30歳で夭折した天才作家ロバート・E・ハワードによるヒロイックファンタジー小説全集の第4弾。Amazonで売っているものを順番に買っているので、歯抜けになっていますが…
中編くらいのボリュームがある3編が収録されている。コナンはまだ原野にいてその腕で血路を開いている。男だったらワクワクする様な冒険がいずれにも詰まっている。打ち捨てられた廃都で繰り広げられる全滅戦、100年以上生き続ける魔性の美女、クレータのように隔離されたジャングルの奥にある無人の都とその奥にまつられる秘宝。そんな世界を力強い腕で切り開いていくコナンの活躍が存分に楽しめる。
中でも帯で煽られてもいる最高傑作と名高い表題作「黒河を越えて」が素晴らしい。
解説でも述べられているがこの物語は王道ヒロイックファンタジーからはちょっと異なる。コナンも大活躍するし、怪しげな魔術は出てくるのだが、妖艶な美女は出てこない。スカッとするというよりは重厚な読後感に打ちのめされるようなパワーがある。
蛮族ピクト人に対して進行した文明人たちの砦に関する顛末を描いた作品で、解説を読んでなるほどと思ったのだがこれは開拓史時代のアメリカをそのネタ元にしいている。つまりネイティブを駆逐していく白人の構図になっているわけだ。とはいえ湿っぽく説教的な成分はほぼ皆無で、ピクト人たちはひたすら醜く残虐である。対する白人の先兵たちは誇り高く勇敢だが、無能な支配者たちの傀儡となって絶望的な状況で破滅に向かって行進していく。いわば破滅に向かって歩んで行く両者がまさに生命を賭した全滅戦に赴く様を描いているのであって、全体的に死の予感とそれから逃れられない死が充満し、その血の血おいにむせるほど。故郷を文明の名の下に侵されるピクト人の怒り、文明人の矜持それらが胸を打ち、特に後者は物語の狂言回しになる若者を通してかなり熱く描かれている。ハワードが優れているのはこの物語を文明人の勲にしなかった事である。ラストの国境地帯の男の台詞にも集約されているのだが、うずたかく積み上げられた死体が陰惨な戦場のむなしさを強烈な戦争描写の背後に、つまり言外に描いている。戦場にあるすべての栄光も文明の繁栄も素朴な野蛮人の生活もすべてひっくるめて、強烈な衝突が生む寂寞とした靄の中に落ち込んでいる感じすらある。一言で言うなら無常観であろうか。一見ド派手なヒロイックファンタジーの底にはこのような冷たい流れがあったのだ。それがヒロイックファンタジーのすべての源流となったコナンシリーズを、傑作足らしめているのかもしれない。この「黒河を越えて」はそんな無常観を見事に濃縮した作品だと思う。ハワードの天才の片鱗を間違いなくこの短編にかいま見た。
剣と魔法と美女のファンタジーというと娯楽性に富んでいる分、軽く見られがちな趣があるかもしれない。かくいう私もどうしても単純な構図という先入観があった事を恥ずかしながら認めないわけにはいかないのだけれど、実際に読んでみれば想定外の深みがあるのは楽しい驚きである。気になった人は是非どうぞ。
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