皆様にはぜひ読んでいただきたい。

世界規模の戦争により荒廃しきった世界。技術の進歩は様々な技術や兵器を生み出し、それらの乱用により各国の様相は大きく変わり、また生態系も今のそれとは全く違う世界。兵士の「おれ」はサイバネティクス兵士に必要不可欠な人口眼球に必要な素材を手に入れる任務でチベット付近の田舎に潜入する。ところが任務完遂まで後一歩というところで素材をサイバネティクス犬に奪われた「おれ」はなんと自分も犬に姿を変えて、敵を追うことになる。

椎名さんのSF小説は厳密にはっきりと明言されている訳ではないけど、だいたい共通の世界観を共有している。発展し続けた世界がある時点で起きた大世界戦争で一回崩壊寸前まで破壊し尽くされてしまったのである。化学兵器の乱用により空は常に曇り、海は油の皮膜に覆われ、陸上にかぎらずあらゆるところに珍奇で(凶暴)な生物(中には人為的な合成生物もたくさんいる)が跋扈している。食料やエネルギーは慢性的に不足しているから所謂上層に所属していない人々は原始的な生活を送ることを余儀なくされている。しかし一旦発展した未来の技術は散発的に存在しており、そのアンバランスさが物語を面白くしている。
こうして書くとかなり暗い未来のようだし、実際汚染された世界でのサバイバルが必須になるから殺伐とはしている。ただ椎名さんの小説で面白いのは結構明るく書かれている。というのも登場人物たちがみんなたくましい。状況によるところも大きいのだろうが、うじうじしていない。よく動き、よく食べる。平気でだまし合いもするし、殺し合いもするがひねくれたところがなくて、みんなまっすぐに生きているから物語自体が決して陰惨にならないのである。
この世界観はやはり作者の椎名さんの正確に起因するところが大きいのだと思う。椎名さんはまったく作家らしくないことに世界の辺境に旅にいくことがたのしみらしく、この奇妙な世界観は結構そういった未開の辺境の地での旅の経験が活かされているのだ。勿論椎名さんの想像力も遺憾なく発揮されているけど、すべてが想像で出来上がったいわば虚構のSF小説とはちょっと趣が異なるのである。
また不思議な世界観の割に説明がほとんどない。ハードなSFは結構未知の技術でもそれらしい説明がなされることもあるけど、椎名さんの場合は不思議な言葉が山のように出てくるがほとんど詳細な説明というのはされない。弐瓶勉さんの漫画もそうだけど、私はこれが大好き。なぜかというと読み手の想像が際限なく膨らむからである。椎名さんのいろんな小説にでてくる「ねご銃」ってどんな形をしているんだろう?うーん、楽しみはつきない。

さてこの小説はいままでの椎名さんのSFとは少し趣が異なる。というのも珍しく結構色々なものの説明が入る。一番すごいのは世界を荒廃に導いた大戦の発端がかなり詳細に書かれている。勿論同じ世界の共有というのも解釈の一つなのですべてのお話が本当に一つの世界で起こっていることを別々に書いているかは分からないけど、これはかなり興味深い。おそらく主人公が明確な任務を帯びている兵士であることが要因だろうと思う。全体に漂う雰囲気がいつもよりシリアスである。行き当たりばったり感がちょっと少ない。ただし兵士の割にはやっぱり主人公はのんきなところがあって結構窮地に陥ったりしてそこが面白い。「迂闊だった〜」という場面が何回かあって、あんた兵士なのにのんきだな!となんとなく憎めないのが面白い。

私はただ物語が好きなので椎名さんのこういった本がどのくらい読まれているか知らない。ただほんのベストセラーランキングをみるとちょっとマイナーなのかと思う。ベストセラーランキングに入る本がつまらないとは全く思わないけど、私はどちらかというとこういったちょっとかわった物語が大好きで、少しでもその面白さを他の人に伝えられることができたらこんなに幸せなことはない。
是非手にとっていただきたい本です。おすすめ。

