2014年6月15日日曜日

ジョー・ヒル/NOS4A2 -ノスフェラトゥ-


アメリカ人作家によるホラー小説。
2013年に発表され、翌2014年本邦でも翻訳の上発売された。
妙なタイトル「NOS4A2」はノスフェラトゥと読む。よく日本の創作物でも出てくる単語だから知っている人も多かろうと思うが、ノスフェラトゥは吸血鬼という意味である。
言葉遊びかーなるほどねー、というタイトルだがこの文字列を車のナンバーにしてしまうセンスがなんと行っても面白い。そう、この話は現代の吸血鬼が高級車を駆り子供を攫う話なのだ。

1980年代マサチューセッツ州、8歳の少女ヴィクトリア・マックイーンは自転車に乗って想像上の”橋”を渡ることで現実的な距離を無視し、自分の”探しているもの”がある場所に一直線でたどり着くことの出来る能力に気づく。その能力を使いたわいのない失せ物探しを続けていたヴィクは17歳のとき、鬱蒼とした森の中の一軒家にたどり着く、ガレージには古いロールスロイス「レイス」、ナンバーは「NOS4A2」。持ち主はチャリー・マンクス。百年以上生き続け、愛車で子供を攫っては理想郷”クリスマス・ランド”に連れ去る吸血鬼だった。その後長く続くヴィクとマンクスの因縁の発端ととなる運命的な邂逅だった。

作者ジョー・ヒルはこのブログでも紹介したリチャード・マシスンのトリビュートでも親子で書いた1編が収録されていたし、ブログでは紹介していないが元は別の長編「ホーンズ 角」という物語を読んでいたく感動したことがある。今回はそんな彼の新作ということで、あらすじを見るとこれは面白そう!と買ったのだった。
なんといっても吸血鬼ものである。そして吸血鬼はクラシックカーであるロールスロイスのレイスに乗っている。Wraithは「幽霊」の意味である。これは洒落が利いている。
いわばもう一人の主人公であるチャーリー・マンクスはしかし吸血鬼でありながらも、古い系譜に縛られない新しい存在であり、それが楽しい。彼はルーマニア出身ではないし、直接美女の生き血を吸う訳ではない。日中でも活動できるし、棺桶で眠りもしない。いわば新しい吸血鬼である。自分で車を運転するし、甘いものが大好きで、ネットも使える。
さすがに現代で黒いマントを翻し、夜ごと人の生き血をすするというのはちょっと難しい。ジョー・ヒルは現代でも難なく活動できる吸血鬼を生み出したのである。だいたい私の持論としてはとにかく敵役が憎らしい作品ほど面白い。そういった意味ではこのチャリー・マンクスというのは見事なキャラクターであるといえる。
そしてもう一人の主人公は人間(「ヘルシング」の吸血鬼アーカードも言っているが化け物を倒すのはいつだって人間なのである。)、ヴィクトリア・マックイーン。8歳のときに不思議な能力を開花し、17歳のときに吸血鬼と邂逅。その後の人生は大きく崩壊し、息子が生まれ家庭をもったものの(正式に結婚はしていないが夫もいる。)トラウマなのか能力の反動か精神に変調をきたし、30代にして人生の半分は精神病院に入っていた。両手両足にはタトゥーがびっしり入り、架空の電話におびえている。この女性が子供の頃は自転車、大人になってからはバイク「トライアンフ ボンネヴィル」を駆り吸血鬼と対決する。
そう対決である、この小説の主題は。いかれた吸血鬼といかれた女の。ロールスロイスとトライアンフの。両者がまさに正面からぶつかり合うのがこの小説なのだ。面白くない訳が無い。

またこの小説のもう一つの面白さが正気の扱い方である。この称せ右派間違いなくホラー小説だが、吸血鬼や一瞬で空間を歪めて望んだ地点にアクセスできる特殊能力など、ファンタジーの要素を強く含む。フィクションでのファンタジーはなんだかんだ世界によくなじみ、すっと受け入れられている(少なくとも執拗に言及はされない。)印象がある。ところがこの物語の中では主人公ヴィクの能力はずっと世界と調和がとれることが無い。ヴィクは精神病院にはいってからは特に自分の能力は自分のが生み出した妄想だと信じ込んでいるし、ヴィクの夫でさえ長い間病気のなせる技だと思っていた。当然警察(後半は警察が関わってくる。)もそんなことは信じない訳で、ヴィクを助けるどころか邪魔してくる始末。これは結構新鮮。主人公再度の特殊能力は結構自然に受け入れられるものであると思っていたけど、「もし、特殊能力を持った人間が現実に存在したら?」という面白い考えの一種のシュミレーションになっている。いわばコンクリートとネットで覆われた世界の、想像を許さないその過酷さ、という大きな障壁と、そこに無理矢理展開する創造性の反発というのか。

伏線を張りまくる上巻は正直ちょっと説明不足なところもあったが(ちょっとマンクスが強すぎるなと思った。)、下巻に入ってからの面白さが半端無さ過ぎ。いわばギアがばこんとあがった状態というのか、ラストまで息もつかせぬ大疾走である。
既に周知の事実であるし、知っている人も多かろうが作者ジョー・ヒルはあのスティーブン・キングのご子息である。比較して云々というのはもう無いな、と思った。この小説を読めばジョー・ヒルという一個の作家がどれほど優れた才能を持っているか、分かっていただけるだろう。
この話はジョー・ヒルが生んだ歪んだおとぎ話なのだ。クリスマスを吹っ飛ばしにいくいかれた少女の物語なのだ。超面白い。小説が好きな人は是非手に取ってほしい。

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