日本のホラー作家による短編小説集。
角川ホラー文庫から。
久しぶりに日本人の手によるホラーが読みたいと思っていたところ、Amazonにお勧めされたので購入。小林泰三は結構多作な作家らしいが、自分は大分前に「玩具修理者」という本を読んだことがあるだけだ。多分作者の代表作。クトゥルーを絡ませた恐ろしいながらもちょっととぼけた風味がある独特の作風だったのを覚えている。玩具修理者の呪文(?)が確か全部ひらがなで書かれていて面白かった覚えがある。
この短編集には全部で7つの物語が収められていて、2本はこの本のための書き下ろし。4本が2008年から2010年に発表されたもので、残りの一つだけは1998年発表とちょっと年代が離れている。何でも最後の一つは初期の名作として名高いとのこと。
ホラー小説は基本的には短編というフォーマットに向いている(勿論抜群に面白い長編ホラーも沢山ある。)というのは結構いろんなアンソロジーで著者だったり編集者だったりが述べていることで、(具体的に人名や書名をあげられないのが心苦しいところだ。)私もなるほど確かにそうだなと思うところがある。思うにホラーというのは非日常を扱うので、あまり綿密に長くやるとどんどん現実からかけ離れていって読者の意識を物語に固定するのが難しい、というのが理由の一つにありそうな気もする。
この本ではホラーの王道を行くようにどれも短編である。さてホラーといっても内実そのないようには結構幅があることはホラー好きな皆さんになら頷いていただけるかと。幽霊お化け、ゾンビなどのフリークス、シリアルキラーなどの異常な人間などの扱っている非日常達も沢山バリエーションがあるし、(私は適当しごくなのでとにかく恐いなと思ったら何でもホラーだと思っている。)、彼らとどう立ち向かうのかというところも様々な書き方がある。
この小林泰三という人は過去のホラー作品に敬意を払いつつ、自分なりのホラー世界を構築しているようだ。この短編だけでも7つの物語があるし、完全に言い切ることはできないだろうが、だいたい共通してきわめて生々しいホラーを書くようだ。生々しいというのは肉体的と言い換えても良いと思う。しっとりとした伝統的な英国怪談、うらめしやとした因縁深い日本怪談とはちがう。アメリカ産のスプラッターホラー映画のようなある種あっけらかんとした恐ろしさがあって、それは怪異は実体をもって人間に迫り、切断された手足から血しぶきが飛び散る様な、そんなイメージ。
まず肉体が傷つき、その描写の嫌らしさといったら中々ないといっても良いくらいである。いわば節操があって作品の中で残酷に人を殺しておいても、あえてその描写をおボラートに包むように描く作者は沢山いるが、この小林泰三はこの描写こそ恐怖の本質なんだといわんばかりに執拗に傷跡のその断面を描写するので、読んでいるこちらとしては吐き気を催す様な不快感を感じる訳だ。ひどい書き方だが、この嫌らしさはホラーの本質の一つの醍醐味である。スプラッター映画を見てその「痛さ」に目を背けることは多々あるが、文字だけでこれを再現するというのは中々ないのではなかろうか。これはすごい才能だと思う。
7つの作品はそんな人間の根源的な恐怖である「肉体的な痛み」を中心に据えつつ、多彩なホラーを展開している。クトゥルー、和風ホラー、吸血鬼、SFとその振り幅は大きく、どの作品も過去のホラーへのリスペクトがあってこその出来となっている。
特に気に入った作品をいくつか紹介。
ロボット対ショゴスを書いたクトゥルーホラー「ショグゴス」はなんといっても感情的で間抜けな大統領と賢いくせに空気の読めないとぼけたロボットの掛け合いが面白い。
江戸川乱歩っぽい昔風のホラー「首なし」。ある名家で三角関係から生じた悲劇を書く。なんというか全体に漂う下品なほどのやり過ぎなけれんみが読んでていて心地よい作品。
タイトルにもなっている「百舌鳥魔先生のアトリエ」はこの本の中でも出色の出来。コミカルさを排除したじっとりとした世界観の中で、窒息する様な不穏さがラストに向けて濃密になってくる。その息苦しさはなんともえいず、そこに作者お得意の「痛い」描写が見事に調和している。この不快さといったらすばらしい。
という訳で痛ーい描写が大丈夫、むしろ好きという人にはオススメの一冊。
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