2013年6月23日日曜日

R・D・ウィングフィールド/フロスト気質

フロスト警部シリーズ第4弾。
物語はいよいよ長くなり、ついに上下で分冊と相成りました。
相変わらずの面白さです。

イギリス郊外の町デントン。所謂ぱっとしない田舎町に赴任した部長刑事リズ・モード。上昇志向の強い彼女は警部の一人が不在の今こそ手柄を立てて出世への手がかりにしようと意気高揚していた。おりしもデントンでは乳幼児の傷害事件に加え、子供の殺人事件、富豪の娘の誘拐事件、子供の失踪事件が同時多発的に発生し、混乱を極めていた。これらの事件をある種のチャンスと捉える彼女はしかし、デントン署きっての風采の上がらないお荷物警部フロストのもとで働くことを余儀なくされる。下品で粗野、礼儀知らずでうだつの上がらないフロストのもとで。さらにフロストやデントン署の面々と因縁のある警部代行のキャシディが赴任し、自体はさらに混迷の一途をたどるのである。

今回はメンツにちょっとした変更があって、ライバルのアレンは今回も早々に退場。相棒になる「坊や」はなんと今回女性刑事の「嬢ちゃん」に。相変わらず自信家で上昇志向なのはかわらないが、今回の相棒は全3作の最後までフロストの本質を身抜けたかった坊やたちに比べるとにくらべると今回は結構かわいげがある。マレットは本当に嫌なやつだが(本当に回を重ねるごとに嫌らしさが増してきてる)、今回はさらにジム・キャシディというキャラクターが出てくる。役目的にはアレンの代わりなのだが、過去にとある因縁があって兎に角フロストに絡む。上昇志向がつよいのはいいにしても、性格が悪く意外に小物で我が強いからみんなに辟易されている。こいつがいろいろと自体をかき回す訳である。話の筋としては今回も所謂モジュラー型で事件が立て続けに起こるから、4作目にして混乱はいや増すばかりである。

さてフロスト警部ものというと主人公であるフロストの強烈なキャラクターでもってして、警察小説の中でもかなりコミカルな部類に入るのではなかろうか。殺人事件などの犯罪を扱うのであるから、シリアスであるんだけど、全体的にそこまで陰惨にはならない。私は当初そう思っていた。ところが前作を読んでからちょっとその考えを改める必要があるかもしれないと思った。前作は老女連続殺人事件という軸があって、文字通りフロストはその犯人であるサイコキラーと対決した訳だ。性質上ほかにもいろいろな事件が発生し、また繰り返すがフロストのキャラクターでもってなんとなくコミカルにまとめられている。しかしこれはカモフラージュというか作者の読者に対する配慮ではないか?と考えるように至った。前作は陰惨さ凶悪さがかなり増して、形だけでいえばアメリカのサイコキラーものの警察小説と遜色がない気がする。勿論派手な科学捜査やプロファイリングは出てこないけど、(私の考えでは)そんなものはギミックであり、警察小説の本質ではない。作者は作品の暗さをあえてコミカルさで覆い隠してしているような印象を受けた。誤解がないようにいいたいのは暗さを書いていないということじゃない。しっかり描いているけど、それが、それだけが作品にあふれかえらないように配慮がされているのではないかと思っているのだ。
今作を読んでその思いが強くなった。今回はメインになるのは子供に対する殺人と誘拐がメインである。思えば老人や浮浪者、子供など作者は常に弱きものを書いてきた。弱い人たち、駄目な人たち(酔いどれや宿無しもたくさん出てくる。)を本当にリアルに紳士に描いたけど、常にその扱いには(フロストを通して)優しさがあった。弱いものたちへの愛があって、フロストは彼らを決して見捨てない。浮浪者をぞんざいに扱う部下には怒ったし、時には加害者に同情することだってあった。どんなやつが殺されても、必ず自分で家族に報告に行く、それがフロストだった。
フロストは警官ですらないかもしれない。フロストは実は警官の流儀や動機で動いていない。今回誘拐事件に挑むフロストははっきりと子供の発見を犯人の逮捕より優先すると断言する。署長に対してだ。警察官は法を犯したものをとらえるのが仕事なんじゃなかろうか。勿論未然に犯罪を防ぐことや、誘拐された子供を無事に保護することだって警察の仕事であることは間違いないと思う。でも犯人を逮捕するということは所謂花のあるしごとではなかろうか。とかくフィクションである小説の中では。しかしフロストは否であるという。俺は子供を助けたい。死んでいるかもしれんが、子供を見つけて親元に帰してやりたいというのである。そのことで犯人を捕まえられなくても俺はしょうがない、というのである。私はいったいどちらが正しいのか分からない。けどやっぱりフロスト警部は弱いものの味方であって、彼らを決して見捨てないのだ。軽口をたたいて下品な冗談をいくら喋ったってフロスト警部は常にぶれないのだ。本人も気づいていないかもしれないが、適当(彼が適当であるのは間違いない、そこが面白い。)な本質の下には弱いものたちへの愛があって、だから彼はそういった人たちを食い物にする犯罪(罪を憎んで人を憎まず)を憎み不眠不休で働き続けるのだと思う。

