2018年5月6日日曜日

ヘニング・マンケル/ピラミッド

スウェーデンの警察小説。
私はヘニング・マンケルのヴァランダー・シリーズが大好き。何回か書いているけど1作め「殺人者の顔」を本当なんともなしに買い、それからシリーズを読み進めるのは本当良い読書体験だった。なかなか苦しい時期だったこともあって良い思い出。作者ヘニング・マンケル氏は非常に残念ながら2015年に逝去されてしまった。ちょっと横道にそれるのだが、ご冥福を〜のようなコメントももちろん良いのだけど作者が生きているうちに手紙(今は紙媒体でなくてもよいわけだし)でも認めたほうが良いのではって気がしてする。

さてこの本はヴァランダーがまだ若い頃、というか警察に勤めだした制服警察官の頃から始まって、前述のシリーズ一冊目の「殺人者の顔」の本当手前(最後の「ピラミッド」はこの事件の冒頭で終わるという形式)までを時系列順に並べたもの。ヴァランダーの何が良かったかってそれは冴えないおっさんだからだと思うんだけど、どんなおっさんだって若い頃があったのだ。信じられないだろうけどそうなのだ。どの物語か忘れたけどヴァランダーは娘が誰と付き合っているか気になって尾行して「何やってんだ俺は」と思ったり、女性とデートする前に服にソースをこぼして凹んだりする、まあ結構なおっさんである。優秀な刑事ではあるけど癇癪持ちで独断専行が多すぎる。いわばそんな彼ができるまでを描いているのがこの短編集だ。人はそう簡単に変わらないもの、それは確かでなるほど元々彼の個性は若い頃があるし、逆にそうでないものもある。ヘニング・マンケルは本当巧みな作家だと思うのは言葉少なに(この本結構な厚さはあるんだけど、文章は極めて簡潔で読みやすい。翻訳者柳沢由実子(敬称略)の技量ももちろんあるはず。)、ヴァランダーの心構えの変遷を書いている。それはナイーブさかというとちょっと違う。冒頭少女に糾弾される場面はその後年を取ったヴァランダーの心に引っかき傷のように残り続けたわけだし。ナイーブさを覆うからのようなものが次第に形成されていく。それは防壁であり、生きる知恵であり、若者からしたら諦めやずるさ、つまり(汚い)大人の象徴でもある。繰り返しになるけどおっさんって自然におっさんの状態で発生するわけではないんだ。若者が老いておとなになっていくのだ。それをグラデーションで書いたのがこの連作短編集なのだ。だから次第に、増えていくシワのようにおっさん味を増していくヴァランダーには失っていくもの、そしてかわりに獲得していくものが(おとなになってもいいことはあると思うんだ、私は。辛いことも多いけど。)淡々と書かれている。汚い方便に見えてもそれが強靭さだったり、熟練だったりする。大人の悪いところは説明不足なところなのだ。自分がすでに経験してきたことだからある程度わかっているわけで(ただそう思い込んでいる場合も往々にしてあるのだが)、それをせめて年下の人たちには丁寧に説明してあげればよいのだが、どうしても例えば「〜するな!」のような高圧的な命令になってしまう。そりゃ老害とも呼ばれてしまう。ヴァランダーの父親を一つ上に配置することで、その関係性がもう一個入れ子構造というか多層構造になって俯瞰的に読者が気付けるるようにもなっている。良し悪しで判断すればヴァランダーの父親は良い人物ではないけど、でも2人の親子関係とても良いものにも見える。ヘニング・マンケルというと社会派と言われて実際そうだと思うんだけど、こうやって普通に身近なことをはっと気が付かせる、そういう優しい視点を常に持っている。だからやっぱりのめり込んで読んだのだなと思った。

刑事ヴァランダー・シリーズは冊数もあるのでまずこの一冊を手にとって見るというのは良いかもしれない。実はまだ未訳の作品もこの後邦訳が控えているということで嬉しい限り。

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