2015年2月22日日曜日

トマス・ピンチョン/競売ナンバー49の叫び

アメリカの作家の、うーん?何小説かと言われると少し困る小説。
ピンチョンの名前は結構私が読んでいる本の後書きや解説に出てくる。曰く現代アメリカ文学を代表する作家の一人とのことで、そんなあおり方をされれば勿論気になるのが人情というもの。ただAmazonで「ピンチョン」で検索していただければわかるのだが、彼の本は3000円くらいするデカいモノで、なんとなく躊躇してしまっていたのだが、ちくま文庫から手頃な値段の文庫がでていただのでケチな私は飛びついたのであった。
調べてみるとトマス・ピンチョンという人はいける伝説の様な人で、経歴が謎に包まれている訳ではないのだが、メディアに一切露出しない隠遁した生活を送っている覆面作家であるそうな。この小説はそんな変わり者の作者が1966年に発表した小説。

エディパ・マースはラジオDJの夫を持つ平均的なアメリカ人主婦。ある日昔一時期つきあっていた大富豪ピアス・インヴェラリティが亡くなり、自分が彼の遺産の管理執行人に任命されていることを知る。ピアスの膨大な遺産を整理するためにエディパは実質的にピアスが実権を握っていた彼の地元に赴くが、歴史の影に存在し続ける謎の私設郵便組織を巡る陰謀に巻き込まれていく…

読み進めながらこれは中々に一筋縄でいかない小説だと分かってしまった。所謂幻想小説とは違い確固たる現実を扱っているし、表現が曖昧模糊としている訳ではない(むしろソリッドな文体だ)のだが、なんとなく話の筋が掴みにくい。いや、筋というよりはそれが意図する真意という方が言いかも。解説によるとこの話というのは膨大な暗喩に富んでいるそうで、本文の後ろにながーーい訳者による解説がくっついている。これを読むと少しは小説に対する理解が増すという訳だ。(読むリズムが崩れるし、しおりが2本いるからこの形式は結構厄介だ、個人的には。)もう一つの要素は登場人物達の言動で、気取っている訳でもお洒落な訳でもないが、会話も隠喩に富んでいるのか、やけに婉曲的だったりする。特に女主人公の行動は衝動的で直感的であって、この小説はそんな彼女の一人称でもって進むのだが、それなのに彼女の真意がたびたびこちらには理解できない。(これは私のおつむの程度によるところも大きいと思うけど。)
一見すると元カレの富豪の死を切っ掛けに歴史の背後にあった謎の組織に接近していく探偵小説と読めなくも確かに無いのだが、中盤主人公自体がそんな明快さが一瞬で崩壊する様な”気付き”を読者に発表し、「分かりにくいけど探偵小説」という最後の命綱も他ならぬ主人公によってぷつんと断ち切られてしまうのである。こうなるとこれは小説というよりは半分意味のわからない言語で書かれた石盤や古文書の様相を呈してき、その意味成すところというのはこちらが独自に解釈せねばならない。
私と言えば分かりにくいとぼやきつつも何かしらスラップスティックな雰囲気をこの小説に感じてしまった。主人公エディパという女性はどうやら容姿に恵まれているようで様々な誘いにさらされつつ、妙に変わった登場人物達の間で翻弄される様は確かに悲劇的だ。たしかに重要な登場人物が次々に不振な死を迎えたりして、これはいよいよきな臭くなってきやがったぜ、という空気もありつつ、全体的になんなく間延びした雰囲気やコミカルさ(たとえばメツガー達と湖に出かけるところとか特に。)がその根底にこびりついていて、なんだがやっぱりドタバタした喜劇的な雰囲気がある。これは作者の物語がシリアスになりすぎないようにという配慮、つまり優しさなのか。それとも悲劇と喜劇が表裏一体、それでいて曖昧模糊とした人生をこの短い小説に込めようとしたのか、私には分からないのだが。
一風変わった小説を求めている人はどうぞ。私はというと読んでいる時は唸っていたものだが、不思議な事に読み終えるとまたピンチョンの別の一冊を読みたいと思っている。

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