フロスト警部ものはコミカルな小説であることに間違いはない。吹き出したり、声を出して笑っちゃうところもたくさんある。ただしあなたがこれを警察小説の形をとった風采の上がらない親父がなんとなく事件を解決してしまうコミカルなだけの物語と思っているのな、それは大きな間違いである。喜劇性の覆いをとれば、そこにあるのは残虐な犯罪とそれに苦しむ人たちである。誤解している人たちにこそぜひ読んでいただきたい。これは正義の人のお話である。
作者の逝去が残念でならない。ここまで来たらフロスト警部の長編は残り2作である。

Deafheaven/Sunbather


アメリカはカリフォルニア州サンフランシスコのバンド。
2013年にConvergeのジェイコブさんのレーベルDeathwish(元ネタはチャールズブロンソンの映画なのかな)からリリースされた2ndアルバムです。

ラベルをみてもらうと分かるんだけど、このバンドの音楽性ははっきりとしたジャンルでくくりにくい。ボーカルはブラックメタル系のギャーという感じの若干ぶち切れたようなテンションの叫び声。トレモロリフを多用したリフは確かにブラックメタルを思わせるんだけど、音質はブラックメタルの邪悪で劣悪なそれとはほど遠く、ハードコア由来のポストロックのようにクリアでなんていうかこうキラキラしとる。音の重厚さと同居する芳醇さそして独特の反響は、アレ?シューゲイザー?激しかったのが一転平気でピアノなんか入れちゃったりして、あらステキという感じはまさにそれっぽい。
要するにいろいろなジャンルの影響が見て取れるんだけど、全体に吐き出されるのがつぎはぎだらけのいびつな音楽というよりは、多様な要素が見事に調和している素晴らしい作品になっております。
彼らのルーツがいずれのジャンルなのか分からないけど、確かにそれぞれのジャンルが似た部分を持っているから不思議にしっくりくるんだよね。海外ではこういったジャンルをBlackgaze(ブラックメタル+シューゲイザー)とかポストブラックといったりするそうです。

