スウェーデンの作家によるミステリー小説。
名誉ある賞を獲得した刑事ヴァランダーシリーズを始め様々な分野の小説で北欧を代表するヘニング・マンケルのシリーズ物でない独立した本。
2006年1月ノルウェーとの国境近くの寒村ヘッシューヴァレンで住民のほとんどが鋭い刃物で惨殺された。被害者のほとんどは老人で、子供が一人だけ混じっていた。老人のほとんどは親類関係にあり、過疎だが平和だった村。当然恐慌の動機は判然とせず、捜査は難航。ヘルシングボリで裁判官を勤めるビルギッタは殺された被害者の中に母方の親類がいる事に気づき、休暇を利用して現地に赴く事にする。
寒村で住民皆殺し、というとなんとなくジェームズ・ロリンズのようなモダンなホラー小説のような幕開けだが、流石はヘニング・マンケル、衝撃的な冒頭で読者の興味を惹き付け、どっぷりと深い深い歴史にまつわる物語に引き込んでいく。
現代は「KINESEN」でこれは中国人という意味。「北京から来た男」というタイトル通り、スウェーデンの田舎で起こった事件は、中国、アフリカとその幅を大きく広げていく。元々モザンビークに住んでいた(後年はスウェーデンと半々で生活していた)マンケル、その視点はスウェーデンにとどまらず前述の代表作刑事ヴァランダーシリーズでは1作目「殺人者の顔」で移民問題を取り扱い、早くも2作目「リガの犬たち」でその舞台を海外に広げている。以降はとくにアフリカなど途上国を中心に世界的な観点でもって広がりのある物語を書いてきた。この「北京から来た男」はそんなマンケルの一つの集大成ともいえるのではなかろうか。
今回中心になるのは中国。中国というと日本からすると一番近くの大国。近い訳だけど実はどんな国なのか知らない人は多いのではなかろうか。私もそんな一人で毛沢東って悪いやつなの?中国って共産主義なの?天安門事件ってなんなの?位の気持ちでいた訳だが、本書はそんな謎に分かりやすく回答していってくれる。中国の歴史、それも近代中国の歴史は受難の連続だった。慢性的な貧困しかり、アヘン戦争しかり。本書のもう一人の主人公ワン・サンは2人の兄弟とともに若い自分に村を追われ、アメリカに奴隷として売られ、死と隣り合わせの過酷な状況で鉄道線路敷設の仕事に使役される事になる。絵に描いた様な悪辣な現場監督、逃亡すればおいかけ連れ戻され、病になればそれは死を意味する。地獄の様な環境でワン・サンは望郷の想い強くし、必ず兄弟とそして無念の内に死んだ仲間(仲間の体の一部から肉を削ぎ落とす描写は中々に衝撃的だ)の骨と必ず故郷に戻る事を誓う。ワン・サンがたどる世界半周の旅、こんなに過酷で不幸な道行きもないだろうと思う。
「白い雌ライオン」でも顕著に表れていたが、マンケルには人種差別と強者が弱者に振るう暴力に対して非常に強い怒りがある。マンケルにとって書く事とはそんな父性に対する戦いなのだと思う。そのくらいの力がぎゅっと込められて一文字一文字刻印するように書いているのだろう。単に過去の過ちに対する糾弾にとどまらず、多を踏み台にして拡張していく傾向を見せる現代への警告も含んでいる。マンケルが着目するのは常に人、それも弱き人々であるから、特定の国をただ「良い」「悪い」と断罪する事はない。中国に対する複雑な想いも物語を通して読み取る事が出来る。
なんで主人公ビルギッタが裁判官なのかというと、刑事でないので自由に動く事が出来るというのは勿論だが、作中でもビルギッタが直接吐露しているが罪と罰、そして人を裁く事がいかに難しいかという事を提示するためだろうと思う。因果応報ではないが物語的にどうしても落とすべきところがあるところは納得できるし、読んだ人なら分かるだろうがその法則に従っていない罪もある訳で、こういったところもマンケルの正義感、そして未来へのまなざしが反映されているような気がする。
ミステリーと思って読むとかなり重厚で戸惑うかもしれない。すっきりしない、という感想を持つ方もいるようだ。一応ご注意ください。ヘニング・マンケル好きな人は文句無しだと思うので是非どうぞ。歴史を感じさせる重厚な物語が好きな人も是非。
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