アメリカの作家による探偵小説。
1994年にアメリカで発表されてその後邦訳。
作家名は「デニス・レヘイン」とクレジットされているが、日本では「デニス・ルヘイン」とも。ここら辺は発音だから正直どちらでも良いが。映画化された「ミスティック・リバー」の原作者で、このブログでもレオナルド・ディカプリオ主演で映画化された「シャッターアイランド」、ボストンを舞台にしたコグリン家サーガ「運命の日」と「夜に生きる」を既に紹介したが、時系列でいえば著者のもっと前の作品が今作。さらにいうならば遊びで書いたつもりがデビュー作になってしまったという作品。私立探偵パトリックとアンジーシリーズの第1作目である。
ボストンで私立探偵を営むパトリック・ケンジーと共同経営者アンジェラ・ジェナーロ。事務所は教会の鐘楼を借りた小さなものだが、腕は確か。ある日既に亡くなっているパトリックの父親と面識のあった上院議員から彼の掃除婦だった黒人の女性を捜してほしいと頼まれた。彼女の住所に行くと既にもぬけの殻で部屋は何者かに荒らされていた。その晩なぞの追跡者に襲われたパトリックは、この事件が簡単な失踪事件ではないと気づく。
始めにいってしまうとかなりハードボイルド物語である。ハードボイルドというとスーツに帽子を被った無口な伊達男が夜霧に煙る町を歩き、強い酒を飲み、派手な女といい感じになり、デカい銃で解決というイメージが勝手にあるのだが、一見この話はそんなことは全然ない。
主人公の男女2人はとにかく軽口を叩きまくる。アメリカンジョークというのだろうか、皮肉に満ちた時にかなり辛辣なやり取りが主人公達の周りでまるでドミノ倒しのようにぱたぱたと展開される。実際軽口とともに物語が進んでいくと行っても過言ではないくらい。この作りはこのブログでも紹介したけどジョー・R・ランズデールのゲイの黒人ハップとその相棒で白人のレナードの物語にすごく似ている。マシンガンの様な軽口は勿論、作者は2人とも(恐らく)差別に対して嫌悪とそして考察をもっている。
ただ結果的に話の趣が結構異なっているのは面白い。ランズデールが陰惨な状況を笑い飛ばす明るい外向性をもっているとしたら、ルヘインは軽口を叩いている癖にその物語はきわめて内向的で息苦しい。事件は世相の反映で世相が変わらないこの世の中では悪がつきることは無い、そんな無力感が強く物語を覆っているように思う。
この物語は一癖も二癖もある登場人物が沢山出て来て、その関係性はどれも複雑である。(まず主人公2人の関係性からして面白い。)しかしあえて一言に集約してしまうと、この話は徹頭徹尾父親と息子の関係を描いている。もう少し噛み砕くと父親的権力と、それに虐げられる息子という構図である。
パトリックと亡父の関係は酷いもので特に最期のシーンは鳥肌がたつほどもの凄いものだが、権力を笠に着て暴力を振るうもの、人を人と思わないその残虐性、嗜虐性、高級スーツに身を包んでも隠すことが出来ない獣の様な低俗性。彼らが弱きものを痛めつけるのだった。そんな世界で一体何が出来るのか?ただの事件に取り組むパトリックのはずが、とんでもない解決不能の問題のただ中で奮闘することになる。
物語全体で入れ子構造のようにそこかしこにこの醜悪な関係性が見て取れる。嫌になる位の反復性で、読んでいるこちらは一見軽いその語り口に一旦は騙されるのだが、読み進めてふと気づくと滅茶苦茶重苦しいその雰囲気に首まで使っている。これはひとえに作者の凄まじい手腕によるもので、言葉を綴るのが小説なのに、デニス・ルヘインという人はその言葉の外にも影響をもっていて読者の頭の中で完成する物語全体を完全にコントールしているようだ。著者が人種差別を憎んでいるのは間違いないと思う、けどそれは単に黒人白人かという問題に収まらない。作者は理不尽な暴力を何よりに組んでいてそこが一番分かりやすく現れたのが、この本の書かれていた時代のアメリカが抱える黒人と白人の問題だったのかもしれない。物語の中盤で白人の主人公パトリックと彼の友人で黒人の敏腕記者リッチーが繰り広げる舌戦が作者の思いを直接的に表現している様な気がする。
その中からリッチーの一文を拝借。
「頭にくるぜ。異性愛者は同性愛者を憎み、今や同性愛者は一発やり返そうとしているんだ、それがどういう意味であれな。レズビアンは男を憎み、男は女を憎み、黒人は白人を憎み、白人は黒人を憎み、そして…誰もが責めるべき相手を捜しているんだ。つまりだ、自分の方がそいつらよりましだとわかっている連中が大勢外にいるのに、自分を鏡に映して見るやつはいないってことだ。」
この物語はとても面白い。会話は軽妙だし、銃撃戦も派手だ。登場人物は魅力的で格好よい。しかし根底になにかしらこちらの人間性に訴えかけてくる何かがあると思う。
探偵小説というには暗すぎるかもしれないが、読み物としての面白さは群を抜いている。
すぐにでも読んだ方が良い一冊だと思う。私は大好きだ。
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