デニス・ルヘインのパトリックとアンジーシリーズ第5弾。
1999年に発表された。作者はここまで毎年1作のペースでパトリックとアンジーシリーズを書いている。
前回の事件終結後、パトリックとアンジーは破局。アンジーは探偵事務所を出て行った。
ある日パトリックはブッバとともにストーカーに悩まされていたカレン・ニコルズの依頼を引き受け、ストーカーを”説得”し撃退することで依頼は解決する。6ヶ月後パトリックはカレンがビルの屋上から飛び降り死んだことを知る。すこし世間知らずだがにこやかだった彼女が何故自殺したのか?飛び降りる前にかかって来たカレンの電話に出られなかったことに罪悪感を感じるパトリックは独自に捜査を開始する。
このシリーズは勿論優れた探偵小説であり、優れたハードボイルド小説であった。しかし一般的なハードボイルドとはちょっと趣が異なる。軽妙な会話に代表されるシンプルかつ洒脱な文体も得意なポイントの一つだろうが、主人公が男女2人組というところも大きいように思う。私立探偵というのは一般人とも警察官とも違ういわば一種のアウトサイダーだが、このシリーズの主人公は完全なアウトサイダーになりきらず、警察小説のバディもののような趣がある。2人いる分ちょっと救われている部分がある。ハードボイルドじゃないというのではない、そんなことは1作目を読めばわかるだろう。完全にハードボイルドだ。2人いるからこそのものの見方の違いをまざまざと見せた前作のラストはそれは凄まじいものだった。ここら辺はちょっとなかなか他のハードボイルドには何じゃなかろうか。
とはいえアンジーがいることでパトリックは世界との折り合いのつけ方が普通の私立探偵とはちょっと違うのだ。
それが今作ではアンジーが去りパトリックは一人きりになってしまう。ブッバがいるものの彼は一般の人間の埒外にいるため、厳密にいうとパトリックと同じ会話が出来る訳ではない。お互い友人であることは間違いないが、世界を共有している訳ではない。
だから、今作は今までのシリーズに比べるとより正統ハードボイルドの雰囲気がある。謎の女もでてくる。ただし謎の女といったら大抵はミステリアスで妖艶な女だが、今作では世間知らずのお嬢様だ。パトリックは幸せそうだった彼女が何故自殺を選んだのかという謎を調べていく中で、一人の女性が本当は何者だったのかという問題に肉薄していく。
カレン・ニコルズの人生はどんなものだったのだろうか。作者は丁寧に詳らかにしていく。物語の脇役にあたる人物にスポットを当てたような書き方である。単なる被害者と行っても良い彼女が一体どういう人生を送って来たのか。さらにいうならばどういった悪意が彼女の人生を台無しにしたのかという問題である。
今回も第二作目を彷彿とさせる様な歪んだ悪役が出てくるのだが、これはまた現代社会のゆがみの体現者みたいな奴でどちらかというと象徴的な意味合いで妖怪みたいな立ち位置なのかもしれない。(クソ知能犯で身体能力抜群の割に、しかし嫌がらせの一環としてアダルトビデオの音声を電話で聞かせてくる、というのその小物っぷりにちょっと笑ってしまうところもあったけど。(実際にやられたらかなり気味が悪いんだろうけど。))それよりは巨大に悪意へのささやかな毎日の抵抗という意味でのパトリックの立ち位置が良かった。
ブッバが今までのシリーズ以上に活躍するのが良かった。第2作目の活躍はどちらかというと闇の世界に生きる彼の恐ろしさが端的に現れていたが、今作ではひたすら頼もしい助っ人という感じで素直に楽しめる。パトリックをとても大切に思っていることが分かる中盤のエピソードも良い。
パトリックとアンジーシリーズは今作発表後一時沈黙することになる。
区切りの物語。今までの作品を読んだ人は是非どうぞ。まだの人はやはり1作目から。
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