アメリカの作家によるSF小説。
ハヤカワ文庫のSF。
最近ノワールやら警察小説ばかり読んでいたので、久しぶりにSFが読みたいということでAmazonでお勧めされるこの本を買ってみた。
この本はひょっとしたら作者のデビュー作?元は日本ではあまり馴染みのないオーディオブック(朗読を収めた音源)という形式でリリースされたが、公表を博し電子書籍になったり紙の本になったりという本とのこと。
2300年代科学を発展させた人類はその版図を宇宙に広げていた。地球外の多くの惑星を植民地とし宇宙船が星と星の間を飛び回る世界。ネリス星に住む18歳の少年イシュメールは突然の事故でたった一人の肉親である母親と家を失い、財産もない天涯孤独の身になる。身よりも金もない彼の選択肢は2つ。軍隊に入るかネリス宇宙港に入る宇宙船に船員として雇われるか。非力な少年は後者を選択。ロイス・マッケンドリック号に司厨補助員として乗り込むことになる。ロイス号は商船。全く未知の環境でイシュメールの成長物語が幕を開ける。
主人公が軍隊に入ったらそれはそれでまた楽しくも恐ろしい物語になったのだろうが(そして面白いか否かはおいておいてよくあるSFになっただろう)、この話が独特なのは主人公が商船に乗り込んだことだ。星々の世界と言ったらどうしても未知の冒険を期待してしまうところだが、この話は宇宙が舞台ながらも非常に地に足がついた(勿論ほぼ地はないんだが)未来小説になっている。
原題は「Quater Share」というのだがこれは船員の等級の意味で一番階級の下の船員のことである。主人公イシュメールは下級船員として乗り込み船の厨房で働きつつ、年の近い先輩船員とともに宇宙を舞台にした交易の世界に入り込んでいくことになる。交易というと正直私もよくわからない世界ではあるが、基本は安く買って高く売る、というあれである。ワープ(作中ではジャンプという)、巨大な宇宙船は出てくるが、奇怪で攻撃的な宇宙人とかレーザー銃はいっさい出てこない。交易のイロハを学びつつ、人脈を広げ、困難かつ複雑な宇宙船の仕事に慣れ、次第に頭角を現していく少年の青春小説である。克服すべき状況というのは慣れない宇宙船員としての仕事と人間関係で、課題というのは等級をあげるための資格試験となにを仕入れて、どこで高く売るかということである。これはSFというジャンルでいうと非常に地味な世界である。
音楽でも小説でも地味だからといって作品がつまらない訳ではない。しかし私はどうにもこの作品にはのめり込めなかった。理由が2つくらい。
一つは舞台が宇宙であることをもうちょっと押し出してほしかった。扱っている製品はベルトとかキノコといった現代でありふれたものであるし(駆け出し船員の主人公の扱える品物となると自然にそうなってしまうのは分かるのだが)、船内の描写も(環境部のスクラバーの整備とかは結構面白いのだが)奇麗で整然としていてあまり宇宙観がない。何より残念なのは寄港地の描写が圧倒的に弱いこと。小惑星帯でキノコの制作過程を見るところは良かったのだけど、あとは基本的に宇宙ステーションのなかだし、そのステーションもすべて同じ基準で作られているという設定の所為で異国情緒がない。もっとこうすげーでかい太陽が見えるとか、赤い海が広がる星とかそういった要素があっても良いんじゃないかと思ってしまう私は軽薄で視覚的なSFファンなのだろうか。
もう一つは主人公のキャラクターであって、どちらかというとこちらの方が要素的には多きいのかも。何より主人公が冷静で優秀過ぎてちょっと面白みがない。天涯孤独の身の上でほぼ否応なく新しい環境に放り込まれていて勿論結構苦労はしているのだろうが、逆に言うとその逆境の設定だけであとはちょっとするっと上手く行き過ぎている様な気がしてならない。厨房の仕事では始めっから天性の才能を発揮し、資格試験は危なげなくパス、出来の悪い先輩に試験勉強を教えて合格させ、彼を補佐するどころか抜群の閃きでもって、船員達の個人交易に光明を見いだし、雲の上の人である船長からも特別の賛辞を受ける、というのは、友達が一人もいなかった冴えない少年がごく短時間でやりきるには無理ないか?主人公補正というよりは、「おれの考えたサクセスストーリー」を聴かされている様な印象でちょっと冷めた目で見てしまった。
という訳でよく出来た小説だと思う(話の作り自体は丁寧で読みやすくすごくちゃんとしている。)けど、イマイチのめり込めなかったかな。多分私が捻くれた男で小説を片手に「こんな上手く行くはずないんですよ!現実は厳しいんですよ!」と気炎をあげているだけだと思うので、気になる人は手に取ってみて是非自分なりの評価を下していただきたいと思います。
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