スウェーデンで活躍する脚本家2人がコンビを組んで書いた小説。
流行を見せる北欧ミステリーの新しい刺客。
スウェーデンのヴェステロース郊外の森の水たまりの中で行方不明になっていた少年の死体が見つかった。滅多指しにされた上に心臓を抜き取られて。初動捜査に不備があり、また事件が一筋縄でいかないことを悟った捜査指揮官ハンセルは国家刑事警察殺人捜査特別班の応援を要請。リーダーのトルケル以下4人の精鋭が送り込まれた。
一方母親の死にヴェステロースに向かった元国家刑事警察殺人捜査特別班のプロファイラーであったセバスチャンもひょんなことから捜査に参加することに。ところがこのセバスチャンという男セックス依存症の自信過剰な人格破綻者だった。足並みが揃わない捜査陣は真相にたどり着けるのか。
さすがにベテラン脚本家ということもあり、プロットはよく練られており、文もとても読みやすい。(ヘレンハルメ美穂さんの翻訳の腕によるところも多いと思う。)
さてこと警察小説だと主人公となるのは一癖も二癖もある、悩みや問題を抱えた中年刑事と相場が決まっているものだが、その線を踏襲しつつ本作では全く新しい主人公が誕生した。それがセバスチャン・ベリマンである。主人公なのだから問題がありつつも最終的には読者が好感を持てるいい人、というのは暗黙のルールだったがコイツは本当に嫌な奴だ。セックス中毒や自信過剰というのも嫌われる要素だが、根本的には人のいやがることを進んでする、人の気持ちを全く頓着しない、という点につきると思う。読んでいて殴ってやりたい気持ちがふつふつとわいてくるのだが、作者が巧みなのは愛嬌のある普通のキャラクターを主人公再度に何人も配置して視点を頻繁に動かすことで、セバスチャンを出過ぎないよう押さえ込み、読者が本当に読むのをやめないようにコントロールしている。中々ないハラハラ感ではなかろうか。またセバスチャンは仕事は出来る。しかし何でもかんでも彼が解決する訳でもなく、あくまでも捜査チームが地道な捜査を続けて真相にたどり着いていく、というスタイルを取っているところも個人的に好印象だった。
さて全くかっこ良くないこのニューヒーローだけでも面白くなるところ、さらにひと味もふた味もあるのが今作で、後書きによると原題は「秘められたもの」というらしい。なにが隠されているかというと、それは人がそれぞれ外面とは別に自分の中に(またはごく近しい何人かに)隠している事情や出来事のことである。犯人が最大の謎なのはもちろんそうなのだが、被害者が一体最終的にはどんな人物だったのかということを捜査班は長い時間を使って追っかけていくことになる。そしてその捜査班一人一人にも秘められたものがあり、そちらの描写にも丁寧ページを使って物語は進んでいく。
変人セバスチャンがかき回すというその派手な外面の下に、かなり濃密な、それでいてはっきりと答えのでない問題がずっしりとした重さをもって横たわっているのが感じられる作りだ。といっても人は誰しも問題を抱えているのだ、貴方も殺人犯になってしまうかも、という説教臭いものではなく、受け取り方は読み手次第だろう。繰り返しになるが答えは出ない問題で、ただなんとなく暗い気分にはなる。良い悪いを超越していて、だからなるほどセバスチャンが何十年も音信不通で大嫌いだった母親と決別するところは、なんとなくだがちょっと分かる様な気もした。人は自分のためにしか泣けないのでは?と思っているところもあり、だからこそ素直な分ぐっと来たのだと思う。
上巻の時点でも文句無しに面白いが、俄然自体が動き出す下巻に入ってからは結構なスピードで読んでしまった。面白い。本国だけでなくドイツなどの外国でも好評を博したこの本は現時点で既に続刊が書かれている人気シリーズとなっているようだ。この本の売れ行きが良ければ、次作以降も我が国でも翻訳されることだろう。
北欧ミステリー好きは是非どうぞ。
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