2018年5月13日日曜日

ミハイル・ブルガーコフ/犬の心臓・運命の卵

ウクライナ出身の作家の短編集、といっても収録されているのは中編が2つ。
表紙は非常に可愛いのだが中身はかなり辛辣な社会風刺。当時のロシアはソビエト社会主義共和国連邦、いわゆるソ連として社会主義真っ只中であり、ブルガーコフはこのオーソリティを激しく批判する内容の小説を書いていたので当局に睨まれ、発表した小説・戯曲の多くが発禁処分になっていた。ここでいう小説というのは純粋な政権批判のパンフレットというよりは、風刺の意味合いが強く純粋な文学作品として単に共産主義に対するカウンターとしての意味合い以上に楽しめるものとなっている。面白いのは弾圧する側のスターリンもブルガーコフの作品が好きで、特例的に彼の戯曲の公演を許可しこっそり見に行っていたらしい。(あとがきより。)

「犬の心臓」も「運命の卵」もブルジョアで高等教育を受けており、変わり者ではあるが知的好奇心が旺盛で他人への思いやりのある研究者が主人公である。彼らが科学的な発展のために作り出した創造物が、思いとは裏腹に周囲や社会に対して害を及ぼすという筋書きになっている。面白いのは似たような2つの短編だが、途中で異なる方向へ分岐していく。「犬の心臓」は犬のコロに人間の臓器を移植し 、知識と言葉を獲得したコロ改めコロフがその本性を表して生みの親のフィリップの頭痛の種になっていく。こちらは奇妙な親子関係ともいうべき間柄で、フィリップの期待はことごとく裏切られ、次第にコロフの存在が許せなくなってくる。メアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」のように驕った知性への警告とも解釈することができるかもしれない。自業自得というわけではないが、良かれと思ってやったことが異なる結果として自分に跳ね返ってきた。あとがきにあるようにこの母なるユーラシアの大地から生まれた共産主義が母親に害を及ぼす、と解釈することももちろんできる。
一方で「運命の卵」は風変わりな生物学者が生物を爆発的に増殖進化させる謎の光線を見つけることが物語の発端。これを当局に強制的に接収され、当局の担当者(マヌケ)が使い方を誤った結果、蛇などの爬虫類が巨大化し爆発的に増殖。故国を脅かすという話。「犬の心臓」より直接的に政権を批判している。つまりちゃんと使えば国のため人のためになる科学技術なのに無能な政権がそれを台無しにして逆に人に迷惑を与える代物にしてしまうというわけだ。技術の創造主である教授が暴徒とかした衆愚に八つ裂きにされて殺される、というクライマックスも単に政権だけを批判するというわけではなく、そこに安易に操られ追従する民に対する失望と嫌悪が見て取れる。独裁政権というのはそれだけで成立するのではなく、当たり前だがかならず抑圧される民草とセットで完成するものだ。殆どの人は不満はあるが仕方がないと下をむくところ(中には積極的に体制に取り入ろうとするものもいるだろう)、ブルガーコフは果敢に上を向いて過激な作品を作り、発表し続けたのだろう。

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