2016年8月31日水曜日

映画「奪還者」

オーストラリアとアメリカの合作映画。
2013年に公開された。監督はデヴィッド・ミショッド。主演はガイ・ピアース。
原題は「The Rover」で放浪する人の意。
とても面白かったので興奮冷めやらぬうちに感想を書いておこうと思う。

時代ははっきりとしないが恐らく未来の地球。経済が世界的に破綻を来たし、文明社会は退化と変容を余儀なくされていた。オーストラリアは鉱物資源を求めるならず者たちが幅を利かせた半ば無法地帯と化していた。そんな地をあてど無くさまようエリックは酒場で休んでいるうちに自分の車を強盗に奪われてしまう。一度は強盗団に追いつくもののあっさり返り討ちに合ったエリックは常人には理解しがたい執念で自分の車を奪還すべく、強盗団の後を追う。道中で偶然強盗団のメンバーの一人の弟を拾い、彼に兄の場署まで案内させる事にしたエリックだが…

オーストラリアと後退し荒廃した無法の世界で繰り広げられる暴力というと最近の「マッド・マックス」を彷彿とさせられ、実際公開当初はそういった盛り上げ方をされたようだが、似ているのは設定で中身は大分違う。アクションはあるもののもの凄く地味だ。ただし生々しい。ほぼ拳銃での銃撃戦は血がほとばしる大虐殺とはいわないが、乾いた大地に吸い込まれていく流れる血のにおいが画面越しに漂ってくるようなリアルさがある。体に穿たれた銃痕は赤黒い。埃にまみれた希望のない浮上の地で汚いおっさんが言葉少なく、訳の分からない情熱に文字通り命を賭している。
文明も世紀末というよりは私たちの毎日の一歩先にある様な感じで、例えば恐らく携帯電話やインターネットは使えなくなっているが無線や軽機関銃はあるし、軍隊はその威光と力を失いつつも存在しており、大陸を走る電車も走っている。(ただし武装した私兵団が厳重に警戒している。)
登場人物はほとんど(例外も2人くらいいる)、主人公も勿論そこに含まれるのだがろくでなしばかりでほとんどが人殺しでもある。善人はいないし、例えばイモータン・ジョーのような悪のカリスマもいない。今日を生きるのに必死な悪党しか出てこない。この映画が何を描こうとしているのかというと、私はこれは断絶と孤独を描いていると思う。現代がユートピアだとはいわないが、特に先進国では食うに困らない状況が成立している訳で、良くも悪くもそれが人への信頼を生み出している。ここでの信頼というのは一応自分の寝床と食べ物と命を狙いにくる”敵”が存在しない(もしくはごくごく少ない)という意味であり、私たちは偶々ベンチで隣に坐った誰かとひょっとしたら仲良くなれるかもしれない。少なくともその誰かが自分に危害を加える”敵”であるとは通常思わなくて良い。この映画で描かれる世界ではそんな”豊かさ”と”信頼”が文明とともに瓦解し、消え失せている。道を誰かが歩いて来たらそいつは自分の食べ物か寝床か命を奪いに来た誰かであり、知らない人は、そして知っている人、それも家族兄弟であっても信頼できない。なぜなら食い扶持は限られており、自分以外の人は自分の食い扶持を減らすという事が基本的な法則であるからだ。ぱぱっと他の人のこの映画に対する感想を読むと登場人物たちの行動が理解できないという声があった。彼らがとても愚かに行動しているように見えるそうだ。それはそうだ。登場人物たちは私たちからすると無軌道に愚行ばっかりなしているように思う。疑心暗鬼で誰でも殺し、自分のおかれている状況をさらに悪化させている事は間違いない。しかし、もし貴方がこの世界に放り出されたらどのように振る舞えるだろうか?向こうから汚いなりをした誰かが歩いて来たら、私は敵じゃないよというのだろうか。相手は貴方を殺すかもしれない。どうするんだ?貴方は偶々銃を持っていたとしたらどうするんだ?殺されたら終りだが、殺したら相手が善人であれ悪人であれ貴方はちょっと長生きが出来る。向こうから来る誰かは善人だろうか?悪人だったら貴方は殺されるかもしれない。ところで貴方の手には銃がある、どうするのだ?答えは人それぞれだろうが、現代と同じように振る舞うのは難しいように私は思った。ここで面白いのはこの映画の”敵”というのは現在でたまたまベンチで隣に座った誰かだということが十分あり得るという事だ。こんな世界はどう思う?とても悲しいだろう。一つにはこんな世界では生きるにしても死ぬにしても意味がなさすぎる。一つには生きるためには本質的に人は人を害していかなければならない。一つには状況が状況なら人はもっと信頼して生きていける事を知っているから。だから登場人物が流した涙が、本当に悲しいのだ。この映画は暴力を描いている訳ではない。暴力が発生するある特定の状況について提示しているのだ。

乾いて、ひび割れた不毛の大地は、環境に合わせて荒む人の心を描くのに良く合っている舞台だと思う。あと音楽がとても良かった。良い映画というのは大抵音楽が大変良い。非常に面白かった。明快なバイオレンスを期待すると明らかに陰鬱すぎるだろうが、そのような映画が好きな人には強烈にお勧めしたい。

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