2013年7月21日日曜日

J・G・バラード/沈んだ世界

イギリスの作家によるSF小説。
1962年に発表され、1968年に邦訳された。

近しい未来、太陽の活動が不安定になり、地球の電離層の外層が消滅したことにより、太陽熱の直射が地球の温度をあげていった。溶けた氷河は表土とともに流れ出し、地球の表層は大きく変わった。海の面積は狭まった一方で主要な都市はことごとく水没し、赤道付近の気温は80度を超えた。人類はその数を大きく減らし、南と北の極地にその生活圏を追いやられた。
生物学者のケランズは水没した年を巡り、激変した動植物の形態を調査していたが、ある時不思議な夢を見て…

ここのところ警察小説ばかり読んでいたので、久しぶりにSF読みたいなと思い購入。
バラードの本は「結晶世界」「楽園への疾走」に続き3作目。
どの本もそうだが、この本もSFといっても所謂ハードSFとは結構趣を異にする作風。実は発表された当時はニューウェーブと称され文字通り、SFの新機軸だったらしい。私はこの辺の事情には明るくないのでよくわからないが、あとがきにはバラードの言葉が引用されている。曰く「人間が探求しなければいけないのは、外宇宙(アウタースペース)ではなく、内宇宙(インナースペース)だ」と。前者の宇宙がそれまでのSF、後者の宇宙がバラード代表する新しい波の表現しようとしたSFなのかもしれない。
極端にいってしまうとSFといってもその世界観だけで、その世界で起こる出来事はあまりSF的ではない。登場人物の数も極端に少なく、SF的なガジェットも出てこない。主人公の内面の描写が多く、内容も抽象的で内省的だったりする。特殊な状況下で人間がどうなるかを描写するというやり方は、ある種古典的だが、この小説が面白いのはそこに一つ特異な要素が意図的に挿入されているからだと思う。その要素を持ってこの小説はある種の超常小説だといえる。
人類が衰退し、原始的なジャングルが覇権を奪還しイグアナやワニなどの爬虫類が猖獗を極める破滅的な未来が舞台の、冒険小説ともとれる。ただし面白いのは主人公を始めとする登場人物たちで、端的に言うと滅び行く人間社会を体現するよう少しずつおかしくなっている。それこそ燃え盛る太陽に焼かれて、徐々に狂気に陥っていくようだ。
文明対自然だとすると、後者に軍配が上がる世界で次第に太陽の鼓動に浮かされて反文明化する主人公は、文明に所属する私たちからしたら狂人かもしれないが、進化の観点からしたら正しいのかもしれない。意図的に二元論的な対立構造が多く書かれているが、最終的な正誤の判断は付けられず、また結局すべてが無駄であるような破滅的な諦観に満ちている。
人間にとっての世界と、そして主人公のケランズは果たしてどこに行くのか。それは分からない。燃え盛るような太陽の下、歩み去っていく彼の姿が陽炎のように揺らいで見える、そんな小説。

夏に読むのがぴったりの小説。ただし爽快感はないのでご注意を。

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