それにしても結構キラキラした演奏にブラックメタル然とした叫び声というのは非常にしっくりくるよね。あとは曲の展開が激アツなんよね。結構あざといくらいドラマチックに作られているんだけど、これだけの完成度でもって演奏されてしまうとそれはもうごちゃごちゃいわずに酔いしれるしかない訳です。比較的曲が長めなんだけど(だいたい9分〜15分くらい)ちっとも気にならない。轟音をまき散らしながら疾走するパート、嵐の前の静けさのような予兆を感じさせる不穏なパート、反響に満ちたゆらゆら揺れているようなアンビエントなパート、いろんなパーツがパズルのピースのように見事にはまっている印象。渾然一体とはこのことか。例えばVertigoという曲ではゆったりとしたポストロックポイパートから妙にメタルっぽいギターソロが唐突に飛び出してくるのに吃驚していると、あっという間に凶悪なボーカルが洪水のような激しさで襲いかかってくる。こいつは新しい時代が生み出したキメラ的な音楽なのだろうか。いろんな動物のパーツでできているキメラだが、昔の人もありえねーと思ったらしく、キメラという言葉にはあり得そうもない奇妙な、といったような意味もあるそうだ。なるほど確かにDeafheavenの音楽は奇妙ではあるのだが、実際に確固として存在していることを考えると、彼らは決していびつな混合生物キメラではないのかもしれない。

オシャレかつポップなジャケットは初めてにとったときはうおお、ひねくれてるねと思ったけど、アルバムを聴くと結構なるほどとうなずけてしまうから不思議。

これはすごいアルバム!
皆さん買って聴きましょう。


2013年6月22日土曜日

Church of Misery/Thy Kingdom Scum

日本のドゥームメタルバンドの4thアルバム。
2013年にRise Above/Metal Bladeから。最近Rise Above率高いです。

前作「House of  the Unholy」は”一見”オシャレなジャケットでしたが、今回はも渋いのは渋いんだけど血糊コラージュがされていて下品なくらいの殺気が漂っております。

一口にドゥームメタルといっても昨今はバンドによってその音楽性に大分バリエーションがありますが、このバンドのそれは奇をてらわないストレートなものになっています。
勿論重くて遅いのですが、どちらかというとブルージーな雰囲気があって、ドゥームメタルの要素を過度に突き止めている訳ではありません。
うねるようなギターリフに、うねうね這い回るベース(ベーシストの方は三上さんとおっしゃるのですが、映像みるとベースの位置がすごい低いんですよね。ギターとベースは位置が低いほど格好いいのだ!と会社の先輩がいってました。三上さんは多分今までみた中で一番低いです。確かに格好いい。そしてすごい手首が柔らかいんだなあ、とみるたびに感心してしまいます。)、ドラムは重苦しいけどグルーブを損なわなく時に軽快ですらあります。ボーカル(失踪したけど戻ってきたそうです。よかったよかった。)はドスの利いた低い声なのですがデス声というのではなく、ここがこのバンドを独特足らしめているのかもしれません。というのもこのバンド聴くといつもおもうのですが、メタルというより、ロックの要素が強いんです。ロックって何よ?ということになるといきなり深い哲学的な問いになってしまってそんなもん勿論答えられるわきゃあないんですが。要するにラフっぽいんだけど結構神経質、荒々しいけどノリが良いんですね。メタルも神経質だけど結構がっちり固まっちゃってしまうことが多いですよね。このバンドは楽曲の構成や間の取り方が結構伸びやかなんですね。さらに音楽性は激しいけど、シリアス一辺倒というのではなく単純に聴いていて気持ちよくなるノリの良さがあります。
要するに小難しいこと考えなくても、聴いているだけで楽しくなっちゃう音楽です。

