いまやアメリカ文学界の巨匠コーマック・マッカーシーの小説。
原題は「All Pretty Horses」で1992年に発表され全米図書賞、全米批評家協会賞を受賞。どうにもマッカーシーはこの本が一躍ベストセラーになって初めて評価されたような趣もあるそうな。いまでは売れっ子ですけどね。
このブログでも紹介しましたが、私はおなじ著者の「血と暴力の国」と「ザ・ロード」を読んで多いに感銘を受けたものです。自然にじゃあ次も何かということになり、私にマッカーシーをお勧めしてくれた知人のオススメも前述の2冊に本書を加えた3冊でしたし、加えてこの本は著者の国境三部作の始めの1冊ですから、まあこの本だろうということになったのですが、紹介を読むと青春小説と書いてあるので正直ちょっと躊躇したようなところもありました。というのも私はどちらかというとやたらと血が流れるような小説が好きな反面、恋愛小説や青春小説というジャンルに関してはからきしだからで。まあそれでもえいやと場仮に手に取ってみた訳です。
1949年テキサス。実家の農場が人手に渡ることなったジョン・グレイディ・コールは友人のロリンズと一緒に馬に乗ってメキシコに渡る。とある農場で馬の調教師となったコールは牧場主の娘と恋に落ちるが…
今作は主人公は16歳だからおじさんが主人公の前述の2作とはやはり趣がかなり異なる。
マッカーシーのことだから恋と馬の青春小説といってもかなり辛い風味があるのは予想できるのだが、やっぱりちょっと時間の進み方がゆっくりしていると思う。
おじさん2人はともに何かに追われていたり、追われるように移動し続けていたからそこら編もあって読み手側の意識もあると思うんだけど。ジョン・グレイディは要するに家出をしてきた訳だけど、父親は弱っているし母親は別に暮らして兄弟もいない。だから探してくれる人もいない訳で、ただただ馬と暮らしたいという素直な欲求に従って、そういう生活が送れるユートピアとしてメキシコの農場を目指して(命がけではあるんだけど)結構のんびり旅をしていく。
砂漠を馬に乗って進んでいき、夜は満点の星空の下で眠る。この描写の何とすばらしいことか。この本では兎に角マッカーシーの自然の描写が冴えに冴えまくる。決して饒舌な描写ではないし、むしろ句点を極端に省いた独特の書き方でもってちょっと所見では戸惑うくらいなのだが、そのぽつりぽつりと紡がれる言葉たちが頭の中で作り上げる景色のなんと美しいことか。特に最後の方でジョン・グレイディが牝鹿を仕留めるシーンはこの本の中でも個人的には白眉で、あまりのもの凄さに会社に向かうバスの中で震えが走ったほど。人生の美しさや過酷さとそれに翻弄される人間の姿を直接書くことなく、怜悧な自然の描写の中に封じ込めたような、と書けば少しはわかってもらえるだろうか。感動のあまり全くもって私はバスを飛び出し、道行く人々にこの本をぶん投げてやろうかと思った。まさしく読書の醍醐味ですね。
この妙に突き放したような語り口は時に物語そのものからも遊離するように、中盤以降ジョン・グレイディは並々ならぬ危険の渦中に放り込まれたそのときでも、その速度とリズムを変えることなくマイペースに描写し続けるものだから。恐ろしい出来事をすらっと書いてしまう訳だから。この語り口はそうだ。物事をそのまま書き出そうという著者の試みの現れなのかもしれない。
まるでこの人生を本当に一部だけ切り出して本にしたかのような、その重さと凄絶さは一体どうしたことか。言葉にできないのは人生が一言や二言では言い切れないからに他ならない。たった500ページ弱に人生が集約できる訳ではないから、やっぱり多分にデフォルメされているに違いないのに、そんなこと全く感じさせないコーマック・マッカーシーという作家はやはりただ者ではないと思った。
こんなブログを読んでいる場合ではない。早く本屋に行くのです。というくらいに良い本。
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