これだけなら、よかったね〜いいアルバムだね〜ということで終わるんですが、このバンドはそうはいかない要素があります。
このアルバムに限らないことですが、曲名をみるとタイトルの後に人名が書かれていることが分かるかと思います。(勿論カバーとかはのぞきます。)
つまり彼らの楽曲にはモチーフとなる人物がいて、その人にまつわるテーマで楽曲を作っている訳です。そのモチーフとなる彼らというのが、みんな殺人者たちなわけです。それもただの殺人者ではなく、大量殺人者だったり、手口が極端に残虐なことで世間に大いに(そして大抵は多大な嫌悪感を持って)賑わせた犯罪者ばかりです。所謂快楽殺人者だったり、サイコパスだったり、ソシオパスだったりという人たちもいるでしょう。
この要素を知ってからもう一回楽曲を聴くと、さっきは楽しかった曲もなんだか薄気味悪く聴こえたりする気がするから不思議ですね。要するに一筋縄でいかないバンドなんだと思います。かなり凶悪で不吉なバンドです。ちょっとした底意地の悪さというのが根底にあるのですね。そういった隠し味(全然隠してないけど)がこのバンドをさらに独特なものにしているのだと思います。
なんだか批判しているみたいになってしまいましたが、私は彼らの音楽とスタイルが大好き。私も学生時代に恐ろしいことをやってのける殺人者たちの内面が知りたくて、ネットで調べたり、平山夢明さんの本を読んだりしたものです。たしかSlipknotのギタリストの方もそういったことを調べるのが好きだったと思います。異常さというのはそれだけで人を引きつける何かがあるんですね。
ある種の不謹慎さがあることに間違いがないが、それが魅力にもなっている不思議で格好いいバンドです。
いろんな人にお勧め!


2013年6月16日日曜日

R・D・ウィングフィールド/夜のフロスト


イギリスの名物警部フロストが活躍するシリーズ第3弾。
1992年発表、本邦に訳されたのは2001年のようです。
すっかりはまってしまいました。

イギリス郊外の町デントンでは流感(インフルエンザ)が大流行。デントン署も病欠が頻発。そんな中示し合わせたように事件の災禍が猛威を振るう。誹謗中傷の手紙、行方不明の女子高生、新婚の夫婦に対するいやがらせ、そして連続老女殺害事件。人手不足のデントン署で病気とは無縁のジャック・フロスト警部が勤務超過上等で事件に立ち向かう。

さて今回も事件が次から次に起こり、フロスト警部も読者も休む暇がありません。こういう風に様々な事件が連続して起こるミステリをモジュラー型というそうです。回を重ねるごとに同時進行する事件が増えていくようで、容疑者や目撃者を覚えるのがちょっと大変でした。
相変わらずフロストは軽口と冗談と下ねたを連発しながら、マレットに説教されつつ、超過勤務をいとわず精力的に事件会月に奔走する訳なんですけど、今回の事件はことさら手口が残酷です。メインとなる事件の一つ連続老女殺人事件なのですが、その手口と描写の生々しさがかなりリアル。アメリカはハリウッドのサイコホラーで映画が一本撮れそう。今までの事件ももちろん人が死んだりしている訳だし、残酷ではありましたがフロストの性格もあって読者的には割と楽しく読めたのですが、今回はフロストの軽口を持ってしてもその残酷さを覆い隠しきれない…目撃者や被害者の人生も結構細かく描写されていて、人が殺されるという悲劇とそのやり切れなさを眼前につきつきられているようでした。現代社会で周囲との関係性が希薄になり孤立した老人たちの生活を問題提起しているとまではいいませんが、ひねくれ者の(と私は勝手に思っています)作者のことだから、エンターテインメントとしての小説の中で、それも人の死が面白みの中心的な要素になるミステリ小説の中であえて、人が死ぬということをオブラートに包みながらも紳士に書いているんではなかろうか。ミステリといっても警察小説だから、主題となるのは犯人探しとしても本格のそれとは趣が異なる訳で。また我らがフロスト警部は相も変わらず推理を外しまくる。直感を信じて証拠をねつ造する。このフロスト警部シリーズはもちろん警察小説なのだけど、ほかのそれらとはちょっと違う。もうちょっと事件という現象について焦点をあわせて書かれているようだ。人情小説というのは出はないが、それが(個人レベルの)社会においてどういう意味を持っているのか、というところに面白さがあるような気がしてきた。首をかっ切るという手口は今はもうありふれてさえいるのかもしれないが、私がそれを残酷だと感じたのは、逆説的になるかもだが、この小説が小市民の日常や毎日を丁寧に描写してるからなのかもしれないと思った。

さあそんなことをもちゃもちゃ考える必要もない面白い小説ですので、気になった皆様はぜひ1作目から読んでいただきたい。